66話 アストVSフリード 高次元の戦闘領域!
キリールさん達は見物客となって、僕とフリードさんの戦いが始まろうとしていた。
魔法武器は使用してもいいが攻撃魔法は使用不可。『ファルス』などの付与の強化魔法は攻撃魔法ではないので使用OK。もちろん魔力を使用するのも可能なので魔力を纏わせて攻撃を強化するなりしてもOKだ。
僕はいつものように通常武器の剣を取り出す。対するフリードさんは……
「よっと。こいつにするか」
フリードさんもベルベット達、魔女のように別空間に武器をストックしているのか何もないところから武器を出現させる。
魔法騎士は武器を携帯するのが普通なのでこれは珍しいのだが……フリードさんは使っている武器は1つだけじゃなくて多数なのかな。それならかなり珍しい魔法騎士だ。
そしてそれよりも珍しいのは……フリードさんの持っている武器だった。
剣なのだが刃の部分が長い。細長い印象を持つ剣だ。カナリアのレイピアほどではないが。そして刃のところに反りがある。
「これは『刀』って言ってね。人間の主要国の1つ─『日の国』が使ってる武器だ。俺はこれを型にして魔法武器を造ってもらったんだけど……カッコイイだろ?」
「見たことない武器です。そんな物があるんですね」
「人間には珍しくもなんともないんだけどね。……何が面白いって、この『刀』はその『日の国』にある遥か昔の文献に載ってた武器で、そこに名前と造り方も一緒に載ってたんだってさ」
「へぇ……」
遥か昔の……文献。何か引っかかるような気もするが、昔の人が使っていたかもしれない武器というのは確かに面白い。
「ちょっとお喋りが過ぎたね。ごめん。じゃあ……いつでも来ていいよ」
フリードさんは値踏みするように僕を見てくる。どうやらこの戦闘は僕の何かを見たがっているようだ。……そうでないと魔法騎士団の副隊長がこんなことに付き合ってはくれないか。
どんな理由でも構わない。僕は胸を借りるだけだ!
『ファルス』と共に、アストは強化された体でフリードへと斬りかかる。
フリードは刀の刃でアストの剣を全て受け流していく。その動きは流麗で、まさに風。アストの一手一手を処理していく。
「どうしたアスト君、どんどん来なよ!」
「くっ……」
戦闘で「攻撃を躱す」とは防御の役割だけではない。精神的な話にはなるが攻撃する者の戦意を多少なりとも削ぐことができる。
どうやっても攻撃を当てられないと思考が攻撃の手を鈍らせる。圧倒的な無力感に支配されれば敗北は必至。
それでも、少しだけ攻撃を回避されようがそんなことは起こらない。よほど攻撃を当てられないという事態になればの話だ。
しかし、相手が格上であることを意識しすぎているせいでアストはすでに負けているようなものだった。回避される度に挑戦の意思を持っていたその心に諦めがチラついていく。
(ま、こんなものか。『魔王の力』ってのを見たかったんだけどな。聞くところによると致命傷を受けないと発動しないらしいし見るのは無理か)
フリードはそろそろ戦闘を終了させるか……と攻めに転じようとする。
「はぁ……はぁ……」
諦めが浸食していく中、とうとう脚にも限界が来る。
もう、ここで終わりか。そう思った時だった。
(「アスト。随分面白いことになってるな」)
(「あ、アレン……?」)
彼の声が聴こえた。
こんな時に、とも思ったが彼も話せる時間を選べるわけではないそうなので勝手なことも言えない。
(「選手交代といこうか」)
(「え!?」)
(「せっかくの機会だ。副隊長とやらの実力も見ておきたい」)
すごい勝手なことを言っているが……僕ではどうすることもできない戦況。それならアレンに任せてみるのも……。
(「わかった」)
(「じゃあ……代わるぞ」)
自分の中で、バトンタッチをするように……意識を手放す。
意識が、切り替わる。
フリードは戦闘を終了させるべくアストに袈裟懸けに斬りかかる。その速度はアストでは対応できないものだった。
アストのまま……では。
ガギンッッ!!!!
