26話 それは静電気のような少女の悲鳴
「シャワー浴びてくる」
「はい……」
結局これからしばらくの間ライハのお世話になることになった。いったい僕はいつ元の部屋に帰ることができるのか。それとももう一生帰ることができないのか。
(ん……? そういえばなんでライハは1人で住んでるんだろう?)
後から知ったことだけどアーロイン学院は通常、僕とカナリアみたいに女子と男子を同じところで住まわせたりしないらしい。
それでもそうなっているのは空きがなかったり女子がカナリア1人だけだったりしたのかと思っていた。でも、ライハがいる以上そうではないということが判明している。
カナリアと早く離れたいとかそんなことはないが女子と女子が一緒に住んだ方が絶対良いに決まってる。なのに……。
っていうか僕もいい加減男子の友達が欲しいなぁ。僕の生活にほとんど男が出てこない。カナリア、ベルベット、ライハといつも女性とばかり話している気がする。
「それに女子と住むとけっこう大変なことが多いし。男子と同じ部屋にしてほしかったよ……」
「アストは男の子が好きなの?」
「うぉわ! ら、ライハ……? 早かったね……」
時間はまだ10分くらいしか経ってないのにもうライハは出てきた。早すぎる。カナリアなんかもっともっと長いのに。
ライハが早いのは髪の毛や肌にそこまで気を遣っていないからかなと思ったが……ライハの肌や髪はツヤツヤ。髪はしっとりと濡れていてちょっと色っぽい。これは気を遣っていないわけじゃなくてただただ早いだけだ。
「別に男が好きってわけじゃないけどさ……」
「じゃあ女の子が大好き?」
「なんでそこで『大』ってつけるの……?」
「アストは女の子が大好き」
それじゃ僕が女遊びが好きみたいに聞こえるじゃないか。すでに僕はベルベットのせいで汚名を被りまくっているのにこれ以上悪い噂がたっても困る。
それにしても……今のライハは制服ではなくパジャマ姿。眩しい黄色のパジャマで強い強いと噂されている彼女のラフな姿がギャップとなってより可愛く見えてくる。
それを見て思った。僕って今すごい羨ましい状況にいるんだろうな。
カナリアもライハも、どっちも美人だし同じ屋根の下で住んでいるなんて男子全員の恨みを買ったっておかしくない。
それなのに喜んだりできないのは僕のこれからがどうなるかまったくわからないからなのか。カナリアとはもう疎遠になっちゃうのかな……それは嫌だな。
「って、ライハ……ちゃんと髪拭かなきゃ」
ライハが僕を横切る時にポタポタと雫が顔に当たった。よく見るとライハの髪はほとんど拭かれていない。そりゃしっとりと濡れているように見えるわけだ。だって濡れたままなんだから。
「別にいい。いつか乾く」
「それじゃ風邪ひくかもしれないよ…………ここ座って」
僕はライハを目の前に座らせる。部屋の中にあったタオルを1つ借り、それでライハの頭を包み込む。今から彼女の頭を拭いてあげようと思う。
「この学院に来る前はよくベルベットの髪を拭いてあげてたんだ。ベルベットは途中から僕に拭いてもらうためにわざとビショビショで出てきてたんだけどね……」
濡れた髪を丁寧に優しく撫でるように拭き取っていく。あまり強くして髪の毛が抜けちゃったらいけないからね。
ライハの髪はベルベットに比べれば短いので拭くのは大変じゃない。そこだけは楽で助かる。
「……気持ちいい」
「そう? 良かった」
無表情だけど不思議とご機嫌良さげに見える。そんなライハはそのまま後ろに倒れこんで僕の体にもたれこんできた。
「……なにこの体勢」
「気持ちよくなったら自然とこうなった。気持ち良くさせたアストが悪い」
お願いだから刺激の強すぎる言葉を聞かせないでほしい。これは決して僕に邪念があるわけじゃないはず。どう聞いたって誤解間違いなしの言葉だ。
シャンプーの良い匂いが鼻腔をくすぐり小さな体の感触に僕は数秒で耐え切れなくなる。
「ぼ、僕もシャワー浴びてくるよ。だから、ほら」
「うん。はい」
「ありがとう」
僕がシャワーに行くと伝えるとすぐにどいてくれた。このままずっと……なんて少しだけ思っちゃうくらいには僕も男だが、煩悩を全て振り切りこのまま浴室に向かう。あー、女子との暮らしは大変だ。
♦
「ふぅー。シャワー使わせてもらったよ」
僕は浴室から出て部屋に戻る。こんなことを言うとまた意識してしまうけど……女の子が使っている浴室を自分も使ってるのは色々とマズイよなぁ……。
お風呂に関してカナリアにはいつも絶対に自分より先に浴室に入るなと言われている。男が入った後っていうのが嫌なのかもしれないがこっちもこっちで女の子が使った後っていうのも気にしてしまって嫌だ。
悲しいかな。それでも1カ月も経てば「カナリアが使った後」っていう空気はもう慣れた。変態的な意味ではなく。
だが別の女の子となると話は違う。いつも見ている物と違うシャンプーやコンディショナーが置いてあったりすると不意にドキッとしてしまうのだ。こんなこと考えてる僕って気持ち悪いのかな……? 普通だよね?…………普通なのかなぁ。
ライハはというと机で本を読んでいる。僕があげた本だ。さっそく読んでくれていて嬉しい。
僕はベッドイン(使うのは二段ベッドの下段)して横になった。そこから何気なくライハをチラッと見ると……
(ぶっ!…………パンツが見えてる!)
