33話 遊び終わったその後は……
「オラ! そこの席に座ってるやつ、どけよ!!」
ガイトと話していると突然、横から声が。そしてその直後に僕の座っていた椅子に蹴りを入れられそのまま転倒してしまった。
「いたた……」
「大丈夫かアスト! おいテメェ……!」
蹴りの主を見ると……いかにもガラが悪そうな連中がそこにいた。
3人組で、僕を蹴ってきた奴は図体がデカく、どうやらそいつらのボスのようだ。席をどけと言うところから「そこを使わせろ」ということだろう。
店内の方に席が空いてるのにこんなことをしてくるってことはよほどテラス席を使いたいのか、ただ単に当たり散らしているだけなのか。
魔法使いの世界には魔法の力を暴力に使う連中もいる。そいつらはこの街中にもある魔法のセンサーに引っ掛からない程度の魔法を使ってやりたい放題やっているのだ。
センサーにも引っ掛からないということからこういった連中は取り締まるのが難しい。なのでこういう時はプロの魔法騎士に通報をすることが推奨されている。
それ以外には各自で「対応」することも認められている。あくまでそれも規定範囲の魔法だけでという話で。
「なにしてるの?」
そこにトイレから帰ってきたライハが帰ってきた。
ライハはこの空気の中でも席に座ってハンバーガーの包みを取ってモクモクと食べ始めた。マイペースすぎる……。
僕達と睨みあっている男達はライハが合流すると目の色が変わる。ライハは誰から見ても美少女だ。注目するのも仕方のないことで……。
「おいおい、なかなか可愛い嬢ちゃんがいるじゃんか。こんなやつらとじゃなくて俺らと一緒に遊ぼうぜ?」
「………」
まさかの無視である。目すら向けず、ハンバーガーを食べ進めるのに集中していた。言っていることは不快極まりないが無視をされるとブチギレるのも当然。
「おい女ァ! こっち見ろ!!」
自分の友達が傷つけられそうになれば僕もさすがに堪忍袋の緒が切れる。
「もう……いい加減にしろ!」
ライハの方へ歩み寄ろうとした男から守ろうと僕は立ちふさがる。そして、
「どけ! 『ファルス』」
「!!」
なんと強化の魔法を使って僕に掴みかかってきた。いきなりの暴力執行に驚くが……それなら!!
「『ファルス』!」
こっちも『ファルス』を使って身体能力を強化。真っ向から男と掴み合いになる。
僕も学院で鍛えられてるんだ。そう簡単には─
「って、うわああああ!?」
軽々と投げられた。僕は地面にベシャッと倒れる。え!? 嘘!?!?
「なんだこのガキ。雑魚すぎんだろ」
しかも死体蹴りのごとく雑魚呼ばわりされた。
決して『ファルス』で強化された僕の体が弱かったわけではなく相手の魔法で強化された体の方が強かったというわけだ。
この力比べは「『ファルス』の練度」と「自分の元々の身体能力」で決まるのだが……。どれが原因で勝負が決まったかは考えたくないなぁ……。多分前者だ。
学院生は学院内やクエスト中でなければ休日にこんな街中での魔法武器の使用は許されていない。
故にライハも拳銃タイプのあの魔法武器を今は使えない。それでも魔法が使えないわけではないのだが……。
(魔法武器を使っての魔法使用に慣れてしまった者は武器を使わないと魔法のコントロールがたまに失敗してしまうという例もある。かなり希少な例らしいけど万が一もあるからライハに魔法を使用させるのは危険かもしれない)
ライハは学内戦のせいもあってか完全に魔法武器を使うのに慣れているだろう。そうなれば必然的に魔法武器無しでの魔法発動に危険が伴うのは仕方のないことだ。
僕がそんなことを考えていると、男の前にガイトが立ちふさがった。
「なんだよ。次はお前か? そこどけよコラ」
「うっせえな……お前が『どけ』」
ガイトがそう言った瞬間、ひとたび空気が震え、空気中の魔力が反応し、男の体が何かに突き飛ばされたかのように後ろに吹っ飛ぶ!
「ぐあっ!!!」
謎の魔法攻撃を食らった男は後ろにひっくり返る。後ろに控えていた他の2人も心配して倒れた男に駆け寄った。
それよりなんだ今の魔法は。まさかあれが……『音魔法』?