フリードは寸前で峰打ちに切り替えたが……これは肉体を打った音ではない。その音はフリードの、その戦闘を見ていた皆の、予想を塗り替えた。
「悪いな。まだ付き合ってもらうぞ」
「へぇ……。君あれだろ? 噂のエリア6の……」
「どの噂かは知らないが、ここからは本気で来い。お前の実力を測ってやる」
実力を測ってやるときたか……とフリードは苦笑する。だが、フリードも乗り気だった。
相手はハンター最強とも言われる「ミリアドエリア6のリーダー」……その息子。聞けば彼もかなりの腕をもつらしい。ならばその実力を見てみたいと思ってしまう。
それに、魔法騎士団としての立場で言うならば彼の「異能」も見れるのなら見たい。
魔法騎士団にはアレン・アルヴァタールの情報がかなり少ない。顔写真もなければ身体情報もない。もちろん異能の詳細も不明。
ここで彼の情報が手に入るのは千載一遇のチャンスでもあるのだ。
アレンとフリードの戦闘が始まる。お互いの刃が凄まじい速度でこの空間を駆け抜け、一気に異次元の戦いに突入した。
その横で見ている者達も突然のアストの変貌に色々な反応を見せる。
「わー、すっご。はっや。なにあれ」
アンリーは2人の剣舞を肴にビールを飲んでいた。それとは違いキリールは神妙な顔をする。
「ミルフィア。目で追えますか?」
「それは大丈夫ですけど、兄様のあの感じ……かなり手を抜かれているのでは?」
ミルフィアの言う通りだった。フリードに本気を出せと言っておきながら本人はあくまで手合わせレベルに留めていた。それは一流の目からは簡単に見抜ける。実はフリードもそれは同じで本気ではなかったのだが。
「殺せますか?」
その問いにミルフィアはビクリと体を震わせる。
もし彼が「人間」として主に刃を向けたなら。その時は自分達の手で彼を始末しなければならない。これはベルベットの命令ではない。ベルベットの使用人として当たり前のことだ。
「フィアは……やりたく、ないです」
「そうですね」
キリールは顔を曇らせるミルフィアの頭にポンと手を置いた。
「そうならないよう……信じましょう」
そう言ったキリールの目も少しだけ悲しそうだった。
「アスト君……って呼んだままでいいのかな? なんかさっきから手抜かれてない俺?」
「そう感じるということはただのアホではないな」
「ひどいな~」
一瞬の油断すら許さない剣舞の中での気の抜ける会話。互いの刃を受け流しあいながらこんなことができるのはまだまだどちらも本気ではない証拠と言える。
「じゃあちょっとビビらせてあげよう……かっ!」
ギィンッッッッ!!!!と高い音を上げて刃がぶつかり合う。受け流さずに起きたその交錯は……
アストの剣の、破壊という結果をもたらした。
対するフリードの刀には傷一つすらついてない。
やはりこれは刀にも魔力を纏っていることと、通常武器と魔法武器の差と、フリードの方がアレンよりも「魔力」の扱いに長けていることが要因だった。
……が、
「残念だったな」
「!?」
アストの剣から紫炎のオーラが噴き出す。バラバラに砕け散った剣は急速に修復されて元通りになった。修復時間は「2秒」。
アレンの異能『革命前夜』。アストの前では再生能力……ということになっているがその効果は肉体だけではなく物体にも発揮される。
といってもそれだけではない「本質の能力」に関してはアレンしか知り得ないことなのだが……。
剣を破壊したと思っていたフリードが見せる一瞬の隙。その隙をアレンは逃さない。
疾風が駆ける。
速度を数倍に加速させてアレンの体はフリードの横を通り抜ける。
そして剣の刃は、フリードの体を捉えていた。
「やられた…………って、ならないんだな~これが」
完全にアレンの一閃をモロに受けたフリード。しかしまったく痛打をもらった様子はない。
「……さすがだな。今のを『防ぐ』のか」
「よく言うよ。まだまだ全然本気出してないくせに」
先ほどのアレンの斬撃。確かに剣はフリードの体を叩いた。
けれども、それに合わせて纏っていた魔力を移動させ……アレンが攻撃を与えた部位─腹部に集中させたのだ。
鎧の役割を果たす魔力。それを一カ所に集めることでさらに堅い守りとなる。アレンの剣は『ファルス』が付与され、魔力も纏っていたが、それを貫くには至らなかった。
(まさかピンポイントで合わせられるとはな。あの速度でも普通に見えていたというわけか。……食えない男だ)
いくら「魔王の力」を使ってなくともノーダメージなことは予想外だった。それほど寸分の狂いもなく防御を成功させたのは紛れもなくフリードの実力だ。
「いやぁ……その異能も興味深いけど、そうなってくると『魔王の力』の方も見たくなってくるな。それに女の子達の前だ。俺もカッコイイとこ見せたくなってきたよ」
フリードは刀を構える。アレンの異能をもっと知りたい、そして「魔王の力」が見たい……それは、致命傷を受けさせるかも。そう聞こえる。
これは完全なアレンへの挑発だ。
「やってみろ。お前にできるのならな」
「いいね。そういう熱いの、嫌いじゃないよ」
空気が変わる。手合わせのレベルを超え……互いの力が放たれる。
「『幻影叢雲』…………起動!!」
(『革命前夜』……!)
