4話 魔王後継者
……。ここは?
僕は暗闇の中を彷徨う。どこにも光がなく真っ黒な空間を歩いていた。
「あれ……? 確か試験を受けて……竜みたいなのと戦って……」
そこからの記憶がない。自分は死んでしまったのか?ここが死後の世界と言うのか。
「……ん? う、うわ!」
何も考えずに歩いていると自分の足が急に闇の中に沈んだ。沼地の中に足でも突っ込んでしまったかのような気持ち悪さと共に体が沈んでいく。
もがいても、もがいても、体の沈みは止まらない。このまま得体のしれない闇の中に入っていくのかと思うと……恐怖が生まれた。
「う、うあああああ!!」
アストはバッ!と起き上がった。そこは暗闇などではなく……病室のベッドだった。自分はまだ死んではいないとわかって少しだけ安堵した。
「あれ? なんで……」
「目が覚めた?」
横から声。振り向くと……僕の師匠、ベルベット・ローゼンファリスがそこにいた。
「ベルベット……」
「おはようアスト。あなたは魔力欠乏で倒れちゃって……ここ、アーロインの医務室に運ばれたのよ。……ところで起床してすぐに見る美女の顔の味はどうかしら? ねぇどう? どう?」
ベルベットはポーズを取りながらこっちにウインクを飛ばしてくる。言ったら悪いけど若干ウザい。
それにベルベットは見てくれは美女っていうより美「少女」の方が合っている気がする。自分よりも身長低いし顔もちょっと幼いし。って、そんなことはどうでもいい。
「魔力欠乏」というのはその名の通りで魔力を消費しすぎて体に負担がかかってしまう症状のことだ。
自分の持っている魔力全てを使っても死にはしないが体の力が抜けてしまったり、気を失ったりなど戦闘が不可能なレベルに陥ってしまう。
「ベルベット。僕、試験は……?」
「511ポイントでぶっちぎりの合格よ。さっすが私の弟子~♡」
満面の笑みで頭を撫でてくる。試験を受けた自分よりも嬉しそうにしているのがなんとも可笑しいが……
「僕、試験のことをよく覚えていないんだ。511ポイント……ってことはあの黒い竜を倒したってことだよね?」
「そうよ。映像見る?」
ベルベットはそう言うと指から魔法陣を出現させる。すると自分の頭にとある映像が流れ込んで来た。
これは術者が見た映像を直接相手の頭に流し込む魔法。名前はない。ベルベットが創ったオリジナルの魔法らしい。
流れ込んで来た映像には……紫の焔のようなものを纏う自分が黒竜に立ち向かう姿。斧を振りその竜を両断。
そして最後に……その竜の魔力とも言うべき力を吸収している自分の姿が見えた。
「なんだこれ……これが僕?」
「これについて話さないといけないわね。あなたに隠してたこと─『魔王後継者』と呼ばれる者について」
「魔王? 後継?」
ベルベットは急に真面目な顔になる。その真剣な空気は今から言うことは聞かなければいけないと思わせる。とても大事なことを告白するようにも思えたから。
「魔王後継者の話に入る前にまず、確認しておくことだけど……魔人の魔法に対抗して人間が何をしたか。それは知ってるわよね?」
「うん。確か……神に祈ったんだよね? 『魔人に対抗できる力が欲しい』って」
「そうよ」
昔、人間は魔人が持つ力─「魔法」を手に入れようと考えた。同じ力を使えば苦戦せずに戦えると思ったからだ。人間は研究を重ね、それを実現させようとした。
しかし、それは失敗に終わる。話は簡単。魔法に通じる者が人間側にいないということがあまりにも痛すぎた。
誰も「魔力」がどういう物か知らない。「魔法」がどうすれば使えるものなのか知らない。
それを知っている者は自分達の敵になっている。教えてはくれない。倒した魔人を解剖しようが調べてみようが既存の知識では何もわからない。
だからこそ魔法を知る術が1つもなかったのだ。そんなことでは魔法など使えるわけがなかった。
「魔法の力が手に入らないと困った人間達。そこで取った行動はただ祈るだけ。神に祈り、魔人の殲滅を願った。藁にも縋る想いでただひたすらに祈り続けたってわけ」
一見すると愚かに見える。けれどこれにはちゃんと理由があった。ちゃんとした理由と言われると少し疑わしいところもあるが……。
今まで「神」という存在は一部の信心深い人間にしか信じられていなかった。
ほとんどの人間が空想上の存在、人が生み出した偶像でしかなかった。
……魔人が現れるまでは。
魔人という人間にとっては摩訶不思議な存在が出現し、もしかしたら神もいるのではないかという考えに至った。人間は最早祈るしかなくなり苦しみを神に訴え続ける。
「けど人間の運は良かった。これがいたのよね~。本当に神という存在が」
光に包まれたその光輝な存在が地上へと降り立った。それは魔人の出現と同じく突然に。
人々の願いを聞き続けた神は人間に力を与えた。魔法に対抗し得る力─「異能」を。
「異能を手に入れた人間はすぐさま『ハンター』という名の対魔人機関を結成した。エクソシスト、ヴァンパイアハンター、魔女狩り一族。魔を滅する者は集まって力を集結させた。真に魔を払う力を手にして」
「そして今の時代は『魔法』を使う魔人と『異能』を使う人間の争いになったんだよね?」
「そういうこと。それで話を戻すわ。あなたが試験中に使っていたあの力について」
そうだ。あの謎の力。
傷が治ったり、バハムートの力を吸い取っていたり。聞きたいことは山ほどある。
「あれは魔法でもなければ異能でもない。この世界のタブーともされる第3の力。それこそが……『魔王の力』よ」
「魔法じゃなくて……異能でもない?」
わからない。人間と魔人が争っているのがこの世界じゃないのか? なのに3つ目?
