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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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27話 孤独な音


「ん……」


 朝、僕は目覚める……が、昨日の夜はライハのことを考えていたせいであまり眠れなかったのでまだ疲れが残っている。


「おはよう」


「ライハ起きてたんだ。おはよう」


 カナリアと同じくライハもかなりの早起きみたいだ。すでに制服に着替えていてパンをかじっていた。


「まだ学校が始まるまで1時間くらいあるけど……」


「早起きは大事」


 体育座りでパンを食べているのでここからだとスカートの中が見えそうで危うい。これがカナリアだったら自分がそういう座り方してるくせに途中で視線に気づいて叩いてきたりするんだよな。今だけはカナリアじゃなくて良かったと思うよ。


 そしてライハを見て思い出してしまう。昨日の夜のことを。

 ライハはあの時絶対に涙を流していたはずだ。自分の両親のことも口にしていた。発言からしてライハの両親は……。


「ねぇライハ。昨日寝た後に何か変わったことはなかった?」


「寝た後?」


 聞いても首を傾げるだけで何も引っ掛からない様子。聞き間違いじゃなかったと思うんだけどな……。


「いつもと変わらない」


「今日はグッスリ眠れた?」


「いつもと変わらない」


 答えは同じ……か。ライハは食事に関しても軽く済ませてたしあまり日常のあれこれを気にしない性格なのかもしれない。

 昨日の夜に泣いていたことが話に出てこないあたり……寝言だとかのライハの中では無意識で起こっていることとか?

 いつも無表情で大きく感情を見せないから少し感情が見えると余計に気にしてしまう。まさかあのライハが……って。


「あ……制服に着替えるけどもし嫌だったら部屋出ようか?」


 顔を洗って歯を磨いた後に服を着替えようと思ったのだがライハだって女の子。勝手に服を脱ぎだせば彼女に悪い。


「別に気にしない。ここで着替えていい」


 すごい。これがカナリアだったら……ってもうそれはいいか。

 許可をいただいたのでその場で服を脱ぐ。どうせここで脱ぐといってもどうせライハは別の方向を向いてるだろうし、と思いきや。


「………」


 見てる。ライハは僕をジー……と見ている。さすがに視線が気になるので。


「あの……なんで見てるの?」


「見るのはダメだった?」


「いや……ダメじゃないけど……」


 これはなんの(はずかし)めなんだ。同級生の女の子に全裸ではないとはいえほぼ裸を至近距離で見つめられるとは。


「アスト、服の上からじゃわからなかったけどよく鍛えられてる」


「え? ああ……魔法はからっきしだけどこっちはね」


「男の子の裸は初めて見た。とてもすごい」


「すごいって……?」


「すごい」


 見つめられるだけではなく感想まで言われるとはなんという辱めなんだ。とてもすごい。


「でも、体をいくら鍛えたって魔法が使えなきゃ意味ないよね」


「そんなことない。魔法に頼りすぎると実戦になって動きが(にぶ)る」


 なんかベルベットもそんなこと言ってた気がするな。魔法を重視しすぎると戦闘での立ち回りが(おろそ)かになるって。あくまで魔法は戦闘の中の一要素でしかない。戦う体ができていないといけないとか。

