60話 魔力コントロール
「よーし。アストぉ、お前も魔力を纏う練習は卒業だ」
「本当ですか!? やったー!」
ジョーさんに見てもらっての「魔力を纏うまでの時間を短くさせる練習」。
これはただただ反復練習をすることが実を結ぶのだが……ようやく成果が出たと言える。なにせ今日の僕が魔力を纏うのに要した時間は……「1秒」だからだ。
他の魔人は1秒以下で纏えるがここまで短縮できれば合格とのこと。もちろんこれからも練習は欠かさずやって1秒以下で纏えるようになるつもりだけどね。
「そろそろ次のステップに行くかぁ。今度は纏う魔力を厚くしてみるぞ」
「厚くさせる?」
「こんな風になぁ。……見えるか?」
ジョーさんは言葉と共に何らかの行動を起こす。僕の目からは何が起こったかは見えないので十中八九魔力で何かをしたのだ。それにこれは魔力のコントロールの特訓だし。
「いや……何も……あっ!」
「おっ……気づけたかぁ?」
「ジョーさんからの圧が強くなった? ……そうじゃない。より存在感が増している……というか」
目の前にいるジョーさんが大きく見える。これは視覚的に大きくなったとかではない。存在感に圧倒されて「大きく見える」。つまり気圧されているのだ。
「もしかして……これが?」
「おう。今の俺は普段の2倍の量の魔力を纏ってる。どれ……剣を1つ貸してみろぉ」
言われたことに従って僕の剣を1つジョーさんに渡した。すると、
「ふんっ!!」
剣の刃に拳を打ちつける!ゴンッ!!と鈍い音を響かせて……刃にひびが入り、へし折れた。
「え? えぇ!?」
「ま、こんなもんだぁ。当たり前だが魔力を纏う量を増やせばその分防御力は上がる。そして……ある程度なら攻撃力も上がるのさ」
一見して剣を殴って折るなんて……と思うかもしれない。魔法なんてものを見続けていれば尚更。
だが、ジョーさんは強化魔法である『ファルス』を使っていないのだ。魔法による強化補正が何もない状態で剣を殴り折ってしまった。
『ファルス』の有無は大きい。だからこそ『ファルス』を使わずして身体強化をしてみせたジョーさんには驚かされた。
「『ファルス』で済むことだから攻撃の時にこんなことする奴なんてほとんどいないけどなぁ。主に防御の時だけだ。それでも魔力のコントロール練習にこれほど使えるものはない。ちょっとやってみな」
「はい!」
えっと……まずは魔力を纏って、それで……纏ってる魔力を増やす、と。これで大丈─
シュウウゥゥ……
「あれ?」
魔力を纏うのは失敗しなかった。気が遠くなるほどの反復練習のおかげで失敗しない自信があるほどに。
それなのに、どうしてだ? 魔力の量を増やそうとしたら急に纏っていた魔力が消えた。
ポカーンとしていた僕の様子を見てジョーさんはニヤリと笑っている。
「も、もう一度!」
まずは魔力を纏う。そして……それを増やす!
シュウウゥゥ……
「あれ?まただ」
最初と一緒。纏っていた魔力が消えた。なんで?
