42話 わたしの心に触れないで
~時をさかのぼること数週間前~
「お願いがありますベルベット様」
ベルベットの部屋を訪れたカナリアはベルベットと会うと開口一番そんなことを言い放った。
ベルベットはアストが来たのかと思って期待していたのでもうすでにゲンナリとした顔をしていたがカナリアはそんなことに気づかず続ける。
「あのっ!あたし、強くなりたくて、えっと、それで……!」
けれどもベルベットを前にしてうまく言葉が出てこなかった。挙動不審になりながらも必死に言葉を紡いでいく。そのせいか何をしたいのか伝わるような言葉が上手く出せない。
「ああ~……とりあえず中で話聞くから」
あたふたとして何を言っているのかわからないのでカナリアを中に入れることにした。
アストじゃない時点でやる気は0に近かったが話くらいは聞いてもいいかと思い至った。この時点で教師としては最悪だが。
「で、何?」
「その……あた……ゴホン。私は前にやったクエストの時、役に立てなくて……グランダラスもほとんどアストが倒したようなものだったんです。それが情けなくて……もっと強くならなくちゃって」
カナリアはベルベットの前なので丁寧な口調に直した。ベルベットは別にそんなことを気にしたりはしないのでどうでも良かったが。
「……」
「せめて魔法騎士として戦えるようになりたいんです。目標として、ライハ・フォルナッドに学内戦で勝てるくらいになりたくて……」
「あーちょっと待って。そのライハ・フォルナッドって誰?」
1年の魔法騎士なんてアストと、目の前にいるカナリアくらいしか覚えていないので知らない名前を出されて困った。
カナリアは苦笑いしながらもライハの学内戦の動画をベルベットに見せる。
「ふーん。1年生にしてはまぁまぁやるわね。ちょーっと攻めが単調だけ……ど……って…………」
動画を見ていたベルベットはその顔に見覚えがあった。
(この子……あの時アストと一緒にいた奴だ!! こんにゃろう……!!)
思い出したのはあの日、アストと手を繋いで出かけようとしていた女子の姿だった。
本当は自分がアストとお出かけしたかったのに。あれがデートに見えてしまってその日はどれだけ泣いたか。
親の仇でも見るかのようなベルベットの剣幕にカナリアは疑問を抱いたが今そんなことはいい。
「どうですか? 私は……今から修行を積めば勝てますか?」
その答えを早く知りたかった。ベルベットの目からはどう見えるのかを。
「結論から言うと今の段階では絶対無理だけど……修行を積めばだっけ? 何をするかによるけどこれくらいならいくらでもやりようはあるし、いけるんじゃない?」
なんとも適当な言い方だったがそれだけでもカナリアは救われた気がした。そこで本題を切り出す。
「私に修行をつけてくれませんか? お願いします!!」
頭を下げて頼み込む。魔法だけでなく戦闘技術においても超一流のベルベットならきっと自分を強くしてくれると確信していたからだ。
ベルベットはそれを一瞥すると……了承するでもなく、拒否するでもなく、1つ質問した。
「どうして私なの?」
「それはベルベット様ほどの人なら—」
「ごめん。質問を変えるわ。どうしてガレオスじゃなくて私なの?」
「!!」
その質問にカナリアは真正面から殴られたような感覚を得た。意識してなかったとしても、体が聞かれたくないと反応していた。
「戦闘技術はガレオスも私に負けず劣らず相当な腕よ。それに水魔法で言えば私より練度は上。あなたも水魔法使いなんでしょ? だったらガレオスに頼んだ方が強くなれるわよ」
「そ、それは……」
聞かれたことにすぐ答えを出せないのをベルベットは鼻で笑う。
「当ててあげよっか? 自分のお父様に頼むのが嫌なんでしょ? 断られるかもしれない、また魔法騎士を辞めろって言われるかもしれない、だから承諾してくれそうな私に頼もうって。そういうことでしょ?」
「ち、違います!」
「違わないわよ。傷つく覚悟もないくせに。代替案でこっちに来るとか不愉快極まりないわ。あなた……私を舐めてるの?」
