47話 それは雨上がりのような少女救済の物語
「ん……」
僕は目覚めた。視界には大空が広がっている。僕は……地面に寝ているのか。
ムクリと起き上がる。体に傷は無いのだが激痛が走った。
(そうだった……ガイトと戦って……それで……)
また、僕は変わったんだ。カナリアが言っていた別の人格と。
てっきり魔王の力を使えば人格が変わるのかと思っていたが……どうやらそうではないみたいだ。この僕の別人格と魔王の力は関係しているものでは……ない。
「『彼』はもしかして、昔の僕なのか?」
人格が変わった時に頭に流れた映像。
長い黒髪の少女はこっちを見て『アレン』と呼んでいた。その名前こそが『彼』の名前。
「アレン……それが僕の本当の名前?」
彼に人格が切り替わる時にいつも少女の声が聞こえている気がする。
それはつまり過去の記憶が戻っているとも言える。
(今回でわかった。僕が『絶対に負けられない』と強く念じた時に別人格が呼び起こされてる)
試験を突破するためにバハムートを倒さなきゃいけなくなった時。
カナリアを救うためにグランダラスを倒さなきゃいけなくなった時。
そして今回のガイトを助けるために負けられないと思った時。
全てそれが一致している。
「アレン……か」
アストじゃなくて、アレン。
自分を見て呼んでくる名前が違うっていうのは少し変な気分だ。
アレンという少年とアスト・ローゼンである自分。1つの体に2つの心があるこの状況。
僕は彼のことも……知りたいと思った。
彼はどんな人だったのか、を。
「アスト!!」
「あ……ベルベット」
びゅーん! とすごい勢いでこちらに走ってくるベルベット。その様子から僕が戦っていたことを知っていたみたいだ。
「大丈夫だった? 警報が鳴った時はアストに危険が迫ったのかと思って……!」
「えっと……うん。もう解決はしたんだけど。って、あ! ガイト!!」
とても大切なことを忘れていた。ガイトをぶっ飛ばしてそのままにしていた。
「ガイト!」
僕はベルベットと一緒にガイトが飛んでいった方向に向かった。
そこにはグッタリと倒れていたガイトの姿があった。
どうやら一撃で気絶したらしい。確かにとんでもない威力だったもんな……あの『インパクト・ファイカー』って強化魔法。
ガイトの体を見てみるが……致命傷にはなってない。それで僕はホッと息をつく。
「え……これって」
横でベルベットが何かを見つける。
それはガイトのポケットから出てきていた緑色の注射器のような機械—『マジックトリガー』だった。
「この子も持ってたの……? 一体誰がこれをバラまいて……」
「ガイトが変だったのもそいつのせいかもしれない。とにかく、ガイトを保健室に運ばなきゃ」
僕はガイトを担ごうとすると……彼は目を覚ました。
「アス……ト……」
「ガイト!? 大丈夫?」
「わり……迷惑、かけて……」
「ほんとだよもう……でも、良かった……!」
いつものガイトに戻っている。もし戻ってなくてまた襲ってきたらどうしようかと思ったけど……杞憂で終わった。
「私も一緒について行っていい? ちょっと用があるから」
「用?」
「実は学内戦の方でもこの道具が使われたのよ。……見たのよね? アストもこの道具の効果を」
魔法が使えるようになる道具。
それに例外はなく、しかも魔人が使えば2種の属性魔法を有するようになるという前代未聞の代物。
それよりも気になることが聞こえたような。
「学内戦でも使われたってどういうこと?」
「その……ライハだったっけ?その子が使ったのよ。おかげで会場はボロボロになってたわ」
「ライハが……!? ってことはカナリアは……」
ライハの学内戦の相手はカナリアだった。
この道具を恐ろしさはたった今自分が身を持て知っているのだ。カナリアの身も心配になる。
「ライハもカナリアも6節の魔法をぶつけ合って……気を失ったわ。命に別状はなかったから安心して」
ガイトのことに続けてさらにホッとしたよ。こっちも大変だったけど、向こうの「6節の魔法を撃ちあう」ってのもなんて状況なんだ。
「それでね、ライハが持ってるマジックトリガーを回収しようと思ってるの。誰がなんのためにこれを生徒に渡したのかは知らないけど、これの構造を知りたいこっちからすれば研究対象をあっちから運んできてくれるわけだし貰っておこうってね」
「なるほど。じゃあ早く医務室に行こっか」
「その前に……そのガイトくんのマジックトリガーも貰っていい?」
ガイトのポケットから出てきた緑色のマジックトリガー。それを握っていたアストにベルベットは手を向ける。
「え…………あ、うん」
アストはそれを渡そうとするが、ベルベットの手に届く前にピタッと動きを止める。
「どしたの?」
「い、いや……なんでもないよ? あはは……」
アストはベルベットにマジックトリガーを渡す。
この時のアストが何を思っていたのか、ベルベットはこのことについて深く考えなかったのを……
後悔することになる。
♦
「うん……?」
ライハは目を覚ます。場所は医務室のベッドの上。
最初は何がどうなってこんなところで寝ているのかわからなかった。少しずつ覚醒していく頭が状況を教えてくれる。
「いっ……つ……!」
痛みも一緒に思い出した。いや、記憶だけではなく今も痛みは継続中だ。
自分がマジックトリガーという謎の道具を使ったせいで魔力を暴走させた。その結果が今の体だ。
