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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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57話 運命は君を逃がさない 



 ただいま僕はロープで体をグルグルに縛られて部屋のど真ん中に転がされています。これは決して変なプレイをしているわけではありません。



「で、何か言いたいことはあるの?……ロリコン」


「アスト。わたしは悲しい。小さな子にしか愛情が湧かないなんて」


「違う……僕は何もしてないんだ……」



 カナリアとライハは床に転がされている僕に詰め寄って好き放題言ってる。

 それをフィアちゃんは「兄様―!」と涙ながらに遠くから見ていた。助けて。



「まさかあんたが内緒で部屋に幼女を連れこんでたとは思いもしなかったわ。しかも3人での共同生活が始まっての初日に」


「アストは胸が小さい女の子が好き。把握した。でも歳だけはどうすることもできない。わたしは悲しい」



 ダメだ。僕の言葉なんて聞いちゃくれない。僕だってまさか初日からこんなことになるとは思いもしなかったよ。




「に、兄様は何も悪くありません! 驚かせようと先にお邪魔してたフィアが悪いんですー!」




 フィアちゃんは芋虫のような情けない姿で床に転がる僕を庇うように2人の前に立ちはだかった。

 けれど身長差のせいか小動物が肉食動物に襲われようとしている状況にしか見えない。



「その前にあんた誰よ?」


「わたしはベルベット様の館で働いている『ミルフィア・シルヴァッド』です! 歳は13。使用人序列は7。仕事は諜報と暗……ってこれは言っちゃダメなやつでしたー!」



 ミルフィアはカナリアに睨まれながらもハキハキと答える。

 しかし言ってはいけない情報まで自己紹介に入れてしまったのかアワワワ……と口を開閉させていた。


「その子はベルベットの使用人の1人なんだ。いや、本当なんだって。あ、すいません。嘘なんかついてません。だからそんなに睨まないでください」


 僕も一緒になって紹介してあげるけど信じられてないのか途中でジロリと疑いの目を向けられた。怖いよぉ……


 こんな小さな女の子にもカナリアは容赦なく上から睨み下ろす。

 ミルフィアはビクビクしていて今にも泣きだしてしまいそうだ。


 うんうんわかるよ。いつもそこの立ち位置僕だし。まぁ僕の場合は立ってるというか土下座フォームだけど。



「どうやって中に入ったの? 鍵は閉まってたはずよ」


「開けました……簡単に開いたので……」



 簡単に開いたと言ったが決してアーロイン学院の寮のセキュリティは生半可なものじゃない。



 魔法使いにとって魔法武器、魔法道具、その他諸々と人に触らせたくない物や盗まれては困る物は多い。


 自分の留守の時に部屋に入られていたなんてことになれば自分の魔法武器に細工はされていないか、魔法的な付与をかけられていないか、と調べることは山のように存在する。

 そんなことが起こらないためにセキュリティはかなり強くしてあるのだ。


 鍵穴タイプだが、鍵と穴の両方に魔力がかけられていて、それらが合わさることで初めて開くタイプとなっている。

 もしこれがほんの少しでも合わないとすぐさま学院に通報が入り教師達が取り押さえるという形になるのだ。



 しかも監視カメラまで設置されているので怪しげな人物はしっかりと補足される。

 さらにはこの映像、学院に申請すれば部屋の中で確認できたりもするのだ。部屋の主もすぐに捜索に加われるようにするためである。


 カナリアは学院にこの部屋の近くにあった監視カメラの映像の確認を申請した。

 ミルフィアからも入った時間を聞いてちょうど訪れた時間帯の映像を入手する。それを僕のマジックフォンの端末に映して皆で確認してみる。




 映像には鼻歌を歌ってスキップしながらルンルン♪と部屋の前まで来たミルフィアが映っていた。


 ミルフィアは部屋番号を確認してアストがいる部屋だとわかるとパアァァと笑顔になってドアノブを捻る。

 しかし、ガチャガチャと音が鳴るだけで開くわけもなく。


 少し首を傾げたままだったミルフィアだが……




 ヒュッッッッッッッ!!!!




