34話 魔力のジョー
というわけで後日。
日曜日なので今日も休みなのだが昨日出かけたこともあってライハもガイトも今日はゆっくりと過ごすようだ。
昼の12時。机で僕があげた物語の本を読んでいるライハを置いて僕は言われた通りベルベットの部屋へと向かう。
今回は向こうが指定した時間ということもあって合鍵を使って入るのも問題はないはずだ。
なのだが……
「ん? 開いてる。不用心だな……いや、ベルベットなら問題ないか」
扉の鍵は閉まっていなかった。ならば構わず入らせてもらおう。
中に入ると、これは事前に聞いていたから驚かなかったがベルベットの物以外の靴が置かれていた。例の「僕に会わせたい人」ってやつか。
(いったい誰なんだ?)
奥へ進むと……
「よぉベルベットぉ……相変わらず元気そうで何よりだぜぇ」
「ジョー、あなた今までどこにいたのよ。あとそのカッコつけてる風の口調ウザいからやめてくんない?」
今は5月で温かいのに白いマフラーをつけている男が部屋の中にいた。
その男は白いタキシードのような服に白いハットを被っていて全身白づくめだ。なんだこの人。
ちなみにこの世界にはほとんどの国に四季がある。
昔はもっと極端に気候が偏ってたらしいんだけど、これも魔力の影響なのか時代が経つにつれて特定の国以外は四季が備わったのだ。
「あ! アスト!!」
ベルベットは入ってきた僕に気づいたのかさっきまで話していた男をどーん! と吹っ飛ばしながら僕のところに飛んできた。白づくめの男は尻もちをついて痛そうにしている。大丈夫かなぁ……?
「え、えと……そこの人、誰?」
いつも通りのベルベットは置いといて、そこで倒れて打ったお尻をさすっている白づくめの男が気になりすぎていた。このままスルーして話を進めることは僕にはできない。
「へ? ああ、紹介するわ。彼は『ジョー・ハイビス』。私の友人みたいなもんよ。こいつがアストに会わせたかった人」
「どうも……」
紹介されたので挨拶をしておく。すると男は立ち上がって服を整えてこっちに向き直った。
「お前がアストか。ベルベットの弟子と聞いてるぜぇ。ふっ、俺はジョー。よろしくなぁ」
すごい話し方に特徴ある人だな。とりあえずよろしくしておこう。
ジョーさんは握手を求めてきたのでそれに応じる。ゴツゴツとした手にガッシリと掴まれてビックリしてしまった。
この人も「魔法使い」だと思うのだが……かなり鍛えられているな。魔法使いには珍しいタイプだ。自分の体を使って戦うタイプなのかな?
「それで? 俺がここに呼ばれた理由はまだ聞いてなくてよぉ。なぁベルベット。俺は何をすればいいんだ?」
「ジョー。あなたをここに呼んだ理由はただ1つ。アストに魔力の使い方を教えてほしいの」
「!!」
ベルベットの言葉にジョーさんよりも僕の方が驚いてしまった。
魔力の使い方ってことは……魔力を纏ったりとか、それに関係することだよな? 僕が2年かかってもできなかったことなのに今更すぐにどうにかなるものなのか?
「なるほどなぁ。それで俺ってわけかぁ。いいぜぇ。この『魔力のジョー』に任せな」
「魔力の、ジョー?」
二つ名のようなものに反応してしまう。反応したのはもちろん、「魔力」というワードが入っていたからだ。
「ジョーは魔力のコントロールに関しては相当な腕を持ってるの。私も自信はあるんだけど人に教えるってなるとジョーの方が上手いわ。きっとアストも魔力を纏えるようになると思う」
僕があれほど苦戦したことが……そこまで言い切れるほどに?
それならば言いたいことがある。自分の無能さを棚に上げる発言なので正直言いたくないのだが、
「それなら、もっと早くジョーさんを呼んでくれたら僕も今頃魔力を纏えたりしてたんじゃない? 何も2年も経った今に登場って……まぁ僕の魔力コントロールが絶望的なのが悪いんだけどさ」
言っちゃったよ。自分で言うのは恥ずかしいけどこれは聞いておきたい。もしかしたら……と思ってしまうのだ。グランダラス戦だってもっと楽に戦えただろうし。
「こいつしばらく旅に出てたのよ。私もアストに魔法を教え始めようとした時から執事やメイドを何人か割いてジョーを捜させてたんだけどね。でも、なかなか尻尾が掴めなくて」
「おいおい。良い男っつーのは女に居場所を知られないもんなんだぜ? 時に現れたり……時に消えたりってなぁ」
「で、つい最近になってやっと見つけたのよ。メイド4人くらいに捕獲させてここに強制連行させたの」
「……。……ふっ、女に捕まえられるのも悪くねぇなぁ」
いやいやジョーさんすっごいカッコ悪いですよ! 居場所バレてるじゃん!
