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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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53話 千切れた絆



「あ…………」


 目を開くと……天井が見えた。


 目の端には窓から差し込んでくる月の光。鼻には微かにベルベットの匂いが届く。部屋には住んでいる人特有の匂いがつくが……多分それだ。


 僕はベッドに寝かされていた。匂いもそうだけど、来たこともあるからわかった。ここはベルベットの部屋で間違いない。



「あ! 目が覚めた?」



 ひょこっと僕の顔を覗き込むベルベット。

 その顔はホッと息をつくような、心配が解けた後のそれだった。


「はい、これ飲める? ちょっと熱いから少し冷ました後に飲んだ方がいいわよ」


 ベルベットは僕を起こした後にテーブルにマグカップを1つ置いた。そこからは湯気が立っていて良い匂いもするので中身はおそらく紅茶だ。


「それにしても良かった~。命に別状はないってわかってたけど起きるまでは心配したから。あれからすぐに目が覚めて本当に安心したわ」


 僕にかけるその声は一見元気が良さそうに見えるが……僕にはわかる。無理に元気を装っている声だ。

 それも当然か。マジックトリガーを勝手に盗んだ僕にどう接していいのか迷っているのかもしれない。


 ベルベットはマジックトリガーを自分に盗まれたことを気にしている、とアストは推理したのだが実際は違っていた。

 なにせマジックトリガーのことを知られれば遅かれ早かれこういう事態は起こるとベルベット自身がわかっていたからだ。


 ベルベットが気にかけていることは他にあった。



 アストが気を失った後─




   ♦




「アスト! 大丈夫!?」


 電話口を通してハゼルはアストに「お前は人間だ」と伝えた。その直後にアストは気を失って倒れた。


 ショックというよりハゼルと共闘関係にある魔人─ゼオン・イグナティスの攻撃によるダメージのせいだろう。目の前には見たこともない光り輝く竜もいて、それをゼオンが従えていたのは一目瞭然だったからだ。



『ゼオン、今日のところはこれで終わりだ。マジックトリガーは回収できたのか?』


「それは問題ない。『フレイム』『ライトニング』『テンペスト』の3つを回収した」


『よし。あとは「キマイラ」だけか……それで「ヴェロニカ」を含めて12個全てのマジックトリガーが揃う』


 アストを心配する自分の前ではゼオンとハゼルが怪しげな会話をしていた。その会話の内容からしてやはりハゼルは研究とは違うなんらかの明確な目的でマジックトリガーを集めている。


 「12個全て」ということはマジックトリガーは全部12個。「フレイム」「ライトニング」「テンペスト」は自分が集めた3つのトリガーの名だろう。


 しかし、「キマイラ」は知らない。それに……「ヴェロニカ」も。

 口ぶりからしてもハゼル達は相当にマジックトリガーの知識がありそうだ。



『ベルベット、オレの大切な物をお前が奪ったように……オレもお前の大切な物を奪う。お前だけじゃなくアスト・ローゼンも壊してやる。これは宣戦布告で、さっきのはオレからアスト・ローゼンへのプレゼントだ』


 オレからのプレゼントとは─アストのことを人間だとバラしたことだ。それだけはどうしてもアストに知られたくなかったのに。

 自分に恨みを持つのは構わない。自分に復讐を仕掛けてくるのも。けれどそれがアストにまで飛び火するのだけは許せない。



『さらばだベルベット』


「やっと話も終わりか……。では、帰投する」



 ゼオンは携帯機器の通信を切ると光の竜─プラネタルの背に乗る。


 次の瞬間、太陽が現れたのかと思うほどに眩いフラッシュを発し……姿をこの場から消していた。



「ハゼル……あなたはまだ、復讐に囚われていたのね……」



 アストを抱きかかえてベルベットもその場を去った。思い出したくない過去の記憶が浮上してくるのを抑えながら……。




   ♦




 そして、今に至る。

 ベルベットが心配しているのはアストが自分のことを人間と知ったことについてだ。


 彼が魔法について必死に努力していた姿を今まで見続けてきた。どれだけ周りと絶望的な差をつけられても諦めず、腐らず、頑張ってきた。


 マジックトリガーという甘い蜜に触れようとしたことも責めることはできない。

 彼なりに悩んでいたことを内に秘めすぎて……崩壊してしまったのだ。きっと他の生徒からも日々辛いことを言われていたに違いない。



 だが、もし「人間」であることを知ればそれはどうなるだろう。


 自分の今までの努力は? 周りとの違いは? これから頑張れば周りと「同じ」になれるのか?



