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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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46話 世界を喰らう暴君



 その頃、アストは駆けていた。

 自分に向かってくる「風の弾」を避けるために。



「はぁ……はぁ……!」


 息を切らしながらも足を止めない。また、あれが飛んでくるから。



(来る……!)



 ズガッッッッ!!!!



 自分の予感が的中したのか、走っている自分の横の地面が抉れる。


 これはガイトが自分に向けて撃ってきた……「風で造り出した弾」だった。


 バハムートを召喚し、武器へと変換して装備したアストだが、それから一度もガイトに近づけないでいた。


 ガイトがマジックトリガーで得た膨大な量の風の属性の魔力。それは凄まじく、詠唱無しでも高威力の攻撃を繰り出してくる。


 アストが武器を装備したのを見るや否やガイトは距離を保っての戦闘スタイルに変化した。


 魔力で風を起こし、その風を集めて、撃ち出す。たったそれだけ。それだけなのに……



 ズガッッッッ!!!!



 威力は無視できないものだった。


 アストはこの攻撃のせいでせっかく強力な魔法武器を得たというのに攻撃に転ずることができないのだ。


 自分の持っている武器が剣という「近距離の武器」である以上、ライハの時もそうだったが距離を取って戦う相手には苦戦を強いられることは仕方ない。


 しかも相手が撃ち出してくるのは「風の弾」というよりも……「風の砲弾」とした方が頷けるくらいの威力と言っていい。そんなものを相手にどう戦えというのか。



(クソ……! 近づけさえすれば【バルムンク】の力でどうにかできそうなのに……)



 【バルムンク】は魔力を吸収することで闇魔法を発動させる特殊魔法武器だ。



 近接戦となれば……あのグランダラスでさえも一撃で葬った『ブラックエンドタナトス』が使える。



 さすがにガイトを真っ二つに斬り裂くわけにはいかないが勝負を決める一手になりうるのは間違いない。そのためまずは近づくことがアストにとっては重要だった。

 だが、逆に言うと切り札はあっても近づく手段が無い。これではその切り札も持ち腐れになってしまう。


「アスト……コロス、コロス、コロス!」


 ガイトは次々に風の弾を生成していく。アストはガイトの魔力が尽きることを期待していたのだが……この様子ではその線は期待できなさそうだ。

 幸いにもガイトは自分の本来の属性魔法である音魔法は使ってこない。何者かによって自我を失わされた結果、今は音魔法が使えなくなっているのかもしれない。それだけが救いだった。


「何か……何か手はないか?」


 反撃の手段を考えながら走っていたアスト。そこで1つだけ思いつく。



(この【バルムンク】……もしかしたら)



 自分が今持っている黒の剣は魔力を吸収して魔法を発動してくれる。



 「魔力を吸収して」……これはつまり相手の魔法攻撃も吸収できるのではないか?……と。



(試すか……? でも危険すぎる。あの風の弾を真っ向から受けるってことだぞ)


 アストは【バルムンク】の性能を逆手に取った方法を思いつく。


 もしこれが成功したなら相手の魔法攻撃は全て【バルムンク】で防げるということになる。

 しかもその防いだ魔法の魔力を吸収してそのままカウンターに転じることができるのだから戦略の幅が広がる。



 だが試すのが怖い。これは模擬戦闘でもなければ遊びでもない。しくじれば死ぬかもしれないのだ。



「それでも……!」


 このままではジリ貧。ならば少しでも希望がある方に動く。


 ガイトが逃げ惑うアストを追い詰めんと用意した弾を一斉に放つ。


 それに対してアストは……クルリと反転してガイトの方に向き直り【バルムンク】を構えて、1つの風の弾を待ち受ける。

 


 「その時」はすぐにやってきた。




 ドッッッッッ!!!!!!!!!!!



