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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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44話 嫉妬の雷撃



 アストとガイトが戦っている時、学内戦の会場では……



 バヂッ!! バチバチッ! バヂッッ!!!!



 少女の体から電光が弾ける。会場の床は破壊され、焦げ、見るも無残。


 もう1人の少女は壁にもたれかかるようにしてグッタリとしている。気を失ってはいないが痛烈な一撃を受けたと誰もが察することができるほど弱っていた。


(な………な…に……今の……)


 自分の言葉がライハを刺激した。そしてライハは注射器のような道具を取り出して自らの腕に刺した。



 その瞬間、ライハを中心として「()()()()()()」。



 雷が爆発……と言うと変な表現かもしれないが、そうとしか形容できないほどの攻撃だった。


 先ほどまでのライハと人が変わったのかと疑うレベルの魔力量。異常に膨れ上がった魔力を前にして、その姿は人ではなく魔物に見えてしまう。


「う……ぅあ…………あああああ……!」


 だが、当の本人は苦悶の声を漏らす。

 突如得た膨大な魔力を制御できていないのか、雷もバヂバヂバヂッ! と体から漏れ出ている。


(一体何が起きているっていうのよ……!)




   ♦




 変化したライハの様子に観客も何があったと困惑していたが1人だけが違う表情をしている者がいた。それはベルベットだ。



(あれはマジックトリガー!? なんでライハ・フォルナッドが……)



 人間が造り出したという裏世界の道具。それをライハが持っているのはおかしい。


 自分が倒したミリアドエリア7リーダーのコールド・ヴォーントは裏ルートで手に入れたというがライハがマジックトリガーに通じるほどの人物と知り合いとは考えづらい。



「まさか学院の中にトリガーをバラまいてるやつがいるってこと……? なんのために……」



 ベルベットは学院の裏に隠れている存在を疑い始める。


 が、その時だった。



『魔物警報発令! アーロイン中庭にて未登録の魔物が出現。教員はすぐさま警戒に当たってください!対象ランクはS。個体は「バハムート」! 繰り返します。アーロイン中庭にて—』



 警報がけたたましい音でこの会場にも鳴り響いた。



「魔物!? しかもSランクで『バハムート』!?」


「なんで……嘘だろ?」


「これって逃げた方がいいんじゃ……」



 学生達は慌ただしくなる。それもそうだ。そこら辺にいる魔物ではなくSランクでしかも伝説級の魔物となれば命が危ういどころの話ではない。個体の年齢によるが学院の魔法使いが全滅まである。

 それに試験でバハムートを見た者は恐怖心が少なからずあることだろう。あの時の迫力や威圧感を体が覚えてしまっているのだ。


(バハムート? さすがに野良のやつが来たわけじゃないわよね。ってことは……アストの身に何かが!?)


 ベルベットはすぐに席を立ちあがり、こうしてはいられないと会場を飛び出ようとした。





「ば、ばばば、バハムート~!? これはどういうことでしょうか? まさかの乱入者だぁ~!! って実況してる場合じゃないかもー! ひいぃぃぃぃ~!」


 実況のミランダも最初こそは洒落を言うが恐怖心が沸き上がってきたせいか泣き喚いて実況もままならなくなる。いや実況している場合ではないのでそれこそ正常だが。


 そんなミランダの様子を見てか、ガレオスは実況席を立ち上がりマイクを手に取って慌てふためく生徒達に告げた。




「落ち着け!!!!!!!」




 一喝。それだけで嘘のようにピタッ……と会場内は静かになる。

 他の教員が言ってもこうはならない。彼が発言することで「黙らなければいけない」と脳が体に命令するのだ。


「慌てていれば命は助かるのか? 戦場でもそうだ。冷静な者は状況を把握することができ、適切な対処をいくつも考えることができる。どちらが助かる可能性が高いかは一目瞭然だ」


 これを聞いていた誰もがゴクリと唾を飲み込んだことだろう。そこにいた教師でさえも諭されていると思いそうな圧力のある言葉だった。


「自分のやれることを自覚しろ。決して考えることを放棄するな。現場へは私が向かう。誰も、ここを動くことを禁ずる。以上だ」


 それだけ言い終わると、ガレオスは実況席を離れた。マイクはポイっとミランダに向けて放る。





「こちら、ガレオス・ロベリールだ。現場には私が向かう。1人で構わん。誰も近づけるな」


 教員専用の通信道具で誰も来るなと命じた。通常であればバハムート相手にこんな命知らずなことは言わない。


 だが、ガレオスは知っていた。これはアスト・ローゼンがバハムートを召喚した結果だろうと。

 魔王の心臓の能力についてベルベットから聞いて知っていたこと。試験の時のバハムートがアストの支配下にあること。

 この2点から考えれば警報を鳴らしたのはアストのバハムートに間違いない。



(どうやら試練は始まっていたようだな。アスト・ローゼン……今度は直で、お前の力を見せてもらうぞ)



