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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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31話 君の苦しみが僕を貫く


 もうあれからライハの部屋で過ごすようになって1週間が経った。

 女の子と同じ屋根の下で住むことに慣れたというわけではないがライハとの生活も徐々に自分の体に浸透(しんとう)していってる気がする。

 それとは反対にカナリアとの仲はどんどん悪くなっていく。あれからずっと授業中に目は合うのだが話しかけようとしても避けられるのだ。

 カナリアが裸の時に特攻した事件のせいもあるのだろうがそれ以上に「引くに引けない」といったことになっている可能性もある。

 カナリアはあんな性格だから自分から折れることが苦手だ。今回は一番最初に折れてくれたけどそれもライハと一緒にいることが判明したせいで無駄にしてしまったし。


「アスト。明日は休日。何か予定がある?」


「僕?」


 それはそうと今は金曜日の夜。

 授業は土日が休みとなるので寮に縛られているアーロイン学院の生徒の多くはマナダルシアの色んな街に出かけたりする。

 僕は土曜日にベルベットと里帰りってわけじゃないけど館に帰って過ごしたりもしている。やはりあそこが落ち着くのだ。

 明日はライハと一緒に住むようになっての初めての休日。カナリアと一緒の頃は別に変わったことはなかったけどなー。カナリアはずっと勉強してたし。たまーに買い物に行ってたけど。


「特にないけど……もしライハがいいなら僕と出かけてみる? 買いたい物とかあったら付き合うよ」


「アストと一緒にお出かけ?……行く」


「じゃあそういうことで」


 ライハは何事も付き合いがいいしワクワクとした表情─無表情だけどそんな雰囲気─をしてくれるのでこちらも嬉しい。

 カナリアを誘っても「休みの日は息抜きに勉強でもするわ」とか言って話にならない。なんだよ息抜きに勉強って。


「ベルベットに明日は一緒に帰らないって言っておかなきゃ」


 どうせならガイトも誘おうか。カナリアも誘いたいけどライハと出かける時点で断られるのは目に見えてるしやめておこう。そもそも遊びに誘えるくらいならこんな現状にはなってない。


 昼食の時もそうだが僕はライハとガイトの3人グループでいることが多くなった。

 僕だけは違うクラスだから四六時中(しろくじちゅう)共にいるとは言えないけどライハは休み時間になると僕に会いに来てくれる。その度に目立ってしまうが。


(同じ部屋に住んでるのにライハの私服は見たことないな……。どんな服着るんだろ)


