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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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55話 さよなら僕の平穏……



「えーっと、ベルベットの館の番号は……」


 アンリーさんに言われた通り、今からベルベットのことをキリールさんに報告するつもりだ。


 でも、今は夜中。しかも深夜だ。使用人の方達も皆寝ているに決まっている。

 電話に出ない可能性が大きい。もし出なかったら朝にかけようか……。


 そんなことも思いながらベルベットの館へ通信魔法を使った電話をかけると、



『はい。キリール・ストランカです。アストさん、なんでしょうか?』



 うおぉ……! 1コール目で出てきた。す、すごい。たまたま起きていたのだろうか?


「キリールさん。てっきり寝てると思ってたんですけど……」


『? 寝ていましたが?』


「はい?」


『音が鳴って、起きて、受話器を取った。それだけです』



 あの、それでどうやって1コール目で出られるんですか……?


 しかも使用人の方達が眠る寝室には受話器など無かったはずだ。最低でも部屋の移動を行っているはずなのである。



『そんなことより用件をどうぞ。どうでもいいことならぶち殺しますよ。どうせアストさんのことですから「私の声が聴きたくなった」とかでしょう? では今からぶち殺しに参ります』


「待ってください! 勝手に話終わらせないで!」



 キリールさんの中の僕はどうなってるんだ。いや、キリールさんもこんな夜中に起こされて怒ってるのか……?



「その……ベルベットが死にそうなんです。なんとかアンリーさんって人が応急処置を済ませてくれて一命はとりとめてるんですけど……」


『! 本当ですか!? それを早く言いなさい!!』



 言おうとしたんですけどぉ……キリールさんがふざけるからぁ……。


 あまりの不条理に僕はまた泣きそうになってしまった。




『……こんな時に「()()()」が? 厄介極まりないのがなんでこんなところに……!』




 珍しい。キリールさんのこんなに焦った声は。いつも冷静沈着でいてたまにベルベットをディスりまくってるのに。今回ばかりは洒落にならない事態のようだ。



 それと……『リーゼ』?



「あの、『リーゼ』ってなんのことですか?」


『アストさんは知らなくても良いことです。お気になさらず』


 僕の声でいつもの調子を取り戻したのか、すぐに冷静な声が返ってきた。


 『リーゼ』……おそらく人の名だ。

 まさか……ベルベットを襲った人物の名前? もしそうならこれはどういうことだ? キリールさんはその人を知っている?


 それに聞いた感じではどうもそこまで驚いているわけではなく、「来たか」と頭痛のする頭をおさえている反応だった。


『とにかく。私も他の者を連れて近日中にそちらへ向かいます。何があったのかはその時に聞きますので』


「わかりました。気をつけてくださいね」


 そこでプツッ……と通話が途切れた。僕もそこでようやく体の力を抜く。


 何がどうなってるんだ。混乱を抜け出したと思ったら、また混乱が襲ってきたぞ。

 そんな混乱の中でもブレない感情は僕の中にはある。


 ベルベットをこんな目に遭わせた奴を……絶対に見つけ出す!!








 と、決意したのは良いけど僕もそろそろ休まないといけない。明日は平日だから授業がある。


 僕はライハの部屋に帰って寝ることにした。ライハは保健室なので部屋には誰もいない。


 それにしても……カナリアとライハの件は無事に解決したのかな? 突然自分の身に色々と起きたせいですっかりそっちの問題を置いてしまっていた。


 すぐに確認したいものの、こんな深夜にカナリア達を起こすわけにはいかない。それに自分の件もベルベットの件もようやくひとまずの落ち着きを得たせいで急に眠気が襲ってきた。


 さすがに休もう。まだ何も終わってないんだ。休息をしっかり取って、明日からまた頑張ろう。


 僕は人間。でも、いつも通り頑張っていこう。ベルベットが目覚めるまでは。僕なりに。











「ほら起きなさい!!」


 朝の開幕第一声。それは僕意外のものだった。


 おかしいな。ライハの部屋で寝てるのにカナリアっぽい声がするよ。


 ああ、これ夢だ。ならば……睡眠続行。



「アスト。起きて」



 おや……? これはライハだ。ライハの声もセットで聞こえてきた。


 カナリアとライハが一緒? そんなバカな。



 これも夢に決まってる。だから睡眠続行……って痛たたっ!!



