62話 ヴァンパイア・ガール
え~、僕はロープでグルグル巻きにされて床に転がっています。2回目です。口もガムテープで封をされてて1回目より酷いです。
「このロリコン。反省してないようね……」
「アスト。わたしは悲しい」
「兄様、フィアじゃダメだったんですかー!」
3人の女の子に詰め寄られている様を、ミルフィアの用意した服を着せてもらったカルナは泣きそうな顔で「ア、アスト……」と見ている。助けて。
「む、むぐむぐー!」
「これは誤解なんだ!」と言いたいけどガムテープのせいでなんて言ってるか全然通じない。
「このロリコン、『お楽しみタイムを邪魔しやがってー!』って言ってるわよ。この期に及んで反省0だわ」
そんなこと言ってないよ!!横暴だ!!
芋虫となった僕はジタバタと動いて体でも抗議する。だが、何も伝わるはずもなく……。
「逃げようとしてるわよこいつ!」
「アスト。逃げちゃダメ。小さな胸が好きなのか小さな子が好きなのかをはっきりさせないといけない」
「もしかして兄様はフィアの年齢でも『おばさん』って言う人なんですかー!」
ほら来た冤罪祭り。もう本格的にダメだこの子達。
「あ、あの……わたし、が、悪くて……その……えと……」
グスグスと泣きながら僕の前に立ちはだかってくれるカルナ。ミルフィアが敵になっている以上頼れるのはカルナだけだ。……あれ? 頼る相手が小さな子ばっかりなんだけど……?
それは置いといて! 頼むカルナ!
「怪しいですー! こんな風に庇うなんて怪しさ満載です!」
ミルフィアは即座にカルナを疑う。君がそれ言う!?
まさかのとんでもない裏切りを前にして僕はどんな表情をしていいのかわからなくなる。
「見て。こいつ変な顔してるわ。追い詰められてる証拠よ」
「アスト。正直になれば楽になる」
「うわーん! 兄様はフィアのこと嫌いになったんですかー!」
あーもー。何しても僕の不利益にしかならないじゃないか。その内息してるだけでいちゃもんつけられそうだよ。
そこから30分くらいこのやり取りで僕の容疑が深まり、とうとう魔法騎士団に突き出そうとなったところで僕も焦りまくり全力で抵抗したところ、なんとかガムテープが剥がれた。
「誤解なんだ!」と、カナリア達が引くくらい泣き叫ぶ僕を見かねて話をさせてもらえることになった。僕の誠意が通じたんだ。やったー。…………はぁ。
カルナを含めて僕達はテーブルにつく。僕はロープで縛られた芋虫状態のまま。
「それで? これはいったいどういうこと?」
「その前にロープも外してよ。どう見てもおかしいでしょこれ」
仕切り直し。ロープも外してもらって解放されたのでこれで話が進められる。
「で? どういうこと?」
「この子、家出してきたみたいでさ。それで数日間くらい彷徨ってたのか食べ物を求めてこの家に侵入しようとしてきたんだ」
「家に連絡すればいいじゃない」
「それがさ……すごく嫌がるんだ」
皆の視線がカルナに集中する。彼女はその視線に耐え切れないのか俯いて縮こまってしまった。
「あんた、名前は? フルネーム言える?」
カナリアはミルフィアの例もあるのでまずは情報をできるだけ集めようとした。ぞんざいに扱って後でとんでもない人物だった時が怖いからだ。
「カルナ……カルナ・ローラル・ベリツヴェルン……です……」
カルナはオドオドした調子で自分のフルネームを明かす。その名前に反応したのはカナリアでもなく、ライハでもなく、まさかのミルフィアだった。
「ローラル・ベリツヴェルン……そんな……」
ミルフィアは何事か考えると、カルナに1つ質問を投げた。
「違ったらすみません。もしかしてですが……『吸血鬼』の方ですか?」
その質問は完全に予想外なものだった。カナリア、ライハ、僕の3人は不意打ちを食らったように瞠目する。
僕達はどんな返答が来るのかと待ち構える。少しして……カルナは1つ、頷いた。
この子が、吸血鬼……!?