一時的とはいえ魔力を垂れ流しにしていたのだ。もう魔力は空だ。虚脱感もあるので魔力欠乏になっているのは確実である。
「目、覚めたのね」
横から声をかけられる。その主は隣のベッドにいる。
「カナリア……」
カナリアの体も包帯がいくつも巻かれていて痛々しかった。
実は治療の魔法をかけられてはいるのでライハと違い、もう立てるくらいには回復しているが、それでもカナリアはここに残っていた。
理由は聞くまでもない。彼女と会話がしたかったのだ。
「勝負は……引き分けね」
カナリアはライハにそう告げる。
お互い全力の魔法を撃って、双方気絶していたのだ。これは引き分けとするのが妥当だろう。
しかしライハは……
「…………負けてない」
ムスッとしてそう返す。
「はぁ!?」
「カナリアのシンボルの方が先に壊れた。勝負はわたしの勝ち。だからアストはわたしと一緒に住むことになる」
「シンボルが壊れたのに戦いを続行しようとしてたのはどこの誰よ?」
「応じたそっちが悪い」
「シンボルつけてたにも関わらずわたしの魔法一発で気絶しといてよく言えるわね」
「気絶してない。今の今まで寝てた。ただちょっと自分の意思では起きられなかっただけ」
「それを気絶って言うのよ!!」
言葉の応酬が続き、学内戦の第2ラウンドでも始まっているのかとこれを見た生徒は思うことだろう。
カナリアも珍しく自分から気を利かせて引き分けの結果にしてあげようと—厳密に言うとシンボルが先に破壊されたカナリアの負けだが—しているのにこれではせっかく遣った気も無駄になる。
「あんたもあたしと同じくらい負けず嫌いなのは十分わかったわ……。でもあたしも負けを認める気はないわよ。困ったわ。これじゃ話は平行線ね」
カナリアはどこか芝居がかっている。
彼女の目的はなぜだか知らないが『ライハと一緒に住むこと』。学内戦の時にそう言っていたし、今引き分けにしようとしているのもどうにかして言いくるめるために決まっている。
ライハは絶対従うものかと顔をそっぽに向けた。
「ルールは確か負けた方がアストを諦めるだとかそんな話だったわよね? あたしとあんたは引き分けってことになれば……」
ほら見ろ。次の言葉はもう予想できる。
カナリアと住むのは嫌だがアストと離れるのはもっと嫌なのだ。絶対に応じは……
「どっちもアストから離れなくて良し。ってことで3人で住むことにして、これからは3人でパートナーを組むわよ」
「……………………………え?」
予想通り……かと思いきや予想外な言葉がやってきてついつい間抜けな声が漏れ出た。
「だってそうでしょ? どっちも負けてないんだからどっちもアストとパートナーになる権利があるじゃない。じゃあどっちもパートナーになって一緒に住めば解決よ。2人部屋に3人はちょっとだけ手狭になるかもだけど……まぁそんくらい我慢しなさい」
「ま、待って」
「なによ? なんか文句でもあるの?」
文句があるどころかありまくりだ。
「3人でパートナーになるとか同部屋とか聞いたことがない。そんなことが本当にできる?」
「そんなことあたしが知るわけないでしょ。これから教師に頼み込む。あんたも一緒に頭下げるのよ。アストのやつは後から土下座で参加させるから安心しなさい」
そんなところは心配していない、とツッコむ余裕もない。なにせ自分からアストを奪う敵だと思っていたカナリアからそんなことを言われては困惑するなという方が難しいからだ。
ライハは何を企んでいるんだとカナリアを警戒してタジタジと距離を取る。……ベッドからは離れられないので大して距離は変わらなかったが。
もしかして自分は奴隷として扱われるのでは。自分がロストチルドレンであることを考えるとカナリアがそんな要求をしてきてもおかしくはないのでは……とかそんなことが脳裏にチラついた。
どうしてそこまでして自分と住みたいのかと。
「不思議そうな顔してるけど……言ったでしょ。あたしの昔の友達があんたと同じだったって」
これも学内戦の時に言っていたことだ。
昔の友人が「ロストチルドレン」でカナリアはその友人を助けることができなかった。
そして今度は救いたいからライハを支えたいと。
「わたしにはアストがいる」
「……ずっとアストだけで良いっていうの?」
「そう」
ライハの頑固な答えにカナリアは嘆息する。
いくらライハが暴走状態の時に言ったこととはいえもう忘れたのか。
「そうやって周りとの関係を諦めるのをやめなさいって言ってるのよ。周りがあんたを拒絶する前にあんたが周りを拒絶してどうすんの」
「……」
こればかりは簡単ではない。差別とはそれほどに人の心を蝕む。
ライハだって昔は色んな人と交流を持とうとしていた。それでも自分がロストチルドレンだから人は自分から離れていった。
その経験がより心を蝕み、さらに蝕み、留まることを知らず。差別とはある一定のレベルまでいくと被害者自身が「周りとは違う」と思い始める。
「まぁいいわ。あたしの部屋、もう一人分のスペース空けとくから。あんたが3人で住みたいと思った時に来なさい。あたしは……いつだってあんたのこと、受け入れるから」
もうこれで最後。これ以上は言わない。
その意味を込めて。その後はベッドに寝転んでそっぽを向く。
「……」
ライハも寝転んでカナリアからそっぽを向いた。
目は少しだけ、潤んでいた。