「起きろって言ってんのよ!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 薄々夢じゃないだろうなって気づいてました!」



 耳を引っ張り上げられて強制的に起こされた。

 「起こされた」とは目が覚めた、ではなくベッドから起き上がったの意味。魚のように釣り上げられた。


「アスト大丈夫?」


 耳のヒリヒリする痛みから僕がベッドの上でシクシク泣いてるとライハが耳を擦ってくれる。天使だ……。



「さっさと支度しなさい! あと2秒でベッドから出ないとまた同じ目に遭うわよ」


「はいぃ!」


「はい2秒!」


「いや無理ィ!!」



 カナリアの声に反射の速度でベッドから抜け出そうとするが体半分が出たところでまた耳を引っ張り上げられる。この悪魔!


 変わらず僕を気遣ってくれるライハと2人でカナリアに抗議の視線を送るが本人はどこ吹く風。彼女に抗議は無意味か。


「まぁでも起こしてくれたことには感謝するよ。もしかして僕遅刻しそうだった?」


 授業は午前8時から。もし遅刻の危機があったのなら助か─



 時計は午前6時を示していた。



「まだ6時じゃん!」


「起きたからもう時間なんていいでしょ。やることあるんだから」


「やること?」


 ほとんど寝させてくれない上に何をやらせるというのか。それにどうしてカナリアとライハは2人で来たのか。

 見たところ学内戦で負ったという傷は完治しているようなのでそこは安心なんだけど……。


「ライハの荷物とあんたの荷物を全部運ぶのよ。あたしの部屋にね」


「ライハと……僕のも?」


 カナリアにお願いした件が無事に解決したならカナリアとライハは2人で住むことになったはずだ。そして僕が1人でここに住むと。


 しかし、僕の荷物も運んでしまっては意味がない。それどころかなんの意味があるんだ?



「これからはこの3人で住むわよ」


「はい????????」


「これからはこの3人で住むわよって言ったのよ」


「聞こえてるってば……そっちじゃなくて!」



 いや本当に何言ったのか一瞬わからなかったけども!

 こればっかりは抗議は無意味とわかっても言わなければいけない。


「3人で住むのはさすがに無理なんじゃない?」


「なんでよ? スペースには余裕があるわ」


「先生の許可とか」


「そんなものさっき取ってきたわ。ライハのことを考えて『特例として認める』って」


「僕、男なんだけど」


「心配しなくてもこれから来る部屋の中に男のあんたの人権なんてないわ」


 ……ちょっとは僕に「行きたい」って思わせる努力をしてほしい。最後のでまったく行きたくなくなったんだけど。何が心配しなくてもだ。少し期待した僕がバカだった。


 だが、その最後を考えないとすれば別に問題はないということになる。


 僕と、カナリアと、ライハ? ただでさえ女子1人と住むのも四苦八苦してたのに今度は女子2人と共同生活?



 誰もが羨む生活……とか思うだろう。けど、カナリアとライハだ。



 ライハに関してはもう少し自分は女性なんだと意識してほしいくらいしか文句はない。男の僕には刺激が強いってだけの話だから。


 だが、そこにカナリアが加われば話が変わってくるのだ。


 絶対に……トラブルが起きるに決まってる。

 ライハも無自覚にカナリアの怒りへ油を注ぎそうで怖いし、何よりカナリアの怒りの種が増えた状態で生活するわけだ。そんなの爆弾があるところに突っ込んでいけと言ってるようなもの。



「行きたくない……行きたくない……」


「アスト。わたしはアストと一緒にいたい」



 僕がブルブルと青ざめた顔で震えているとライハがギュッと手を握ってくれる。一緒に心中しに行こうってこと……? 違うよね?


「元々あんたの意見なんて聞いてない! さぁ荷物を運び出すわよ!!」


「おー」


 カナリアとライハはテキパキとこの部屋にある荷物をまとめだした。


 え…………え……?








 はい。全部移送が完了しましたとさ。


「案外なんとかなるものね」


「アスト。これからも一緒」


 ……これは夢だ。ぜっっっっったい夢だ!!







