37話 君は1人じゃない
ガレオスさんとの話を終えた僕は一直線にライハの部屋に行った。
この後はジョーさんとの特訓もあったが今はそれどころではない。もちろんライハに用件があるからだ。
「ただいまライ—」
鍵が開いている扉を開けて中に入ると……明らかな異変がそこにはあった。
目に広がったのは魔物でも暴れたのかと聞きたくなるほどに散らかった部屋。
壁紙も所々引き裂かれており机も倒されていた。椅子は脚が折れてもう役に立てそうにない。ベッドのシーツは強い力で引っ張られて破られ見るも無残だった。
部屋の奥にはライハが床に座り込んでいた。糸が切れた人形みたいに顔を下に落ち込ませてぐったりとしていた。
「ライハ………?」
「……あす、と?……アスト、おかえり。どうしたの? 随分と疲れているように見える。シャワーでも浴びた方がいい」
名前を呼ぶと再起動でもかけるかのごとく顔を上げていつもの態度で自分に接してくる。
アストにはそれは逆に恐ろしく思えてしまった。
「ライハ、これどうしたの……?」
「? あ、散らかっている。すぐに掃除が必要。手伝ってくれると嬉しい」
ライハは今気づいたという風に床に落ちているビリビリに裂かれたノートの切れ端やシーツを拾う。その顔にはなんの不自然さの欠片もない
「………ねぇライハ」
「なに?」
「もう、自分に嘘をつかなくていいよ?」
ビクッと体を揺らす。拾っていた物をバラバラと床に落とした。
「嘘?」
「うん。本当の自分を出していいんだ」
「なんのことを言っているかわからない」
ライハはこんなことを言っているが僕の視界の端には転がっている一冊の本が映っている。
あれは僕があげた物語の本。あの物語がライハを現実に引き戻す「トリガー」になってしまったんだ。それにあの物語を僕が知っていたからこそライハの現状に気づけたとも言える。
「もう思い出したんでしょ? 自分のお父さんのこと、お母さんのこと。これ以上偽ったら戻ってこれない! 終わりのない迷路から抜け出せなくなる!」
ライハの肩を掴んで必死に語り掛ける。ここで引き返すべきなんだ。もう二度と偽ってはいけない。
「なんで……」
「ライハ?」
「なんでアストもそんなこと言うの!!」
僕の手を払いのけて叫ぶ。それは僕が知っている今までのライハとは思えない……感情を露わにした、泣き叫ぶ声だった。
「なんでわたしに意地悪なこと言うの!? なんで思い出せなんて言うの!? なんでパパとママのことを嘘だなんて言うの!?」
駄々をこねるように泣く。ボロボロ、ボロボロと大粒の涙が散っていく。僕の胸をドンドン! と叩いて怒りと悲しみを吐き出していく。
肉体的には痛くない。けど精神的には痛かった。ライハの拳が僕の胸を叩く度にこれまでライハが受けてきた暴力の数々が電導してくるみたいだった。
ライハの悲鳴はビリッ…ビリッ…!と電撃を撃ちつけられているのかと錯覚してしまう。
響く。僕の体に、頭に、心に。
「なんで皆わたしを嫌うの!!!!!」
両手でドン!! と胸を叩かれる。
これがライハにとって一番大きな感情なんだ。
父や母を失ったことはライハにとって死ぬほど辛い出来事だった。しかしそれ以上に、「誰も自分を助けてくれなかったこと」が一番辛かったんだ。
「どうして!! どうして!! わたしなにもしてないのに!! 大好きなパパもママもいなくなったのに!! なんで皆わたしを嫌うの!!!!」
僕の目からも涙が流れる。こんな想いをずっと心の奥底に封印していたなんて……そんな……そんな……
「わたしは誰かに助けてほしかっただけなのに!! 一言『大丈夫?』って言ってほしかっただけなのに!! なんで……皆、わたしを……嫌う、の……!!」
ライハの体から力が抜け、床に崩れ落ちかける。
僕はそれを抱き留めた。そのまま強く抱きしめる。強く、強く。
「あ…………」
「ここにいる。もう遅いのかもしれない、僕じゃ役に立たないかもしれない、昔の事件のことなんて詳しく知らない。けど……君を救いたい。そう思っている人は……ここにいるよ。僕だけは君が何者だろうと、君の傍に居続ける」
「う、うぅううあああああああぁぁあぁあぁぁぁああぁぁあぁああああああああ!!!!」
ライハも僕の体を強く抱きしめる。失くした父と母の胸で泣きじゃくるかのように。
僕が住む場所を無くして困っていた時、君が僕を助けてくれた。でも、もしかすると、本当は……君が僕に助けを求めていたのかもしれない。
話をしてほしい。知らないことを教えてほしい。遊んでほしい。頼ってほしい。
ただ……「一緒にいてほしい」って。
「今まで……辛かったよね。悲しかったよね。もう大丈夫。君は、1人じゃない」
♦
結局ライハが泣き止むまで抱きしめ続けていた。そうすると何が起こるのかというと……
(自分はなんてことをしたんだろうか……)
今は泣き止んだライハがベッドの上に座って心を落ち着けているのだがこっちもこっちで心を落ち着けないといけない。それは何故か?
