43話 魔王よ、嵐を切り裂く剣を取れ
ライハとカナリアが学内戦で戦っている頃、アストは何をしていたのかというと、
「ガイト、どこに行っちゃったんだよ……」
アストはガイトを探していた。
今日の2人の学内戦を一緒に見ようと誘いたかったのだが前から彼の姿を見ていないこともあってまだ誘えていないのだ。
いつも入り浸っていた音楽室にも影すらなく。これは只事ではないと判断して学校中を探していた。
いないだけなら病気というのもあり得る。しかし、そんな連絡は学院に問い合わせても来ていないらしいし、彼の連絡先に電話をしても通じない。
「なんで急にいなくなったんだ?」
予兆すらなく消えたガイト。普段から授業に出ていないせいで誰も今の異常性を感じないのだ。
異常性を感じているのは、自分だけ。
アストは校内を探している途中で、中庭に出た。
今は学内戦の真っ最中なので人が少ない。それどころか1人もいないまである。
さらに言えば今日は休日でもあるので皆遊び出かけるか、学内戦を見に行くかしているのだ。
しかし、そこで1つの人影が。
「あ……!」
その人影は友人のアストなら間違えるはずはない。それは……ガイト・オルフェウスのものだった。
「ガイト! もう……どうしたの。音楽室にもいないし、ずっと学校にも来ないしさ。何か悩みでも—」
アストは見つけたガイトに駆け寄った。彼の肩を掴んだところで、こちらを向いた。
「お前、アスト・ローゼンか?」
「え……?」
ガイトはいきなりそんなことを聞いてくる。
最近まで仲良くしていた友人の顔を忘れるわけない。僕みたいな記憶喪失でもあるまいし。
「どうしたの? どこか具合でも……」
「見つけたぜ」
アストの手を振り払い、ガイトはポケットから緑色で着色された注射器のような機械を取り出した。
ガイトから臨戦態勢へと入る気配が漂う。それを感じたアストはつい後ずさってしまった。
(なんで……? 今のガイトは……前までのガイトとは違う、そんな気がする!)
ガイトはその機械……魔法道具を起動させる。
「解放宣言」
『認証 マジックトリガー・アクティブモード
「No.3 テンペスト」』
魔法道具—マジックトリガーから針が飛び出す。ガイトはそれを腕に刺した!
瞬間、暴風が顕現する!!
「な……うああああああああ!!」
地から足が浮き、自分の体が紙のように軽く飛ばされる。
そのまま建物の壁に激突。背中に鈍い痛みを伝えた。
周りに植えられていた木々も強すぎる風にバキバキ!と音を立ててへし折れ、石や砂が宙を舞う。
(なんだよこのメチャクチャな風……!)
突然発生した風にアストは混乱する。
前を見ると風は渦を巻いていて、その中心にはこちらを冷たい視線で貫くガイトが佇んでいた。
あの中にいるというのにポケットに手を入れて余裕を見せているところから、あの風はガイトが生み出している物だとさすがに気づいた。
このことにすぐ気づかなかったのには理由がある。
それはガイトの属性魔法が「音魔法」だからだ。
魔人が使える属性魔法は1人1つだけ。ベルベットや僕の【バルムンク】の例外はあるものの、そう何人も身近に例外がいるわけない。
だからこそ、明らかに魔法によって起こされた風ならばガイトではないと思い込んでいた。
(ガイトはさっき注射器のような物を自分の腕に刺していた。ん……注射器……?)