 制服とパジャマしか知らないからな。パジャマ姿だけですでに十分可愛いけど。


「ガイトには電話で誘うか」


 僕はポケットから先週の休日にベルベットに買ってもらった平べったい小さな板のような機械─「マジックフォン」を取り出す。

 これには通信魔法の術式が組み込まれており使用者の魔力を自動的に吸い取って起動するようになっている。

 吸い取るといってもかなり微量の魔力で済むような複雑な術式が入っているらしいのでこの僕が使ってもまったく問題はない。


 「通信魔法」は離れた相手と自分を繋ぐ魔法。どれだけ離れていても会話ができたりする。

 これは別に珍しいことではない。携帯電話という機械は昔から存在している物だし、人間にだって「マジックフォン」と似た機能、似た形の機械があるらしいのだ。

 魔法使い側がそれをパクっ…………参考にしたので似るのは当たり前なのだが。


 人間が使っている物と唯一違う点は電気で動くのではなく魔力で動くということ。故に充電など一切必要がない。

 この要素がとても重要で、これがあるからこそ魔法使いは普通の携帯電話ではなくマジックフォンを使用しているのだ。


 こんな物があるならカナリアに直に会いに行くよりこれで連絡を取ればいいじゃないかと考えた人がいると思う。しかし、それは無理なんだ。

 答えは簡単。カナリアはこれを持っていない。本人曰く「必要ない」とのこと。今回ばかりは持っててほしかったと思ったよ。


 ガイトと通信するためにマジックフォンの画面にある「通話」というボタンを押す。

 すると自分が登録している連絡先がズラリと並ぶ。ベルベット、キリール、ガイト、ライハの4件だけなんだが。

 そこにある『ガイト』と登録されたところを押すと……2度目のコールでガイトは出た。



「ガイト? 聴こえてる?」


『聴こえてんのは当たり前だろ。人間が使ってるもんと違って電波とかねえしな』


「あはは……僕これ使うの初めてなんだよね。携帯電話っていうのもあんまり使ったことなくて……」


『マジかよ……』



 マジックフォンから聴こえてくる声は本当にガイトのものだ。通信魔法はすごい魔法だな。人が使っているところを見たことはあるのだがそれでも俄かに信じられなかった。


『ベルベットってお前の師匠なんだろ? あの過保護な感じを見ると真っ先に与えそうだけどな』


「逆にベルベットはよほどのことがない限りこれを使わないんだよ。ああ見えて連絡取るような友達少ないらしいから」


『ああ見えてって、そのまんまだろ……』


 ベルベットは他人よりも自分のことを優先させる性格なので人と話すより魔法の研究してる方が長いんじゃないかと時々思ってしまう。実際ここの教師になる前は用事がないと館から出ること自体少なかったし。

 やっぱりガイトから見てもベルベットの性格は友達出来なさそうに見えるんだな。友達が0ってわけじゃないらしいんだけどね……。


『つーか、なんかあったのか?』


「ああ、えとね。明日ライハと出かけようって話になったんだけど……ガイトも一緒に行かない?」


 危うく本題を忘れるところだった。軌道修正してガイトを遊びに誘う。


『どこ行くんだ? 時間は?』


「えーっと……そうだね………僕が休みに行くようなところは『オルテア街』だけど。時間は10時にしようと思ってる」


 オルテア街というのはマナダルシアの中にある街の1つだ。

 色んなお店が揃っている場所でマナダルシアで一番栄えている場所と言ってもいい。このアーロイン学院からも近い。


『わかった。その日は朝からちょっと他に用事があるからその後に向かうことにするわ。……現地で集合するか?』


「うん。そういうことで」


 無事ガイトを誘えたので「通話終了」のボタンを押した。


「どうだった?」


 ガイトとの通話を終えるとすぐにライハが結果を聞いてくる。

 通信魔法は他人がどれだけ近くにいても通信相手の声は決して漏れずに聴こえないようになっているのでライハからはガイトの声は一切聴こえなかったのだ。

 これは設定で周りにも聴こえるようにできるらしいのだが僕はまだ通話にすら慣れていないので当然やり方も知らないし、設定を変えてしまったらそのままにしてしまいそうなのでもうこのままでいい。


「明日いけるって。3人で出かけよう」


「良かった。明日が楽しみ」


 ライハの表情を見ると変わらずの無表情だけどワクワクがもう1段階上がったように見える。床に座っている体勢からユラユラと体を揺らしていて体がウズウズしている様子が見て取れた。


「今日は体調を整えるためにもう寝よう」


「あの物語……読みたかった」


 ライハは少しだけしょんぼりとする。

 僕が貸した本のことか。どうやら気に入ってくれたようだ。毎日読んでくれているので少しづつ、少しづつページが進んでいる。わかるよ。物語って読めば読むほど引き込まれるんだよね。