「合ってたようですね。特徴としても瞳の色が金色なので合致してます。他種族の場所に潜入する際はカラーコンタクトを入れたりするらしいですけど、それもないので家出というのも確かですね」
ミルフィアが言うには吸血鬼は皆、瞳の色が金色なんだとか。
僕も見た時はこの子の目は宝石に見えたくらいに綺麗だった。それが吸血鬼の特徴だったとは。
他の種族の魔人を見たことないからわからなかったけど……吸血鬼も人間とさほど変わらないように見える。これじゃ瞳の色さえ隠したら魔法使いや人間と区別がつかないぞ。
「口の中、見せてもらえますか?」
また疑うアストの表情を見てか、ミルフィアは口の中を見せることを要求した。カルナは躊躇いつつもそれに従う。
僕達は大きく開けた口を覗き込む。ピンク色の舌、綺麗な歯並び……これといって変な物はないと眉間に皺を寄せるが、
「見えますか兄様? そこの犬歯のところです。まだ子供でわかりづらいですが」
「んー。あ……」
ミルフィアに言われたところをアストは見てみる。すると、それを見つけた。
(牙みたいに尖ってる。八重歯かと思ってたけどよく見ると……違うような?)
上の歯だけでなく下の歯にも尖っている部分があった。自然にそうなっていて、生まれながらにそうなると決まって生えてきたと言わんばかりに。
瞳に牙。こうしてみると人間や他の魔人にはない特徴がいくつかあるんだな。
「一番の特徴は『血』なんですけどね。それを見るわけにはいきませんから」
まだ特徴があったのか。吸血鬼の判断材料は意外と多い。ん? でも待ってくれ。
「どうしてフィアちゃんは名前を聞いたら吸血鬼ってわかったの?」
「へ!? い、いや~たまたまですよー」
ミルフィアはピューピュピュー♪と口笛を吹きながらそっぽを向く。
あ、怪しい……!
「まぁそんなことはいいわ。それで、なんで家出なんかしたわけ?」
カナリアはさっさと本題に話を移すべく核となる質問を出した。
全てはそこだ。内容によっては言いたくないことの可能性もあるけどこればっかりは聞かないとわからない。親よりも、彼女の口から聞く言葉こそ最も信じられるものだろうから。
僕も力になってあげたいし、ここにいる者はきっと気持ちが一緒だ。
「…………」
聞けば、力になれるかもしれない。なのに、聞かせてくれない。カルナは黙ったまま。不安に堪えない目をして体も小刻みに震えていた。
「いきなり聞くのは酷だよ。しばらくは何も聞かずにこっちで面倒を見てあげない?」
「面倒を?」
「うん。家出してきてここに入ってくるってことは休める場所すらないってことだ。だったら……このまま放りだすことなんてできない」
カルナはアストを見る。その表情は……どこか変だった。
希望を得たような、絶望を得たような、それらが綯い交ぜになって1つとなっている。そんな表情をしていた。
この表情の意味を読み取ることはできなかったが、嫌がっているようには見えない。
「カルナは……それでいい?」
「…………うん。お願い、します」
弱々しく頷いた。無理やり言わせちゃったかなとも感じたが放りだす選択肢は存在しない。面倒を見よう。
「じゃあ、ご飯にしようか。カルナの分も作れる?」
「任せてくださいー!」
ミルフィアは急いで台所へ準備に入った。それにカナリアとライハも続く。
ここで疑問が出てきた。カナリアは料理ができるけど誰かが作るならその人に任せるタイプ。ライハは料理なんてまったくできないタイプなのだ。
ミルフィアが料理を作るというのになぜこの2人は台所に入っていくのか。
「カナリア? ライハ? フィアちゃんが作ってくれるって言ってたけど……」
もちろん5人分は量が多い。だからお手伝いというのなら納得できる話だし、止めはしない。
「あ、あんたは気にしなくていいの! じっとしてなさいッ!」
「これは女の戦い。アストは知らなくていい」
こんなことを言われてはどうにもならない。ミルフィアも「負けませんよー!」と張り切っているし。
何かは知らないが3人の間で勝負が行われている。帰ってくる時も3人同時に帰ってきたのでそこで勝負内容が話し合われたんだろうけど……。
「2人で待っていようか……」
「うん」
普通の食事にならない気がしながらも、見て見ぬふりをしてカルナと待つことにした。
お願いですから何も起きませんように……!
僕は今月が何なのかをすっかり忘れていた。
今月は……激動の5月。部屋を追い出され、ロストチルドレンの問題に直面し、洗脳された友人と戦い、自分が「人間」と知り、ベルベットが襲われ、子供の吸血鬼を匿うことになったとんでもない月。
そうなれば……何も起こらないなんてことはなかったのだ。




