63話 3つのシチューは恋の味
時間が経つと、本を一緒に読みながら待っていた僕とカルナの前に夕食のお皿が置かれていく。
テーブルにはサラダ、パン、そしてビーフシチュー。ここまでは普通に聞こえる。
けれどそのビーフシチューが僕の前にだけ3皿も置かれていた。3という数字でこのビーフシチューは3人が作ったものだと推理できる。
「あの~……なんで僕だけ3つもあるの?」
「黙って食べればいいのよ」
「気にしなくていい」
「兄様はただ食べたお皿の感想だけ言えばいいのです!」
出たよ。疲れるイベントが。なんで、なんでこんなことになった。
チラリとシチュー達を眺めていく。
一番左から、見栄えも良く綺麗に仕上げられたプロが作ったようなシチュー。家庭的で自分の味をしっかり完成させているようなシチュー。ボコボコと溶岩のように灼熱地獄と化したシチュー。……ん!?
若干3つ目が二度見するレベルですごいシチューだったがおそらく誰がどれを作ったかは大体わかってしまったぞ。
僕以外の皆に置かれている皿は一番最初に紹介したシチュー。これはミルフィアが作ったやつだろうな。彼女はベルベットの館でも実は料理担当でもあるのでこの出来栄えも納得だ。
「早く食べなさいよ……冷めるでしょ」
「ドキドキする」
「兄様はフィアの味を覚えていますよね?」
ああ……嫌だ。こんなに食べる手が止まることはなかったよ。
食べた後、感想言わなきゃいけないんだろうな……。
僕は一番左のシチューにスプーンを入れようとする。すると、ミルフィアの顔がパアァァ!と輝くと、残り2人の顔が険しくなる。
それを見て手を引っ込めると3人の顔が戻る。そして次は真ん中のシチューにスプーンを……。
するとカナリアがドキドキした顔になり、2人は面白くなさそうな顔をする。戻すと3人の顔も元に戻る。
「そんなに見ないでくれる……? すごく食べづらいんだけど」
「いいから食べなさい!!」
「早く。早く」
「もう~! 焦らさないでくださいー!」
これで誰がどれを作ったのかは答え合わせできたな。依然として食べづらさは変わってないけど。
カルナも一向に食べようとしない僕を見て「?」という顔つきだ。僕と同様食べようとしない。
夕食は始まっているのに誰も食べようとしないので……仕方ないな。
ならば、こっちの好きなようにやらせてもらおう……。
僕は真ん中のシチューをパクッと一口食べる。
食べた瞬間に感じたものは、
「うまい!!」
さっきまでの暗鬱とした気持ちを吹き飛ばしてくれるほどの美味さ。僕にアレンの母の記憶はないけれどきっと母の味とはこんな物だと評せる一品。
僕の評価に反応してカナリアの顔はちょっと赤くなってモジモジし始めた。
おや? おやおや……?
カナリアの珍しい表情に面白くなった僕はついつい悪ノリが出てきてしまう。
いや~思い出せばこの数日間、カナリアにたくさん振り回されたからね。ここらで1回僕も反撃と行こうか。
「なんて言うのかな。このシチュー……作った子の思いやりが込められてるというか。きっとすごく優しくて料理が得意な子が作ったんだろうなぁ……」
僕は誰が作ったのかまだ気づいていない体で感想を述べていく。それを聞いたカナリアはボン!と顔を真っ赤に染めた。
ぷぷぷ。良い反応だ。美味しいのは本当だけどね。
「良いお嫁さんになるんだろうな~。こんな料理、毎日食べても飽きないよ。なんたってこんなに美味しい料理作れるんだから将来結婚する男は羨ましい!」
カナリアの顔はどんどん赤くなって今やこっちに目を向けられていない。こんな表情初めて見たなー。
「これを食べられたなんて僕は幸運な─」
「長いわよ!!」
「痛っ!!」
僕がまだペラペラと褒めようとしてるとカナリアからスプーンが飛んできた。食器を投げちゃダメ!
でも、さすがにやりすぎたか。調子に乗りすぎた。まぁ可愛い表情は十分見れたし反撃はこれで満足だ。
これで終わり……と安心していたら、
「ね、ねぇ……」
「うん?」
「さっき言ってたことって……ほ、本当なの?」
「…………」
あれ? なんだこの展開。カナリアの顔は真っ赤なまま。目もこっちに合わせようとせずまだモジモジとしている。
「お嫁さんがどうとか……結婚する男が羨ましいとか……ど、どうなのよ……」
「…………」
ふざけた付けが回ってきた。まさにこれが因果応報というものか。食べたシチューを全部吐き出しそうなくらいマズイ展開になっている気がする。
いつの間にかフィアちゃんも頬をぷっくり膨らませて詰め寄ってきてる。ライハもゴゴゴゴ……!と音が聴こえてきそうなくらい無表情でこちらを見ている。
「アスト。具合悪い?」
カルナも心配そうに僕を見ている。僕はどんな顔をしているのか。こんなに心配そうに見られているならよっぽど辛そうな顔をしているに決まってる。
さて……ここでの選択肢だが。
①本当だよ。全部正直な気持ち。
→「何言ってんのよ!このバカ!」
②ごめん。調子乗っちゃって……。
→「何言ってんのよ!このバカ!!」
③大好きだ! 結婚しよう!!