「くっく……アストぉ。そいつはまだまだコントロール力が足りねぇ証拠だぜ」
「コントロール力が?」
「おう。魔力を纏うっつーのは自分の魔力を体の表面に留めておくもんだ。今のお前は小せぇ魔力を留めておけるくれぇにはコントロールが可能になった」
うん。それこそまさに僕の現状だ。纏った魔力を逃がさずに体に留めておける。息をするようにとは言わないまでもそれに苦労はしなくなった。
「しかし、だ。魔力の量を増やしちまったことでコントロールできなくなって体に留められなくなったのさ。魔力が消えたのも体から離れて空気中に溶け消えたってのが正しい。イメージとしてはそうだなぁ……ふうせんを飛ばねぇように手で抱えて持っていたが、持ったふうせんが大きすぎて抱えきれなくなって飛んで行っちまった……そう言えばわかるか?」
「はい。なんとなくわかります」
そうだったのか。でも、普通そうだよな。魔力の量が増えればその分コントロールするのも大変になる。当たり前のことだ。
「見えてきただろ? 次の課題がよぉ」
「はい……纏う速さの次は『コントロール力』ですね?」
「正解だ」
これまた反復練習……だけども、前のとは違う点がある。それは「1回1回に集中しないと意味がない」ということだ。
魔力を纏う速さならば「慣れ」ができることで速度も速くなってくる。
でもこの練習は「コントロール力」を養うもの。1回の練習にコツを得る努力をしていかないといつまで経っても身に着かないし無駄な努力になってしまう。
「地味に思えるかもしれねぇがよぉ。魔力を扱うってのはそういうことだ。地味な部分に本質が隠されている。それを掴み取ることで様々な場面で応用できるようになるんだぜ」
「大丈夫です。わかっていますから。僕は一度近道しようとして……痛い目を見ましたので」
マジックトリガーで属性魔法を得ようとした僕。もしそれが成功したとして、ベルベットは喜んでくれたか? カナリアは一緒に戦ってくれたか?
答えは否だろう。それよりも彼女らは悲しい顔をするに決まってる。ライハにだって見損なわれるかもしれない。
ライハの腕には今も注射痕がある。それはマジックトリガーを使用した証。一度僕に見せてくれたことがあった。
ライハはそれを見る度に「欲望に負けてしまった自分を思い出す」と言っていた。トリガーを渡してきた者も自分の欲の部分をつついてきた、と。そしてそれに負けたとも。
僕もその1人なんだ。最後の一線を止められただけで。心ではその一線を越えてしまっていた。
「僕には僕の力がある。それで戦っていくんだ」
マジックトリガーは都合がいい物ではない。魔力が急激に増えて暴走状態に入ることもあるらしく、使った後は体の内側が破壊されたかのような激痛もあるとライハから聞いた。
あれは危険な道具だ。誰かに使わせていい物でもない。
「ふっ……アストぉ。お前、男を上げやがったな」
「そうですか?」
「見ただけでわかるぜ。『心』が強くなりやがった」
ジョーさんにそう言われると照れるな。少しは弟子として師匠に近づけたかな。
僕が内心で喜んでいるとジョーさんは帽子を目深にかぶり、
「なぁ……アストぉ。お前はよ、もし親が人間に殺されたなんて知ったら……どうする?」
「なんですかその質問」
「いいから答えろ。そしたらお前は……人間を恨むか?」
それを聞くジョーさんの姿はいつもと違った。自分の中の弱い部分を開示しているようで、何かの答えを知ろうともしているようで。
僕には親の記憶がない。それでも仮定してみる。本当にそんな目に遭った人ほどは無理だろうけど、それくらい必死に考えてみる。
その結論として……
「最初は恨むと思います。けど、それはすぐに『違う』と改めることになるかと」
「違う?」
「人間にも色んな人がいます。ひどい人もいれば、ただ毎日を平和にと祈り生きる人も。魔人と同じく学校に通ったりして将来を夢見る子供だっています」
「……」
「誰かを憎む気持ちを否定したりはしません。それは人にとって大切な感情の1つです。でも、それに支配されて『復讐の連鎖』に囚われることこそが間違いだと思いますから……」
誰かが誰かを憎み、復讐する。そうすれば復讐された者の肉親や関係者が相手を憎む。そうしてそれが連鎖していって、いつの間にか誰もがその「復讐の連鎖」とも言うべきものに囚われていく。それこそが今のこの世界の姿。
それに囚われてはいけない。憎む相手を間違えてはいけない。そして、その相手を許す努力をしなければいけない。
どちらかが「許す」ことで……世界は変わるはずだから。
