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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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39話 envidia



 ライハはアストの帰りが遅いので玄関の扉を開けてチラッチラッと覗いていた。

 周りからすればなんとも不思議な子である。普段からライハはこれだから誰も気にしたりはしないが。



「あんた何してんの」


「あ……カナリア」



 そんなところへカナリアがやってきた。この不思議な光景に何を言っていいのかわからず微妙な表情をしている。


「学内戦のこと……」


「聞いたわ。待ちくたびれたわよ。もう準備しすぎていつでもかかってこいって言えるわ」


「そう……」


 そんな自信満々なセリフをライハは興味なさげに返す。

 どうでもいいと思っているわけではないのだがライハにとって絶対に勝つという理由を失った今、最も力が湧いてこない時でもあった。


 もっと言ってしまえば、負けてしまってもいいとさえ思っていた。カナリアは自分に勝ちたいのだから負けて、彼女を前に進ませてあげようと。



 自分にはアストがいる。アストさえ自分のそばにいてくれればこれ以上何もいらない、と。



 アストが実はライハを救うためにまだ裏で動いていることを知らない。知ってもその意図はわからないだろう。彼女はもう救われたと思っているのだから。……彼に「()()()()」ことで。


 そんなことを思っていてもカナリアにはわからない。ただやる気を持っていないことは見て取れた。

 どうしてもやる気にさせる。そのためにカナリアはライハへとさらに自分の考えを話す。アストに「ライハの件は任せてもらう」と言ったのは好都合だったかもしれない。



「学内戦では裏で賭けもできるって知ってる? 勝った方が負けた方に何かを要求できるってこと」



 学内戦は生徒同士で実力を高めあうことを目的としているが、生徒の中にはそれを賭けに使う者もいる。

 近年、学内戦を観戦する生徒が増えていくほどにその様相を強くしていった。今では観戦する生徒や、実際に戦う生徒も結果に賭けをすることが多い。


「知ってる。それが?」



「学内戦で勝った方がアストと同部屋のパートナーになるってのはどう?」



「!!」



 その言葉にライハは目を見開く。信じられないことを言ってきたというように。



 だってそんなことは許せない。アストはダメ。アストがいなくなれば自分はまた何もかも失ってしまう。せっかく0から1になったものがまた0に戻ってしまう。かけがえのないとても大事な1が消えてしまう。



「嫌………アストだけは、嫌」


「なんで? アストはあたしのパートナーだったのよ?」


「それでも嫌!!」



 また自分の世界を壊される。自分を救ってくれた人をどうして奪おうとするの? どうして一緒にいさせてくれないの?


 全部言ってやりたかった。

 でも、言ったとしても一笑に付される気がして怖かった。自分のこの気持ちだけはバカにされたくなかった。他人に見せたくないこの気持ちだけは。




「アストを……追い出したくせに……!」




 泣きそうになる表情で言い返す。お前にパートナーを名乗る資格なんてないと。自分と戦うことばかりに気を向けてアストのことを考えていなかったお前が言うなと。


 ライハにとってこんな黒い感情は初めてだった。吐き出さずにはいられなかった。

 カナリアを悪者にしてアストにはそっちに行ってほしくないと思いたかったのかもしれない。

 この感情に名前など今のライハにはつけられない。ここまで心を揺さぶられたことも初めての経験だったのだ。



 父や母とはまた意味が違う……自分にとっての『大切な人』。



 そこまでしか言語化できないこの気持ちがもどかしい。言葉にできれば、もっと楽になれるだろうに。きっとこの目の前にいる少女にも動揺を与えられたかも……しれないのに。


「あんたの言う通りよ。だから学内戦で取り戻す。あんたに勝ってね。あたしにとってアストは大切なことを教えてくれた……と、友達なのよ」


「勝てばいい? なら、負けない。絶対」


 再び勝たなければならない理由を手にしてしまった。次の1回だけの限定的な理由。されど今まで以上に最も強い理由だった。


 ライハとカナリアは別れる。もう学内戦まで顔を合わせることはないだろう。「敵」となったのだから。




   ♦




 ライハはすぐにトレーニングルームを一室だけ使用申請し、魔法の練習をした。


 精神状態としては今日一日は落ち着きたかったのだがそうしてはいられなかった。絶対に負けられない戦い。それを前にして大人しくいることは難しかった。


 過去の真実を知り、乗り越え、新たな世界が開けた。

 肉体的にはなんともなくとも精神的にはとても大変な日ではあったが次に来る戦いはまたも自分の心をひどくざわつかせるものだった。



(勝つ自信はある。……でも万が一に備えて)



 トレーニングルームに来た理由は当然学内戦に備えてのこと。

 だが今のライハはただ気を紛らわせるために何かしていたかった。それに加え「トレーニングを怠ったから負けた」だとかの負ける理由を少しでも減らさねば安心などできるはずもなかったのだ。



 そこでふと、自分が使用しているルームの扉が開く。



 ライハは集中すれば周りが見えなくなるタイプではあったが今回ばかりは集中し切れていなかったこともありすぐに誰かが入ってきたことに気づいた

 とはいっても人が使っているルームには無断で入ってはいけないというルールがある。勝手に入ったことで集中を乱し、練習中の魔法が失敗して思わぬ事故に繋がることがあるからだ。