 その答えは否。

 どれだけ死ぬほど努力をしてもそれだけは覆らない。そんな残酷な現実を突きつけられる。

 これはベルベットが最も恐れていたことだ。



 できればその話題には触れてほしくないという想いでベルベットは無理に笑顔を顔に出す。それでも……上手くはいかない。


 アストは痛む体を無視してベッドから起き上がり、ベルベットの背に向けて言葉を発した。




「ベルベット。僕は……『人間』なんだよね?」


「……」




 アストの声は真剣なもの。それを聞いたベルベットは心臓が締め付けられる感覚を覚えた。


 それでも……



「なーに言ってるの! 人間だったら魔人の学校になんか入れるわけないでしょ?」



 アーロイン学院には入学時に検査がある。

 前例はないにしても人間と魔法使いの姿が同じであるならばその判定をしておく必要があるのだ。念には念を、というものである。


 アストが人間ならそれに弾かれるに決まっている。その事実を盾にしてベルベットは笑顔だけでなく明るい声を出した。


 しかし、それには裏がある。

 実は試験終了直後にアストのことをガレオスに話し、その検査結果を握りつぶすようにお願いしたのだ。


 最初こそ不正をするつもりはなかったガレオスだが、アストが「魔王後継者」であると知った後ならそれを承諾してくれた。それもあってアストは人間でありながら無事に入学を完了できたのだ。


 そしてそれがあるからこそどんな無様な結果を学院で出そうとも周りから人間と断定されることはない。そういうカラクリがこの話の裏にはあった。



「ハゼルの言ってたことは嘘よ嘘! だから─」



 その場しのぎではあるものの、これでなんとか追及を逃れることができる。そう安心したベルベットを、




「嘘をついてるのは、ベルベットの方だろ……!」




 アストの睨みと、怒りを込めた低い声が引っぱたく。

 それにはベルベットも笑顔を壊し、表情を固めてしまった。


 アストはつい先ほど「精神の部屋」でアレン自身から自分が「人間」である事実を聞いている。それに加えて自分の魔法技能の不能さにも全て筋が通るのだ。


 でも、アストが怒っているのはその事実を隠していたことではない。

 いや、それもあるのだが……それ以上に「ベルベットがまだ嘘をついて隠そうとしている」ことに激怒していたのだ。



「全然魔法が使えないのも、魔力を纏うことに苦労したのも、魔人の当たり前が僕には何一つ無いのも! 全部、全部、僕が『人間』だから!? ねぇ、答えてよ!!」



 ベルベットも初めて見るアストの激昂。激しい怒りと辛い悲しみを乗せた表情はそれほど彼にとって耐えがたいことだったと訴えてくる。




「…………そ、うよ……」




 今度は嘘をつけなかった。

 ここで「それについてはまだわからない」とかそんなことを言ってしまえば誤魔化せる余地はあったのかもしれない。


 けれど、それをしてしまえば本当の裏切りになってしまいそうだったから。嘘を、つけなかった。




「なんだよ……それ……。じゃ、じゃあ……ベルベットは僕が努力してきたのをなんだと思ってたの?……か、影で笑ってたの? 人間が魔法を覚えようとしてるって。バカみたいだって」



「それは違う!! 私はいつもアストのことを想ってた! 支えようと頑張った! それだけは信じて!」


 涙を目に溜めて、アストの体を抱きしめる。どうか静まってくれ、と願うように。



 それでも少年の激情は収まらなかった。



「は、はは……僕のことを『想ってた』? それっておかしいよね。僕は魔法が使えないし魔力だって自由に扱えない。それに比べてさ……ベルベットは魔人の中で一番強いって言われて? 属性魔法もいくつも使えて?」


「あ、アスト?」



 アストはベルベットの体を自分から引きはがして……壁に投げ捨てる。

 そこからダンッ!! とベルベットの顔の真横に手のひらを叩きつけた。





「そんなベルベットに僕の何がわかるって言うんだよ!!!!」





 少年が学院でひたすら植え付けられた劣等感。他の生徒から浴びせられた罵倒。

 それでも必死に師匠に見合うようにと頑張っていたのに、その師匠に裏切られて。



 アストの心からの叫びにベルベットはとうとう大粒の涙をボロボロと流してしまう。

 あまりの辛さに……ベルベットはその場から飛び出してしまった。



 アストはそれを……追いかけなかった。




   ♦




「うええぇぇん……ひっく、ひっく。アストにぎらわれだ~……」


 部屋を飛び出した後、すっかり暗黒と化した夜の道をズルズル……フラフラとゾンビのように歩き彷徨う。


 これは全て自業自得だ。それでもアストに拒絶されたのが辛すぎた。

 もう少しやりようがあったのではないか。彼にもっと早く事実を教えてあげるべきだったのではないか。と、頭の中でグルグルと悩みだす。


 どっちにしろ一番悪いのは自分だ。今はアストのことが好きだからという理由ではあるが最初こそ利用する気でいた。それのしっぺ返しが今来たのだ。


 それでも、それでも……


「ううぅぅぅ…………もうアストに見せる顔なんてないし……」


 涙が止まらない。感情を理屈や納得で捻じ伏せられれば楽なことはない。自分が悪いとわかっていても辛いものは辛いのだ。


 そんな悲しみの淵に落ちていたベルベットだからこそ、気づいていなかったのだろう。




 夜の闇に溶け込んで……彼女を後ろから狙っていた者がいたことに。





 ズグシュッッッッッッ!!!!!!!