 たしかにグランダラスとの戦闘では純粋な剣の勝負になっていた。体をしっかりと鍛えていたおかげで『ファルス』込みでなんとかギリギリ動きについていけたわけだし。


「ライハも鍛えたりしてるの?」


「鍛えてる」


 ライハは腕の袖をまくって得意げに力こぶを作ろうとする。しかし……全然鍛えてるように見えない。試しに触ってみるがフニフニと女の子特有の柔らかさを感じる。


「え、えっと……」


「鍛えてる」


「うん。そうだね……」


 なんか言葉でゴリ押しされた気がするがライハがそう言うのでちゃんと鍛えているのだろう。


「そうだ。ライハってお昼はいつも誰かと食べてるの?」


「いつも1人」


「じゃあせっかくだし一緒に食べようよ」


 普段はカナリアを誘っている。誘っているといってもほとんど断られてるけど。どうせ今は誘っても絶対来ないだろうしそれならライハと一緒に食べた方が何倍もマシだ。


「それは嬉しい」


「それじゃお昼になったら食堂で集合しよっか」


「うん。アストと一緒。楽しみ」


 そう言っても無表情のままだけど。でも少しだけ体を揺らしてワクワクしている様子が見て取れた。一緒にご飯を食べるだけでそう思ってくれるとは。僕も嬉しいな。




   ♦




 それからライハと一緒に登校し、クラスは違うのでそこで別れる。ライハ1組に、僕は3組に。


「あ……カナリア」


「………」


 3組の1限目の授業がある教室に行くとすぐにカナリアを発見した。カナリアは教室に入ってきた僕を一瞥(いちべつ)するとすぐにプイッと別の方向に顔を向ける。

 昨日の今日で気まずいのでいつもカナリアの横に座るのだが今回はそうしない。離れた席へと着席することにした。


 今日の1限目の授業は「魔法歴史学」。魔法使いについての歴史を学ぶものだ。先生は(ひげ)の長い老人で教科書なんてなくても昔のことはなんでも知ってるよと感じさせる。


「現在、魔法は魔人の誰もが満足に使えるものじゃが遥か大昔はそうではなかった。使えても3節、4節が限界で5節の魔法を使える者ですら天才と言われておった時代があった」


 今回の内容は魔法の歴史。今じゃ10節の究極魔法を最高としている「魔法」。それが昔には5節が最高と言われる時代があったなんて。


「6節以上の魔法が出てきたのも研究を続けた『魔女』の功績。そしてその研究結果は魔人全体に伝わっていき魔法使いだけではなく魔人全てが強くなっていったというわけじゃ」


 魔人全てが強くなっていく。それほどに魔女の魔法研究は素晴らしいこと。

 実際にベルベットが新しい魔法を作っているところは見たことあるけどノートになんて書いてるか少しもわからなかったんだよな。あれってやっぱりすごいことだったんだな……。


 その時、僕はふと気になってカナリアをチラッと見た。するとカナリアと目が合う。向こうはすぐに目を逸らして教科書へと戻していた。


 はぁ……なんとかならないかなぁ。





 2限目の授業は「魔法武器学」。魔女コースには無い授業でこれは魔法騎士コースの専用授業となっている。ちなみに魔女の場合は似た内容の『(じょう)学』という専用授業がある。


 内容は魔法騎士が使う「魔法武器」について学ぶもの。魔法武器には色んな種類がある。カナリアが使っているレイピアのような剣の形の物や、ライハが使う銃の物まで。中には盾の物まであるとか。

 先生はまだ新米教師っぽい女性の方だ。名前は確かユーリエ先生。


「魔法武器は魔物から取れる素材で造られます。基本的にどの武器も魔法のサポートや使用者に対して何かしらの耐性を付与したりの効果があるんですよ」


 カナリアの魔法武器【ローレライ】なら「水魔法のサポート」ってところだな。それ以外にもあるのかもしれないけど。それは本人だけが知ることだ。


「しかし一部の超高ランクの魔物から取れる素材からはレアな魔法武器─『特殊魔法武器』が造られることもあります。特殊魔法武器には魔法サポート以外にも他にはない特別な能力も備わっているんです。と、言っても先生は特殊魔法武器を持ってないんですけどね…………」


 特殊魔法武器……恐らくだけど僕が魔王の力で呼び出すバハムートが武器に変化した姿─【バルムンク】がそうだろうな。

 あれは魔力を与えることで「武器が『闇魔法』を発動する」という通常の魔法武器には考えられない機能があった。僕自身は魔法が使えないにも関わらず、武器が僕の代わりに魔法を発動してくれるのだ。