いくらライハを安心させるためとはいえ年頃の女の子をあんなに強く抱きしめたとなると後から「やってしまった……」と思うようになったのだ。
別に邪な気持ちがあってそんなことをしたわけではなく本当に無我夢中だった。だが時間も経てば自分が何をしていたのかと客観視もできるわけで。
(うあ~~~~何をやってるんだ僕は!)
「アスト?」
「はっ! なんでもないよ? 気にしないで……」
急に名前を呼ばれてドキッとしてしまった。といっても先ほどまでのドキドキと違うものだ。ビックリしたぁ……。
「そ、それよりどうしたの?」
「カナリアとの学内戦、受けようと思う」
「……どうしてまた?」
ライハがカナリアとの学内戦を受けてくれるのは嬉しいけどあれだけ断って「意味がない」とまで言っていたのに。
ベッドから腰を上げたライハは床に落ちている僕があげた物語—「師匠訪ねて三千里」を拾う。
「もう相手を選ぶ必要もなくなった。パパとの約束は自分が都合よく作り上げた虚像だったから……」
強くなればいつか父と母が帰ってくる。それが存在しなかったものなら以前のように先輩相手でも学内戦をして狂ったように強さを求めることもしなくていい。
けどこれでモチベーションを失って弱くなったライハと戦ってもカナリアは納得しなさそうだ。そこのところは大丈夫なのかな。
「……あ、あとさ。勝手に調べたことで悪いんだけどライハの名前って本当は『ライハ・リフロス』なんだよね? これからは名前ってどうするの?」
「リフロス」の名前はロストチルドレンとしてもう広まってしまっているかもしれない。
ただライハ自身が自分の作りだした虚像の1つとして得た「ライハ・フォルナッド」の名もライハにとっては辛いものなのではないかと思ったのだ。……今更名前をどうしろと言われても困ると思うが。
「これからもママの名前の『フォルナッド』でいく。どんな形でも……今を生きているのは『ライハ・フォルナッド』だから」
作り出した虚像を全て捨て去るのではなく、背負ってもいくってことか。こればかりは彼女が決めることだから僕はもうこれ以上言わない。
もしいつか……ロストチルドレンだとしても普通に生きていける世界になったのなら。その時、彼女はどういう生き方を選ぶのだろうか。それだけは見届けたい。そしてそんな世界を僕は……創りたい。
「アスト。カナリアに学内戦を受けると言ってほしい。わたしはまだもう少しだけここに……」
「わかった。ライハは休んでて………それと」
「?」
「『師匠訪ねて三千里』ってやつ、どこまで読んだかわからないけど……あれはちゃんと最後はハッピーエンドで終わる物語なんだ。だから最後まで読んでみて?」
地面に捨てられてあったその本を拾い上げて、ライハに手渡す。
ライハはそれを胸に抱いて、
「……。読まなくても、結末はもう知っている」
「え?」
「あの主人公はわたしと一緒だから……」
アストに救われた自分。それを自身で見つめて。
「今のわたしとも、きっと一緒」
きっとあの主人公も、たった1人の大切な友達に救われたに決まってる。