カナリアはここで初めてベルベットに敵意をぶつけられていることを知った。
いつもアストにデレデレしている姿ばかりなので忘れていたがベルベットは百戦錬磨の魔人なのだ。身が凍るほどの敵意をぶつけるこちらが本来の姿なのかもしれない。
ベルベットからすれば侮辱にも似た行為に心底腹が立っていた。これでも魔法においては魔法使いの中でトップに立つほどの存在なのだ。
決して一学生が「こっちでいいか」と頼めるような相手ではない。……アストだけは話は別だが。というか自分から「教えさせてください」と土下座して頼み込むくらいだが。
「今回は許してあげる。けど次そんな理由で来たら……殺すわよ」
まさか教師が学生に手をかけることはない、と思っても。その言葉は嘘ではないと確信を持てた。本当に殺されるかもしれない、と。
でも、それでも。
「その上で……改めてお願いします。私に戦い方を教えてください……!」
これだけ言われて帰ろうとしないカナリア。それに溜息をつく。
「耳悪いの? さっき私がなんて言ったか……もう一回言ってあげようか?」
底冷えするような声。怒りをはらんでいることは明白。
でもここで引き下がれば自分は変われない。もう後悔しないためにここに来ているのだ。自分の父のところへ行かなかったことは認めても、それでもここは引き下がれない。
「どうか……お願いします。強くなりたいんです……!」
頭を下げ続けてひたすら懇願する。クエストを受ける前のカナリアなら絶対にしないことだった。
ずっと自分は優秀だと思っていた。学生の誰にも負けないという自信があった。しかし戦いの中でその自信は自分を縛る枷となっていた。
相手が格上だとわかればすぐに諦めてしまうし、自分の命だってすぐに切り捨ててしまう。
今の自分に必要なのは自身の戦闘スタイル以上に……あのアストのように、泥臭くどんな時でも諦めない力だった。
ベルベットもバカではない。必死に懇願してくるカナリアの姿を見て大体のことは察する。
天才にとって自慢の鼻を折られるような出来事は重く圧し掛かる。カナリアがクエストのことを悩んでいることは嫌というほど伝わっていた。
そして強さを貪欲に渇望する心は知っている。昔の自分がそうだったから。
「……」
ベルベットは思案する。乗り気じゃなったが……カナリアはアストのパートナーでもあるわけだ。
つまりカナリアが強くなることはアストにとっても助かることになるわけで。これからアストの命を助けてくれることもあるかもしれない。
(引き受けても損はない……か)
嫌々だが損得を考えれば受けるしかないかと落ち着いた。
「仕方ないわね。今日から学校が終わった後の時間に色々と教えてあげる。それでいい?」
「!! はいっ!」
顔を上げたカナリアは笑顔になる。こうしてアストが魔力を纏う特訓をしている裏でカナリアの特訓も始まった。
「まず最初に言っとくけどあなたは本当に魔法騎士には向いてない」
「……ッ!そう、ですか……」
特訓が始まりいきなり告げてきたことは一番聞きたくはなかった事実であった。それでも容赦なくベルベットは続ける。
「魔法騎士は戦闘中に器用に、細かく、魔法を使うことが重要なの。それに加えて魔法に頼りすぎず武器での攻防に覚えがないといけない。今のあなたは魔法に頼りすぎ。それじゃ魔女となんにも変わらないし、言ってしまえば魔法騎士の真似事してる魔女みたいなものよ」
「うぅ……」
ボロクソに言われまくるカナリアは密かにアストの気持ちがわかった気がした。いつも自分にガミガミ言われているアストはこんな気持ちになっていたのかと。
言われていることは間違っていない。自分は魔法が得意だから剣術の方を軽視しすぎていた。というより……魔法だけで今までなんとかなっていたというのが正解だ。
グランダラス戦で魔法だけではダメだった。そのせいで魔法しか取り柄がない自分は何もできずに危ないところまで陥ってしまった。
「今からでも魔女に転向……と言いたいところだけどそれは嫌なんでしょ?」
「はい……」