 ガレオスはフンと鼻で笑い現場へと急いだ。

 しかし、そこで外へ出ようとする人影—ベルベットと鉢合わせる。


「ベルベット! 外へは出るなと命じているはずだ!」


「はぁ? なんで私が出ちゃいけないのよ。あなたの命令なんて聞くと思ってるの?」


「……お前も気づいているのだろう? バハムートはアスト・ローゼンの召喚したものだと」


「だからこそ行くのよ! アストに何かあったってことなんだから……!」 


 ガレオスに構わず行こうとするベルベット。その腕を取って無理やり引き留めた。


「待てと言っている。お前はここで生徒を見ていろ」


「そこまでして引き留めるってことは……あなた、何か知ってるのね。アストに何があったのか」


 頑ななガレオスの様子にベルベットは怪しむ。思えばライハもマジックトリガーを使用していたりと異常が多発している。もしかするとこの状況は……



「まさかあなたが起こしたこと……なんてことはないわよね?」



 ベルベットから杖を出現させようとする動きが見える。


 ライハのマジックトリガーのことはまだしもアストに何かした……ということが誰かのせいならその「誰か」を潰す。それが古くの友人でもあるガレオスでも。


 ガレオスはこの一触即発の雰囲気でも揺らがない。ベルベットの目を見据える。


「お前がそう思うのなら、それで構わん。だが、今この時、アスト・ローゼンのことは任せておけ。……それだけしか言わん」


 怪しすぎる。けれども、追及したところで答えるはずもない。


「…………アストのこと、頼んだわよ」


「ああ」


 ベルベットは引き下がった。ガレオスが何を考えているのかわからない以上どうすることもできない。白なのか、黒なのかもわからない。


 これが終わった後、問い詰めてやろう。そう思うことでなんとか自分自身を抑えることに成功した。

 そんなことを考えるベルベットを置いて、ガレオスは会場を出て現場へと駆けた。




   ♦




「うっ……次から次へと……何が……」


 カナリアは困惑に困惑を重ねた。

 ライハに異変が生じたと思えば次にはバハムートの出現だ。困惑しない方がどうかしている。


 それでもバハムートの方は大体察しが付く。アストだろう。


(この会場にも来てなかったし……あっちも戦ってるってことなのね?)


 なら……!



「こっちも……休んでるわけにはいかないわ……!」



 グググ……! と体を起こす。その時に思い出した光景があった。



 グランダラスに追い詰められていた自分。動けなかった自分。命を諦めた自分。




「あの時の自分を……振り払うッ!!」




 地に足を踏みしめ、立ち上がった。レイピアを構えて、目の前に立つ雷の怪物へと。


「う……あ……か、なり、あ! カナリア……!」


 苦悶と憎しみを融合させた声。

 苦しんでいるはずだが、それほどアストを奪おうとする自分が憎いのか。こちらをしっかりと視線で刺していた。



「あたしに逃げる気はないし、どんな状況だろうとここであんたと戦う。それは変わらないわ!」


「う、あああああ、ああああ、ぁぁぁぁ!!!!」



 バリバリバリバリッ!!!!!!!!



 空間を引き裂いたかのような音。ライハの体から4つの雷が放たれる。その強さは注射器のような道具を使う前とは比べ物にならない。


 ライハが使ったマジックトリガーは「雷魔法」がインプットされたマジックトリガーだった。本来なら使用者に雷の属性魔法の術式と魔力を与える。


 しかし、今回使用したのはすでに「雷魔法」を持っているライハだった。マジックトリガーは魔人が使用した時は2種の属性魔法を持つとされているのだが……



 「すでに持っている魔法」と「トリガーに与えられた魔法」が同種の場合、ライハのように魔法が異常強化された状態になるのだ。



 異常強化というより……「魔法の狂暴化」、と言った方が適当かもしれないが。




「眼前の敵を阻め 水霊の障壁

『ウォーターウォール』!」



 2節の防御水魔法。最初に発動した時はライハから自分の身を隠すために使用したが……今回は純粋に身を守る盾として展開。


 カナリアの前に水の壁が現れる。それに4つの極大の雷が……ぶつかる!


(この感じ……マズイ!)


 防御魔法を使った。されどカナリアは回避行動をとった。


 4つの雷は、なんの抵抗もなく水の壁を切り裂いた!



