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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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36話 それは落雷のような少女の慟哭



 ~次の日~


「ん~」


 今は5限の授業中。なのに僕は他の考え事をしている。っていうか今日1日中考え事をしていた。……それはライハのことだ。


 夜に泣くライハを見てから僕は何かに苦しんでいる彼女を救いたいとずっと思っていた。そしてその頃から僕の中でずっと気にかかっていたことがある。

 それは最初こそ些細な疑問だった。けど、今ではあまりに不可解すぎて早くこの謎を解消したいくらいに膨れ上がっていたのだ。



(僕の予想通りなら……きっとライハは─)



 ライハは両親が遠くに行っていると言った。ライハが夜に涙を見せるのも両親が関係している。そしてもし、ライハが僕の予想する存在ならそれら全てが綺麗に繋がる。


 とても、とても悲しい全容へと行き着く。ライハの抱える(いびつ)な闇の全容へと。



(これが解決したら僕もカナリアとちゃんと話をしよう。僕の『提案』を聞いてもらうために……)



 5限終了の鐘が鳴ると同時に、僕は席を立って学院のとある場所へと向かった。



 向かった場所は……職員室。

 学院の教師達が集うこの場所に僕は用があった。もう今日の授業は全て終了しているのでここからの時間に心配はないが……ジョーさんとの特訓は少し遅れるかもだ。



「失礼します。……ガレオスさ—先生はいますか?」



 僕はガレオスさんを呼ぶ。この学院でかなり力があり、自分が話したことのある教師と言えばガレオスさんしか思い当らなかった。


「アスト・ローゼンか。……私に用か?」


「はい。少し聞きたいことがあります」


 ガレオスさんはすぐに出てきた。昨日の今日でまた話すことになったが今回は僕のことではなくライハのこと。

 それにガレオスさんは入学試験の試験官だったこともあり今回の話に恐らく関係していると思われる。色々と都合が良かった。




「それで、話とはなんだ? まだ何か悩んでいるのか?」


「いえ、僕のことではなく今回はライハ・フォルナッドのことで」


「ライハ・フォルナッド? たしか……今お前はライハ・フォルナッドの部屋に住んでいると聞いているが…………そうか。お前の聞こうとしていることに察しがついた」


 僕がライハの部屋に居候していることがバレているのはビックリしたけど……ガレオスさんの言葉によって自分の考えに確信を持った。


 やはり聞こうとして正解だったな。僕がずっと気になっていたことは……




「どうしてライハだけが……共同生活が原則のはずの魔法騎士の寮に1人だけで住んでいたんですか?」


「……」




 それは最初こそ「何か事情があるんだろうな」くらいだった。


 考えられることは魔法騎士コースの女子の数が奇数だったとか、ライハ自身が誰かと共同生活することを激しく嫌っているとか。でも、そんなことはなかった。


 これは知っていたことだが魔法騎士コースの女子の数はライハとカナリアの2人だけのはずで、しかもカナリアは男である僕と住んでいたのだ。

 これはどう考えてもおかしい。いくらこの学院がメチャクチャだとしても男と女が同じ屋根の下に住むことを強制するなんてよっぽどの理由がなければありえない。



 それとライハ自身が共同生活を嫌っているという理由だが……これも違う。

 僕がカナリアに追い出されていた時にライハの方から来ないかと誘ってくれた。少なくとも誰かと住むことに抵抗なんてなかったということだ。


 そこから考えられることは……1つだけだ。僕が最近聞いた言葉の、アレしかない。

 ガレオスはアストの顔を見ると静かに目を伏せる。




「隠しても無駄のようだな。お前の予想通りだろう。ライハ・フォルナッドは……『ロストチルドレン』だ」




 当たってしまった。僕の予想通り……ライハはこの学校から半ば「隔離」のような扱いを受けていたんだ。そしてなぜそんな扱いをしていたのかも今ではわかる。



「私は入学試験の試験官を務めると同時に、魔法騎士コースの同部屋のパートナーを決める役割も持っている。そして、普通に考えればライハ・フォルナッドは同じ女性であるカナリアとパートナーになるはずだった。しかし、そうはならなかった。何故かわかるか?」



 ガレオスさんはお前の考えを言ってみろと鋭い眼光を向けてくる。ならばと僕も自分の考えを口に出す。



「『ライハがロストチルドレンだ』とパートナーにバレた時のことを恐れたからですか?」


「その通りだ。この魔人の世界において『ロストチルドレン』はそれだけ忌み嫌われている。バレれば差別され、時には周囲から痛めつけられることもあるほどに。それが同部屋のバートナーともなれば教師の目からも見えにくい。下手をすれば自殺や死亡のケースも考えられる」



 だからこそライハを誰とも同部屋にすることができなかった。自分の娘であるカナリアでさえも組ませなかったのは『自分の娘なら大丈夫だ』と特別視をせず教師として対応したことの証拠だ。



「アスト・ローゼン。お前が女性であるカナリアとパートナーになっているのはそれが理由だ。通常ならお前がパートナー無しとなるはずだったからな。その前に私がライハ・フォルナッドに関する意見を出してカナリアと組ませたわけだが」



 え。 いやさすがにそこまでは予想外だった。僕って知らないところで独りぼっちになる危険があったのか!?