「別にそれでいいわよ。今活躍しているような魔法騎士の中にも魔女の方が適正あるやつ多いし。魔工の中にもなんで戦闘職につかないのかってくらいメチャクチャ強いやつもいるしね」
超一流は同じ超一流を知る。ベルベットは研究で籠ってばかりだがそういった面識だけは意外と広い。
「そうね……魔法よりもまず剣術ね。魔法騎士が最初に落ちる穴があるんだけど……それは『防御』の弱さ」
「防御? でも、魔力を纏っているから……」
「通常の戦闘では確かにそう。でもクエストの時に接敵したグランダラスにそれが役に立った?」
カナリアはハッとする。思い出してみればグランダラスの剛腕一発でダウンしたのは誰だ。
これの意味するところは魔力を纏うだけでは意味のない敵もいるということ。
自分の撃たれ弱さもあるかもしれないがそれを加味してもグランダラスのパワーは異常だったのでベルベットの話は嘘ではない。
「私たち魔人同士や、人間との戦闘では大きく役に立つ。けれど魔物相手にはそれじゃ足りない時が多いのよ。それに人間相手でも接近戦はできるようになった方が良いわ」
これは全てベルベットの経験からくるもの。間違っているという疑いがあるわけもない。
「ライハに勝ちたいんだっけ? あの子は一見戦闘が上手いように見えてるけど基礎がしっかりと身に着いてるだけで周りが皆ド下手なだけ。まぁ基礎が身に着くってだけでもあの歳では相当なことだけどね」
「なるほど……」
ライハは戦闘の天才だと思っていた。その実践向けの才能を羨ましいとも思っていたりもしたのだが……彼女はただ戦闘における知識が身に着いてるだけで周りができなさすぎるだけと聞くとそんな気もしてくる。
そんなこと思ったこともなかったのでライハの学内戦の映像を何度見ていても気づかなかった。やはり素人が見るのとプロが見るのでは大きく違う。
「だったらあなたがそれ以上に魔法騎士としての知識をつければいい。幸運なことに魔法の練度だけは水準を満たしてる。後は剣術と……魔法騎士としての魔法の使い方。それをマスターすればいいのよ」
それからは地獄のような特訓が続いた。
剣術なんかはベルベットが相手してくれたのだがまったく食いついていけない。
早すぎる剣速に嵐のような連撃。もしこれが実戦なら数秒の間に何度死んだか数えきれない。
魔法の練習はそれのさらに上をいくほどキツかった。
元々ベルベットは魔女が本職なこともあってかそれはもうボッコボコにダメ出しされた。魔法だけは自信を持っていただけに精神的にも辛かった。
詠唱が遅い、魔力の練りが甘い、魔法武器に頼りすぎ、等々……挙げればキリがない。
だが、そのおかげでカナリアの剣術と魔法の練度は昔とは違いかなり成長した。
ライハとも戦えるほどに。
「くっ……攻め切れない……もう少し、なのに」
何度も、何度も、何度でも。ライハの攻撃を捌き続けるカナリア。ライハは苦悶の言葉を漏らす。
その中で、カナリアは自分の左腕に麻痺が取れたことを認識した。
その手を固く握りしめる。そして……
「ここからはこっちの攻撃よ!!」
ライハを殴った!
突然の反撃に対応できずモロにそれをもらってしまう。
女子が女子をグ―で殴るという衝撃のシーンに観客もビックリするが次の瞬間には大きな歓声がはじけた。
そこからバク宙で華麗に距離を取りながら、
「水の精霊よ我に力を 悪しき魂に今こそ罰を 勇気ある魂に祝福を 忌まわしき心を洗い流す 我が敵を撃ち抜け断罪の水流」
5節の詠唱を唱えた。ライハは魔法の発動を阻止できず……
「『ウォーターガイザー』!!!!」
ライハの足元に水色の魔法陣が発生。そして突如下から現れた水柱に体が打ち上げられた。
「うぐッ……あ……!」
空中に舞い上がるライハの体。それが落ちて固い床に叩きつけられる。
おそらく誰も見たことのなかったライハが吹き飛ばされる光景。それはいつもライハの相手が見せていたものだったから。
もう誰もがカナリアの負けを予想していなかった。
それどころかライハの方が……と思う者まで出てきただろう。例のファンクラブの者たちも言葉を失っていた。
(このままじゃ……負ける? わたしが……?)