 右手が人の視認できるスピードを超えるほどの速さでひとたび動く。

 その次にはドアノブからガチャガギッッ!!と変な音が鳴り響いた。


 ミルフィアは何事もなかったかのようにまたドアノブを回す。

 すると今度は普通に扉が開き、ミルフィアは中に入った。


 通報も学院には無く、見事に侵入が成功していた。




「「「…………」」」



 僕達3人は言葉も出ない。

 第一、「ミルフィアが鍵を開けて部屋に入った」という事前情報がなければ今の手の動きには気づくこともできなかった。それほどに超絶技巧の早業だったのだ。



「ベルベット様のメイドっていうのは本当のようね……」



 カナリアは苦い顔をしながら認める。

 それにミルフィアは「わーい! 信じてもらえましたー!」と両手を上げて喜んでいた。



「それに噂で聞いたこともあるわ。ベルベット様の使用人は誰もが高い実力を持った魔法使いって。下手したらこの国の魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)と真正面からやりあえるレベルの集団とも……」



 魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)とは優秀な魔法騎士達が集い、人間や他種族の魔人との戦闘、マナダルシアの諸問題に対応したりする組織のことである。


 学院の魔法騎士コースを通う者は誰もがそこを目標にしている。皆、第一志望はそこだ。


 特に戦闘関係に配属された者は魔法騎士の中でもかなりの使い手である。戦闘力は計り知れない。

 そんなところと真正面からやりあえるとなると尋常ではない戦力を有していることになる。それこそ魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)はマナダルシアの最大戦力なのだから。



「僕は知らなかったことなんだけど使用人の中に序列なんてあったんだ?」


「はい! 序列によって任されるお仕事も変わるのです! フィアはさっきも言った通り7番なのでけっこう偉いんですよー!」



 えっへん! と膨らみかけのまだまだぺったんこな胸を反って得意気な顔になるミルフィア。


 7番ってことは相当な実力を持っているわけだ。見た目は小さくて可愛い女の子だから全然そんな風には見えないけどなぁ。



 ミルフィアは僕を縛っているロープをナイフで切って救い出してくれた。


 カナリアはというとミルフィアの使用人序列が7番だという情報で今の今まで自分はそんな化け物に凄みを利かせていたのかと冷や汗を出していそうな顔で立ち尽くしている。


「ちなみに僕にも序列ってついてたりするの?」


「兄様の序列は108番って聞いたことがあります」


「……館に使用人って何人いたっけ?」


「兄様を含めると108人です」


 それ最下位じゃん!




   ♦




 そんなこともあって、そこからは落ち着いて4人で話をした。

 寮の備品でもある丸テーブルに4人全員が集まっているわけだがミルフィアは僕の膝の上に座って頭を僕の体に預けている状態だ。座るスペースがここ以外にないわけではないのに。