 風……そのはずなのに、鉄球でもぶつけられたかの重み。腕がミシ……!と悲鳴を上げる。


 「相手の魔法も吸収してくれる」。その考えの下で行ったこの賭け。これは……






「う、あああぁぁ!!」





 失敗、だった。


 アストは威力に耐え切れず剣を手から放してしまい、さらに体をも剣と同じように宙に飛ばす。

 ゴロッゴロッ! と地面を転がされた挙句に壁に打ち付けられた。


 全身を強く打ったせいで体中に激痛が走る。頭もクラクラとして視界がボヤける。息もしづらくなって1秒1秒が苦しい。



 結果として【バルムンク】は相手の魔法は吸収できなかった。アストの知らないことだが、【バルムンク】は魔力を吸収するのではなく、「アストの『ファルス』」のみを対象として吸収していたのだ。



 ただでさえ「闇魔法が使えるようになる」という魔法武器。求めすぎた……といっても自分の考えでは十分可能なのではないかと思ったのだ。


(ま、まず……い。このままじゃ……)


 動かなくなったアストに、ガイトは近づいてくる。

 アストにとっては千載一遇のチャンスだ。近づきたかった相手が向こうから近づいてきたのだからすぐに起き上がり攻撃を仕掛けたい。


 なのに体は動かない。武器も手から放してしまった。最悪だ。



(負けられないのに……! ガイトを助けなくちゃいけないのに……! この戦いだけは……絶対負けるわけ、には……!!)



 ガイトをこんな風にしたやつを許せない。ガイトを救いたい。

 でも、自分に力がないからそれができない。それが悔しくて、悔しくて。自分の無力さを憎んだ。


 その瞬間だった。





 —もう、諦めるの?




 頭の中に少女の声が、響いた。


 耳から聴こえたのではなく……頭に直接に流れるような声。

 名も知らない、少女の声。


(まさか……)


 自分の予感が的中する。直後に自分の意識が闇に塗られていく、切り替わっていく感覚。



 これは過去に2回あった……人格が切り替わる時の予兆だ。



 急に突然やってきて戸惑うが……今だけは助かったと思ってしまった。


 今の「僕」ではガイトを救えない。手に入れた【バルムンク】も使いこなせず、このざまだ。



 僕じゃない「君」なら……ガイトを救えるかもしれない。

 お願いだ……僕の友人を、救ってほしい……!



 自分が自分に頼み事をするとはなんともおかしいが、それに縋るしかなかった。



 どんどん意識への闇の浸食が進む。あともう少しで、切り替わる。


 その時、今度は脳内に声だけではなく「映像」が流れた。




   ♦




 場所はどこかの木の下。


 眩しい朝日が照らすその場所で……自分の目の前には鈴の髪飾りをつけた長い黒髪の少女が立っていた。


 周りはよく見ると……あのミリアド王国に似ている気がする。

 ここはきっとミリアド王国のどこかのエリア。なぜか、それがわかった。



「ねぇアレン。私のこと、好き?」



 少女は透き通るような綺麗な声で……そう問うてきた。アレン、という名は……自分のことだろうか。



「ふふっ。私もアレンのこと、好きよ」



 自分は何かを答えて、それに少女は嬉しそうに笑う。その笑顔はとても美しくて、見惚れてしまいそうだった。


 そして笑みを消すと……再び問うてくる。



「ああ、アレン。私の王子様。私のために……この世界を……」



 少女は泣きそうな顔になって、残酷な願いを告げる。





「殺してくれる?」





 そこで映像は途切れ、僕の意識も完全に闇に塗られた……。




   ♦




 ピクリとも動かなくなったアスト。

 まさか今ので死んだわけではあるまいとガイトは近づく。


 手を伸ばし……自分に与えられた、鎖のように自分の頭を縛っている命令である「アスト・ローゼンの殺害」を実行しようとする。



 が、その伸ばした腕をアストが掴んだ。




「触るな」




 アストから発せられる、アストとは思えない声と言葉。

 握力は強く、腕を掴んでいる手を自分の力だけでは振りほどけない。


 風の魔法で吹き飛ばしてやろう、そう判断するよりも速く。



 ガイトの顔面に拳が飛んできた。



 ガイトは倒れ、アストは立ち上がる。


 それと同時にアストの体から紫炎のオーラのようなものが立ち上り、傷がシュウウウ……! と音を立てて急速に治っていく。



「ガイト・オルフェウス、だったか? 正気を失っているようだが……お前は俺の敵か?」



 ガイトはすぐに距離を取り、またもや風の弾を生成する。



「敵なら……容赦はしない」


「コロス!!」




 ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!