頬が冷たい床に触れる。そんな感触は久しぶりだ。
そしてこれだけの大勢の人前で倒れるという無様は初めてだ。いやイジメられていた頃はよくあったか。
ともかく、自分にとっては信じられないことだった。
「ライハ……あんたにとってアストは大事かもしれない。けど、あたしにもそうなの。アストがいなかったら……あたしは死んでた。今みたいに前を向いて生きていけなかった。あたしに生き方を教えてくれたやつなのよ」
何が言いたいのか。勝ちを確信したから今度はそっちの話でも優位に立とうとでもいうのか。
ライハの心に、棘が増える。
「聞いたわよあんたのこと。アストから全部。そしてあんたを救いたいとも言ってた。それで思ったのよ……あたしもあんたを救いたい」
「救う……?」
アストが自分のことをカナリアに話していたということはこの際どうでもいい。アストがすることに文句はないからだ。
だがカナリアの言ったことはわからなかった。アストに聞いたなら自分が「ロストチルドレン」だと知っているはずだ。
「ロストチルドレン」と知った者は誰もが自分をイジメてきた。手など差し伸べず汚い物でも見るかのように唾を吐き捨ててきた。自分の知っているそれとは違う。
「昔の、あたしの友達も……『ロストチルドレン』だったのよ。そうなる前はすごく仲が良かった。毎日遊んで……学校でもいつも一緒で」
カナリアは急に昔のことを打ち明ける。ライハにしか聞こえないくらいの大きさの声で。
「でも、ロストチルドレンって言われるようになってからは……一緒にいることがなくなった。味方をしてあげられなかったの。怖かった……自分までイジメられるんじゃないか、お父様の名前に泥が着くんじゃないかって。たった1人の親友だったのに……あたしは見捨ててしまった」
「……」
「その子は姿を消したわ。周りの環境に耐えられなくなって逃げるように。あの時あたしが支えて居たら今でも一緒にいられたのかと思うと……。だから、今度こそは同じ境遇の子を救いたいって思った。ライハ、この学内戦であたしが勝ったら—」
あたしのところに来なさい。そう言おうとした。これはアストに頼まれていたことだ。
アストには「こっちに任せてもらう」と言ったが最初からこうしようと思っていた。しかしその前にライハと勝負がしたかったし、ライハ自身が自分と住むだなんて嫌がるに決まっている。
だからこそ勝負の中で自分の気持ちを吐露して、分かり合いたかった。
ライハは敵だ。でも、その先ではきっと友達にだってなれるはずだと信じている。
同じ女子で1年の魔法騎士なんだ。アストを賭けて戦った後で、手を取り合うことができれば……きっと良い仲に……
「うるさい」
そんなカナリアの希望的観測を……ライハは打ち消した。
「結局、カナリアは『見捨てた』。そんなのが良い人面しないで。わたしの、わたし達『ロストチルドレン』の気持ちなんてわからないくせに」
ライハはカナリアを睨みつける。
カナリアが何を言おうとしていたのかは知らないが、一度見捨てたようなやつが今度は救うだなんて信じられなかった。どうせまた見捨てる、と。
「アストは違う。初めてわたし達のこと知ったはずなのに……わたしを受け入れてくれた。わたしの全部を知って、それでも友達でいてくれた。…………お前なんかとは違う!!」
豹変したように牙を向けるライハ。感情が乏しかったライハの本当の顔が垣間見えた瞬間だった。
「あたしも、今度こそは……!」
「うるさいうるさい! わたしからアストを奪おうとするくせに! わたしは、アストが好き。大好き。絶対にお前になんか渡さない!!」
カナリアはその言葉に胸がズキッ……! と痛んだ。
「アストを奪おうとするくせに」のところではない。「アストが好き」と言ったところだ。
それは異性としてか、それとも友達としてかをすぐに問いただしたかった。
なぜ自分がそんなことを思ったのかはわからない。だがその言葉を聞いた時、急に口の中が渇き、胸が苦しくなった気がした。
そんなカナリアの様子は知らず、ライハはポケットからある物を取り出す。
それは……小さな黄色の注射器のような形の機械—魔法道具だった。
「……?」
カナリアは見たことのない魔法道具に対して警戒を高める。
「解放宣言……!」
『認証 マジックトリガー・アクティブモード
「No.6 ライトニング」』
ライハはその魔法道具を起動させた。声に応じて魔法道具から針が飛び出す。
「わたしには、アストさえいればいい……!」
ライハはその魔法道具の針を腕に刺した。
雷の奔流が、暴れ狂った。