 って今はそんなことどうでもいい。それよりもライハのことだ。



「これが『ロスト12』の被害者の名前だ」



 僕が衝撃を受けている間にガレオスさんは「ロストチルドレン」を生んだ最悪の拉致事件「ロスト12」の被害者名簿を持ってきていた。


 そしてガレオスさんはそこにある1つの名前を指さす。


「『トール・リフロス』?」


「これがライハ・フォルナッドの父。フォルナッドは母の旧姓だ」


「……ライハのお母さんは?」


「トール・リフロスが拉致されたと思われる場所で死体となって見つかっている」


 僕は顔を覆った。追い求めたライハの真実の中に慈悲などなかった。考えうる限りの最悪へと進んでいる。

 この世界はどうしてこんなに歪んでいるのだろうか。こんなに残酷なことが少女に起きていいのだろうか。


「話はそれだけか?」


 もう話すことは話したと。これで終わりだと伝えてくる。いいやまだだ。ここからが本題でもある。

 しっかりと目を合わせ、ゴクリと生唾を飲み、息を整える。


「ガレオスさん。今からでもカナリアとライハを同部屋にしてくれませんか?」


「……話を聞いていなかったのか? ライハ・フォルナッドがロストチルドレンである以上それは認められない」


「じゃあ……カナリアがライハのことを理解して受け入れてくれたら?」


「………」


 答えはない。つまり……それならOKということか? もしくはやってみろと?

 挑戦的な目線を向けられている気がした。まるで僕を試すかのような。



「アスト・ローゼン。お前はライハ・フォルナッドを、『ロストチルドレン』を救うべきだと判断したんだな?」


「はい。ロストチルドレンだなんて……そんな理由で彼女が1人でいることを強制されるなんて見過ごせません。それに彼女の根本的な問題をどうにかするには一緒にいてあげられる人が必要だと思うんです。短い間でも一緒に住んでいた僕の意見ですけど」


「お前ではダメなのか?」


「僕じゃ……ダメです。カナリアを1人にするわけにもいきませんから」



 カナリアの心の(もろ)さも僕は知っている。1人でいることに何の辛さも感じないようにしているけれどクエストの時に彼女の本当の心を知った。


 ずっと1人で頑張ってきて、でも自分にとって大切な人は認めてくれなくて。本当は誰かに認めてほしかった。一番誰かとの繋がりを欲していたんだ。


 そんな彼女にも近くで支えてあげられる人が必要なのだ。

 ライハも1人にできない。カナリアも1人にできない。なら取れる手段は1つだけだ。


 僕は自分の提案をガレオスさんに話せたので、それで終わりとした。次に行かなければいけないところがあるからだ。



 アスト・ローゼンが出た後、ガレオスは1人になり、面白いとでも言いたげな顔をする。



「『魔人』が今まで触れることさえ嫌っていた問題に、『人間』が触れるか……。やってみろ、アスト・ローゼン」




  ♦




「アスト……遅い」


 アストが職員室にいる時、ライハは寮の部屋で本を読んでいた。そろそろ終わりを迎える、アストがくれた物語を。



 主人公の少年は様々な国を巡っていくが、どこにも両親の姿はない。誰に聞いても「この国にはいない」とだけしか返ってこない。色んな国を巡る楽しい旅だけれど本来の目的がまったくといって進歩を見せていなかった。

 そこで少年は一度自分の故郷へと戻る。もしかしたら両親が失踪したというのはひどい嘘や夢であって、帰れば自分を待つ両親がいるんじゃないかと期待したから。




 ライハはページをめくる。




 少年は家に戻ると……そこにいたのは両親などではなく、旅に出る前は親しかった自分の友人だった。

 その友人は自分が旅に出ると言った時に「行くな」と大きく反対した人物でもあった。その時は「心配するな。無事に帰ってくる」とだけ言って出かけたのだが。

 そんな友人は帰ってきた自分の顔を見るとある決意を決めたかのように向き直る。何か大事なことを話さなければならないというように。

 少年は友人に笑顔で「どうしたんだよ」と語りかけるが友人の顔は暗いままだ。


 