「さっさと失せろ。次はこれじゃ済まさねえからな」
「クソが……!」
男は観念したのか、ガイトの言う通りに去っていった。
街中で無様にひっくり返ったのが恥ずかしかったのだろうか。とにかくこれ以上激しいことにならずに済んで良かった。
「アスト、立てるか?」
「大丈夫?」
ガイトとライハが倒れたままの僕に駆け寄ってきて片方ずつ手を差し伸べてくる。ライハはまだハンバーガーを手に持って食べているが。
「大丈夫。ガイト、さっきのって……」
「ん? ああ……あれが『音魔法』だ。つっても、音魔法を応用させたものって言った方が良いけどな」
「何も見えなかったけど……」
音魔法の正体が何も掴めなかった僕はガイトの言葉に困惑してしまう。
「音魔法の応用として、音の性質によって効果を変化させるっていうのがあってな。今のは俺が発した『言葉』によって発動する音魔法だ」
「言葉?」
「言葉には言霊っつーのがあってだな。要は言葉全てに力があるんだよ。俺の音魔法は言葉という『音』からそれに込められた力を引き出すこともできるんだ。言葉の中にある相手への敵意を攻撃に変える……ってな感じでな」
「えっと……?」
僕の魔法知識は基礎すら危うく魔法使いにとって常識になっていることも僕にはわからなかったりする。だから今のガイトの解説だけでは全然足らなかった。
「あーそうだな……。俺が『どけ』とかそういうことを言ったらそれが攻撃になる。そう覚えとけ。あくまで音魔法の一種だけどな」
なんだかガイトは諦めた目をしている。僕の理解力は相当絶望的なものだったらしい。これはカナリアでよく見た目だ……。
ちょっとした事件はあったがそれからは何事もなく遊ぶことができた。
ライハは意外にもクレーンゲームがとんでもなく得意だったり、ガイトはゲーム全般が苦手だったり、それ以外にも2人のことを多く知れた日になった。
「今日は楽しかったぜ。じゃあな」
「うん。僕も楽しかったよ」
僕とライハは同じ部屋に住んでいるがガイトは違うので寮に着くとお別れになる。ガイトはこっちに背を向けながらプラプラと手を振って帰っていった。
「ライハ、先に部屋に帰ってて。僕はベルベットとカナリアに用があるから」
「? わかった」
僕はライハの部屋に入らず、まずはベルベットの部屋へと向かう。
用というのはもちろん指輪型の魔法道具を渡すことだ。カナリアには仲直りとして、ベルベットには……まぁ「今日はごめん」って意味かな?
♦
「ベルベット……いるー?」
ベルベットの部屋の前に立ってコンコンとドアをノックする。合鍵を持っているとはいえ朝にあんなことがあってから勝手に入るのは躊躇われる。
「い、いるよ~……………」
ドアの向こう側から微かに何かが聴こえた。物凄く弱々しい声だ。一応存在を確認することができたので入らせてもらおう。
「………」
中に入るとすぐにベルベットの姿を見ることができた。生気を失った虚ろな目で机に突っ伏していたベルベットの姿を。
「あ、あの~……ベルベット?」
「………ぐすん」
……。き、気まず~。いきなり空気が重い。
「ライハとのデートは楽しかった?」
「うん! 楽しか─って違うから! ガイトもいたし、そんな関係でもないし!」
もう何度このことを言わなければならないんだ。勘違いされても仕方ないことをしてる自覚はあるけども!
「それで? もうライハのものになったアストさんがこの私に何の用ですか……?」
うわ。めっちゃ拗ねてる。しかも、よく見ると服装が朝の時と同じだ。まさか朝からずっと机に突っ伏してたの?
僕は散らかっていて足の踏み場に困るベルベットの部屋をなんとか歩いてベルベットの横まで進む。
「朝はごめん。楽しみにしてくれてたんだよね? 僕もベルベットと街に遊びに行きたかったよ」
「………ほんと?」
「うん。ほんと」
ベルベットは突っ伏した状態からチラリとこちらに潤んだ目を向けてくる。おっ、少し機嫌が直ってきてる。
「それで、今日はごめんって意味になるんだけど……プレゼントがあるんだ」
「ぷれぜんと?………ぷ!? ぷぷぷぷぷ!?」
突如発狂したかのように「ぷ」を連呼した。
座っていた椅子を吹っ飛ばしながら立ち上がり、みるみる……どころかドカーン!と生気を取り戻したベルベットがそこにはあった。
すごい期待してくれてる……のか?
そんなところ悪いけど僕の持ってきたプレゼントって2万Gくらいの指輪なんだけど。ベルベットなら息を吐くように消えるほどのお金だろうし。
「ど、どどどどんなもの!? 早く早く早く!」
今や僕からのプレゼントを早くくれと急かしてくる。まるで犬みたいだ。あ、あれ……? ベルベットの頭とお尻に犬の耳と尻尾が見えてきたぞ。
とりあえず僕はカバンから袋を取り出す。するとその袋が僕の手から瞬時に消えた!