♦
「それじゃぁ早速お前に教えてやるかぁ。魔力の使い方ってもんをよぉ」
「はい、ジョーさん!」
「おいおい……『ジョーさん』じゃねぇ。『師匠』だ。ほら、呼んでみな」
「はい、師匠!!」
僕はジョーさんに元気よく返事する。
僕に魔力を纏う修行をつけてくれるというのでトレーニングルームの使用を申請して今はその中だ。ちなみに前にライハと一緒に使った部屋と同じところでもある。
「ちょっとちょっとちょっと待ったー!! 『師匠』は私でしょ! アストの『彼女』兼、『恋人』兼、『伴侶』兼、『妻』兼、えっとえーっと……あれ? あとなんだっけ……あ、『師匠』! そうよ! 私こそがアストの『師匠』なのよ!?」
なんか指を折って数えながらベルベットが何か言っている。
重複してるやつがいくつもある気がするし、そんなものになったつもりはないし。……それに最後、完全に『師匠』を数に入れるの忘れてたよね? 絶対今まで師匠ってこと忘れてたでしょ?
「残念だったなぁ……その『師匠』は今日から俺になるわけだぁ」
「あと師匠以外のやつは全部ベルベットの捏造だからね? それも無しで」
「うわあああん! 一瞬で全部無くなったー!!」
ワンワン泣きながら部屋の隅で体育座り。そのまま大人しくなった。
これで修行に集中できそうだ。……にしてもベルベットって隠れてそんなことを自称してたのか。そりゃ学院で「英雄」から一気に「変人」扱いされるまでに落ちるわけだ。
さてと……意識を修行の方へと向けないとな。
「アストぉ。まずは見せてみろぉ。お前がどこまでやれるかってのをよぉ。……魔力を纏ってみな。できなくてもいいからよぉ」
「はい!」
僕は集中する。集中に集中を重ね、……内にある「力」を探る。
魔法が使えないわけではないんだ。
それなら魔力という「力」はちゃんと僕の体の中にもある。でも、その引き出しの開け方がまだわかっていない。
どうすれば開くのか……その鍵こそが「イメージ」なんだろう。魔力を纏うには……鎧を身に纏うイメージ!!
「—ッ!」
……が、すぐに失敗に終わる。なんの変化も起こらずだ。
それでも諦めずにもう一度。……もう一度。…………もう一度!
そうやって臨んだ3回の挑戦。しかし全て空振りに終わる。
何度この無力さを味わったことだろう。僕はもう一生魔力をどうすることもできないんじゃないかとも思ってしまう。
「なるほどなぁ」
僕の様子を見てジョーさんは口を開いた。
それはお手上げの意なのか、それとも僕が魔力をコントロールできるようになる活路が見えたのか。
「アストぉ。ズバリ言うぜぇ」
「はい。なんでも……言ってください」
そう言いつつも僕は恐れている。「お前には無理だ」と言われることを。
ここまで頑張ってこれたのは少しでも希望があったから。自分も「魔人」であるなら努力を続けることでいつかはできるようになると信じていたから。
それが何かの理由で無理だと判断されたなら。僕は……僕は………。
「もうお前は魔力を纏える一歩手前まで来てるぜぇ。あともうちょっとだ」
「え?」
その言葉は最も意外なものだった。僕の心も同時にストンと安心することになる。
しかし……もう少しで魔力を纏える? そんなバカな。全然手ごたえがなかったように思えるのに。
「お前には感じ取れなかったのかもしれねぇがよぉ……微量ながら魔力はしっかり体から放出されていた。あとは……イメージ力。それだけだぁ」
「でも、イメージ力だなんて言われても……これでも精一杯『鎧を身にまとう』イメージを頑張ってるんですが……」
そうだ。イメージ力なんてどう鍛えろというんだ。まさかもっと妄想しろだなんて言うまい。
「鎧? アストぉ、お前は鎧を四六時中着こんだりしてんのか?」
「そんなわけないじゃないですか。魔法騎士って言ってもまだ学生ですよ? それに鎧なんて着てる魔法騎士もごく少数です」
そうなのだ。魔法騎士は防御面は全て魔法を使った防御に任せるのでスピードを落とす鎧は不要。中には好き好んで着たりする人や自分の使う魔法の関係上着る人もいるだろうけど。
「なら、おかしいよなぁ? ほとんど着たことねえもんをイメージするなんてバカみたいな話だぜぇ。そう思わねえかアストぉ?」
「!」
なるほど。そんなこと気づきもしなかった。皆が鎧をイメージしたと言うからそれに合わせていたのだが……。
「魔力を纏うには『自分の身を守る』というイメージが真に必要なのさ。それで手っ取り早いのが『鎧』というイメージ。大抵のやつはそれでまぁなんとかなる。だがお前の場合はもっと踏み込んだイメージが必要だ」
「もっと踏み込んだ?」
「ってなわけでアストぉ。………服を脱げ!」
へ?