 風の弾の15連射。1発でも食らえばまたアストはさっきと同じ目に遭うことだろう。


 アストはチラリと遠くに落ちている【バルムンク】を見た。


(あれを拾うのは……難しいか)


 アストが持っている唯一の魔法武器。

 それを、いくら正気を失っているとはいえガイトが拾わせてくれるわけない。拾おうとすれば自分の身をさらに危険に晒すことになるのは明白だ。



(なら、()()()()()()()



 アストはそう判断すると飛んでくる風の弾に対して……直進していった!


「!?」


 ガイトは驚く。また逃げを選択するだろうと思っていたら……それとは真逆の選択を取ってきたと。

 その理由は簡単だった。


「当てる気があるのか?」


 アストは襲い来る風の弾を……軽く避けていく。しかも前へ前へと進みながら。 


 自分の体を少しだけズラしたりの最小限の動き、それだけで……紙一重で全てを避けていく。

 当たればひとたまりもない。なのに攻撃とも思っていないような涼しい表情。動きも前とは段違いで速度も倍速になっているのではと疑うほど素早かった。

 

 ガイトは危険を察知。さらに距離を取って、



「風の精霊よ力を与えたまえ 我が手に宿るは豪風 吹き荒れる怒り 全てを吹き飛ばせ風の叫び

 『サイクロン・シェード』!」



 風を、集め、集め、集め……ガイトは自分よりも2,3倍は大きな弾を造った!!

 4節の風魔法。それは1点に集められた「小さな嵐」のようでもあった。



 詠唱ありの魔法を使ってきたとなればアストもアクションを起こす。

 指をパチンと鳴らすと、遠くに落ちていたままだった【バルムンク】は光の粒子となって虚空に消えた。


 それを確認すると、アストは虚空へ手をかざす。




「顕現せよ! 絶望の渦から一片(ひとひら)の勇気を照らし出す魔法陣!!」




 天空に黒の魔法陣のようなものが発現する。

 これはアストの「魔王の心臓」の力の1つ。「自分の支配下におかれている魔物を召喚する力」だ。


 またバハムートが召喚される、とガイトは魔法を放つ準備をしながら謎の魔法陣を見る。



 しかし、召喚されるのは……バハムートではなかった。




「来い、我が眷属!

 『暴食の王 グランダラス』!!」




 黒のサークルから巨大な質量が落ちてくる。

 それはズシン!! と重々しい音を響かせて地面に降り立った。




「ルラアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!」




 丸太のような腕と脚、鋼のような肉体、それに馬の顔。化け物の様相をした怪物が現れた。


 さらにそれは通常の個体よりも一回り大きい。

 かつて人間と魔物の大量捕食を行うという最悪の方法で育てられたことで異常進化したグランダラスだった。



「力を俺に寄越せ!」



 命令を下すと、すぐにグランダラスはアストの前に跪いてそれに従う。

 自分の身を光の粒子に変え……それはアストの右腕へと集まっていった。



 そして……「籠手」の形となり、右腕に装備される!!



「【グラトニー・ガントレット】」



 【竜王剣 バルムンク】ではない、アストが手に入れた第二の武器。

 黄金に装飾され、拳の部分まで覆う籠手。その拳部分に刻まれている牙のような紋様は獰猛な獣を思わせる。



 バハムートの時とは違いすぐに魔物の反応が消滅したことで警報が鳴ることはなかった。

 だが、もし鳴っていたらバハムートの次はグランダラス……と生徒達は混乱に混乱を重ねてまたパニックに陥っていただろう。


 そんなことはどうでもよく、


 新たな武器をどこからか手に入れたアストを警戒し、ガイトは準備が完了した4節の魔法を放った。



 嵐の砲弾がゴオオオォォォォォ!! と激しい音を立てて宙を走る。



 当たれば吹っ飛ぶでは済まない。

 アスト程度の纏っている魔力では体がズタズタに裂かれて誰もが目を背けるような状態になってしまうかもしれない。


 けれど、アストはその場から逃げ出さない。




「『世界を喰え! グランダラス!』」




 それは詠唱ではなく、命令のような。

 アストは地に籠手が装備された右手を添える。すると、籠手に刻まれた牙の紋様が怪しく光り……



 バキュッッッ!!!!