 またカナリアに耳を引っ張り上げられて夢じゃないことを再確認した僕はカナリアとライハの3人で登校した。

 ガイトの方は大丈夫なのかな? 傷が治ってるならまた音楽室に行ってそうだ。休み時間に様子を見に行ってみよう。


 って、起きてすぐにメチャクチャなことがあったせいで忘れかけてたけど僕は「人間」なんだよな。



 カナリアとライハにもこれを打ち明けるべきなんだろうか。

 ライハが「ロストチルドレン」ってことも今後は隠したままらしいし、いくら友達だからといって何でもかんでも言わない方がいいか。


 なんだか伝えずにこのまま付き合いを続けるのはそれこそベルベットと同じで騙している気がするし心苦しい。


 もしかしてベルベットもこんな気持ちになっていたのかな。僕に伝えたいけど、伝えられなくて……。冷静になると少しずつベルベットのこともわかってきた。


「そういえば今日の『魔法学』の授業なくなるらしいわよ。ベルベット様の授業が聞けないなんて朝から憂鬱だわ」


 おや? 僕に憂鬱をバラまくような存在でいらっしゃるカナリアさんがそんなことを言ってるよ。


 この反応からしてベルベットが今瀕死の重体ってことは知らないみたいだ。ライハも無表情のままだし。……ライハはいつもそうか。


 聞いて良い気分がするものでもないしこれも言わないでおこう。下手に混乱させて噂として広まったら大変なことになる。

 ベルベットが運ばれているところを見た生徒もいるし噂が広まるのはもう止められないかもだけど。



 1組のライハとは別れて僕とカナリアは3組の教室に入った。


 カナリアの言った通りベルベットが担当になっている1限の「魔法学」は無くなって「自習」となっていた。

 周りの生徒はもう自習してたり、寝てたり、友達と喋ってたりと自由に過ごしてる。監督する先生が来るらしいけどきっとこの空気は変わらないだろうな。


 ちょうどいいので僕は試したいことを今試してみることにした。



(「ねぇアレン。聴こえてる?」)



 僕は集中するようにして言葉を自分の「内側」に発する。


 僕の「副人格」にして昔の僕でもあるアレンは「精神の部屋」と呼ばれるところにいると言っていた。そしてそこでは僕と自由に会話もできると。実際に昨日も会話できたし。


 自分から言葉を投げかけても返ってくるのかを試してみたかったのだ。僕が人間だというならこれから彼の力や知識は必要となってくるし。


 しかし……



「返ってこない、か……」



 アレンからの返答はない。

 これは会話ができないではなく……寝ている、というのが正しい気がする。


 朝も彼の言葉は1つも聴こえなかったし、多分だけど会話したり僕と人格をチェンジしたりするのは労力がいるんだと思う。普段は休んでいる……ってことだ。


 今のは僕の予想というよりそんな感覚がしたのだ。まるでアレンが自分の中で休息をとっている。そんな感覚が。



(二重人格って物語の中だけだと思ってたけど……まさかこんなに複雑だったとは。わからないことも多いし追々確かめていくしかないな。とりあえずアレンから話しかけてこないうちは普通に過ごそう。それがいい)



 アレンからも今まで通りでいいと言われている。なら、その通りに。



 ただ……アレンのことをもっと知りたいと思ってしまうのだ。



 昔の僕は「アレン・アルヴァタール」でも、僕自身は「アスト・ローゼン」だ。

 記憶を失ってからの新たな生活のおかげで今ではこれらは「別人格」となっている。



 人間の世界で生きた僕が「アレン」で、魔人の世界で生きた僕が「アスト」。



 人間と魔人の世界を両方守りたいとはいえ、だ。僕は今のところはどっちの味方であるべきなんだろう。



 人間か、魔人か。



 それも全部、ベルベットと話してからか。



「もう難しいことを考えても仕方ない。今を精一杯頑張るんだ」



 僕はそんなに器用じゃないし頭も良くない。目の前の問題を解決していく。それでいいじゃないか。




「アスト・ローゼン。ちょっと来なさい」


「? はい……わかりました」



 席に座って考え込んでいると監視役の先生が来て名前を呼ばれた。何かあったのだろうか?




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