30話 友達
「ただいま~」
「おかえり」
僕はライハの部屋に戻った。荷物を置きに帰った時に彼女の姿はまだなかったのだが、もう帰ってきていたみたいだ。その証拠に声が返ってきた。
僕が買ってきたパンを2人で食べて夕食を済ませる。その後、僕は昨日からライハにお願いしようと思っていたことを打ち明けてみた。
「もしライハが良ければだけど……僕に色々教えてくれないかな?」
「色々?」
「うん。魔法戦闘のこととか」
せっかく経験豊富なライハと一緒に住むことになったんだ。カナリアのところに戻るという目的はあるがこの機会を逃すのは惜しい。今この時も自分は成長していかなくてはいけない。
前まではベルベットにお願いしていたんだけど教師と生徒ということで都合が合わないことが多かったりするし、なによりベルベットは物凄く感覚派なのでバカの僕には言っていることが何一つ入ってこないのだ。そうじゃなければ学院に来る前にもっと成長していたかもってくらいに。
「わかった。今からトレーニングルームに行こう」
「え? う、うん!」
というわけですぐにライハと2人でトレーニングルームの1室を使用申請した。
すぐにお互い体操着─この学院にも体育がある─に着替えて個人レッスンが始まる。
♦
「アストは相手の出方を見すぎるところがある。警戒するのは良いこと。けどアストにはまだ相手の攻撃に対応できる力が十分に備わっていない。そんな状態で相手の攻撃を受けにいくのは危険」
「たしかに。そんなところは正直あるかも。迂闊に近づいたらって思っちゃうとね」
「その考えこそ穴になる。単純なことだけど攻めは防御にもなる。自分が攻めていれば大抵の相手はカウンターを狙うよりも防御に徹する。その間は攻撃されない」
僕は相手の反撃を恐れて攻撃の手を緩めてしまうことがある。
しかしそれは正解でもあり間違いでもあったということだ。まだ僕のレベルではカウンターなんかを恐れる段階ではない。それ以前の問題、ってことだよな。
「そこまで気を落とさなくていい。多分ベルベット先生のところにいたせいだと思う」
「ベルベットのせい?」
「あの人はレベルが違いすぎる。きっと戦闘する時も相手の出方を見ることが多い。その人の弟子になっていたのならアストもそうなっていて仕方ない」
ベルベットはどうにも過保護なので「相手の反撃をとにかく気をつけて! 怪我するから!」と言われたことがある。それが知らずに僕の戦い方に染みついていたのか。師匠によって戦闘のスタイルが変わるっていうのも興味深い話だ。
「アストはきっと基礎力は高い。体も鍛えられてる。一度魔力無しで手合わせする?」
「! お願いしていいかな?」
僕の基礎の戦闘力を確認するためにライハが提案したのは魔力を無にした状態での戦闘。
普通に戦っては攻撃、防御、スピードのどの要素でも魔力を纏っている相手には絶対に適わない。だが今回はライハが魔力を纏っていない状態で戦うというわけだ。
「………ん。これで大丈夫」
ライハは目を閉じて集中する。体内から溢れ出るように周囲に存在する自分の魔力を体の中へと収束させていく。
僕は魔力を感知する能力もほとんど備わっていないので纏っている魔力が実際に無くなったのかはわからなかったが、少しだけライハの「存在感」というものが薄くなった感覚を覚えた。
これは決して気のせいではなく「消失現象」と呼ばれているもの。
魔力は見えない存在であっても人に感知されるほどのエネルギーなので有から無へとなる時に「無くなった」と人に感じさせる。その結果が「存在感が薄くなった」という感じ方に繋がるわけだ。
「存在感」とは面白い言い方ではあるが、この「消失現象」を応用することで気配を完全に消すことも可能なのではないか、消失する魔力量が膨大ならばあらゆるセンサーにも感知されなくなるのではないか、と魔女の間では絶賛研究大盛況の内容でもあるのだ。
特に魔法騎士の中で隠密活動を専門とする者にとっては重要なことである。ちなみにこれらの知識は今日の「魔力操作学」の授業で聞いたことだ。
「じゃあ……いいかな?」
「……待って。15秒ほしい」
そう言ってライハは広いトレーニングルームを走り回る。
これは遊んでいるわけではない。魔力を纏っていない状態で体を動かすのに慣れていないので今動き回って感覚を慣らしているのだ。
普段から魔力のサポート有りで動いている魔法使いは魔力を消すと普段との動きの違いから上手く動けないことが多い。
魔女ならまだマシだが魔法騎士はこの影響をかなり受ける。理由は言わずもがな、激しい中距離~近距離戦闘を魔力のサポート有りで日々行っているからだ。
ライハは全速力で走り、急にピタッと止まるとそこでジャンプ。半回転して体をこっちに向かせながら着地したと同時にダンッ!と加速し……急停止。
「………うん。修正した」
すごいな。魔力なんて無くても良い動きをしている。もしかすると魔力を纏わずに動く練習もしているのかもしれない。
「……いくよ?」
「うん」
魔力を使わない戦闘なのでもちろんライハは魔法武器なんて使わない。なのでお互い素手。
こうなれば有利不利がハッキリする。僕は男でライハは女だ。戦闘スタイルから速度はライハに分がありそうだが力に関しては絶対にこちらの方が強い。
(なら……捕まえる。それがベストだ!)