椅子に腰かけた時だろう。パジャマのズボンが若干ズレて白いパンツが少しだけ顔を覗かせてしまっていた。
僕は首を折らん勢いで寝返りを打って方向転換。今見てしまった物をなんとか記憶から追い出そうとするが、忘れようとするほど忘れないものである。しっかりと僕の頭に刻み込まれてしまった。
普段1人で住んでいるからそういうところの警戒心がまったくないんだ。こっちはもう罪の意識でここから出ていきたくてたまらない。
そりゃ僕だって女の子と一緒に住むとなるとドキドキしたり、そういうことはあるだろうなとか思ったりはするけどこんな隠れて見るようなのは悪いと思ってしまうのだ。
ずっとマジマジと見てたら本当に変態になってしまう。バレようものならそれこそ明日から野宿になるかもしれない。
(僕が注意するのもおかしいよな。パンツ見えてるよなんて言えないし。はぁ……もう寝るとするか)
僕はそう決めて体の上に何もかけずにベッドの上で大の字になり寝転がったまま眠りについた。
……。…………。……………ん?
ちょうど眠りが浅かったせいか、自分の近くに何か気配がして目覚めてしまった。その気配の主を確認すると……
「あ」
「らい、は……?」
「起こした?」
ライハは手に毛布を持っていて僕の体にそれをかけようとしてくれていた。
なんて優しい子なんだ。カナリアなんか「何あんたこんな早い時間に気持ちよく寝てんのよ! ほらまだ寝ない! 今日の授業の復習!」と言って僕から寝具を取り上げていくんだから。
あれ? 僕本当に元の部屋に帰りたいのか? なんだか涙が出てきたよ……
「アスト、泣いてるの?」
「ちょっとね……こんなに優しくされたのいつぶりかなぁ……って」
「よしよし」
ライハは僕の頭を撫でてくる。これじゃまるでお母さんだな。ライハママだ。
「アストはよく泣く?」
「うーん……泣く方かな。カナリアにはいつも泣かされてるよ。あの子の罵倒マジで容赦ないからね」
「羨ましい。わたしは泣けないから」
「泣けない……?」
ライハは僕の顔をジーっと見ている。その目は僕を通して悲しいという感情を知りたいと言っているような気がした。
「なんでライハは………いや、なんでもない」
なんで泣けないの?って聞きたかったけどそれは僕が踏み入っちゃいけないことかもしれないから聞けなかった。
「もう寝ようか」
「うん。寝る」
「おやすみライハ」
「おやすみ」
ライハは二段ベッドの上段へ移動した。そこで僕が電気を消してやる。
暗闇になり僕達は眠りにつく。そこから数十分が経った頃だろうか。また僕は目が覚めることになる。
「パパ……ママ………」
「え……?」
すごく悲し気な声。これは……信じられないが、ライハの声だった。
「いつ……帰ってくるの? どれだけ、勝ち続ければ………」
悪夢でも見ているのだろうか。その声は確実に涙を流しながら出している声だった。彼女が泣けないと言っていたのはどういうことなのか。
少しすると聞こえてきたライハの寝息に僕は安心すると共に……彼女のことが気になって仕方がなかった。
その日の夜はあまり眠れなかった……。