フリードは自分の刀……『特殊魔法武器』に魔力を注ぎ込む。瞬間、フリードの刀が霧散して消えた!!
されど、攻撃の予兆は消えぬまま。刀が消えたというのにどう攻撃するのか。フリードは謎に包まれた攻撃を繰り出そうとしていた。
それに対しアレンは手をかざして異能を発動しようとする。その能力は再生能力ではなく……アレンしか知らない本質の能力で……。
「そこまでッ!!!!」
2人の力の衝突を破ったのはアンリーの怒声。フリードは『特殊魔法武器』を振りぬくのを止め、アレンも『革命前夜』を使うことなく解除する。
「おいフリード! お前手合わせの範囲に抑えろ。今のはどう見ても過剰攻撃だろ。防がれたかどうかは知らんけど、今のでどっちかは重傷になってたぞ」
「……すんません」
アンリーは医者だ。治す治さない以前に目の前で怪我人を出すわけにはいかない。
フリードは謝ると特殊魔法武器に魔力を注ぐのも止める。『幻影叢雲』は再び姿を現してフリードの手に収まっていた。
「すまない。ついつい熱くなっちゃうのも俺もまだ若いってことなのかね。さっきのことは水に流してくれると嬉しい」
「俺も殺す気で異能を使おうとした。悪かったな。過剰攻撃ならお互い様だ」
「いや、殺す気て。…………え、マジで?」
アレンからサラッと出てきたその言葉にフリードは「あっぶねー」と笑っていた。涼しい顔で言っているところ、フリードはそれでも死なない自信を持っていたようだが。
(それにしても……異能を隠そうとしているのにこんなところで使っていては世話がないな。見られたところで俺の異能がどういう能力なのかはわからないだろうが……)
アレンの異能には発動に関係しているとある「条件」があり、その延長線上、誰にも異能の詳細を知られるわけにはいかなかった。
そのため、アレンは自身の異能の情報をどのハンターにも教えていない。虚偽の情報をハンター組織に教えている。それほどの徹底ぶりだ。
……とはいっても、1人だけ自分の異能を知っている「少女」はいるのだが。
(ふん……。俺はもう『子供』は卒業したはずなんだがな)
剣を収めて頭を掻いた。そこで2つの視線に気づく。……キリールとミルフィアだ。
キリールは警戒するような目、ミルフィアは心配と悲しさが混じった目をしている。
そんな2人のメイドの様子を見たアレンはつい彼女らから視線を外す。
アレンは人間として生活をしていた過去のアストだ。魔人の彼女らとはなんの面識もない。アストにとってどんな存在なのかは知っているが。
「そう睨むな。俺はお前達が危害を加えてこない限り俺も危害を加えない」
「アストさんではなく、アレン・アルヴァタールですね。その口ぶりからして私達の味方……という認識で合っていますか?」
「俺の口から言っても信用しないだろうが……その認識で構わない。俺にはやらなければいけないことがある。それを邪魔しないというのなら……お前達は敵ではない」
「その目的とは?」
「ある1人の少女を探すこと。名は『セーナ・エクリプス』。長い黒髪で、鈴の髪飾りをつけているはずだ。……少しでもいい、情報が入ったら俺に伝えてくれ。アストには伝えなくていい。むしろ伝えるな。今もアストには聞こえないようにしている」
「セーナ……?」
キリールにもそんな名前は聞いたことがない。どこかで戦闘した誰かでもない。アレンの話した特徴も誰かを特定できるような明確な情報でもないのでどうとも言えない。
髪飾りだって日や気分によって変わるだろうに、とも思うが……。
「それだけだ」
そう言うと、アストの体はガクンと一度落ちる。
「あ、戻った」
そこにはアレンとはかけ離れた表情のアストが立っていた。同じ人間なのに「違う」とわかるほど雰囲気に変化があるのはどういうことなのか。
「兄様~!」