「なんかその子妙にあんたに懐いてない?」


 それを見たカナリアはそんなことを聞いてきた。

 ライハもそう思ってたのかずっとこっちをジーっと見てくる。どこか体もウズウズとしていてそのスペースに自分が入りたいとでも言いたいかのように。



「兄様は館でフィアといっぱい遊んでくれたのです! 兄様が来るまでは魔法や戦闘の訓練ばっかりでしたから兄様との日々はフィアにとって最高の時間でしたー!」



 館の人達は働いてばかりなのと、そもそも僕の扱いをどうするべきなのかわからないという人もいたので僕と一緒に何かをしてくれるなんて人は少なかった。

 ミルフィアはこう言ってるが僕は遊んでくれてありがたかったと思っている。嫌々じゃなくて好きで遊んでたし。


「なるほどね。だからあんたはロリコンになっちゃったと」


「なんでそうなるの!?」


 非常に納得がいかない。しかもその話まだ続いてたのか。



「なぜミルフィアはここに来た?」



 次はライハがミルフィアに質問をした。

 カナリアもそれが気になっていたのか同調して「なんかあったの?」と加える。


「あ……」


 ミルフィアはチラ……っと僕を見る。

 これは言っていいのか困っている。ベルベットが今危険な状態にあるから護衛に来ていると。


 このタイミングで来る時点で彼女が僕の護衛についたのは確定だ。キリールさんも気を利かせて僕と友好的な子を送ってくれたんだろう。


 できれば隠したいけど……キリールさんもここに来てるのはカナリアも知ってる。カナリアの中でも「何か只事ではないことがあったんじゃないか」という疑いがあるはずだ。



(隠していても……いつかはバレるか)



 僕はミルフィアの視線に頷きを返す。言ってもいいよ、の意味だ。


 それを受け取るとミルフィアはカナリア達に今起こってることを全て話した。キリールさんと共有したであろう僕伝いの情報も含めて、全部だ。



「嘘でしょ……ベルベット様が?」


「信じられない。いったい何者?」


 2人とも僕と同じ反応を示した。僕だって今も信じられないんだから当たり前か。



「ベルベット様にはキリ姉様が、アスト兄様にはフィアが護衛につくことになったのです。討伐対象はすでに聞いているのでどこかで離れることにはなるのですが……」



 討伐対象……ベルベットにあんなことをした相手のことか。

 キリールさんは僕には「足手まとい」だと話してくれなかった。でもミルフィアには話している。この子の実力はそれほどに高いという証明だ。


 それ以上にこんな時に僕は何もできない、その無力感だけが付きまとう。



「フィアちゃん、その相手って誰なの?」


「! 言えません! これだけはキリ姉様から絶対言うなと命令されています! 特に兄様にはと!」



 ミルフィアは口をムグムグ~! と両手で塞ぐ。

 キリールさん、先回りして口封じをしていたか。どうにかして知れないものか……。そうだ!



「じゃあ『リーゼ』ってなんのことか知ってる?」



 僕はキリールさんとの通話で聞こえた誰かの名を出してみた。

 カナリア達は「?」と意味がわかっていないが多分キリールさんから情報を得ているミルフィアなら……



「え!? 兄様はもう相手を知っていたのですか!?」


「! やっぱりその『リーゼ』がベルベットを襲った犯人なの?」


「あー! 言っちゃいました!! これ以上は絶対ダメですー!!」



 なんとミルフィアの口から決定的な言葉が出てきた。キリールさんもここだけは人選をミスってしまったようだな。


 よし、このままなんとか出来る限りの情報を……!