 ライハはページをめくる。




 友人は少年に「もういい加減にしろ」と言った。少年は友人の言葉に戸惑う。そして友人が次にかけた言葉は少年の胸をえぐった。



 ライハはその「言葉」に目を向けると……硬直する。






『お前の両親は事故で死んでるだろうが……!』





 少年の両親は失踪したわけではなかった。少年が両親を探す旅に出ようと決意した日の前日に事故で亡くなっていたのだ。


 少年はそれを知らされなかったわけではない。

 聞いた後、自分で自分を偽っていたのだ。両親の死に耐え切れなかった心が自分に嘘をついた。両親は「死んだ」のではない。「失踪した」と。

 どの国の誰もが「もうお前の両親は死んでるんだぞ」と言ってきても自分の心はそれを「この国にお前の両親はいないぞ」という言葉に変えて耳に届けた。自分自身を守るために。


 そうやってずっとずっと意味のない旅を続けていた。自分の虚像を正当化しようとする旅を。






「……え、あ…………」



 これはライハの声。持っていた本を落とす。直後にズキズキと痛み出した頭を押さえた。



「パパ……約束……約束……やくそ………やくそく?」



 言葉にゲシュタルト崩壊を起こしたわけではない。自分の記憶を探っていき……その「約束」というものがなんだったかを確かめているのだ。


 自分を支える唯一の柱。自分の心を守ってくれる壁を。




『ライハがいっぱい強くなった頃にパパ達は帰ってくるよ』


「そう。それ……パパはわたしに……約束、ちゃんとした……」




 自分の頭に浮かび上がったその言葉にライハは安心を得た。




『ライ……いっ……なった頃……パ……は帰って……よ』




 だが、急にその言葉が頭の中でノイズがかかって響く。幻想が消えそうになる。霧が晴れていく。「自分が永遠に見ていたかった幻想の霧」が。



「やめて……ちが、ちがう……パパは約束、した……わたしに……帰って来るって……」



『ラ………強……った頃………パ……帰っ……よ』



「嘘じゃない……本当に……わたし、……嘘じゃ……」



『ラ………………………………………………』



「嘘じゃ……ない………」









『ライハちゃん、可哀想よねぇ。まだ子供なのに両親がいなくなるなんて』


『それがよ。ロスト12の被害者らしいぜ』


『え? じゃあ………ロストチルドレン?』



 次に響いてきたのは自分が知らない言葉の数々だった。


 いや、自分が聞こうとしていなかった、記憶から消そうとした「真実の言葉達」だ。




『ロストチルドレンが近づくなよ!』


『お前は呪われてるんだよ!』


『お前の父さんが誰かに捕まえられたのは何か悪いことをしてたからに決まってる!』


『ライハのママも死んだんでしょー? ママも悪い人だったんじゃない?』



「やめて…………!」


 10歳の頃、自分は近所の子供にイジメられた。

 訳のわからない理由。メチャクチャでも子供にとっては関係ない。親から近づくなと言われた。それでもイジメるには十分だった。

 何度も体を蹴られ、叩かれ、気持ち悪いと言われた……自分が必死に否定して完全に忘却していた「痛み」と「記憶」が蘇る。まるで今初めて体験するかのように。





『気色が悪い……ライハ・リフロス、これからはリフロスって名前に気を付けないと』


『あの子と関わってるとあたしらまで拉致されるんじゃない?』


『それありえる! 犯人がまだ子供の方を狙ってて……みたいな』


『拉致されたっていうけどあれから何年経っても目撃情報1つも出ないんでしょ? もう……死んでるんじゃない?』



「ちがう……………死んでなんか……」


 自分の名前は「ライハ・リフロス」だった。

 でも皆は「リフロス」と聞くとひどい言葉をかけてくる。いつしか自分は「ライハ・フォルナッド」という名前だと心が偽った。

 大人達も自分を痛めつけてくる。暴力などなくとも言葉の棘はライハの体をズタズタに引き裂いた。





『トール・リフロスはもう死んでるだろ』


『それどころかロスト12の被害者は全員死んでるようなもん』


『ああ、自分じゃなくてよかった!!』




「違う!!!! 違う違う違う違う違う!!!!」



 涙を流しながら周りにある物をグチャグチャにする。


 泣けないと言っていた自分も偽りの姿だった。昔の自分は表情豊かな子供だったと思う。

 それすらも記憶と一緒に封印していた。「自分」すら殺さないと心を保つのが不可能だと断じたからだ。




『我が魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)は十分に捜索を行った。残念だが……君のお父さんはそれでも行方不明で……お母さんの命も……助からなかった。酷だと思うが……この事実を受け入れるんだ……ライハ・リフロス』





「ちがあああああああぁぁあぁぁあああぁああぁぁあぁああああああぁぁああああぁ—」



 ライハは頭を押さえ、涙を流して慟哭(どうこく)する。


 それは落雷のように世界を雨と共に悲鳴で満たして。



 この日、少女の「嘘の世界」が崩壊した。



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