「なるほどなぁ。耳が痛ぇぜ」
「え?」
「なんでもねぇよ。今日は終わりだ。また来週な」
「は、はい! ありがとうございました!!」
そう言って去っていくジョーさんの背中は、いつもと何かが違う気がした。まるで自分の間違いを認識した上で、それでも前に突き進むことを選んだかのようで。
♦
「ガイト。起きてる?」
「起きてるぞ」
僕はジョーさんとの特訓が終わると保健室に寄った。理由はガイトのお見舞い。
昨日も様子を見に来たのだが、その時は寝ていたので起こさないようにとすぐに帰ったのだ。
ガイトがまだここにいることでわかると思うが、彼はまだ完治とは言えない状態だ。
アレンがグランダラスを武器に変化させて使った『インパクト・ファイカー』のダメージもあるが、それよりもマジックトリガーによる体の内部へのダメージとガイトを洗脳するのに使われた謎の魔法道具による体への負担のせいである。
さらにはマジックトリガーの種類も良くなかった。ライハの場合は「同属性のマジックトリガー」を使用して、ガイトは「別属性のマジックトリガー」を使用した。
保健室の先生、というかベルベットの友人でもあるアンリーさんが言うには別属性の魔力を注入された方が内部へのダメージは大きいのだとか。
魔人が使える属性魔法は1つだけなのにそれを道具で無理やり使えるようにしているから回復するのにも時間がかかる。
僕は心配していたがマジックトリガーの使用回数も1回だけなので魔法技能を失うなんてことはない。休めばちゃんと完治すると聞いて安堵の息を吐いた。
「どう? 体の調子は」
「ダルいくらいで痛くもなんともねえよ。明日か明後日には完治だ」
「そうなの? なら良かった」
ガイトは欠伸をしながら外を眺めていた。その間も指がウズウズと動いている。
「もしかしてピアノ弾きたい?」
「ん? ああ……日課だからな。弾いてないと腕が鈍る」
「すごい上手いのにちょっと弾いてないだけで下手になったりなんかするの?」
「バーカ。そういうもんなんだよ」
ガイトのいつもの調子にさらに安心することができた。魔法道具で洗脳されていた時は戦闘だけを行う機械になっていたのでどうなるかと心配したものだ。
その後はガイトとくだらない雑談をするが……途中で話は例の物についてになった。
「しかしあれだな……マジックトリガーだったか。あんな物まであるなんてな」
「そうだ。ガイトは誰にあれを渡されたの? 姿を見たんだよね?」
「……見た。白いローブを羽織ってフードまでつけてやがったな。おかげで顔を見たりすることもできなかったし、声も変えてたから誰かは特定できなかった。」
「そっか……」
これはライハから聞いた情報と酷似している。ライハもフード付きの白いローブを羽織った人物にマジックトリガーを渡されたと言っていた。これらは同一人物でまず間違いない。そして高い確率で「学院の生徒」であることも。
「あとは……『重力魔法』を使ってたな」
「『重力魔法』?」
重力魔法とは音魔法にも称されている「レア魔法」の一種だ。
音魔法が音楽のセンスに関係するものに対して重力魔法にそんなものはない。噂では生まれながらに魔力量が高い魔法使いが獲得するケースが多いとか。
この世界にある「力」を操作して戦うその魔法は非常に強力なのだが、術式の演算量が他属性よりも何倍も多いらしく、3節程度の魔法でも難度が高い。その分、発動できれば相手をほとんど封殺できるので難度に比例した強さがあるとも言える。
「とんでもない情報だね。じゃあ学院の生徒の属性魔法を調べれば……」
「犯人がわかるだろうな。あくまでそいつが『マジックトリガーを使ってない』って前提があるならだが」
「あっ……」
そうだった。魔法を与えるアイテムがあるんだった。
炎、雷、風の3属性のマジックトリガーはすでに確認できているが「重力のマジックトリガー」なんて物はまだ確認できていない。それでも存在しないなんてことも言えない。
「調べてみても損はねえだろ。まぁ尻尾を掴むことは無理だろうけどな」
属性魔法を使ったと聞いた時はなんて迂闊なんだと敵の失敗を喜んだが……どうやら敵はマジックトリガーの存在があるからこそ簡単に使用できたんだ。これでは重力魔法使いについて調べることがお門違いという場合もある。
「この話はまた今度にするか。俺達だけで見つけられるもんでもなさそうだ」
「そうだね。じゃあ、またね」
「おう」
元々ここに来たのはガイトの様子を見るためだ。犯人捜しの話を持ち出すためではない。ガイトの体は大丈夫。それでよしだ。