戦いとは自分の有利な土俵への引き込み勝負のようなもの。自分の優れているところを無視して戦うのは愚の骨頂。
力で勝っているのなら力で勝負をしなければいけないところへ持っていく。すなわち掴み合いの状況を作ればいい。
だが……
「くっ……」
ライハもそれは同じ。力で劣っているとわかってわざわざ力で勝負したりはしない。
ヒットアンドアウェイのスタイルで僕の体へ一撃与えるとすぐに下がっていた。相手を攪乱して確実に意識を奪う一撃を狙っているのだ。
(もっと集中して相手の動きを読め……これはもう魔力云々の話じゃないんだ。僕にハンデがあるわけじゃない)
ライハの掌底が飛んでくる、それを躱す。
僕は足払いをかける、躱される。
足払いのために体を下げた僕の頭に向けてライハの脚が迫る、体を後ろに反らしてそれを避ける。
その脚を捕まえようとするが、ライハは即座に下がって逃げる。
授業での魔法戦闘なら秒殺だったが魔力無しの勝負となると互角に戦えていた。
これでも格闘はキリールさんからみっちり教えられている。それなりに戦い方はわかっているのだ。
「ここだッ!!」
ライハが下がろうとした瞬間に合わせてこっちは急接近する。一歩、二歩と大きく踏み込み、僕の手はとうとうライハの手首を捕らえた。
そのまま床に倒して身動きをとれなくさせる。ライハはそこからグッ……グッと床に押さえつけられた腕に力を込めるが逃げられないとわかるとパタン……と力を抜いた。
「まいった」
「よし!」
勝った! こんなことで喜んじゃいけないのかもしれないがそれでも嬉しい。
思い返してみると、さっきの攻防で感じたことだが……「動きを読む」というのも今まで適当にやってしまっていたのかも。
魔力が無いならそれ以外をもっと頑張らないといけないのに実戦になると考えなくちゃいけないことが多くて戦闘の基本要素が色々と抜けていた。改めて気を付けないとな。
「アスト」
「うん?」
「そろそろ起こしてほしい」
「え……あ!」
僕はライハを押し倒した態勢のまま戦闘結果を分析しちゃっていた。何やってるんだ僕は。
意識してしまうと押し倒したライハから甘酸っぱい匂いがすることに気づいた。
早くどかなきゃなのにそのせいでフリーズしていると僕から落ちた汗がライハの頬に当たり、ライハはそれに思わず目を閉じた。その仕草というか反応で体の硬直は解けてすぐに僕は飛び起きる。
「ごめん! 僕の汗が……これ、まだ使ってないタオルだから使って」
「いい。嫌じゃない」
ライハは頬に落ちた僕の汗を普通に袖で拭って平気そうだった。それでも申し訳ない。
そんな僕の気は構わずライハは話を始める。
「それより、アストの動きは悪くなかった。あとは1か所に留まるよりもっと動いた方がいい。真正面から向かいすぎるのも直すべき」
「ふむふむ。それはそうだね。相手との位置に意識を置いてみるよ」
それからそんな調子でライハからダメだしを受けつつ、褒められつつで充実した時間を過ごした。
ライハは魔力なんて無くても戦闘が上手いし彼女の視点はすごく勉強になる。戦闘中に考えることの多さも僕とは桁違いだった。
その後は体がクタクタになるまで手合わせをした。カナリアからすれば羨ましいことこの上ないだろうな。自分は何度も断られてるのになんでアストはーって。
♦
そしてやることが終わるとライハと2人でトレーニングルームを出て部屋に戻る。そこで……
(あ……なんて偶然な)
噂をすればなんとやら。カナリアを見かけた。しかし服装は僕達と同じ体操着。つまりさっきまでトレーニングルームにいたということか?見られてなくて良かった……。
カナリアが自分の部屋─僕の部屋でもある─に入っていくのを見ると僕もそっちに向かう。
やっぱりカナリアとちゃんと話さないといけない。授業中に何回も目が合ったんだ。あっちも話をしたいと思ってるんじゃないか?