「え」




 水袋を破裂させたかのように勢いよく散る血液。背中から胸に貫通した巨大な真紅の刃。後ろから聴こえてきた、(わら)い声。



「うっ……………ぶ……!」



 ベルベットは何者かに不意打ちを受け、血を吐き出しながら夜の地面にベシャリ……! と倒れる。そこには血の水たまりができた。


 そして高い(わら)い声だけがその空間を満たしていた。




   ♦




 アストはベルベットの部屋にあるベッドの上に座り込んで抜け殻のようになっていた。


 怒りをぶつけきった今だからこそ少しだけ頭が冷えてきたとも言える。

 まるでカナリアが癇癪を起した時と一緒だ。少しだけ気持ちがわかってしまった。



「なんで……僕に何も話してくれなかったんだ……なんで……」



 もし隠し事をせずに真実を話してくれていたならこんなことにはならなかったかもしれないのに。

 出会ってすぐに「魔人」ではなく「人間」だと教えてくれれば……。




(「本当にこのままで良いのか?……アスト」)


「……え?」




 これは僕の心の声ではなかった。と言ってもこの部屋の中には僕意外にはいない。


 それに……まるで体に、頭に、浸透していくような……内から聴こえてきた声だった。



「誰?」


(「俺だ。()()()だ」)


「え!?」



 アレン。その名前は僕が一番よく知っている。なんたって過去の僕の名前なのだから。


「普通に寝てる時以外でも話せるんだ?」


(「今まで話しかけなかっただけだ」)


 へ~……。確かに僕の中にアレンがいるなんてことを知らない時に話しかけられたら絶対困惑しまくって頭がおかしくなったとか思いそうだもんな。今でも相当困惑してるけど。


(「話を戻すが、あの女を追いかけなくていいのか?」)


「追いかける? だってベルベットは僕をずっと騙して……」


(「その通り、奴はお前を騙していた。だが……奴がお前に向けた感情の全てが嘘ではないはずだ」)


 感情の全てが嘘ではない?


(「お前を大切に想う気持ち。少なくともそれだけは嘘ではないと俺は思う。だからこそ真実を話せなかったんじゃないか?」)


「……」


(「奴のことは俺よりもお前が知っているはずだ。後はお前が決めろ。くだらん揉め事で不安定になるな」)


「くだらないって……」


 アレンの言い方にムッとしてしまう。

 彼にとっては関係ないけど魔人の世界で生きる僕にとっては自分が「人間」か「魔人」なのかは重要なことなんだ。


(「いつだったか、ガレオスに言われたんじゃなかったか? 『自分が何者なのかを決めるのは自分だ』と」)


「!」


 僕がクラスで陰口を叩かれて落ち込んでいた時に逃げ込んだ屋上で聞いた。

 ガレオスさんの妻で、カナリアのお母さんのレイラさんの言葉。




『世界を変えるのは難しい。けれど自分が変わるのは自分次第だ』




「自分次第……か」


 今となってはガレオスさんのあの言葉も僕が人間であるという真実を知ったときのために送ったものとも考えられる。あの人も知ってたのかな。僕が人間ってことを。


 このままベルベットを突っぱねたままだと何もわからないし……。



「……僕、ベルベットと話してみるよ。まだベルベットを許せるかどうかはわからない。けど、話さなきゃお互いの気持ちも通じ合わない」


(「そうか」)


「ありがとう。アレン」


(「ふん……」)



 僕はすぐに部屋から出る。ベルベットを探すために。


 そうだ。言葉を交わさなきゃいけない。「僕」を決めるのは僕なんだ。


 話し合って、その先の結論は僕が決める。


 なぜ僕が魔人の世界で生きることになったのか。ベルベットは何を考えているのか。僕に何をしてほしいのか。



 全部……僕自身が知って、決めなきゃいけないことなんだ。




   ♦




「って、いったいどこまで行ったんだ……」


 あれから数十分も探し回っているのに影1つ見つからない。まさか別の国にまで行ってないよな……?


 ベルベットは「ラーゲ」という移動魔法も使えるし自分の館に行っている可能性もある。でもそれならキリールさんから連絡がくるか。

 いつも奇行で有名だからか誰かに姿を見かけられてもスルーされそうだし、なんとかして見つける方法がないものか。



「おい! あれヤバくねえか……」


「嘘でしょ? ベルベット様が!?」



 おや……? なんの偶然かちょうど僕が探している当人の名前が聞こえてきたぞ。


 声をする方へ行くと夜だというのに人だかりができている場所があった。

 しかも今日は外出禁止を生徒に言い渡されているからどうも普通ではない。よほどのことがあったということだ。



「ちょっと! そこをどいて!!」



 僕はその人だかりから出てきた白衣の男2人組にドン! と押しのけられる。

 どうやらその2人は担架で何かを運んでいるようで……


「! 今のって……」


 押しのけられた時に、目に飛び込んできたのは見たことのある黒のローブを羽織っている女性の体。

 そして顔もよく知っている者。けれど、ぐったりとしていて真っ赤な鮮血を身に纏っていたことだけが初めて見るものだった。



「ベルベット!!!!」



 気づいた時には悲鳴を上げて駆けだしていた。



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