56話 エプロンドレスの訪問者
先生に連れてこられたのはこの学院の応接室。
この部屋に通されたってことは学院に誰か客が来たことになる。それはわかるけども対応するのが僕で大丈夫なのか。
それとも……相手が僕を求めている、ということか。
ここまで来て帰るなんて選択肢はないし、扉を開けるしかないんだ。早く入ろう。
「失礼します……」
扉を開くと高そうなソファーが向かい合うように設置されている。その間に挟まれるようにしてテーブルも設置されていてまさに応接室だ。
そして入った時に見えた。向かい側に座っている人物は……
「アストさん。おはようございます」
「キリールさん!? 来るのは知ってましたけど早いですね……」
この学院に訪問してきたのは昨日来ると予告もしていたベルベットのメイドでもあるキリールさん。
こんな時でもしっかりエプロンドレスとヘッドドレスもつけてメイド装備だ。
「ベルベット様のことで話を聞きに来ました。何があったのかを詳しくお願いします」
もちろん構わないし、キリールさんの協力を得られるなら助かるどころの話ではない。
僕もキリールさんの向かいに座り、昨日のことを思い出しながら話し始めた……。
「なるほど。夜に襲撃ですか」
キリールさんにベルベットの身に何があったのかを詳しく話した。
話した……けども僕とベルベットの間にあったことは話していない。
このことは別に話さなくてもいいか、という考えからか。……そうじゃないな。「言いたくない」って甘えが僕の口を閉じさせようとしたのだ。
マジックトリガーを盗もうとしたことやベルベットを突き放した自分の醜い姿をキリールさんに知られたくなかった。きっとそれが正しい。
そしてそれはすぐに見抜かれることになった。
「失礼ですが、ベルベット様は背後からでも不覚を取るとは思えません。アストさん。貴方との間で何かあったのでは?」
キリールさんはジロリとこちらを見つめる。
睨んでいるわけではない。それは僕の心の内を覗き込もうとしているかのよう。
ここまで言われては隠す気もなくなる。隠してしまえばこれからの信頼にも関わる。
「その……喧嘩したんです。喧嘩と言っても僕が一方的にキツイことを言ってしまって……ベルベットは泣いて出て行っちゃって……それで今回のようなことに」
正直に白状した。
ベルベットは悪くないってことも言葉の中に入れておく。本当にあの場では僕が精神的に辛いことを言い過ぎてたし。
聞く相手はベルベットの使用人なんだ。ここで一発殴られるくらいは覚悟していた。僕のせいでベルベットを危険に晒したようものだから。
恐る恐るキリールさんの表情を見てみると……
「そうですか。薄々そうだとは思っていました。ベルベット様と揉めた内容はアストさんが……」
キリールさんはそこで不自然に言葉を切って、両手の人差し指で×を作る。
僕にはその意味がわかった。あれが「アスト・ローゼンは魔人ではない」と表しているものだと。
この行動は盗聴を恐れたんだろう。
そんなものないかもしれないが内容が内容だ。
それにどこに誰の耳があるかもわからないところで僕が人間であるだなんて言えない。アンリーさんも緊急治療室ではそのために人払いをしていたんだろうし。
「はい。その通りです」
「そのことはいつかバレると思っていました。むしろよくここまでバレなかったと言いたいくらいです」
「キリールさんも知ってたんですね」
「それどころか使用人は全員知っていますよ」
「えぇ!?」
僕が住んでたところではなんと全員が僕に気を遣ってくれていたという……衝撃の事実だな。
主が拾ってきたとしてもよくこんなやつを受け入れてくれたもんだ。しかも人間を。主にとって一番の危険となることは目に見えているのに。
「アストさんは忘れているかもしれませんがベルベット様が貴方を拾った時、私はベルベット様の護衛をしていました。近くで見ていたというわけです」
拾ってくれた時は記憶も真っ白な状態なわけでその時の記憶は朧気だが……言われてみればベルベット以外にもう一人女性がいたような気がする。まさかそれがキリールさんだったとは。
「私はあの時、真っ先に殺すことを提案しました。貴方はそれほどにベルベット様にとって危険となる者だった。それ以上に、『私達』にとっても」
私達……これは「ベルベットの使用人達」を指すものじゃないな。……「魔人」全体を指したものか。アレンはそれほどに魔人にとってヤバイやつだったのか。
「ですが、ベルベット様は貴方を拾うことを選んだ。あの方にはこの世界を変えたいという願望があります。そしてそれにはアストさんこそが重要なピースであると」
「僕……?」
「詳しいことはベルベット様からお聞きください」
まぁそれは僕もベルベットに聞きたかったことだから問題はない。
でも……本当に僕を利用するためだったんだな。そうじゃないと拾う理由なんて、無いか。
「しかし、日は経ち……あの方は貴方に何も求めないようになった」
「僕が、無能だったから?」
その答えにキリールさんはフルフルと首を振る。
「貴方と一緒にいることがあの方の幸せになったからです」
「……」
その答えに僕は何も言えなくなる。
アンリーさんの時もそうだった。こんな時になってベルベットの心の内を知れるようになっていく。いつも僕に見せないようしていた、その内が。とても温かい彼女の想いが。
「アストさんが館にやってきてからベルベット様には笑顔が増えました。以前はほとんど笑わない方でしたから」
「そうだったんですか?」
「……少々口が過ぎたようですね。主のことをあれこれ喋るとは。私もメイド失格といったところでしょうか」
そう言いながらキリールさんはわざとらしく口に手を当てた。
有能すぎるメイドさんだよ……色んな事務的なこと以外にも、こんな気遣いまで。
「ありがとうございます。何から何まで」
「それよりも……今回のことですが、もう犯人に当たりはついております」
その一言で緩んでいた空気が一気に引き締まった。
そうだ。一番重要なのはそこだ。相手は誰なのか。それは僕も知りたい。
そして……力になれるなら、僕も……!