「ライハ、先に帰ってて」
「? わかった」
ライハを帰らせて僕はカナリアに会いに行く。追い出されたとはいえ鍵はまだ持っているのでそのままドアを開けて中に入った。
「カナリア!」
僕は中に入るとすぐに名を呼ぶ。この学院で初めてできた友達の名を─
「え?……………あ、アスト……?」
「…………」
ドアを開けて、僕の目に飛び込んできたのは肌色。そう、肌色だったのだ。
それだけでは何が起きてるのかわからないので状況を説明すると……カナリアは服を脱いで浴室に入ろうとしている直前だった。やらかしてしまった……!!
汗が伝っている肌はどこか艶めかしくスタイルの良い体はより魅力的になっている。
服の上からでも大きいとわかっていた胸は隠す衣服が何も無くなり、これは男の性なのか一気に目がそこに集中してしまう。綺麗な脚も全てを露出させていて最早一流の芸術品のようだ。
「ここを出ていったと思ったら急に帰ってきて……あんたまさか狙ってやってんの……?」
脱いだばかりの体操服で自分の大事なところを隠したカナリアからはすごく冷ややかな声がする。
きっと今は僕がいないから気にすることなんて何も無いと警戒心を解いていたんだろう。そこに僕が来てしまったわけだ。
「僕は部屋に入っていくカナリアを見かけて……それで居ても立っても居られなくなって……」
「つまりあたしが体操服だったってことも見えてたわよね? トレーニング終わりってことも察しがつくわよね? 汗かいたらすぐシャワー浴びることもわかるわよね?」
そこまで普段推理しながら生活しないよ!……とツッコミたいがそんなこと言ってしまえばアウト。グッと我慢だ。でもカナリアの言うことも合ってると言えば合ってるので何とも言えない。
「そ、そんなことより僕と仲直─」
「そんなことよりいつまでここにいんのよ!」
カナリアの蹴りが僕の顔面に炸裂。そのまま外に追い出される。さらには僕の鍵まで回収されてしまった。どうしてもカナリアとは話せない運命なのか……。
また怒らせてしまい会話なんて不可能と感じた僕は今日も本来の部屋への帰還を諦める。一体いつまで僕はライハにお世話になり続けるのだろうか。
トボトボと大人しくライハの部屋に帰ることにした。
脳内では「女子と住むことになるとこういうことばかりだから男友達と住みたいなぁ……」とずっと思っていた。ガイトの部屋に空きはないのかなぁ……。
♦
「何やってんだアストの奴……」
ガイトは先ほどまで気分転換に魔法の練習をしていた。といっても「音魔法」はレアな魔法と言うだけあって普通のトレーニングルームでは満足に練習できない。
そのためガイトは魔法の練習をする時は音楽室にいるのだ。ガイトが音楽室に入り浸っているのはそういう理由もあった。
その帰りに外を歩いているとアストがとある寮の部屋から転がり出ているところを目撃した。
自分の知り合いが追い出されているところを生で見てしまいなんとも言えない気分になってアストには声をかけられなかったのだが。
「あいつも変な奴だな」
音楽室でずっとピアノを弾いて孤立しているようなやつと友達になろうとするなんて普通ではない。ましてや授業をサボっているやつなんて悪目立ちして近寄りたくもないはずだ。
この学院に来て友人と呼べるものなんてまだできていなかった。それを寂しいと思ったことはなく、自分はこのままでいいとも思っていたのだが……
(案外悪くなかったな……アストやライハと飯食ったのは)
「友達」というものがどのラインからそう認定されるなんてことは誰にもわからない。もしくは……逆に、誰だって知っているのかもしれない。
自分の中でその日にその人物とあったことを振り返ってしまう、気にしてしまう。もうそれは「繋がり」ができていることを認めている証なのだから……。