「こ、これね……!」
「あーもう! ま、いっか。開けてみて」
ベルベットは袋をガサガサと探ると1つの小さな箱を見つける。それをパカッと開けると……僕が買ったハートの装飾がある指輪が姿を現す。
「…………………………え」
「ど、どうかな? ベルベットからすれば安物だろうけど……僕が買える範囲で選んだ物なんだ。だから気に入ってくれると嬉しいんだけど」
その指輪を震える手で取り、目をこれでもかと見開いていた。
僕はどう反応していいかわからず、ベルベットの発言を待つ。
「ベルベット?」
「こ、婚約……!!」
「違うから!!」
即座にツッコミを入れると「違うのかー」と口を尖らせていた。指輪を選んだのは帰る範囲の物が指輪系統の物しかなかったからだ。それが一番安かったし。
この調子じゃカナリアに渡す時も何か言われそうで怖い。絶対何かある。そんな予感がする。用心しないとだ。
「ねっ! ねっ! 指につけて!」
もうこれで帰ろうかなと思ったらこっちに左手を向けてきた。僕につけさせろと?
「はぁ。わかったよ」
僕は指輪を受け取ってベルベットの細く綺麗な手を取った。ベルベットは「いやん」と頬を染めていた。なんで。
指輪をつけるくらいすぐだ。変に恥ずかしがることなく終わらせよう。
僕はベルベットの人差し指へと指輪を……。
「ちーがーうー! そこじゃない! ほら、ここ!」
薬指を強調してくる。左手の、薬指を。
「えぇぇぇ……」
「そんな嫌そうな顔しないで………」
左手の薬指ってあれでしょ? 僕だってバカじゃないから知ってる。なんで自分の師匠に対してそういう意味があることをしなきゃいけないんだ。
ベルベットのことは……正直可愛いと思うし、魅力的な女性だとは思う。それでも「自分の師匠」で、自分を拾ってくれた「大切な人」だ。軽々しくそういうことをしたくないんだよなぁ。
でも、元々指輪なんかを渡そうとした自分がこれを招いた事態でもある。やるしかないか。
「はい。これでいい?」
僕はベルベットの左手の薬指に指輪をつけてあげた。
つけた後で思い出したけどサイズのこととかまったく考えていなかったのでピッタリだった時は安心した。
これでサイズが合ってなかったらとんでもなく気まずい空気になっていたに違いない。カナリアの方は大丈夫なのかな。
「あ……あ………!」
ベルベットは自分の左手を呆然と見ていると……
ズドン!!
と、いきなり壁に頭突きをかました。急にどうしたの!?
「え…? ゆ、夢じゃ、ない……!?」
「ちゃんと現実だよ……」
頭からピューっと血を流しているベルベットは今までで一番驚愕という顔をしていた。
僕はその頭にくるくると包帯を巻いてあげながらちゃんとツッコミを入れておく。どんだけ衝撃的な出来事だったんだ。
「これ、私の一生の宝にする!!」
「嬉しいけど値段は聞かないでね。ちなみにそれ、指輪だけど魔法道具なんだよ?」
「へー、こんな物もあるんだ。どんな魔法道具だろ……?」
多分ベルベットでも知らないのはすっごい安物だからだと思う。ベルベットが使う魔法道具って家買えるレベルの物ばっかりだろうし。
ちなみに僕があげたのは「ハートリング」というまさに装飾そのままの名前で、効果は「装備者の生命の力をほんの少しだけ強くする」と。
「生命の力を強く」……というのがよくわからなかったので調べてみると生命力だとか自然治癒だとかが強化されるんだとか。
そう聞くと凄そうな物に見えるかもしれないがこれは安物なのでその部類の魔法道具の中でも最弱。生命力を上げたとしても本当に微量なんだろうな。
ま、ベルベットが喜んでくれたから良しとしよう。
「じゃあ、そういうことで」
それから少しだけ今日あったこととかを話した後、渡す物も渡したので帰ろうとすると……
「あ! 忘れてた。アスト、明日予定空いてる?」
「特にやることはないから空いてるけど?」
「それじゃあ明日の昼の12時くらいに私の部屋に来て! 会わせたい人がいるから」
会わせたい人? どんな人だろう。わざわざ名前を出さないあたり僕も知ってるベルベットの館にいる使用人の人じゃないと思うけど。
しかしそうなると知り合いなんていない。う~む。予想しても無意味か。
「きっとアストにとって良い日になると思うわよ」
最後にベルベットはそんなことを言ってきた。それはそれは。期待をしてもいいのだろうか?
♦
次はカナリアだ。カナリアにも指輪を……と部屋の前まで来たのだが。
「あれ? いないのかな?」
ノックをしても、出てこないし反応もない。
相手が僕だとわかっていれば今の関係性からして居留守を使われてもおかしくないが、まだこっちは名乗ってもいないのでカナリアからは相手が誰かはわからないはずだ。
それでも出てこないということは……いないと考えた方がいいのかな。
「タイミング悪い時にはすぐ会えるのにこういう時に会えないんだもんなぁ。また今度にするか」
土曜日で休みということあって今日は引き下がることにした。僕とベルベットみたいに家に帰ったりする日があるのかもしれないしね。