 バチイイイイイイィィィィィッッッッ!!!!!



 数瞬前までカナリアがいた場所を雷が蹂躙する。ギリギリのところで回避を選択したおかげでこれを食らわずに済んだ。

 もし、これを食らっていればどうなっていただろうか。あまり想像したくはないことだ。


(容赦ないわね!!)


 体勢を立て直してすぐに詠唱に移ろうとする。防御が無意味とわかれば攻撃しかない。


 それが許されるのなら、だが。


「!!」


 またもや4つの雷が襲い掛かる。詠唱の余裕など与えないと言わんばかりに。

 「速すぎる……!」と吐き捨ててカナリアはまた回避を選んだ。これでは満足に攻撃に移れない。


 かくなるうえは……



「水の精霊よ力を与えたまえ 敵を討つ矢となりて 放たれよ水の連弾 『ウォーターハウル』!!」



 「走りながらの詠唱」。カナリアの行動はこれだった。


 魔法に覚えのない者は「詠唱」なんて簡単なものだと勘違いをする。言葉を出せばいいだけじゃないかと。


 それは違う。詠唱—魔力を練る行為は使う魔法の難しさによるが集中力を研ぎ澄ませないと行えない行為なのだ。


 具体的に言うと適当に早口で済ませようとすれば魔力を上手く練ることができず「ただ喋っただけ」となる。

 自分の口から出した言葉に乗せて、自分の中で魔力を形にする。その行為はたった1節だけでも集中なしに簡単にできることではない。

 ましてやそこまで集中を要求されるもの、1節増えるだけでまるで別物の難易度となる。




 話を戻すが、さらに難易度が増える要因として「移動しながらの詠唱」がある。


 魔法は詠唱しながら「撃つ魔法の威力調整」、「座標設定」、「範囲設定」を行う。脳で高速の演算が無意識下で行われているのだ。

 止まっている時ならいざ知らず、自分の足で走りながらこれを行うと「魔法の不発」に繋がる。



 要は、たとえ「無意識下」の演算だとしても自分から見える景色や自分の位置まで変わり続けていると演算の内容が複雑になっていき……どこかで魔法発動に不備が生じる。機械のエラーみたいなものだ。

 そしてエラーが生じればすぐさま発動が中断される、それが魔法の基本的な動きの1つにある。



 これは魔女の研究結果の論文の1つにある「情報改変及び人体負荷による魔法術式制御の異常」というものなのだが……これは完全に余談である。このことについてはわざわざ語ることではない。


 ともかく、カナリアはその移動しながらの詠唱という難度の高い技術を駆使して攻撃に出た。



 カナリアは20ほどの水の連弾をライハに向けて撃ち放つ。


 それに対してライハは動かない。カナリアが魔法を撃ってきたにも関わらず。

 その理由は単純。避ける必要がないからだ。



 バチッ! バチバチッ!!! ヂッッッッ!!!!



「なっ!?」


 水の弾がライハを蹂躙すると思われたが……なんとライハが纏っている濃密な雷によって全ての弾が破壊された。


 あの雷は攻撃だけでなく守備にも機能するということなのか。いや……そんな生易しい物ではない。



(ライハが魔力を消費して雷を発生させてるっていうより……纏っている魔力がそのまま雷になってる? それだけ今のライハの中にある魔力が桁違いに増えてるってこと!?)



 今のライハの魔力は非常に不安定な状態になっていた。



 魔法は、術者が「自分の中にある魔力を練り上げて、作りあげた物を放つ」という行為により起こるもの。


 「魔力を纏う」という行為はそれを行わず、「魔力のまま」自分の身に留めているものだ。



 マジックトリガーを使用したことで自分の体の許容以上の魔力を体内に入れてしまったライハはこの2つの行為の間にある壁が無くなってしまった。


 簡単に言うと魔力のコントロールができなくなってしまったのだ。


 それによりライハの意思に関係なく魔力が雷に変換され、それを身に纏っている状態となっていた。要は「魔力」を纏うのではなく「雷魔法」を身に纏っていると言ってもいい。



 これこそが攻撃にも防御にもなる「雷の鎧」の正体だった。



 一見すると今の状態はむしろ良いことなのでは? と思うかもしれない。

 しかし、「魔力のコントロールができない」というのは恐ろしいことでもある。


 自分の魔力が尽きて魔力欠乏で倒れるまでずっと雷が放たれ続ける。

 傷つけたくない物を傷つけてしまう。

 しかもこうなってしまえば術者も多少なりともダメージを負う。体が内側からグシャグシャに潰されている感覚を今もライハは味わっているはずだ。



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