はい。服を脱ぎました。
あ、上半身だけです。さすがにパンツだけとか全裸とかじゃない。
「アストの裸……!」
なんだか部屋の隅からギラリとした視線を感じるが放っておこう。アレは気にしたら負けのやつだ。
「アストぉ。今、お前は上半身に服を着てねぇ」
「はい。そうですね」
「それでも『自分が服を着ている』というイメージができるか?」
「………難しくはないと思います」
「だよなぁ。なんせいつも身に付けてるもんだ。イメージするなんて容易いはずだぜぇ。よほどの裸族なら話は別だがなぁ」
僕は裸族ではないので普通の人と同じく毎日ほとんどの時間服を着ている。だからこそ服を脱いだとしても……
(鎧なんかよりも、イメージが簡単なんだ……!)
それに脱いだことで『服』が自分の身を守っていた物だと認識できる。寒さ、他人からの視線、それらから僕を守ってくれていた物なんだと。
ベルベットをこの部屋に入ることをジョーさんが許可していたのはそういうことか。今もベルベットは僕の体をジロジロと見てるし。
今ならきっと…!
「……!」
僕は再び意識を集中の海へと潜らせる。深く、深く。集中を続ける。そしてその先にある「力」へと手を伸ばす。
肌寒さは感じる。けれど、そこから服を着ていた時のことを考える。
ここまで寒く感じることはなかった。風だってこんなに肌に当たらない。ベルベットからの視線も無くなるはずだ。いや、そこに関しては怪しいところだが。
そう考えてイメージしながら……集中すると、変化が起きた。
(肌寒さが……ない? それに何かに包み込まれるような感覚が……)
僕は集中のために閉じていた目を開ける。一見、なんの変化も無いように見えるが……。
「アスト! アスト! できてる!! 今、魔力を纏えてる!」
アストの後ろではベルベットがピョンピョンと飛び跳ねながら自分のことのように喜んでいた。そしてその喜びは声でアストにも伝わる。
「今……纏えてるの?」
やった! と僕も喜ぼうとしたその時だった。
集中が切れたせいか、すぐに肌寒さが戻ってくる。あれ……?
「まだまだってところだなぁ。もっと反復して完全に慣れねえと息をするようには纏えねぇ。こっからは反復練習だぁ」
「え? そ、それだけですか? こんなあっさりと?」
僕の2年はなんだったのか。これくらいのアドバイスで済むならベルベットやカナリアでも良かったんじゃないのか?