 ライハはそいつに「出て行って」と一言ぶつけてやろうと思ったのだが……そこにいた人物が奇妙な出で立ちをしていたので声が出なかった。



 扉の前に立ってたのは白いローブを着て、さらにフードを被って顔や姿を隠している人物だった。

 ライハは知らぬことだが先日ガイトに接触した「謎の魔人」である。



 そんな怪しい服装をしていれば誰でも警戒心を掻き立てる。ライハもそうだった。


「誰?」


「……ライハ・フォルナッド。これをあげる」


 謎の魔人はライハの問いを無視して懐から地面に何かを落とす。それは小さな注射器の形状をしている見たこともない魔法道具だった。



「それは『マジックトリガー』。使えばあなたは強くなれる。決して負けることはない。……カナリア・ロベリールにも」



 ライハはピクッと反応する。まさに今の自分に必要な物に感じられた。しかし、



「いらない。興味ない」



 得体のしれない相手が渡してきた物をホイホイと使うわけがない。

 確かにカナリアに絶対勝てるという安心感は欲しているが「マジックトリガー」とやらは初耳の魔法道具だ。信用を置くことはできない。


 拒否された謎の魔人はフードの中でニヤリと笑う。



「アスト・ローゼンと離れ離れになったとしても?」


「—ッ! なぜ、それを」



 その前にカナリアと戦うこと自体、まだ知られていないことだ。それを知っていて、尚且つ賭けの内容まで知っているとはどういうことか。


 つまり謎の魔人の正体は自分とカナリアの会話を盗み聞きしていた第3者となる。

 あの時は誰かの気配を感じたことはなかったのでそれで盗み聞きされていたとなると相当な魔法使いだ。


「学内戦に負ければアスト・ローゼンはあなたから離れていく。けれどそれはただ部屋を移動するだけ?もしかしたら次第にあなたを相手にしなくなるようになるかも……」


「そんなことは、ない。アストはそんなことしない」


 ライハの口から出るアストを信じる言葉。

 自分の部屋から出て行くことになっても、友達であることに変わりはない。……一緒にいる時間は少なくなったとしても。


「本当に?」


「………」


 嘘、だった。本当はそれを恐れていた。そうでなければカナリアとの賭けにここまで焦ったりはしない。


 アストと離れれば今まで通り会えないかもしれない。


 休日に出かけたくてもカナリアとの予定を優先するかもしれない。


 自分よりもカナリアを頼るかもしれない。


 自分とアストが今までしていたことを今度はカナリアとするかもしれない。


 自分に向けてくれたあの笑顔をカナリアに向けるかもしれない。





 自分よりもカナリアを。カナリアを。カナリアを。





 そう考えると胸がムカムカとした。これはカナリアが賭けを宣言した時と同じものだ。

 アストを信じられないわけではない。彼と一緒に過ごすカナリアが嫌だった。そしてそんな未知の感情が自分の心をチクチクと刺す。


「アスト・ローゼンのこと、好き?」


「! アストの、こと、は……」


「ふふふ。あなたが彼を好きだとしても、彼はあなたよりもカナリア・ロベリールが好きかもしれない。だって2人はパートナーだから。あなたはパートナーではないから。ただの、部外者だから」


「!」


 ライハが答える前に謎の魔人は無慈悲に告げる。それがまたライハの心をムカムカとさせる。


 そんなのは嫌だ。よくわからないけど……それだけは嫌だった。


 カナリアがパートナーというのも嫌だった。なんで自分がその立ち位置にいないんだとさらに心に棘を増やす。


「でも、勝てば彼はあなたの物。誰も邪魔なんてしてこない。そして彼はカナリア・ロベリールよりもあなたを大切にしてくれる。愛してくれる。あなたは彼のパートナーになれる」


「そう……勝てば、問題ない」


「だから、使えばいい。それを」


 ライハの目の前に落とされている「マジックトリガー」を指さす。悪魔の誘惑はライハの傷つき弱った心に侵入してくる。


 手が何かを求めるように伸びていく。床に落ちている、それに向かって。


 それがどんな物だとしても、自分の傷ついた心を潤してくれるのなら。彼女を排除する力になるなら。大切な彼との毎日を保証してくれる救世主となるならば。




「教えてあげる。その気持ちの名前」




 謎の魔人は(ささや)いた。ライハの心を見通して。








「それは……『嫉妬』」



 

   ♦




 その頃アストはライハのことに関してもう1人協力者を増やそうとしていた。


「ガイトにも相談した方がいいよね。ロストチルドレンのことにも寛容かもだし」


 そもそもロストチルドレンのことはガイトの口から聞いたんだ。それにガイトとライハは「友達」となっているはず。

 それなら力を貸してくれることは間違いないし、これから彼にこのことを隠したまま付き合いを続けていくわけにもいかない。

 いくら授業にサボり気味といっても同じ1組だ。クラスメイトならすぐに相談に乗ってあげることもできる。ライハのことを打ち明けても良いこと尽くしなのは目に見えている。


 というわけでこれから話そうかとマジックフォンで連絡を取るが……


「あれ? 今は都合が悪いのかな」


 繋がらない。だがガイトのことだ。いつものようにピアノを弾いているのかも。それならばマジックフォンの電源は切っている可能性はある。


(直に会いに行った方がいいかな……)


 どうせ音楽室にいるだろうと踏んで早速向かうことにした。……のだが。音楽室にもガイトはいなかった。あれだけ音楽室に入り浸っていたのに。

 放課後だからという理由は弱い。ガイトは放課後だろうとここでピアノを弾いていたことがあった。

 それに本人も「自分の魔法練習はここで行っている」とまで言っていたのでむしろ放課後にいる方が普通なのだ。


「今日は早めに帰ったのかな?」


 僕は深く考えずに帰ることにした。



 しかし、それから1週間が経ってもガイトの姿を見ることはなかった……。



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