 先生には悪いけど僕はその特殊魔法武器を持ってるってことなんだよな。けっこう珍しい物らしいし持ってることは黙っておこう。なんにしても注目されそうだし。


 あれ? そういえば僕はバハムートを召喚した…………んだよな。

 あのバハムートはきっと試験の時に倒して「魔王の力」で支配したやつだ。そうじゃないと関連性が無い。


 そうなると今の僕にはバハムート以外にもう一体支配した魔物がいる。……「グランダラス」だ。

 もしかしたらあれも召喚できたりするのだろうか。召喚できたとしてもいきなり襲ってきそうで怖い。


 その時、僕はまたふと気になってカナリアの方を見る。またカナリアもこっちを見ていたようで目が合った。そしてまたすぐに目を逸らして教科書に戻る。


 はぁ…………。




   ♦




 2限終了後。昼食の時間になったのでライハと合流しようと食堂に行こうとしたところで僕のところに来客が来た。


「お前、アスト・ローゼンだよな?」


「はい?」


「見つけたぞ! 音楽室にでも連れ出せ!」


「「「おおー!」」」


 ネクタイの色からして1年、その中でも1組と思われる生徒数人が突然僕の前に立ちはだかり手足を捕まえてくる。


「ちょっ! なにす─」


 相手は4人。こっちは1人。多勢に無勢で抵抗むなしく簡単に連行される。


 場所は音楽室。魔人にも音楽を好む者はいる。これに関しては人間がどうとかは関係ないのだが楽器などは人間が使っているのと同じ物を使用している。

 どうやら魔法の分野以外では大抵人間の使っている物の方が良いんだとか。楽器にしても人間の物は魔人の物より種類も多い。


 今はそんなことどうでもよくて。なぜ僕は捕まえられたのか。何か悪いことでもしたか? けど、誰かに恨みを買うようなことなんてまったく覚えがない。


「我らはライハファンクラブだ」


 待って。これ覚えがあるやつだ。しかも超最近どころか昨日。そもそもライハファンクラブって何……? あの子もう学院内にファンクラブなんかできるくらい人気があったの。


「アスト・ローゼン。貴様、噂ではライハと同じ部屋に住んでいるとか」


「おかしいよなぁ? お前はカナリア・ロベリールと同部屋のはず」


「カナリア・ロベリールに飽き足らずライハにまで手を出すとは……!」


「その罪、万死に値する」


 なんかすっごい恨まれてるんだけど。昨日のことなのに誰がそんなことを知っていると言うのだ。カナリアか? でも彼女はこんな陰湿なことしないだろうし……。

 とにかくこのままじゃ自分の身が危ない。どうにかして逃げ出さねば……!




「おい、うるせぇよ」




 突如、音楽室の中で誰かの声が響く。それはこの部屋に置いてあるピアノの方からした声だった。

 そこから立ち上がって見えるその者の姿。目にかかるくらいの長さの黒い髪に鋭い目。身長は僕より少し高い。着ている制服のネクタイから僕らと同じ1年生だとわかる。


「音が聴こえねえんだよ。他所(よそ)でやれ」


「ガイトか。2限の授業サボってこんなとこにいたのかよ。1組の中で一番下の成績のくせによ」


「俺がどこにいようがお前らには関係ないだろ。けど、お前らが今ここで騒いでることは俺に関係あるんだよ。ピアノの音が聴こえねえんだ」


 「ガイト」と呼ばれた男はどうやら僕を拉致した連中と同じ1組らしい。なんかあまり仲良さげではなさそうだが……。


「チッ……『()()()()()()()()』のくせに……」


「なにか言ったか?」


「なんでもねえよ。クソッ」


 ガイトは(にら)んでその連中を音楽室から追い出す。それより『ロストチルドレン』……? なんだそれ。

 あ、お礼言っておかないと。おかげで助かったんだし。


「あの…………ありがとう」


「別に。あいつらがうるさかっただけだろ」


 ガイトはピアノのところに戻る。僕のことなんか気にせずにそのまま弾き始めた。

 その音が音楽室内をすぐに満たす。


(うわ……僕は素人だから詳しいことはわからないけど、多分すごい上手い。綺麗な音が耳から体の中に入り込んで浸透(しんとう)していくみたいだ……)


 ガイトのピアノの音はとても綺麗で僕はボーっと突っ立ったまま聴き入ってしまっていた。

 そんな僕に気づいたガイトはピアノに走らせる指を止めてせっかくの綺麗な旋律(せんりつ)を止めてしまう。


「お前まだいたのか。なんか用でもあんのか?」


「いや……その、すごく綺麗っていうか、上手だなって。ごめん。邪魔だった?」


 まさか急にそんなこと聞かれると思ってなかったのでしどろもどろに答える。

 すごい素人みたいな感想……だけどそれにガイトは目を見開いた。


「上手、か。お前にはそう聴こえるのか?」


「え?」


「……なんでもねえ。ありがとよ」


 ガイトは興味なさげに窓から外を見やった。何かを考えているみたいに。


「ねぇ、君の名前は?」


「俺?」


「うん。ここで会ったのも何かの縁だしさ」


 「ガイト」っていうのは知ってるけどフルネームを知らないし僕もまだ名乗っていない。どうせならここで彼のことを知っておきたかった。そういえばカナリアにもこうやって名前を聞いた気がする。

