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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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67話 日常が壊れるのはいつだって突然に


 寮の部屋に帰ると、これまた大所帯になっている。部屋の中には元々の住人であるカナリア、ライハ。そして先日から住人になった吸血鬼の女の子のカルナ。さらにカルナに連れてこられたのだろうか、ガイトも座って音楽関係の本を読んでいた。

 ここに自分とミルフィアも入る。本来2人部屋で、3人でも余裕があるといっても6人はさすがにやりすぎだ。部屋へのトリプルスコア・オーバーアタックである。


「あ! アスト!!」


 カルナは笑顔で僕に飛びついてきた。

 昨日まではオドオドしていたこの子も色んな物を見たり色んな人に出会ったりしてこの世界に慣れたのか、随分と笑顔を見せるようになった。


「ちょっとー! 兄様にしがみつく権利はフィアにあるんですよー!」


 僕に飛びつくカルナを見てミルフィアもしがみついてくる。もうグチャグチャだ。


「アスト! ガイトのピアノすごくてね! カナリアはいっぱい物知りで! ライハはすっごく面白い!!」


 カルナは知ったことをポンポンと喋っていく。それはとても微笑ましくて、娘というのがいたとしたらこういうものなのかな? とアストは表情を緩める。

 ガイトも、カナリアも、ライハも、そんなカルナの言葉に照れくさそうだ。僕がいないところでもカルナは皆と遊んでたんだな。


「ご飯にしよっか。皆で食べよう。せっかく揃ってるんだしさ」


 その提案に異を唱える者なんていなかった。食事は大勢で食べるとワイワイして楽しいしね。


「あれ? そういえばカナリアとガイトっていつの間に知り合ってたの?」


 部屋を見渡した時にふと疑問になったこと。カナリアとガイトって会うのはこれが初だよな……と。

 親しくしているわけではないが、ガイトが自然に部屋に上がり込んでいるのは不思議に感じた。


「カルナに連れてこられた時にライハが紹介してくれたんだ。カナリアは学院内じゃお前と一緒でちょっと有名だから知らないわけじゃねえしな」


「あたしもガイトのことは知らなかったわけじゃないわよ? ガイトの住んでる家ってけっこう名が通ってるとこなんだから」


 そうだったのか。紹介1つで普通に溶け込んでいるガイトもすごいが、ガイトが住んでいる家ってそんなに有名なところだったとは。知らなかった……。

 自分は魔人のことについて詳しく知らないのでどこの家がすごいなんてことはまったくわからない。知ってたらガイトに対する態度が変わるなんてことはないけどね。


 今思えばガイトがロストチルドレンと貶されていたのは妬みも入っていたのかも。「なんであんな奴があの家に引き取られたんだ」ってことで。ガイトはまったく悪くないことなのに。


「ガイトって寮には住んでないんだよね? 家に夕飯はこっちで食べるって許可取らなくていいの?」


「あー、いいんだよそういうのは。俺は自由にやってるからな。向こうは何も気にしねえよ」


 ガイトは手を振りながら適当に返す。学院でも音楽室に入り浸ってるし、それ以外の生活でも自由気ままに過ごしているのはどうなのか。僕が気にすることでもないんだけど。






 ミルフィアが全員分の食事を作り、食事を取り終わると各自で自由な時間に入る。

 カナリアは勉強、ライハは魔法武器の手入れ、ガイトは引き続き音楽の本を読む。ミルフィアとカルナは2人でじゃれあって遊んでいた。


 そこに僕は言葉を投げかける。


「ねぇ。帰ってくる時にこんなの見かけたんだけど」


 僕は帰る途中で見つけた、学院にあった張り紙をテーブルに置いて皆にも見せる。


 そこに書いてあったのは……「ウィザーズ・ランドとうとう開園!」というものだった。


「おー、そういやそんなのやるって言ってたな。あれ、そろそろなのか」


 ガイトは興味なさげな声で応じる。それとは真逆なのがミルフィアとカルナだ。


「ウィザーズ!」


「ランドー?」


 ミルフィアは知ってるようだけどカルナはさっぱり知らないよう。そりゃそうだ。だってマナダルシア内の娯楽施設なんだから。


 ウィザーズ・ランド─それは「遊園地」だ。魔法使いだって人間が遊ぶような物で遊んだりもする。ゲームセンターだってあるしショッピングだってするのだ。

 遊園地だって魔法使いの間でも人気の施設。そしてウィザーズ・ランドは近年開園する予定だった、誰もが期待をしている遊園地だ。

 なにせ大きさが現在建設されている遊園地の中では最大級。今後、ここが若者達の主要の遊び場になっていくことは容易に想像できるほど立派に、尚且つ充実したアトラクションを揃えていた。