 手を添えていた地点の地面が突如として抉られた。それはまるで……怪物がその部分を「喰らった」かのように。



 その次には籠手が眩く光り出した!



 光は強く……強く……さらに強くなっていく。そして、その状態でアストは右腕を引き絞る。必殺の一撃を放つために。





「『インパクト・ファイカー』!」




 【バルムンク】の『ブラックエンドタナトス』同様に、アストには使えないはずの「魔法の名」を紡ぐ。


 アストは溜めた右の拳を突き出し、その力を解き放った。

 目には見えない「力の奔流」がガイトの『サイクロン・シェード』のように宙を走る!!



 嵐と衝撃波の一瞬の交錯。



 自分を蹂躙せんと走ってきた嵐の砲弾は、数秒も形を保てずに……跡形もなく崩れ去り破壊された!


 さらには……



「ぐっ!!! ぅがっっっ!!!!!!」



 その延長線上にいたガイトも体をくの字に曲げて息を吐き出した。

 それどころか今までのお返しとばかりにすごい勢いで後方に吹っ飛んでいき、建物に直撃して壁を破壊する。


 【バルムンク】は使用者の魔力を吸収して、その武器自体が「闇魔法」を発動する特殊魔法武器。



 対する【グラトニー・ガントレット】は手で触れた物を籠手自体が「喰らい」、それを魔力へと変換して、またも【バルムンク】同様に武器自体が「強化魔法」を放つという魔法武器だった。



 「強化魔法」というのは属性魔法ではなく誰もが使える無属性魔法。強化魔法の例はアスト自身が唯一使える魔法でもある『ファルス』など。


 先ほどの衝撃波もアストの拳の力を増幅させ、力のエネルギーを飛ばす類の魔法だった。



 しかし、【グラトニー・ガントレット】から放たれた強化魔法—『インパクト・ファイカー』の威力は想像を絶するものだった。



 いくら無属性魔法は誰でも使える魔法とはいえ、これほどの威力の強化魔法を見たことがある魔人は何人いるのか。


 それでいてこれは「無詠唱」「未確認」の魔法だった。

 『ブラックエンドタナトス』もそうだったがアストが武器を介して使用している魔法のどれもが「誰も知らない魔法」なのである。


 そんな力が備わっているこの魔法武器も「特殊魔法武器」と評しても問題ないほどの性能を見せていた。



「ふん……単純な強化系統の武器か。悪くない」


 あの様子ではガイトはまず気絶していておかしくない。

 そう思い、戦闘が終了すると【グラトニー・ガントレット】は光の粒子となって虚空へ消えた。アストが魔王の力を解除したのだ。


「……!」


 アストは落ち着こうとした時、何者かに見られている感覚を得る。鋭い目をその方向に向け殺気を飛ばした。


 だが、そこには誰もいなかった。



「……逃げられたか。まぁいい」



 その視線の主を追うのはやめておいた。

 戦闘になるのは構わないし負けるつもりは微塵もなかったのだが、それでも相手は相当の力を持っている存在と感じるとすぐに面倒だという気持ちが強くなったのだ。




   ♦




「あれが『魔王の力』か……」


 アストの戦闘を遠くから隠れて見ていたガレオスは目の当たりにした『魔王の力』を興味深そうに思案していた。


 といってもたった今本人から殺気を飛ばされたこともあり完全に「隠れて見ていた」とは言えないが。



「支配、魔物の召喚、武器化……恐ろしい力だ」



 魔法、異能に次ぐ第3の力と言うだけはある。

 どれも未だかつて見たこともない力の数々。特に武器から発動していた魔法には驚かされた。



「アスト・ローゼン、もっと強くなれ。お前がこの世界の……いや、『魔人』の希望となるのだ。たとえお前が……『人間』だとしてもな」



 ガレオスはその場を去った。見込み通りだ、と笑って。



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