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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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48話 「普通」になれる毒蜜



「ふい~。なんだか今日はバタバタしてたわね……」


 学院の諸々の仕事が終わっての夜。

 ベルベットは自分の部屋に戻ると椅子にドッカリと座って息を吐く。



 ポケットから2個のマジックトリガーを取り出して机に置いた。


 今、机の上には以前に手に入れた赤色の物と合わせて、黄色、緑色の3つがある。

 それぞれ炎、雷、そしてアストの話によればもう1つは風の魔法が記録されている。



「これはどうやって造られたの……? 人間だけで造ることができたとは思えない」



 考えられるとすればそれは……



()()()()()()()()()。これは確実ね」



 魔法や魔力の理解、魔法道具の製造。

 どう考えたって人間だけでどうにかなるものではない。数百年できなかったことがまさか今になってできたなんてことは可能性が低い。


 けれどもそこに魔人が絡んでいるとなれば簡単なことだ。

 なにせ魔法道具を造るのは魔人なのだから技術云々を度外視するとして、マジックトリガーという物が現れるのもひとまずは頷けるというものだ。



「それでもこんな物を造るなんて相当なやつね。まさかあの『()()()()()』が一枚噛んでるわけじゃないわよね……」



 実はベルベットには1人だけマジックトリガーすらも造れるんじゃないかと心当たりがある人物がいた。


 同じ魔人なのだが仲があまり……、いや最悪なので連絡も取れないし取る気もない。

 そもそもそいつは人間に手を貸すようなやつでもないから違うか、と頭の中からその選択肢を追い出した。


「……ん?」


 不意にポケットから振動が体に伝わる。

 何かと思って引っ張り上げると、それはマジックフォンのバイブレーションだった。これは誰かからのメールを伝えるものである。



「ったく、こんな時に誰よ…………ってああああああアストおおおぉぉぉぉ!?!?!?!?!?」



 送り主に「アスト・ローゼン」とあって驚愕していた。


 何を驚愕することがあるのかと思うかもしれないが……なんとこれはアストからの初メールなのである。


 もしもの時のためにとベルベットもマジックフォンを使用人から与えられていて真っ先にアストと連絡先を登録しあったのだが、一度もメールを送ってくれないのでちょっと寂しかったというのはここだけの話。