「まず率直に言わせていただきます。今回の件にアストさんは一切関わらないでください。その相手の情報も教えることはできません」
え? 教えるわけにはいかない? 一切関わらないでください?
「そ、そんな! 僕にもできることがあれば何か……!」
「足手まといです。それほどに相手の格が違いすぎます。一歩間違えばなんの誇張も無しに……死にますよ」
「僕だって場数は踏んでるんです。グランダラスにだって勝ちました!」
正確に言うと僕じゃなくてアレンなんだけど今ここでそれを言うのは僕が不利になる。
ベルベットがこんな目に遭って黙っていられるわけないんだ。どうにかして僕も……
「グランダラスごときで調子に乗らないでください。もう一度よく考えてみてはどうですか? 今回やられたのが誰なのかを」
グランダラスごとき、あれだけ必死に戦った僕はその言葉に一瞬だけカチンときてしまうがその後に続いた言葉で抗議のセリフなど跡形もなく消え失せた。
今回やられたのは……ベルベット。そう、ベルベットだ。
「不意打ちの形ではありますがそこらの暗殺者や馬の骨ではありません。私の予想が当たっていればその相手は間違いなくベルベット様と同じレベルの魔人です」
ベルベットと同じレベル!?
冗談…………では、なさそうだが。あり得るのか、そんな魔人が。
だってベルベットは属性魔法も複数使えて、究極魔法も1人で発動できて、それ以外にもまだまだ底知れない力をいくつも持ってるはずだ。
その末に「魔法使い最強、魔人最強」とまで噂されている。
そのベルベットと同格……!
「しばらく私ともう一人でベルベット様の護衛と貴方の護衛に入ります。それも忘れずに」
「僕の護衛?」
「ベルベット様からご自身の身に何かあった時には『アストを守れ』と言われていますので。そのこともあって今回の件に私以外も同行させたのです」
ベルベット……自分に何かあったときのことも考えていたとは。
抜け目がないというか、過保護というか。僕のことより自分のことをもっと気にしてほしいものだ。
「もしかすると私達以外にもベルベット様はアストさんの護衛を頼んでいるかもしれません。その時は遠慮などせずに受け入れてください。人手が増えればこちらも動きやすくなるので。……これで私からの用件は以上です」
これでこの話はひとまずの終わりとなった。
僕が納得できる形とは……いかなかったが。
♦
話し合いが終わったので自習中の教室へと戻ることにした。
席に着くと眼鏡をかけて勉強中だったカナリアがこちらに意識を向ける。
「あんただけ呼ばれてなんの用だったの?」
質問は予想通りのものだった。周りの生徒も気にしてない風ではあるが聞き耳を立ててそうだ。
内容はベルベットのことでもあるので言えない。適当にボカしておこう。
「キリールさんとちょっとね……あ、キリールさんって言ってもカナリアは知らないか。ベルベットのメイドさんなんだけ……ど……?」
誰と話したかくらいは言ってもいいだろと思ったんだが……カナリアの様子が変だ。
キリールさんの名前を聞くなりビクッと体を震わせるてどんどん表情を変化させていく。
「今のは聞き間違いじゃないよな」みたいに自分の頭の中で繰り返し僕の発言を確かめていた。
「今……あんた、キリールって名前出さなかった?」
「……出した、けど」
出したらマズイ名前だったのか一瞬考えて、嘘つくわけにもいかないと観念した。キリールさんがなんだというのか。
「その人は『キリール・ストランカ』って名前だったりしないわよね? ま、まさかね」
「…………」
「え? マジなの?」
次はフルネームが出てきて僕は黙ってしまう。カナリアから目線も逸らして。
そりゃ相手がどう思っているかわからないのに言い当てられたらなんと答えていいのかわからない。
素直にそうだと言っていいのか、今から否定すべきなのか、とひたすら迷っていると……それが杞憂だったとわかったのはカナリアの感激した顔を見た時だった。
「この学院にキリール『様』が来ているなんて……!」
「さ、様?」
いきなり様付けで呼び出すカナリアに今度は僕がビクッと体を揺らす。急に何事ですか。
「無知なあんたはその方がどんな人か知らないのね。いい? キリール様は全女性魔法騎士の憧れと言っても過言じゃない方なのよ? このアーロイン学院の史上初の女性生徒会長になって、魔法騎士コースを主席で卒業して、しかも『魔法騎士団』からスカウトも来てたって話なんだから!」