→「何言ってんのよ!このバカ!!」
全部暴力フィニッシュで終わるなこれは……。って③は我ながら絶対にない。僕の脳内はどうなってるんだ。
どうせなら好感触に近い方で終わりたいし……
「本当だよ。全部正直な気持ち」
①を選択。それと同時に防御姿勢展開。腕でガードを固めていつでも逃げ出せるように中腰になってスタートダッシュから準備を仕込む。カルナは僕の奇行に「???」とひたすら疑問符を浮かべていた。
さぁいつでも来いと構えていたのだが……
「な、な、……何、言ってんの……本当、バカなんだから…………ば、バカ……」
来ない……暴力が来ない!
カナリアはプシューと真っ赤な顔で俯き、怒って暴力を振るうどころか若干ニヤケているようにも見える。
って、ああ! よく見ると指に僕があげた人魚の指輪がある! なんだなんだ。これはもしかして指輪効果なのか? 意外とあの時のプレゼントが嬉しかったのかな?
さすがにもう左手の薬指にはしてないけど……指輪効果は未だ絶大のようだ。プレゼントしてて良かった~!
なんとか選択肢に成功したと喜びも束の間。
「兄様!! 早く次のシチューを食べてください!!」
「アスト。口を動かさずに手を動かして」
残り2人がプンプンに怒っていた。はいはい食べますよ。ここまで来たら食べますとも。
一番左のシチュー─ミルフィアが作った物へとアストは手を伸ばす。
一口掬って口に入れる。さて感想を……
(んんッ!!!!)
ミルフィアの味はもう知ってるから思い出して感想でも言おうかと。そう考えていた。この一口を入れるまでは。
口に入れた瞬間、一気に体中が喜ぶかのごとく震える。洗練された味がさらなる工夫によって一段上の存在へと昇華し、それが喉から駆け巡っていく。
「うっっっっっっっっま!!!!!! なにこれ!?!?」
プロ。そんな言葉すら安っぽくなるほどの味。達人?……匠?……仙人? 最後のは違うか。
とにかく改良に改良を重ね、グレードアップの果てに辿り着いた最高存在であることは明白だと舌だけで感じ取ることができた。
「おいしい! とってもおいしい!」
カルナも目を丸く見開いて笑顔が咲く。内気気味だった彼女の心すら開いたようだ。
「ふっふっふ。兄様はフィアの本気を垣間見てしまったようですね……」
当の少女は膨らみかけの年相応なつるぺた胸を反って得意気になっている。
カナリアやライハのところからも「嘘でしょ……」「模倣不可能。怪物……」と恐れの声が出てきていた。
こんなのベルベットの館でも味わったことのない味だ。どうなってるんだ。
「普段のフィアは手加減しているに過ぎないのですよ。兄様だけには特別です!」
と、主のベルベット相手には手加減して作っているとうっかり宣言してしまうミルフィア。この場にベルベットがいなくてよかったな……。っていうかベルベット、使用人から舐められすぎてない!?
「ところで……これでフィアも兄様のお嫁さんに相応しいですよね?」
「うん!…………うん?」
なんかカナリアの時と似たような話題が再浮上してきたような。でもそんな内容だったっけ? あれ……???
本人は「やったー♡」と大喜びしてるのでまぁ良しとしよう。子供の言うことなんだから。子供の…………うん。
「アスト。真打ちは最後に登場する」
「そう、だね……」
来た。来たぞ。別の意味でも真打ちなライハのシチュー。
未だにボコボコッ!と溶岩の様相をしているシチューはまさに僕を始末しよ……喜ばせようと声を上げている。
だがライハ本人はワクワクしているので引けはしない。それに作ってくれたことはとても嬉しいんだ。それは本当に。
(そんな相手に食べられないなんて……言えるわけない。ライハの気持ちを受け取るッ!)