見覚えが……ある。注射器とまではわからなかったけど、ベルベットの部屋で見た物に酷似しているような気がする。
ベルベットの部屋で見たのは赤色だった。ガイトの持っていたのは緑。色は違えど形が酷似しているなら機能は同じはずだ。
そしてベルベットの部屋の机には「魔力注入して魔法が使えるようになる」と書かれたノートの切れ端があった。
「魔法が使えるってそういうことだったのか……!」
あの魔法道具はおそらく「魔法を与える魔法道具」。
正直なところ、まだ半信半疑なところはあるがこうして目の前にしてしまえば信じるしかないだろう。
自分はガイトが音魔法を使っているところを過去に見ている。そして今は風を魔法で操っている。
つまり今のガイトは2種類の属性魔法が使えているのだから。
なぜガイトがそんな代物を持っているのか、今日までどこで何をしていたのか、何があったのか。
聞きたいことは山ほどある。けれど、今の彼からは大人しく話に応じてくれそうな雰囲気はまるでない。
「アスト……コロス。アスト・ローゼンを……コロス」
それは標的を見つけた狩人。相手が友人だというのに遠慮なく殺気をぶつけてきていた。
どう見たってガイトの様子はおかしい。普通じゃないし友人である自分のことも忘れてしまっているみたいだ。
(誰がこんなことをしたのかはわからない……。けど、今は悩んでいる場合じゃなさそうだ)
アストの頭は冷静だった。いや、疑問はいくつもあるし状況はまだ飲み込めていない。いきなりこんなことになれば混乱しない方がおかしい。
それでも今はとにかくガイトを助けなければならない。この想いが強かったのだ。
戦うしかない、と。
アストも臨戦態勢に入る。意識を集中させ、己の体の内にある魔力を「掴む」。そしてそれを……身に纏った。
やっと魔力を纏えるようになったアストは早速実戦で使うことを選択する。
知っている友人とはいえ得体のしれない道具を使う相手に防御無しで戦うのは危険すぎるからだ。
それに、魔力を纏っての戦い方に早く慣れておかないといけないからという理由もあった。
「いくよ!」
「アスト、コロス」
ガイトは正気を失っているが、それでもちゃんと魔力は纏っている。
それなら心配ないと迷わずアストは剣を抜いた。
暴風の中を走る。台風の目たる場所にいる相手に向かって。
しかし、思うように進まない。ノロ……ノロ……と前へ進む。
「ぐ……ぐ……!!」
ゴオオオオオォォォ!!!! と凄まじい音を響かせながらアストの体を阻む風。ガイトに近づくほどにその強さは倍以上に強くなっていく。
目を細めながらも進むアストだが、そうしている間にガイトは風を操り、利用して、瞬間移動のごとく真横に接近してきた!
「コロス!!!!」
ガイトは発生させていた風を腕に纏っていく。
そのおかげでアストを阻んでいた強風は消えたのだが、それが逆効果となった。
風に抗うように力んでいたせいで、それが消失した途端に体勢も大きく崩れたのだ。
ヒュゴオオオォォォ!!!!
そこにガイトは風を纏わせた拳を突き出してくる。
「!!」
それはアストの腹にクリーンヒット。またも吹き飛ばされる、が。
地面を転がった後、アストは驚いた。
「す、すごい……これが魔力を纏うってことなのか……」
なんと思ったよりもダメージが少なかったのだ。
普通なら防御の構えも取っていないところに相手の攻撃が打ち込まれればタダでは済まない。それこそそこで戦いが終了してもおかしくないほどに。
だが、どうだ。ちゃんと立てるし、骨も折れていない。グランダラス戦では一撃受けるだけで骨を折られたり血を吐いたりしたというのに。
これこそが魔法戦闘。その一端というわけだ。
いや、それで安心してはいけない。
ダメージが少ない、というだけで完璧に防げるわけではないのだ。
なんでもかんでも受けられると思っていれば予想外な一撃で命を落としかねない。あくまで「鎧」なのだ。絶対の防御ではないことを頭に入れて戦わねば。
アストがなんの問題もなく立ち上がったのを見たガイトは再びスイッチが入るかのごとく殺気を飛ばして向かってきた。
(僕に何かの攻撃魔法があるわけじゃない。それでも……戦えないわけじゃない!)
襲い掛かる二度目の風の拳。僕はそれを……
「『ファルス』!!」
強化魔法で自分の体を強化する。その強化された力を使い、右手でガイトの拳を受け止めた!
後ろから風でブーストされているのか、ガイトの拳の威力は魔法の攻撃を食らったのかと疑うほど強かった。
ズザザザザ……! と押されていくが、なんとか踏み止まる。
拳を受け止めている僕の右腕からブシュッ! ブシュッ! と血が噴き出した。ガイトの周囲で渦巻く風がかまいたちとなって纏っている魔力が薄い部分を切り裂いてくるのだ。
「ぐ、おおおおおおおおおおぉぉぉ……!!」
それでも負けられない! 「魔法」で負けても「心」で負けるわけにはいかない!!
僕の想いが勝ったのか、風のブーストを受けたガイトの拳を完全に止めた。そしてそのまま……
「ガイト……目を覚ませ!!」
空いていた左腕でガイトの顔を思い切り殴る!