相手がアストだとわかるとミルフィアは急にアストに飛びついていく。ガシリと体をホールドしてきた。
「フィアちゃん?」
「さっきの兄様すごく怖かったです~!」
涙目で訴えてくるミルフィアにちょっとだけ心が痛かった。自分と比べればアレンは怖いという印象を受けるのもわかるが、この状態でも自分が目にすることや耳にすることはアレンにも伝わるので微妙な面持ちだ。
(「怖い、か」)
(「気にしてるの?」)
(「別に」)
一々コメントしてくれるあたりちょっとは気にしているのかもしれない。放っておくけど。
「ごめんね。もう大丈夫だから」
グスグスと泣きべそをかいているミルフィアをあやしながらキリールに向き直る。
「彼のことはベルベットには黙っていてもらえませんか? 僕はこの通り、大丈夫ですから」
「……いいでしょう。私もあの方に心を痛めてほしくはありません。それに、貴方が無事だとわかればそれで構いませんから」
言外にアレンのことはアストに任せると言っている。それはアストへの信頼なのか。「人間」の一面を見せても「魔人」として過ごしてきたアストを信じる、という。
「ありがとうございます」
それからアストはフリードに手合わせしてくれたことに感謝を述べて寮に帰っていった。ミルフィアもアストと一緒に帰ることにした。
♦
フリード達はその後もトレーニングルームに残る。
「アレン君ヤバかったな。底が全然見えない。異能も再生系かなーと思ったけど、俺の前で簡単に見せてるあたり多分あれ再生系じゃないな。アンリーさんの見立てはどう?」
「うーん。アストよりはタイプじゃないなー。あたし可愛い子が好みだし」
「いや、異性としてどうかの話じゃなくて」
元々アンリーにアレンと戦う意思なんて存在していないので強いかどうかなどどうでもいい。アストは可愛いし面白いのでからかいがいがあるが、アレンのように面白くないのはアンリーの好みではなかった。
「でさ、これが今日の本題なんだけど。今さっき彼の実力を見て尚更お願いしたくなった。『リーゼ』をどうにかするのに彼の力を借りるのはどう? キリールちゃん、文句なしじゃない?」
実はフリードの今言ったことこそ真に相談したいことだった。ハンターとして鍛えられた高い実力、そして「魔王の力」。この要素こそが強敵を打ち砕く要因になり得ると判断したからだ。
まだ学生でもあるアストに助力を要請するほど味方がいなく、さらに相手が強く、こちらが不利となる状況であることは誰もの共通認識。
ベルベットの使用人に関しても相手が相手なら下手に人数を増やせない。無駄死にするだけだ。
「できません。ベルベット様からそれは止められていますので。あとちゃん付けしないでください。耳が腐ります」
「それだと俺がキツイ。これ本当よ? 俺個人で動くことになるから魔法騎士団からは一切助力を得られない」
「なら、これで貴方とはさようならですね。ご冥福をお祈りします」
「まだ殺さないで……」
微動だにしてくれないキリールの意思にフリードは呆れる。
キリールもベルベットの命令だけで頑なに拒否しているわけではない。彼女もアストには傷ついてほしくないのだ。人間としての彼なら警戒対象だが、「アスト・ローゼン」は違う。
自分にも彼と過ごした時間に意味があるのだろう。ミルフィアにも同じ気持ちがあった。
「考えといてよ。けっこうマジなお願いだから」
強い相手を打ち破るのは、より強い力か異質な力。
後者を持ちうるアストの助力をキリールも考えなかったわけではない。
キリールは自分の意思と板挟みになっていることに頭痛を覚えた。
アレンの異能「革命前夜」の能力詳細や発動に関する条件は謎のままで話は進んでいきますが多分話が進んでいくほどに能力の方は予想で当てられると思います。予想しながら読むのも面白い……かも?