まくしたてるように喋るカナリアに圧倒されてしまう。
ベルベットの時もそうだったがカナリアって意外と有名人の話題だと饒舌になるんだよな。特にあの人のこれはすごい! っていう話題。
若干引きながらもちゃんと聞こうとするがもうすでに内容があまり入ってきてない。
「あんた聞いてんの!?」
「はい! 聞いてます!」
と思ったらバレて指摘されたよ。
「でもキリール様は魔法騎士団のスカウトを蹴って姿をくらましたのよね。その後どうなったのか誰も知らなかったんだけど……まさかベルベット様のメイドをやってたなんて。ぜひ、一度だけでもいいから話をしてみたいわ。あんたどうにかできないの!?」
キリールさんとの会話をセッティングしろと所望しますか。
今はベルベットのことで手が離せるかわからないけど僕達の部屋にも来るかもしれない。
「話せるタイミングはどこかで来るんじゃない? こればっかりは僕じゃどうにも」
「使えないわねまったく……」
頼んでおいてこの態度だよ。キリールさんにカナリアのあることないこと吹き込んでおこうか。
そういえばキリールさんは僕にも護衛がつくって言ってた。その人、部屋の中に入ってくるのかな。どんな人が来るんだろ。
ベルベットの館の執事さんやメイドさんの中には僕と仲が良い人もいればまったく話したこともない、知らないって人もいる。
部屋の中に入って来るなら必然的にカナリアやライハとも生活を共にすることになる。
キリールさんは僕が誰とパートナーになったのを知ってるからそれも踏まえて女の人が来ると思うんだけど……
(3人の女性と共同生活とかになるのか? もう勘弁して……!)
ついさっき悩みの種が増えたばかりなのにさらに増量してしまうことになるとは。
できればキリールさんが来てくれたら2人をある程度コントロールしてくれそうで助かるけど、キリールさんはベルベットの方につく可能性が濃厚だ。
(頼むから……何も問題を起こしそうになくて、そして僕の知ってる人であってくれ)
そんな僕の願いは通じるのか……。
♦
今日の全授業が終了し、僕とカナリアは部屋に戻る。途中でライハとも合流した。
帰り道では無数の男子生徒からの怒りを込められた視線を感じた気がする。僕の護衛の方、さっそく仕事ができたかもしれない。こんな忙しい時にごめんなさい。
ベルベットのことだが、噂話すら学院の中では出てこなかった。
騒ぎになるといけないから先生達が話題にすることを防いだ……っていうのがありえる。
それに騒ぎになりすぎてどこからか情報が洩れて他の種族に知られるとその隙を付け入られることにもなる。
ベルベットがいるかどうかはパワーバランスに大きく関係しているからこの情報はとんでもない価値があるものだろうな。魔法使い達は今にも泡を吹きそうにあたふたしていそうだ。
とかなんとか頭の中で学院でのことや今日の授業のことを思い返していると僕達の部屋に着いた。
鍵を開けて3人で入ろうとすると……
「あれ? 鍵開いてるよ。誰か閉め忘れた?」
「閉め忘れた……って鍵閉めたのあんたでしょうが」
「うん。アストが閉めたのをわたしも見た」
どういうことだ? まさか、泥棒!?
男の僕は盗られて困る物は無いけど女の子であるカナリアとライハには……ある、と思う。主に「身につける系」で。
僕はソロ~っと扉を開ける。
玄関の様子を覗き込むと……あ、ある! 靴がある! 普通に靴を脱いで部屋に上がり込んでるよ。なんて堂々とした泥棒なんだ。
カナリアとライハに誰かいる、と合図を送って……一気に扉を開いた!!
「だ、誰だ中にいるのは!」
内心ビビっていたので声が変になったがそこは気にしない。
見つけたら許さん……と意気込んでいたのだが。
扉を開けた直後、僕のお腹にポフッと何かがぶつかった。
まるで誰かが抱き着いてきた、そんな感触だ。
そして……
「お久しぶりです……兄様♡」
「え…………」
その抱き着きの主は栗色の髪を胸の辺りまで伸ばし、エプロンドレスとヘッドドレスを付けた12歳くらいの小さな少女。
「フィア、ちゃん……?」
「はい!」
それでいて、僕の知っている「ベルベットのメイド」の1人だった。