『ファルス』で強化されていたこともあり今度はガイトが吹っ飛ぶ番だった。
「よ、よし……なんとか……一撃」
随分と粗末な戦い方だろうけど弱い自分に戦い方を選べる余裕はない。肉を切って骨を断つ、だ。
どうだ……? と思うもすぐにガイトは立ち上がる。様子は……未だ変わっていない。
(肉を好きなだけ切らせて骨は断てずってところか……。相変わらず自分の攻撃力の無さが恨めしい)
これは自分の課題でもある。今こそ防御のことばかり気にしているが「魔王の力」を使用していない時のアストにとって攻撃魔法がないことは致命的なほど痛かった。
魔法でなくとも剣技などを極めればそれだけで攻撃面の問題は解決できるのだが……今のアストの剣技はまぁまぁ。お世辞にも魔法の代わりと言えるほどの攻撃力はなかった……。
(『魔王の力』なら……!)
【竜王剣 バルムンク】—魔法武器の性能を凌駕する「特殊魔法武器」の力ならば劣勢を覆すことができるのではなかろうか。
『ファルス』を武器にかけることで「闇魔法」を使うこともできる。攻撃力の面はそれで解決だ。
けれど大きな問題は使用するのに致命傷を負う必要があること。一応これは自分でなんとかすることもできるのだが……
(また、剣で自分を刺せっていうのか?)
グランダラスの時はカナリアの身も危なかったことがあり切羽詰まっていた。精神状態も普通ではなかった。そんな状態だからこそできた奇行とも言える。
素面で剣を体にぶっ刺すなど今のアストにはさすがにできない。
アストはそんな躊躇を覚えた。
しかし、それは戦いの場において迷いである。
迷いを見せるアストに、ガイトは再びの接近を行った!
「……ッ!!」
ガイトのスピードが風魔法によって強化されていたこともあるがそれ以上にアストの一瞬の油断がいけなかった。
またも接近を簡単に許してしまった!
ガイトの風を纏った拳が下から突き上げられる。
対してアストはそれになんとか防御を間に合わせることができた。アストも『ファルス』のおかげで踏ん張れるが……
「な、……!?」
ガイトは拳を下から突き上げると同時に風を発生させていた。
その風はあまりに強力で無理やりアストの体勢を崩そうとしてくる。
(ダ、メだ……! これ以上は踏ん張れない!)
前からの攻撃ならまだしも下から来るものは防ぎづらい。ましてや人はそういったものを防ぐ手立てが少ない。空を飛べるわけではないのだから。
アストの体は浮き、ガイトの拳は顎を捉えた!
「がっ……!」
バチバチッ!と頭に火花が走ったかのような衝撃と共にアストは地面に落ちる。
「風の精霊よ力を与えたまえ 螺旋する風 我が手に集まり矛となれ」
先のダメージが抜けきらないアストはまだ立ち上がれない。もちろんガイトの詠唱も止めることなどできなかった。
「『フィーン・グリオルド』」
拳を繰り出す時と同じくガイトの腕は風を纏っていく。
しかし、「形」が違う。
今までガイトの拳に集まっていた風はまるでハンマーのように大きな球体の形をとっていた。
そうすることで通常の拳の攻撃よりも重みを増す働きをしていたのだ。実際、纏っているのは風だというのに信じられない重みだった。
だが、今纏っている風は球体よりも錐体の形をとっている。それはまるで……「ドリル」のような。
まさか……!?
アストは半開きの目でそれを確認すると嫌な予感が脳裏を走り抜ける。
「アスト、コロス!!」
「が、ああああ、ぐぎっぎあああああああああぁぁあ!!!!」
アストの胸に向けてそれが突き出された!!
すごい勢い、速度で回転する風は途轍もない鋭利な刃となる。
今やアストの視界には飛び散る赤の雫がほとんどを占めていて、降りしきる雨でも浴びているみたいだ。
痛みなんて最早感じない。接触した瞬間だけは鋭い痛みがあったがもう耳障りな音だけしか五感を刺激してくれない。
抵抗しようにも、抜け出せないところまで来てしまっていた。あとは死を待つのみ……。
(マズイ……し、死……ぬ…………!)
その時だった。
ドクン!!