「明日起きられなかったら困るよ」


「……うん。寝る」


「ふふっ。なんだか僕がライハのお父さんみたいだね」


 僕はこの時、何の気もなく口から出た。娘の心配をしている父みたいだ、と。


 だがライハは……



「お父さん。確かに。アストはわたしのおとう─」



 その言葉を言い切る前にライハは目を見開き、「自分は今何を言った?」という風に、時が止まってしまったみたいに、硬直する。




「お、とう……? わたしの……? あ………」




 ライハは頭痛を耐えるかのように頭を押さえて苦しげな声を漏らす。




「わたしの……パ……や、約束……まもら、なきゃ。……約束? あれ? 約束って……なん─」


「ライハ!!」




 僕は肩を揺らしてどう見ても異常をきたしているライハを心配する。ライハは僕ではなく虚空を見つめて、何かに焦っている。だがすぐにハッとして我に返った。


「アスト?……わたし今……」


「……今日はゆっくり休もう。疲れてるんだよ。ほら、おやすみ」


「うん……」


 まだ少々ボーっとしているので2段ベッドの下の方に寝かせた。いつも僕が使っている場所だけど今は上まで登らせるわけにはいかない。

 すぐ横になったライハは体を震わせて寒そうにしているので毛布をかけてあげる。


「ありがとう……」


「ううん。辛かったら明日中止にしていいからね」


「大丈夫。行きたい」


「じゃあしっかり休もう」


「うん」


 ようやく目を閉じた。それで僕も息を吐く。安堵(あんど)の息だ。

 ライハの異変はこれだけではない。僕がここで住むようになった最初の日の夜にあったライハの寝言かと思われる何か。


 寝言……だなんてそんな軽いことで済むものじゃないとわかっている。泣いていたことも確かだ。

 それだけなら悪夢を見ていただけと言えるかもしれないが実はあれから今日までずっと続いているのだ。決まって寝るときにライハはその状態に(おちい)っている。

 しかも寝ている時に言っていたことを起きている時のライハは何も知らないと言うのだ。それを聞いた僕はまったくの別人を前にしている感覚になった。


 ……もう今回のことで僕も察している。ライハには親のことに関して呪縛(じゅばく)とも言える何かがある。それが何か、までは検討もつかないが。



「見ていて辛いし……それに、僕はライハのことをまだ何も知らないんだよな」



 雷魔法を使う魔法騎士。感情が表情からはわかりづらい。知っているのはたったそれだけ。同じ場所に住んでいてもこれだけしか知らないのだ。



 彼女のことも、彼女の「過去」も……。



 スヤスヤと可愛い寝息を立てるライハを見て、僕は歯噛みする。



(友達……だったら。これを見て見ぬふりはしないだろ。僕は彼女のために何ができる? これを知っているのは僕だけだ。僕だけが彼女の苦しみに気づけているんだ……)



 何がどうなのかはサッパリわからない。でも、助けてあげたい。余計なお世話と言われようが、友達なら……!


「明日、行こうね。ライハ……」


 彼女の頭を撫で……何もわかってあげられない、何もしてあげられていないのが悔しくて、僕は目を伏せる。


 君の苦しみという名の雷が、僕を貫く。

 その夜は君が泣きながら苦悶(くもん)の言葉を吐く度に僕の心を焼いた。

 ビリビリと麻痺(まひ)して。ずっと残り続けて。電導したんだ、君の叫びが。



(君はなんで……いつも1人で泣くんだ……)



 思い返せばこの時だったのだろうか。そんな君を、救いたいと思ったのは。




   ♦




 次の日。今日は休日だがガイトを含めた3人で出かけるので早く起きて準備をする。

 僕は白のシャツと黒いズボンを履いたシンプルな服装。今までオシャレに気を遣って生きていなかったので僕の普段着は人の目を集めさせるほどのものではない。はっきり言って地味だ。


 僕はライハが着替えるタイミングで先に外に出て待つことにした。女の子が着替えるからというのもあるが、単準にライハがどんな服を着るのか着替えるまでの楽しみにしたかったからだ。


「アスト。おまたせ」


「あ、ライ─」


 扉が開き、声がする。僕は振り返って彼女の姿を目に映すと……



 そこには、妖精がいた。



 白いワンピースを着て、それは風にフワリと揺れて目を奪う。花の髪飾りをつけていて女の子らしさがグッと上がっている。

 制服やパジャマの時よりも腕や脚の肌が露出しているが、見るだけであれは絶対スベスベだ……!とわかって自分は何か神秘的なものを前にしているのではないかと思ってしまう。