 ピアノが上手ってところで興味を持ったっていうのはあるけど一番は助けてくれたからだ。そんな彼のことを何も知らずに帰るのは少し違う気がした。


「……『ガイト・オルフェウス』」


「ガイト・オルフェウス……。僕は─」


「アスト・ローゼンだろ、お前」


 名乗ってくれたから僕もお返しに名乗ろうとしたらガイトはもう僕のことを知っていたみたいだ。


「色々と有名だからな」


「有名っていうと……どれかな? 本当に色々あるから……」


 試験のこと、Bクエストのこと、ベルベットの弟子だということ、魔力も纏えなくて魔法も全然使えないやつだってこと。なんだか良いこと悪いこと盛り沢山だな僕。

 ガイトは言いづらそうにしていたが聞かれたのなら仕方ないという顔をして、


「お前、試験をトップで通過したのに3組なんだろ? しかもその中でも最下位の成績だから何か不正でもしてたんじゃねえかって1組では有名だぜ」


「そんな……!」


 部類で言えば最悪のやつだった。僕は前からこういうことを言われるのが多かったりする。

 ガイトが言った通りクラス内の成績は良くない。「良くない」っていう言い方じゃ足りないくらいは悪い。

 基本的なことはわかっても魔法について難しいことは感覚的にもわからないから筆記のテスト成績も下から数えた方が早い。

 魔法の実技はもう周りからすごい大差をつけられての最下位だ。僕の最も苦手とする魔力のコントロールを審査するテストがほとんどだから順位は最下位からピクリとも動かない。


 そんな成績なのに実戦となると好成績を残しているからこそ僕が不正をしていると陰で言われている。

 もちろんそんなことはしていない。厳密には魔法とは言えないけどそれでも僕の中にある力で、僕の体で、戦っているんだ。それを不正と言われるなら僕の全てを否定されることになる。


「そうじゃねえんだろ? お前見るからにそんなことしなさそうだしな」


 ガイトは鼻で笑って周りが言っていたことを否定してくれる。ありがたいけどなんだかバカにされてる?


「ガイトはなんで授業をサボってるの?……えと、さっき言われてるのを聞いちゃったんだけど」


 お返しとばかりにガイトのことも聞いてみる。1組のクラスメイトからあんな風に言われてるから気になった。


「どうでもいいんだよ。授業聞くよりもここにいてピアノ弾いてた方が何倍もマシだからな」


 趣味を持つのは良いことだけど、ガイトが言うことは魔法騎士であること自体にちょっと問題があるような……。


「ピアノ、好きなんだ?」


「…………どうなんだろうな」


「?」


 ピアノが好きだから弾いている、のかと思ったが……ガイトはそれはわからないというように自分の手のひらを見つめてそんなことを言う。


「アスト、お前珍しいな。俺が『ロストチルドレン』って聞いてたんだろ? それでも俺に話しかけてくる奴なんて普通はいねぇけどな」


「それなんだけどさ。『ロストチルドレン』ってなに?」


 皆は知ってることっぽいけど僕は初耳だ。まぁこの単語に限らず皆知ってて僕が知らないってことはざらにあるんだけども。


「は……? 知らないやつなんていんのか?」


「で、なんのことなの?」


「知らないなら、いい。知って良い気分になるもんでもねーからな」


 ガイトは教えてくれなかった。それならいいか。また今度ベルベットあたりに聞こうかな。

 それで今の話題を一旦終わりにしたところで頭の中に思い出したことがあった。


「あ……! そうだ、今は昼食の時間だったんだ。ねぇガイト。もし良かったらだけど一緒に昼食食べない? 食堂になるけど」


「昼食? まだ食ってないから別にいいけどよ」


「じゃあ決まりだね。実は今も人を待たせてるんだ。早く行こう」


「おいおい……」


 ガイトの手を引っ張って無理やり音楽室から連れ出す。

 ここで出会ったのも何かの縁だからお互い名乗りあった。そしてそこまで行けば一緒にご飯を食べたって構わないだろう。それに、初めて男の友達ができそうだからここはグイグイいっておこう。

 いざ、食堂へ!




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