「私は言うなと命令したはずですが?」





 突然、後ろからゾクリと冷え切るほどの声が。

 それは氷よりも冷たく、どんな刃物よりも鋭利な気配。


 その出現には誰も気づけず、視界での発見よりも耳に声が届くことでの知覚の方が早かった。

 それほどにこの無から有への変化は空間に及ぼした影響が少なすぎた。


「キリ姉様!」


「ミルフィア。貴方は主の命に背くのですか?」


「滅相もないです!!」


 ミルフィアは尋常じゃないくらい震え、僕の膝の上から離れて平伏しきっている。

 顔も青ざめてさっきまでの笑顔は一欠けらも残っていなかった。


「アストさんも余計な詮索はしないでもらえますか? これはベルベット様からの命令ですので」


「ベルベットからの?」


「はい。特定の人物によって自分が攻撃を受けた場合はアストさんにはその人物のことを話すなと。貴方に一切関わらせないためです。……貴方を守るために」


 足手まといという理由ではなかったのか。……違うな。僕がそれでも止まろうとしなかったから本当のことを打ち明けたのだ。


「その特定の人物が『リーゼ』ですよね?」


「そうです。これ以上は話せません。ミルフィア、貴方も次はないですよ?」


「はいー!!」


 あともう少しで聞けそうだったのに。まさかキリールさんにここまで警戒されてるとは思わなかった。



「ところでキリールさん。鍵閉めてたはずなんですけどどうやって入ってきたんですか?」


「変な質問ですね。入っているということは鍵を開けたに決まっているでしょう」



 開けたに決まっているとは言うが鍵が開いた音すらしなかったのだ。

 ミルフィアといいこの人といいベルベットの使用人達はどうなっているんだ。あと、この学院のセキュリティも見直す必要があるんじゃなかろうか。



「き、き、きききき、キリール様……本物!?」


「すごい。キリール・ストランカ。本物」



 あ、忘れてた。カナリアの話によればキリールさんは全女魔法騎士の憧れなんだっけ。

 カナリアは驚きすぎて体を痙攣させてる。ライハは無表情だけど心なしか目がキラキラ輝いているような……?


 そんな様子の2人に気づいたのかキリールさんは視線を僕から2人に移す。



「パートナーの方ですか。……どちらがアストさんのパートナーですか?」



 キリールさんでも同じ部屋に3人で住んでいるのは予想外だったらしい。困惑しつつも冷静に問う。

 それとは逆に今の2人はキリールさんの登場で冷静さを失っている。僕が代わりに答えることにした。


「実は色々あって3人で登録してるんです」


「3人で……? 学院生活で完全に浮かれてとうとう貴方も性に目覚めることになりましたか」


「どういう意味ですかそれ!」


「話しかけないでください。言葉だけで妊娠させられそうです」


「僕をなんだと思ってるんですか!」


 なんだかギスギスしかけてた空気がいつもの空気に戻った。これがいつもの空気っていうのも悲しいけど。キリールさんは今日も絶好調そうだ。


 ミルフィアもまた僕の膝の上に戻ってまたニコニコしている。これなら僕も必要以上に今回のことに触れるのはやめておくか。


 今回は、任せよう。変に関わろうとして迷惑をかけるよりはよっぽどいい。



 ごめんベルベット。またこんな時になったら次は力になれるよう強くなるよ。

 「こんな時」なんてもう二度と来ない方が良いんだけどね。




 これでアスト・ローゼンは今回の事件からフェードアウトする。そう彼自身が思い込んでいた。





 だが運命は、世界は、彼を逃さない。運命は魔王を欲する。





   ♦





 これはどこかのとある場所。


 日が出ているというのに誰もが外に出ていない奇妙な街。

 そこには立派な城がいくつも建っていて貴族の集まりが街を形成しているかのごとくだ。


 その中で、生い茂った森の奥に建っている立派な城。そこに「彼ら」はいた。



「カルナはまだ見つからないのか?いったいどこに隠れているというのだ」


「あの子が反抗するなんて……私の教育が間違っていたのかしら」


「もう放っとけよ。ガキがちょっと外に遊びに行ったくれーだろうが」



 これまた一目で貴族と思わせる綺麗な服を身に纏っている者達。

 長テーブルについて血のように真っ赤な液体を入れたグラスを傾けながら会話をしていた。


 この者達は家族で、よくある一家団欒の食事……のはずだがその会話内容は決して雑談と呼べるものではない。


「わかっているのか? カルナにはもうすぐ『儀式』が近づいているのだ。それまでに見つけねばならんのだぞ!」


「うるせぇ声で言わなくてもわかってるよ。ったく……うぜぇ妹を持ったもんだぜ。つか、1人じゃ何もできねえくせにウロチョロすんなっての」


 自分の父から叱りを受けて長男である男は苦い顔をする。さらにはそっぽを向いてここにはいない相手のことを軽く貶す。

 それには父と、母である女性がその者達の種族の特徴でもある金色の瞳でキッと睨みつけると長男はさすがに黙った。


 今の彼らにとって一家の次女であるその存在が早急に手元にいなくてはならない状況で気も少し立っていたのであろう。長男のこの軽い態度には怒りを覚えた。


 だが、それ以上に今は怒りを覚えている問題を彼らは抱えている。




「リーゼ! 許可なくマナダルシアに行ったのはどういうことだ!? しかもベルベットに会いに行っただと……!」




 父、母、長男……それ以外にもう1人。彼らから離れて長テーブルについている10代半ばくらいの少女。


 夜を溶かしたような黒髪を2つに結い、白磁のようなまでに白い肌の上にはその髪の色と同じく闇を連想させる黒のゴスロリドレスを纏っていた。……ここでは彼女は「長女」である。