「どうしたの?」


「え!? あ、い、いいい、いや……」


 完全に見惚(みと)れてしまっていた。は、恥ずかしい……。



「す、すごい似合ってるよ! あと……意外だね、そういう服やアクセサリーは持ってたんだ?」



 ライハは欲しい物とかはなく買い物も特にはしないと言っていたはずなのでここまで可愛い服装をしてくるとは思っていなかったのだ。ノーガードだったところを思い切りぶん殴られた衝撃は強すぎた。


「うん。前に出かけた時に店員にオススメされて仕方なく」


 その店員にはナイスとだけ言っておこう。僕はライハから見えないところでグッと拳を握りしめた。


「じゃあ行こっか……」


 さっそくガイトと待ち合わせをしている場所へと向かうことにした。……けどここで問題が発生した。


「ん」


「ん?」


 ライハが僕に手を差し出してくる。まるで、いや確実に……「手を繋げ」という意味じゃ……!? しかし、まだそうと決まっては─


「手、繋ぎたい」


(やっぱりそうだったかぁー!)


 僕は頭を抱える。その理由は簡単だ。周りの目に誤解を与えるし、万が一にも1年トップのライハが僕なんかと……だなんて噂が広まってしまえばライハに申し訳ない。

 嫌とかじゃないんだ。ライハの手はすっごい小さいし、指とか男の僕と違って細いし、繋いでしまえば束の間の恋人気分を……。

 と、そんな邪念は全て捨て去り僕は心を無にする。


「もう僕達は小さい子供じゃないんだからさ、手なんか繋がなくても……」


「アストと手、繋ぎたかった……」


「繋ごっか。手」


 無心崩壊。誰だって繋がれなかった手を見つめてしゅんと落ち込んでいるライハを見せられたら繋ぐに決まってる。

 でも、僕だって欲望に支配されて動くやつじゃない。ちゃんと周りの目のことも考える。



「繋ぐのはいいけど1つ条件。ここの生徒に見られたら困ることになるから街に着くまでだよ?」



 休みとなったアーロイン学院には人が少なくなっている。ほとんどが部屋の中で(こも)っているか、僕達みたいにお出かけしているかだ。

 もちろん休みでも魔法の練習をするために学院の施設に向かう人もいるが……少数派である。


 なので人目を気にするなら人が少なくなったここよりも街で、なのだ。

 僕達が行く「オルテア街」は人気の街なのでまず間違いなく学生が多くいる。そんなところで手なんか繋いでたら一発アウトだ。


「了解」


「よし……じゃあ行こう」


 ライハの返事に安心しきってオルテア街へと向かう……その時に第二の問題が起きた。




「アストー! 今日は私も家に帰らないことにしたからお出かけについていっても——へ?」


「え? あ、やば……」




 眩しい笑顔でこっちに来たのは……ベルベット。そして今の僕達は手を繋いでいる。それを見たベルベットは固まった。

 実はベルベットに今日のお出かけのことを「ガイトと出かける」とだけしか言っていない。ライハの名前を出せば絶対にベルベットもついてくると思ったからだ。カナリアとの同居の件だって今でもずっと文句言ってるし。

 なにかと僕の近くに女子の影があることを嫌っているのできっとライハの部屋に住んでいることを知ればそのことにも何か言ってくるかもしれない。



「な……なん……? え?……!?」



 それはそうとして口をパクパクと開いたり閉じたりで困惑している様子をこれでもかと顔に出しているベルベット。

 服はいつもの黒いローブでもネックレスをつけていたり、いつものよれよれトンガリ帽子を外して蝶の髪飾りをつけていたりとオシャレが見える。そこには気合が感じられるが感想など言ってあげられる状況ではない。


「ベルべ―」


 これは誤解……っていうか別にライハとはそういう仲ではないと説明を試みようとしたが、それよりも早くベルベットは急に泡を吹いてバターン!と倒れた。


「えぇぇ……」


 もう訳がわからないからとりあえずこの後、倒れたベルベットを部屋に運んで寝かせてあげた。帰ったらちゃんとかまってあげるか……。はぁ……。



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