50話 エピローグ 【エピソード2 電導する旋律と聖なる星】(完)
「さてと……君、これ以上やるなら私が相手よ」
ベルベットはゼオンの方に向き直り、杖を構える。
色んな事情はあれど、自分の愛しい弟子をここまで痛めつけられて許せるはずがない。
人気が無いとはいえ、ここは街なので遠慮なく強い魔法をぶっ放せないが、それでもアストと同じ歳ほどの少年に負けるとも思えなかった。
「……ベルベット・ローゼンファリスか。俺の仕事はもう完了した。それに、お前の相手はするなと『依頼主』から言い含められている」
ゼオンは回収したマジックトリガーを見せながらそう言った。
「依頼主? それは誰?」
しかしベルベットが気になったことはマジックトリガーのことではなかった。そもそもマジックトリガーを集めようとしている相手がいたことが気になったのだ。
自分のように研究目的で集めているのならわかるが、どうもゼオンの向こう側にいるその相手にはそのような目的は感じ取れなかった。あくまでこれはベルベットの勘だが。
「安心しろ。詮索しなくても『お前に会った時は通信させろ』と言われている」
そう言って、ゼオンはアスト達も使っているマジックフォンではなく……「人間」が使っている携帯通信機器を取り出した。
ゼオンはそれを使って何者かに通信をかけ、スピーカー設定にする。
『……ベルベット、そこにいるのか?』
そこから漏れ出てきた声。一瞬だけベルベットは「誰だ?」という顔をするがみるみるうちに破顔していった。
「ま、まさか、あなた……『ハゼル』?」
『久しぶりだなベルベット』
相手はベルベットの問いに否定も肯定もしない。けれどその声は聞き覚えのあるもので答えは聞かなくても彼女の中ではもう確信に近いものになっていた。
ベルベットは相手が誰だかわかるとゼオンを睨みつける。
「君も私たちと同じ魔人よね? なら、どういうこと? なぜ魔人であるあなたが……『ハゼル・ジークレイン』—『ミリアドエリア8のリーダー』と繋がっているの!?」
ミリアドエリア8—人間の最大の国であるミリアド王国にある10のエリアの内の1つ。
そしてエリアリーダーである、ということはベルベットが出した名前である『ハゼル・ジークレイン』は「人間」で「ハンター」というわけだ。
「魔人」であるゼオンと「人間」でしかもミリアド王国のリーダーの1人が繋がっている……これはとんでもない問題である。
第一、人間と魔人は憎みあっているのだから共闘関係など結べるはずもない。
「勘違いをするな。俺はこのハゼルという男と協力しているわけじゃない。『利用』しているだけだ。自分の望みのためにな」
『その通りだ。そしてオレもまた、このゼオンを利用している。ベルベット、お前を殺すというオレの望みのためにな……!』
お互いの利害が一致している共闘関係。どうやらゼオンには「人間を殺す」という魔人の考えとは別の願望があるようだ。
だが、ハゼルの方は正反対である。
『オレは「魔人」なんかじゃなく、お前さえ殺せればそれでいい……! オレはあの日にそう決意した。お前がミリアド城で姫を……「マナ」を殺した日にな』
通話越しですら聴こえてくる歯ぎしりの音。それほどにベルベットに対する憎しみは深いとわかる。
「違う……あれは、違うの……!」
その怨嗟の声にベルベットはいつもの調子を失う。まるで知られたくない過去を掘り返されたかのように。
僕はこの状況がよくわからない。
多分だけど……あの『ハゼル』という男はベルベットが人間の振りをしてミリアド城にいたっていう時の知り合いなんだろう。
そしてベルベットがミリアド城の人間を皆殺しにしたという事件。それがきっかけで復讐に囚われている……ってことか。
ゼオンがそのハゼルに協力する理由まではわからないが。
『……それと。ベルベット、お前に会ったときに通信をさせろと言ったのには理由がある。ゼオン、そこに例の男がいるだろ? 名前は……今は「アスト・ローゼン」だったか?』
「? あいつがそのアスト・ローゼンだったのか? 知らんが……たしかに俺とベルベット以外にもう1人いる」
今、僕の名前が呼ばれた……? 気のせいじゃないよな?
『ああ。オレが話したかったのはそのアスト・ローゼンだ。こちらで調べてわかったことだが、ベルベット……自分のことを人間と偽ってミリアド城にいたように、お前はまた嘘をついているみたいだな』
「—ッ!! やめて!! それ以上は言わないで!!」
ベルベットの余裕が完全に崩れ去った。それほどにハゼルが持ち出してきた話とはここで出してほしくない話題なのか。
けれど……ハゼルは僕のことを話したかったと言っていた。つまり、今から話されることは僕に関係すること?
「アスト・ローゼン。お前は『魔人』なんかじゃない。ミリアドエリア6に住んでいたハンターにして『人間』……本当の名は『アレン・アルヴァタール』だ」
「は………、え?」
僕が…………人間? 魔人じゃなくて?
こちらに振り返ったベルベットの顔はこの世の終わりを迎えたのかというほどの顔をしていた。
絶対に知られてはいけないことを知られた……と。
「な、なん…………で……」
僕の意識はそこで落ちた。
信じられない真実から逃げ出すように。
エピソード2【電導する旋律と聖なる星】終了。
次回、第0章ラストエピソード
エピソード3【真紅の女王と盟約の鎮魂歌】に続く。