困惑しているアストをベルベットは予想通りという顔で続きを話す。
「神が人間に異能を与えた。そこまでは良かった。……いや、魔人にとっては最悪なことだったんだけど。それだけじゃ終わらなかったの。日があるところに影があるように……神という究極の日がいれば、究極の影とも言うべき存在─『魔王』もいた」
「魔王……?」
何か胸がざわつく。この世界の裏側を見ようとしている。そんな気がする。
「この世界とは別の次元にいた魔王は神が異能を与えるのを見て面白がった。自分も誰かに力を与えて人間と魔人が争う様を見たいと思い始めた。でも、どちらに力を与えるか。そこが問題だった。せっかく均等になったパワーバランスが崩れかねなかったから」
確かにそうだよな。どちらも未知の力を使う種族同士。さらに謎の力を手に入れてしまえば厄介極まりない。
「だから……それも均等にした。自分の魔王の力をいくつかに分割して人間と魔人の両方にそれを渡した。その力を手にする者は生を受けた瞬間に決まることになっているの。その者が死ねばまた誰かが……っていう風にね」
変な話だな。こっちは命がかかっている話なのにその魔王とやらはただ笑いながらそれを見ているということか。神が人間に「異能」を与えたのも似た理由なのかもしれないが。
「今から数百年前……第二次種族戦争の時にその存在は現れた。人間側に1人だけその力を持った者がいたの。魔人側にもその力を持っている者はいるはずなんだけど名乗り出なかったか、それともまだ力が覚醒していなかったのか。ともかくそのせいで魔人は敗北した」
ベルベットの話によると「魔王の力」を持っている者は第二次種族戦争から何百年も経った現在も人間側に1人だけで魔人側はまだ変わらず0人らしい。
今になってもまだ0人ということは間違いなく誰にも見せずに隠しているのが濃厚。理由はわからないけど。
「そしてその力にあなたも選ばれた。魔王の力の1つ─『魔王の心臓』を持っているの」
「魔王の……心臓」
「そう。その力は……『支配』」
「支配? なに……それ?」
「自分が降した相手の力を取り込むの。そうね……あの試験でバハムートの魔力を支配して取り込んでたから……あの竜を召喚とかできるんじゃない? 私も詳しくは知らないけど。あくまで噂程度で聞いたことだから」
知らんのかい! と言いたいけれど、それだけ謎な力ってことだよな……。正直話についていくので精一杯だ。今でも自分にそんな力があるのも信じられないし。
でも、1つだけ聞いておきたいことがあった。
「ベルベットは知ってたの? 僕がその魔王の力を持っていたこと。まさか……知ってるから僕を拾って?」
「それは違う! あなたを拾う時は知らなかった。一緒に生活している中で気づいたのよ……信じて」
ベルベットの涙で潤む目を見てそれ以上責める言葉は出なかった。僕だってさっきの言葉は本心からの言葉じゃない。ちょっと意地が悪かった。
「そういえば戦っている時、意識を失ってたんだよね……。あれはなんで?」
「それは『魔王の力』をまだコントロールしきれていないからかな? うーん。ちょっとそこもわからない。でもあっちのアスト、カッコよかったわよ?」
「冗談じゃないよ……。じゃあまた力を使えば別人格みたいなのが出てくるってこと?」
「そうかも。それとおそらく『魔王の心臓』の力が解放される条件は……致命傷を受けた時ってところね」
瀕死状態になるとまたあんなことになると……。良いことなのか悪いことなのか。もうわからないことだらけだ。
「その魔王後継者っていうのは全部どれくらいいるとかわかるの?」
「噂では6人って言われてるわ。けど人間側でも正体を明かしているのはたった1人なわけだし、ほとんどの魔王後継者が力を隠しているのよね。バレれば監視されたり、戦争に使われたり、良いことないし当たり前だけど」
「そっか……」
「だからその力、あんまり見せないようにね? 試験で見せちゃったけどどうせわかる奴にしかわからないだろうし。使うにしても慎重に使うこと!」
「はぁ……わかったよ」
この力のおかげで試験に突破できたわけだが……よくわからない力だし、よっぽどのことがない限りこれに頼ることはないだろうな。使うとすればそれこそ命が危ない状況くらいかもしれない。
「話すことは話したわ。その力とどう向き合うか。それはアストが決めて。そ・れ・よ・り・も!」
ベルベットは一気に空気を切り替える。重かった沈んだ空気を明るい空気へと一変させる。
「本当に試験突破おめでとー! はい、これアストが住むことになる寮の部屋の鍵ね。私が代わりに受け取っておいたの。部屋番号は450だから」
僕の手にチャリ……と鍵が手渡される。あ、そうか。アーロインに入る生徒は全員寮に入る決まりだった。
「じゃあしばらくベルベットとはお別れになるんだね……」
「だーいじょうぶ! 私、ここの先生になったから」
「はい????」
「先生になりたいなーってお願いしたら先生になっちゃった♪ てへっ♪」
ベルベットは自分の手をコツンと頭に当てて舌をペロッと出す謎ポーズ。非常に可愛いが言ってることはとんでもない。
ベルベットはこう言っているが実はあの試験の後、ガレオスから「魔王後継者であるアストの面倒はお前が見ろ」ということで教師を無理やりやらされることになったというのが真実だ……。