52話 アストとアレン
気づけば、僕─アスト・ローゼンは真っ白な部屋にいた。
あたり一面が白い壁で、無機質でこれといって特徴のない部屋だった。
しかし不思議なことに……今、自分の肉体は気を失っていて、それだからこそ現実に戻ってくれない意識がこの空間に連れてこられたんだと認識できた。
自分がゼオン・イグナティスの召喚した光の竜からの攻撃の末に気を失ったこともちゃんと覚えている。
つまりここは……自分の精神の世界、とでも言えばいいのだろうか。
おかしな話だ。誰かに話せば絶対笑われるに決まってる。
前に目を向けてみるとこの白い部屋に家具類が置かれている場所を発見した。
テーブル、椅子、本棚。まるで誰かがここに住んでいるかのような痕跡が……いや、待て。誰かが椅子に座ってこちらを見ている。おそらく……男だ。
その男は「こっちに来い」とばかりにジッと見てくる。
仕方ないので僕はそちらに向かうことにした。
歩いて……その男がいるテーブルに近づくにつれ、その男の姿が自分にとってあまりに衝撃的なものだと知った。
なんと、自分とまったく同じ体に同じ顔をしていたからだ。
「え…………君、は?」
自分と同じ顔の男が目の前にいれば気を動転させるなというのが酷だ。
アストはビックリしすぎて言葉も引っ掛かるようにしてやっと出てきた。
「変な奴だな。同じ顔の奴に向かって最初の質問がそれか?」
椅子に座っているその男は自分から正面にある椅子に座れと顎をしゃくる。
では、せっかくなので座らせて話させてもらうけど……今も混乱は続いていて何がなんだか。そもそも今自分の置かれている現状すら飲み込めていないのに次から次へとなんなんだ。
「それにしても『君は?』か。ひどいな。もう2回も助けてやったのに」
「? あ!! もしかして……えっと……君が、アレン?」
「正解だ」
アレン・アルヴァタール。記憶を失う前の……僕。
「ごめん。どんどん状況がわからなくなった。自分と、記憶を失う前の自分が会話してるって……え? これって夢?」
「似ているようなものだが、夢じゃない。1つの体に2つの人格が宿っていることでそれぞれの『人格』をセーブする場所が造られた。ここはそういう場所だ。お前が気を失って、また肉体に戻るまでの間は意識をこっちに置いておこう、と体が働きかけた。ここまでは理解できるか?」
「ご、ごめん……難しすぎてよくわからない……」
「…………」
「ごめん……」
そこからアレンはもう一度丁寧に説明をしてくれた。
話によると……アレンは何者かに記憶を消去されたことで「アスト・ローゼン」である僕の人格が生まれた。
しかし、その記憶消去が不完全なものだったのか、はたまた記憶消去ではなく別の効果がある攻撃だったのか、アレンが記憶を失って白紙となった人格「アスト・ローゼン」である僕と、記憶を失っていない「アレン・アルヴァタール」の人格が1つの体に混在してしまっているのが現状らしい。
難しいことを言っているがこれこそが「二重人格」ってやつだろう。
「そこで、お前がピンチの時は俺が代わりに戦って助けてやっていた……というわけだ。お前と俺の間で同意の意思があれば一定時間の間だけ人格をチェンジできるからな」
「同意? 僕そんなのしてた?」
「死にそうになった時に『どうしても負けられない』とか思ってたんじゃないか? それも同意の意思となる」
なる、ほど……。ちょっとずつ話が呑み込めてきた。まだ全然だけど。
っていうか重ね重ねだけどなんて奇妙な話なんだ。
「誰にこんなことをされたの? アレンは僕と違って全部覚えてるんでしょ?」
「ああ。けど……残念だがその瞬間の記憶だけが思い出せなくなっている。犯人は俺にもわからず仕舞いだ」
「そうなんだ……」
そもそもアレンにこんなことをした犯人さえわかればこの奇妙な状況も解決できるかもと思ったのだが……そう甘くはないらしい。
「深く考える必要はない。今まで通りお前は『アスト・ローゼン』として気にせずに生きればいい。お前がピンチの時はまた助けてやる」
彼は本棚から本を一冊取ってそれを読み始めた。
まるで他人事のようでその様子からは深刻さが見えてこない。普通なら「僕」という人格は自分の体を急に乗っ取った邪魔者みたいな立ち位置のはずなのに妙に過保護だし。
「アレンは……それでいいの?」
彼にだって家族や元の生活があるはずだ。勝手に「主人格」となってこの体で生活をしている僕を恨んでいるんじゃないか、と思っていた僕はついそんなことを聞いてしまった。
それにアレンは鼻で笑う。
「……俺にも色々と事情や、『目的』がある。その『目的』さえ成せれば俺はそれでいい」
「『目的』?」
「気にするな」
アレンはこっちを見ない。体は同じで、僕にも関係することだから聞かせてほしいんだけどな……。
ともかくアレンにはやることがあって、それさえできれば何でもいいから僕が今まで通りこの体で生活しようが別に何とも思わないってことか。
「そろそろ時間だな。お前の意識が肉体に戻る」
「あ、待って。最後に……聞きたいことが」
「なんだ?」
聞きたくないという気持ちが僕の口を抑えようとするが、それでも僕は口を開く。
アレンにとってはどうでもいいことでも僕にとっては重要なことだから……。
「アレンは……僕は……『魔人』じゃなくて、『人間』なの?」
その問いにアレンは本を閉じて、僕と目を合わせる。少し言いづらそうにしながらも……
「ああ、『人間』だ」
「……」
そこで、僕の意識はその精神の部屋から肉体へと戻された。
活動報告でも書きましたが2日に1回のペースになりました。出来る限り1話あたりの文を多くしようかとか考えていますがやっぱり区切りいいとこで切ってるので今は変わらずでいきます。少ない時(2000文字台)もあれば多い時(6000~8000文字台)もあったりで。よろしくお願いします。