「言っとくがなぁ。今いる魔法使いは全員が魔力を纏う時は『鎧』をイメージしてる。誰もお前の魔力を纏えないっつー感覚はわからなかったはずだぜ? イメージはそれだけ大事なもんだってことだぁ」
僕の心を見透かされたのか、ジョーさんは自分の助言が無ければずっと魔力を纏えないままだっただろうと言ってくる。
考えてみればそうかもしれない。カナリアも「なんでできないの?」と疑問を抱いていた。それだけ「当たり前のことができない」となると助言なんてどう言えばいいのかわからなくなってしまうんだ。
……そうだとしてもやはりアドバイス1つでこんなにスンナリいくと思わなかったからちょっとだけモヤモヤとする。
「アストぉ。お前は今までできないなりにでも魔力を纏う練習をしてたんだろ? そうじゃねえと今ここですぐにはできなかったさ。お前がアドバイス1つで纏えるようになったのは、今までの練習があったからだ。『今まで』は……無駄じゃねぇ」
また見透かされた。
そうか。今までずっと練習してきたからこそ、僕はあと一歩のところまで到達できていたんだ。
「ありがとうございます! その……本当にありがとうございます!!」
僕は思わず涙を流していた。
バカみたいな話だ。たったアドバイス1つ。時間はたった10分ほど。なのに……ようやく自分の努力が実った気がした。
まだまだ練習をしないといけないけど、やっとスタートラインに立てたんだ。初めてこの学院の仲間になれたと思えた。
「でも、なんでジョーさんはそんなにアドバイスが上手いんですか? 魔法使いは皆イメージが同じだっていうのにジョーさんは『鎧』じゃなくて『服』をイメージしろって……」
ジョーさんだって魔法使いなんだ。それならば服をイメージしろだなんてことを周りの魔法使いと同じく思いつきもしないはずなのだ。
「魔法使いには何人かいるのさ。病気で生まれつき魔力が少ねぇやつがよぉ。あとは察してくれ」
「あ……す、すみませんっ!」
まさかそんなことだとは思わなかった。理由はともかく、昔はジョーさんも僕と同じく魔力のコントロールを苦手としていたってことだ。
「それでもお前よりかは酷くなかったけどなぁ」
ジョーさんはニヤッと笑った。若干重くなった空気を和ませようとしてくれたんだろうけどディスられた僕の心には深いダメージが入った。
「んじゃ、そういうことでなぁ。また明日も時間とってやろうか?」
ジョーさんは僕の指導がすぐに終わったので今日はもう帰ることになった。
ベルベットもジョーさんを呼んだ用件は僕に魔力のコントロールを教えることだったので引き留めはしなかった。
さらには今の僕の課題である「早く魔力を纏う」練習にも明日以降から付き合ってくれるというのでありがたいことこの上ない。
「……おっと。そうだったぁ。ベルベット、ちょっと来い」
「なによ……」
ベルベットは自分が呼んだくせに邪魔者がいなくなったとアストの方へ駆け寄ろうとしていたが来いと言われてムスッとする。
「僕はここで少し練習していくから……行っていいよ」
「そう? じゃあ……」
僕としてはさっきの感覚を忘れないうちにもっと魔力を纏う練習をしておきたかったのでベルベットがいなくなっても何も問題はない。
ベルベットはジョーさんと共にこの部屋から去っていった。
♦
「ベルベット。どういうことだあれは」
部屋を出るなり、歩きながらジョーはベルベットにそう問う。
何のことを聞かれているかベルベットはわかっていた。絶対にそのことを聞かれると初めからわかっていたからだ。
ジョーの疑問はもちろんアストのこと。そして質問ももちろんあのことだ。
「あ~、んとね、魔人の中でも特殊体質っていうか……」
ジョーはそんなことを言ってまだはぐらかそうとするベルベットの腕をガシッと掴む。
「『人間』だろうがあれは!! まさかお前がマナダルシアに人間を連れ込んでいるとはなぁ。事情があるだろうからアストの前では言わなかったが……俺が人間をどう思っているか忘れてはいないだろうなぁ?」
ベルベットの腕を掴む力をギリリ……!と強くする。
ジョーは魔力のことに関しては魔法使いの中でも相当な知識を持つ。だからこそアストの魔力の微妙な変化や纏った時の動きで感じ取れるものがあったのだ。
そしてジョーにはとある理由により「人間」に憎悪の念を持っていた。魔人にとっては珍しい例ではないがその魔人の中でも特に、と言えるほどには。
「忘れてないわよ。…………お願い、アストが『人間』だってことは誰にも言わないで。アスト自身にも。そして今後も師匠として教えてあげて」
「……なぜ人間を抱え込んでいる。いや、これは聞かなくてもわかることか。お前はまだ人間と魔人が手を取り合えると信じているんだな? そしてその架け橋にアストを……」
「最初はね。今はただ一緒にいたい、それだけ。でも……もうきっとアストは私が手を出さなくても希望へ育っていく。人間と魔人の希望へと」
「呆れたぜ。人間は許せねえが……あれじゃアストが可哀想だ。自分が人間だってことも知らねえし、ここにいれば嫌でもずっと劣等感が付きまとう。それに人間がこの世界で生きていけるわけがねぇ。いつかお前にとんでもねえしっぺ返しがくるぜ……!」
ジョーは自分が魔力の少なさで苦労したことを思い出す。そのことに関してはアストとも共感を抱いていた。
「アストにはこれからも師匠として教えてやる。人間とはいえ努力するやつは嫌いじゃねえしなぁ。むしろ頑張ってるやつは好きだぜ。俺はあいつが気に入った。けどベルベットぉ、俺はお前を正しいとは思ってねえからな」
「………」
ベルベットは何も言い返さなかった。……言い返せなかった。