「えっと……なになに……ああああぁぁああ手が震えて読めない……」


 ガクガクブルブルと震えながらも文面に目を通す。

 内容は『今から僕の部屋に来てほしい』とのことだ。指定された部屋番号はライハがいる部屋のところだ。



「きた………とうとう……これって…しょ、初夜? え? 嘘……」



 別にアストとベルベットは夫婦でもなければ今は一緒に暮らしてるわけでもないので初夜も何もないのだが。


 しかしライハは今、保健室にいる。ということはアストと2人きりになるわけだ。


 そのことからベルベットは「そういう意味」と捉えてテンションが爆上がりしていた。



「はっ!! 勝負下着どこに置いたっけ……」



 ワタワタと慌てて準備を始める。服もできるだけ可愛い物を選ぶ。



「よし……! 今日で勝負を決めるわ!」



 拳を握りしめ、いざアストの下へ。


 バーン! とドアを突き破らん限りに外へ飛び出す。


 これを見ていた生徒がいればまたベルベットが奇行に走ったのかと思うだろう。実際そうだが。


 だが、ベルベットはそんな風に浮かれすぎていたせいで気づくことはなかった。




 ベルベットが疾風のごとく走り去った後、ベルベットの部屋に1つの人影が入り込んだことに。







「あれー? アストいなかったんだけど……」


 トボトボと自分の部屋に帰ってきたベルベット。


 ライハの部屋に行ってみれば電気はついてないし鍵もかかっていた。念のために気配を探ってもみたが人の気配は1つも感じなかった。


 メールの通りにアストに会いに行ったのに当の本人がいなかったのだ。

 まさか誰かがアストを騙ってメールを送ったわけではあるまい。ちゃんと本物のアストから送られているメールのはずだった。



「送り間違い……? ということは誰かにこの文面を……う、嘘でしょ、そんな……」



 この世の終わりみたいな顔をしてフラフラと自室に入った。机に頭を倒して死体のように動かなくなる。


 そこで、ふと異変に気付いた。



「ん…………んんん?」



 ガバッと起き上がって自分の感じた異変が間違いではないことを確認する。

 自分が部屋を出る前には机の上に「ある物」を置いていたのだ。自分の頭を自然に置けるスペースなどなかったはずなのに。




「マジックトリガーが…………なくなってる!?」




 収集した3つのマジックトリガーが全て無くなっている。下に落ちたのかとも思ったが床にもその姿は見えなかった。


 時間作動でワープする魔法は存在するがそんなものがあの魔法道具にかけられているわけがない。事前に調べた時も変な魔法は付与されていなかった。


 となると、誰かが盗みだしたことになる。

 不運なことにちょうど部屋に鍵をかけていなかったのでその線が最もあり得る話だ。


「誰が……?」


 ベルベットはマジックトリガーを盗んだ犯人が誰なのかと考え始める。



 今の時間帯は生徒も全員寮に帰っている。


 それに今日は学院内で謎の警報が鳴ったり暴走したライハのこともあったので授業終了後はできる限り外へ出ることを禁じられている。

 何も用がなければ外に出ていることはないのだ。その証拠にさっき外に出た時も生徒は誰一人外に出ていなかった。



 自分が外に出ていたわずかな時間、そして外に出た瞬間のタイミングを狙いすますことのできる人物。それはもう……




「アストってこと……?」



 メールの送り主であり、ベルベットが外に出ることになった原因。


 アストだけが唯一ベルベットが外に出ることを知り、部屋の中にも入ることができる。鍵をかけていたとしてもアストは合鍵を持っているので問題ない。


 それに加えて、アストはマジックトリガーの存在を知っていた。これが一番重要なことだった。



 なぜなら……アストは魔法が使えない。

 この魔人の世界にいながら最大級のコンプレックスを抱えている。



 それは言い換えてしまうとアストには動機があるということになるのだ。



(私が迂闊だった……! アストがマジックトリガーのことを知ればどうにかして手に入れようとするのはわかっていたこと。だからアストにも話さずに隠していたのに……)



 今回、アストがマジックトリガーを実際に見てしまったのがマズかった。

 名前や効果だけ聞いても信じはしなかっただろう。

 それを自分の目で見てしまったことで、マジックトリガーが自分のコンプレックスを解消してくれる道具なんだと理解してしまった。 



 ベルベットはまた部屋を飛び出す。今度は血相を変えて。



 マジックトリガーは体に大きすぎる負荷を与える。

 ライハやガイトは注入された大きすぎる魔力や2つ目の属性魔法を抱えてしまうことに体が耐え切れずに今も保健室で回復を待つ状況だ。


 人間であるコールドは元から魔力や魔法を持たないおかげか大量の魔力を注入されても幾分かの余裕はあったが戦闘終了後にどうなっていたかはわからない。



 もし人間であるアストがそれを使えば無事でいられる保証がないのだ。下手をすれば魔法技能を全消失し、もう二度と魔法が使えなくなる体になってしまう可能性すらあった。




(アスト……! お願い……待って!!)



 涙すら浮かべてベルベットはアストの探索を急いだ。




   ♦




「はぁ……はぁ……」


 アストは走っていた。息を切らせて。何かから逃げるように。それとも後ろめたさを振り切るように。


 アーロイン学院から出て、ライハやガイトと出かけたオルテア街に入った。


 学院に危険な魔物が出たという噂からか夜に外をうろついている人はいない。

 それもあるが、アストは人がいないような道を選んだため民家もなく、今のアストは誰からの目も逃れている状況だった。




 そんな場所を選んだのは……自分がやってはいけないことをやったから。




 ポケットからある物を取り出す。数は3つ。赤、黄、緑の注射器のような機械。


 それはベルベットの部屋から盗み出したマジックトリガーだ。



「これが……マジックトリガー……」



 「魔法を与える」道具。それは人間であっても有効で魔法が使えない者でも魔法が使えるようになる夢のようなアイテムだ。

 その話が嘘でないことは確認している。現に音魔法使いのガイトはこの緑のマジックトリガーを使って風魔法を使っていた。それはつまりこの道具から風魔法を与えられたということだ。



 どうやら副作用もあるみたいだが……そんなもの僕にはどうだっていい。




「これで魔法が使えるんだ……! 僕でも、使える!」




 その喜びが僕の罪悪感を薄めた。麻痺させていたと言ってもいい。

 魔法が使える。それが僕にとってどれだけのことか。



「もう……バカにされなくて済むんだ。魔法を使うことができれば……僕はもう……!」



 人にとってはくだらない理由かもしれない。けれど僕にとってはそれは悲願なのだ。


 2年練習してもちっとも上達せず、子供ですらすぐに習得できる基礎魔法も1年経ってようやく手に入れた。


 学院に入れば何か変わると思っていたが……周りとの差は埋まらない。やっと魔力を纏えたかと思えばそんなものはすでに誰もが通っている道だ。






「僕はただ、『普通』になりたいだけなんだ……!」




 アスト・ローゼンは聖人ではない。欲に耐える力も持ち合わせていなかった。

 だからこそ、その行為が黒く染まってしまう「禁忌」だとしても、アストにはもうこの道しかなかった。



 魔法を使うことができれば、カナリアと並び立って戦える。



 魔法を使うことができれば、ライハと一緒に魔法戦闘を高めあえる。



 魔法を使うことができれば、ガイトと一緒に魔法を練習したりできる。






 魔法を使うことができれば、ベルベットに……



「…………」



 アストはその中の、炎魔法を与える赤色のマジックトリガーのボタンをカチリと押した。





「解、放……宣、言………」



『認証 マジックトリガー・アクティブモード

 「No.1 フレイム」』




 ジャキンッという音が鳴り、目の前の機械から針が飛び出したのが見えた。


 それは使ってしまえば自分の体を蝕む毒蜂の針。アストにとっては自分の欲を満たしてくれる甘い蜜が塗られた針。




「これで……僕はっ!!!!!」






 —ベルベットに、僕の魔法を見せてあげたい……。





 マジックトリガーの針を、自分の腕へと—





「ようやく、見つけたぞ」





 刺さる瞬間、どこからか現れた「光のレーザー」にアストの体は撃ち焼かれた。



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