自分の体が1つ跳ねる。心臓から、力が溢れ出る。魔法でも異能でもない力。
「魔王の力」が!!
ガイトはその異質な力が爆発的に現れたのを察知したか、アストへの攻撃を急遽中断して距離を取った。
魔王の力が発動したおかげで幸運にも命が助かった。
「う、ぅ……いっ……つ…」
ずっと寝ていてはまた攻撃されるので力を振り絞ってすぐに起き上がった。
感じなかった痛みが遅れてやってきた。胸がズキズキと痛む。触るとヌルッ……と温かな液体が手に塗られる。
しかし、確認してみると骨が露出しているわけでもなければ致命傷になっているわけでもなかった。表面が削られていただけで助かっていたのだ。
自分の魔王の力は「致命傷を受けること」だったが……どうやらこれはベルベットの認識違いだったみたいだ。
(自分が強く「死」を感じた時……ってところか)
正確な「魔王の心臓」の発動条件がわかったところで喜べもしない。どちらにしろ呆れるほどに絶望的な発動条件だ。
なにせ魔王の力が使えるのは自分がそれだけ負けている時なのだから。複雑な気持ちになるのは仕方ない。
けど、今になって気づいたが今回は少しおかしいところがある。
「あれ……? 意識が……落ちない」
なんとまだ自分の意識があるのだ。過去2回はすぐに自分の意識が落ちて、別人格のようなものが出て代わりに戦ってくれていたのに。
あと、自分の傷が治癒されていない。これも過去では紫の炎のようなものが出てきて傷をかき消してくれたのに。おかげで胸は痛いままだ。
(どうしてかはわからないけど……戦いに集中だ!)
僕は天に手をかざす。今ならきっと……「アレ」ができるはずだ!
「えっと……あ、現れろ!………ま、魔法陣!!……で、いいのかな?」
自分の体から溢れる魔王の力をさらに解き放つため、「詠唱」のように言葉にして吐き出した。……なんともきまらないが。
すると……クエストの時と同じ黒い魔法陣のような物が出現!
そしてそこから……
「『漆黒竜 バハムート』!」
覗くは黒い竜の尾。鋭利な爪。全てを竦ませる……絶対的王者の眼。
「グギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
天空の王、漆黒の暴竜。それが、降臨した。
翼をはためかせ、上から相手を見下ろしている。
「できた……! 魔王の力が使えてる!!」
意識が切り替わらない状態での魔王の力の使用。ちゃんとできたのでそれに少し感動してしまった。こんな状況なのにおかしいけど。
しかし、その感動も束の間。
『魔物警報発令! アーロイン中庭にて未登録の魔物が出現。教員はすぐさま警戒に当たってください!対象ランクはS。個体は「バハムート」! 繰り返します。アーロイン中庭にて—』
学院中に警報が鳴り響いた。
通常、魔物を使役して戦う魔法使いは学院へ魔物の登録が必須とされている。
「学院の中」で魔物を召喚するのだ。登録をしっかりしていないと魔物が出現した時、それが学生に召喚された無害な魔物なのか、侵入してきた魔物なのかが判別できなくなる。
アストはバハムートを登録していない。
それも当たり前だ。魔王の力自体隠していることでもあるのに加え、誰もあのバハムートを使役しているなんて信じるはずもないからだ。
試しに登録しようとしたら虚偽申告の疑いで謹慎処分を食らいそうになったことがあるのはアストには苦い思い出となっている。
「このままじゃダメってことか……それなら!」
「魔王の心臓」の力はこれだけではない。
支配した魔物の召喚以外にも、「支配した魔物を自分の武器にする」こともできる!
「バハムート、僕に……力を貸してくれ!」
「グルル………」
チラリとアストを一瞥すると、バハムートは地に降り立った。
そのまま体が光の粒子となってアストの目の前に集まっていく。
「剣」の形となって。
【竜王剣 バルムンク】
漆黒の柄に蒼く発光する刃。それは神秘的な魅力と暴竜の凶暴さを凝縮している。
生きているかのごとく、生命の鼓動を刻むように、光は眩いままでアストを照らす。
アストはそれを手に取った……!
「いくぞ、ガイト……!!」
竜を従える魔王は友人へと刃を向けた。友人を倒すためではない。
友人を縛る、鎖を断ち切るためだ。