覚悟を決めてシチューを掬うと、ドロオォォ……と粘度の高い液体だと今更ながらに正体を明かした。
「え?」
シチューだからサラサラとは言わないまでもこれは予想外である。せっかくの覚悟がこの光景にへし折れそうになった。
「独創性を重視した。これはアストのために心を込めて作ったシチュー」
なんてことだ……。僕を想った結果、兵器が完成してしまっている。
しかし、ライハに悪気はない。どんな形であろうとこれこそがライハのベストを尽くした結果。食べないことこそ失礼になる。
僕は3回くらい深呼吸をして、水も汲んでくる。もうすでに失礼なことをしている気がするがこれだけは許してほしい。
「じゃあライハ……食べるよ」
「うん」
ライハの頬はピンクに染まり、これからのアストの反応を伺う。無表情な彼女でもやはり女の子。自分の手料理を食べてくれるのは嬉しい。相手がアストなら尚更だ。
僕は掬ったシチューを口に入れる。
(んぐっ!!!!! ぐうぅぅぅ……う、う、あ、あああ、……あうあ、……あぁ……)
口に広がる灼熱地獄。喉を通すと炎の道が体の中へと通っていく。胃へと突き進む道の途中で道草ついでに体の各箇所を焼き捨てていく感覚に襲われる。要するにありえないほど辛い。
「ら、ライ……これ、何入れたの……」
なんとか声をひねり出してライハに訴えかける。この辛さは何者かと。
「隠し味に気づいてくれた。シチューには色んな辛い物を入れている。辛いシチュー……独創的」
ライハが無表情だからか一瞬本気で死刑宣告でもされたのかと勘違いした。目の前で「ここでお前を殺す」と言われてもおかしくない状況だ。
実はライハは辛い食べ物が得意だったりする。
アーロイン学院の食堂にあるカレーは辛さレベル1~1000まで選ぶことができ、10で気絶者が出るほどの辛さとなっている。
10でその辛さなのになぜこれよりも上の辛さを追求できたのかというと、魔法を使っているからだ。
辛味の成分を増量させる魔法や辛味による痛覚を疑似体験する魔法をこれでもかとつぎ込んで辛さを異常なまでに成長させることに成功しているのだ。ちなみにこれも魔女の研究成果の1つでもある。
ライハはこの辛さレベルの845を先日完食したという伝説を持っている。本人は「辛い、辛い」と言いつつもペースは全然落ちないし、途中で水を一切飲んだりしないし表情も変わらない。
まぁ何が言いたいかっていうと……ライハの「辛い」はとんでもないレベルの辛さなのだ。
それを食らった僕の体は悲鳴を上げ、顔からは多数の発汗を確認。脳も「やめてくれ」と命令ではなく僕にこれ以上食べないでくれと懇願してきている。
「アスト……もしかして美味しくなかった?」
ライハの顔はみるみる曇っていく。無表情だけども目が伏し目がちになり、しゅんとした雰囲気が滲み出ていた。
ここで引き下がるのは……男じゃないよな。僕の師匠でもあるジョーさんからも日々言われている。「女を泣かせんじゃねぇ」と。
今こそ師匠の教えを守る時だろ!
それでも、覚悟を決めてもまだ一歩踏み出せない。そうしていると……
─もう、諦めるの?
え?
なんと。僕が窮地に追い詰められた時に聴こえてくる少女の声まで聴こえてきた。そんなバカな。僕ってそこまで追い詰められてたのか。
グランダラスの時やバハムートの時とはまた違った窮地に僕の体が生命の危険信号を鳴らしたのだろう。ならば、やることは1つだ。
僕はライハが作ったシチューを見据える。そしてこのシチューを完食する意思を強くする。なぜ? それはライハを悲しませないため。
ほら。そうすれば僕はもう一度、
戦えるッ!!
スプーンを握りしめてライハのシチューを掻き込んでいく。ドロドロしているせいで中々掻き込みづらいし口の中での動きも遅いのでしっかりと口と喉を焼いていく。
魔法攻撃を口内にぶち込まれているかと錯覚する。低級の炎魔法よりかは熱いんじゃないかと魔女の人達に研究してもらいたいくらいの灼熱溶岩だ。
「か……かん、しょく……」
僕は空っぽの皿の中にスプーンを投げ捨て、バタッと仰向けに倒れた。脳が「ふざけるなよお前おいコラ」と宿主に猛抗議してる。ごめんなさい。
「アスト。嬉しい……」
ライハの頬はまたピンクに染まり、少しだけだが口角が上がってその表情は笑顔のようにも見えた。はは……可愛い笑顔だぁ……。
「アスト、変なのっ! ふふ……」
横でカルナもぶっ倒れた僕を見てクスクス笑っている。ライハだけでなくこの子も笑顔にすることができた。
これで、全員が幸せになるルートを通れた……はず…………だ………。
そのまま僕は意識を失い、目を覚ますと。
「あれ?ここは……」
僕はベッドの上に寝かされていた。起き上がると、横にはアンリーさんがいた。どうやらここは保健室のようだ。
「あ、目ぇ覚めた? なんかあんた食中毒に近い状態になってたけど何食べたの? ほい、これ一応薬」
「保健室」とは言っても人間の学校の保健室とは違い、魔法使いの学校の保健室は病院等の医療機関と同等の治療を行えるし、行ってもいいとされている。そのためアンリーさんは僕に診断結果と対応する薬を出してくれた。
「いえ……師匠の教えを守っただけです」
「?」
案の定アンリーさんは意味不明と言いたげな顔をしていた。それでいい。これは僕の胸の内にだけしまっておくべきことだ。
帰り際、少しの間でも同部屋になったガイトのお見舞いでもしていってから部屋へと戻った。
家庭的な子に、料理が大得意な子に、料理はちょっぴり下手だけど想いを込めて作ってくれる子。
世の中色んな女の子がいるなぁ…………。
「あなたなら誰を選びますか?」っていうちょっと変わった恋愛ゲーム風の話です。
僕はライハです。辛いの苦手だから胃ぶっ壊れそうですけど。
 