「明後日の土曜日にこれに行かない? 開園もちょうどだし」


「行きますー!」


「行きたい!!」


 やっぱりカルナとフィアちゃんは即決。吸血鬼は娯楽施設などに行ったりしないのか、初めて見るそれにカルナはワクワクしている。

 ベルベットの使用人は外出して遊ぶなんてことはほとんどないのでミルフィアはワクワクを通り越して小躍りして喜んでいた。


「わたしも行きたい」


「うわっ! ライハ……?」


 ライハは僕の横で目をキラキラとさせている。これはライハが喜んでいる時の表情。ライハもこういうところに行きたがっていたのか。

 お父さんとお母さんがいなくなってから縁がなかったんだな……。よし、いっぱい遊ぼう。


「俺もいいぜ。リハビリがてらに外を出歩きたいからな」


 いつも音楽室に籠っているガイトも遊園地に参戦だ。ガイトってインドア派だろうけど意外とこういうことにも付き合いが良いからありがたい。


「で、カナリアは?」


 僕が質問すると、皆の視線が勉強中のカナリアの背中に集中する。

 さっきの話が聞こえていなかったわけがない。今がどういう話なのかは伝わっているはずだ。



「……行くわよ。仕方なく、ね」



 カナリアは素っ気なく答える。けど、耳が赤いし後ろ姿だけでも行きたそうなオーラを放出しているのがわかる。カナリアって顔のどこかが赤くなってると大抵心の内はツンツンしたセリフと反対だ。行きたいのだろう? 僕にはわかるんだぞ。ふふふ。


「仕方なく、ならカナリアは来なくていい。わたしたちは5人だけで行く」


「なっ……! あたしも行くわよ! 行きたいわよ!! これでいい!?」


 そんなカナリアの真の心を知ってか知らずかライハはカナリアのツンツンセリフを切り捨てる。ライハのことだからわざとじゃないな。言葉を額面通り取ったのだろう。


 でも、これで僕含めて6人全員OKだ。


「じゃあ明後日、ウィザーズ・ランドに行こう!」






 その後、夜も更け、ガイトは帰った。カナリアは変わらず勉強、ライハとミルフィアはクロスワードパズルを解いて遊んでいた。カルナはアストと2人でウィザーズ・ランドのチラシを見ている。


「ねーアスト。これ乗りたい!」


「観覧車? これのことだよね?」


「うん! お空ビューンって!」


「いや……ビューンってはならないと思うけど」


 カルナの表現に苦笑いになる。それならジェットコースターではなかろうか。


「あと、これとー、これとー、これも!」


「うん。全部乗ろう。カルナが乗りたい物全部」


「いっぱい遊ぼう、アスト!!」


 カルナの笑顔を見ると安心してくる。最初こそ何があるんだろうかとこの子のビクビクした様子を心配したものだが、そんなこともどこへやらだ。

 彼女の家出した理由はまだ聞けていないけど、それでもこの温かな日々は続いてほしいと願う。何事もなく。




 しかし、そんな日常こそ……簡単に崩れてしまうものだ。




「……いっ……、痛~。指切っちゃった」


 チラシで指を少し切ってしまう。右手の人差し指に小さな赤い線が入り、そこから血が滲み出てくる。

 僕は絆創膏でもあるなら張っておこうかなと部屋を探索しようとした。その時、




「あ…………」




 カルナの様子が、急変した。


「ああっ……!!!!」


「か、カルナ!?」


 カルナは僕の右腕をガシリと掴む!目は僕の指から出た血に釘付けになっていて。


「ち、ち………ぁぁ、……ち……」


 譫言で何を言っているかわからないことを呟き、口を開けて鋭利な牙を覗かせる。

 僕の腕を掴むカルナの力は子供が出せるであろう力の数倍、数十倍は強く、僕でもその力の言いなりになってしまうほどの強さだった。


 カルナの金色の瞳がボヤァ……と「赤く」光っていた。それは僕の指から出ている血と同じような「赤」で。


「カルナ、どうしたの!?」


 僕は空いている方の手でカルナの肩を揺さぶる。


「ち、…………あ、アス、ト。わたし……」


 するとカルナは我に返ったのか、僕の名前を口から紡ぎ出した。それにはホッとしたのだが安心するのも束の間、




「うぐっ!! ぁ、……いた……痛、い……あああああああああああ!!!!」




 頭を押さえ、胸を掻きむしり、苦悶の表情と叫び。世界全てから拒絶されて体から生きることを否定されている。そうとしか形容できないほど苦しそうだ。

 カルナがこんなことになれば皆も只事ではないと緩んだ気を引き締める。


「アスト、保健室に運ぶわよ!」


「う、うん! そうしよう!」


 カナリアの指示に従い、苦しみ続けるカルナを運び出す。


 何がカルナの身に起こったっていうんだ……?



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