「嫌ですわお父様。あれは挨拶をしただけ。今頃グッスリ眠っているか、この世にいないかは知りませんけれども。クスクス♪ ああ、可笑しいですわ」


「ふざけているのか!! 今がどういう状況なのかわかっていないのかお前は!」


「ふざけているのはどちらでしょう。『可笑しい』とはお父様達が検討違いのところばかり探していることを言ったのですわ」


「なんだと?」


「カルナはマナダルシアにいますわ。その証拠にあそこで魔力を感知しましたもの」



 その言葉に父と母は表情から怒りが消え、胸をなでおろす。長男は「面白くねー」と舌打ちをしていたが。


「それでは近日中にマナダルシアに潜入するぞ。夜以外での活動も増えると思え。リーゼ、お前も来い」


「お断りしますわ」


「なに?」


 ようやく掴んだ次女の情報に早速捜索を始めようとするが長女は要請を即座に断る。


 今こそ手分けして探す必要があるというのに足並みをそろえようとしないのは良くない。

 これは一家の問題でもあるからこそ一家全員が力を集結させなければならないというのにだ。


 この長女の言葉には父と母だけではなく長男も難色を示す。



「おい! お前だけずりぃぞ!」


「クスクス♪ 無能の兄が何か言ってますわ」


「んだとコラ!!」



 自分をバカにされた長男は長女に向けてワイングラスを投げる。


 ただの喧嘩……を超えたその行為が少女の白い肌へ届く前に、ワイングラスは不自然に真っ二つに割れて床に落ちた。

 それに長男はまたも舌打ちをする。



「朝のような『()()()()』に活動するなんて、そんなの面倒ですわ。それにこちらは十分な働きをしていますもの。無能は無能らしく無能が担当するような仕事をこなせばいいですわ。クスクス♪」


「テメェ……!」



 この喧嘩はますますヒートアップする。そう思った父はすぐに止めに入る。


「そこまでにしておけ。リーゼはこの捜索から外す。それでいい」


「親父!」


「そこまでにしておけと言ったんだ。事実、リーゼの働きは大きい。お前はいい加減に黙れ」


 父の言葉にまだ納得のできていない長男はその部屋から出て行った。その行動の幼稚さに長女はまた笑っていたが。



「さて、と。無能の面白い様を見れて満足したので(わたくし)も出ますわ。カルナのことは頼みますわよ?」


「そう言うなら捜索に加われと言いたいところだがな」


「カルナを見つけたいというのは本心ですわよ? ただ、私まで出る必要がないだけですわ。それでは」


 長女は結局最後まで折れることなくしてその部屋を出た。




「それにしても、『アスト』……とは」



 ベルベットを襲ったのは自分だ。

 そして自分はベルベットを襲った時、彼女はその口から知らない名前を出し続けていたのが気になっていた。


 ベルベットの雰囲気もずっと前とは変わっていたことも。

 前の彼女なら不意打ちを許すほど心を揺らす存在などいなかったのだから。




「アスト。アスト。ああ、アストさん……クスクス♪ お会いしてみたいですわ。できることならお話してみたいですわ。どんな方でしょうか? 殿方でしょうか? ご婦人方でしょうか?」




 あそこまでベルベットを揺らす人物と会ってみたい。知りたい。



 そして……




「どんな味のする血を通わせているのでしょうか……クスクス♪」




 少女の笑顔は恋する少女のようで、嗜虐的な笑みでもあった……。



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