23話 ライハ・フォルナッド
「………」
空気が、重い。今僕はそう思っている。これは決して誰かの魔法攻撃を受けているとかでは……ってこれ前にもあった気がするぞ。
この僕、アスト・ローゼンは寮の自分の部屋にある2段ベッドの下段に体を丸めてこの空気を耐えている。そもそもなぜ空気が重いと感じるのか?
それはルームメイトであるカナリア・ロベリールの機嫌の悪さが原因だった。
「……」
「ねぇ、カナ─」
「うるさい」
「まだ名前しか─」
「うるさい」
「………ごめんなさ─」
「うるさい」
「……」
名前を呼ぶことも無理。これは前回もそうだったから想定済みだ。だが謝ることすら不可能だとは思いもしなかった。僕はさらに身を縮めてベッドに丸まる。
カナリアはさっきから机の上にあるノートにガリガリと一心不乱に教科書の内容を書き込んで復讐……じゃなくて復習している。怒りながら。
なんでこんなに機嫌が悪いのかというと……
「なぁなぁ、ライハってマジすげぇよな!」
「もうあいつに勝てる1年の魔法騎士なんかいないんじゃね!?」
「あれ? そういや1年に女の魔法騎士って2人いたような……?」
「「「ライハと………あと誰だっけ?」」」
外から聞こえてきた同学年の魔法騎士コースの生徒達の話にカナリアのシャーペンはバキッッ!!!!とへし折れる。一応誤解のないように言っておく。折れたのは「芯」ではなく「シャーペン」の方だ。
折れた勢いでシャーペンの半身がこっちにピョンと飛んできた。怖っ!!
「1年で女の魔法騎士なんて2人だけなんだから名前くらい覚えときなさいよ……! どんだけ記憶弱いのよあんたら……!!」
怖すぎです。
カナリアがこんなにキレてるのはまぁ今みたいなことが原因だ。
つい最近まで僕とカナリアはちょっと有名だった。
レベルBクエストを入学して初回のクエストでクリア。推定ランクA以上とされるグランダラスの討伐。そこまですれば噂になることに違いなかった。
が、あれから1か月ほどが経って……僕達は皆の記憶から薄れていった。特にカナリアの方はすぐに。
それは「ライハ・フォルナッド」という生徒のせいだ。
カナリアと同じく女の魔法騎士。この時点でもうある程度の注目を集めている。
さらには実力で分けられるクラスも最高の1組に配属されており入学試験もアスト達とは別のBルームではトップの成績で通過。
このアーロイン学院で行われている学生同士の戦い─「学内戦」も全戦全勝。
結果、完全にカナリア・ロベリールを皆の記憶から追い出してしまった。
僕? 僕はというと色々事情があって名前がまだ知られている。
これは師匠でもあるベルベットの話になるんだが……ベルベットが学院内でも僕にベタベタしてきたりすることがある。あと僕の名前を至る所で連呼しているらしいのも噂で聞いたことがある。
しかもある時はお酒で酔っていたのか夜中に僕の名前を泣き叫びながら外で倒れこんでいたところを魔女の教師達に回収されたとか。何やってるんだよ。
とにかくそんなこともあってか僕はちょっとだけ有名になっている。限りなく汚名に近いけど。
それにしてもベルベットは女性なんだから身の危険を感じてほしい。……あー、でもベルベットを襲おうとか考える魔法使いがそもそもいるのかが疑問か。恐れ多すぎるというのもあるし、下手したら魔法で殺されかねないからな。
「まだ学生生活も始まったばかりだし挽回のチャンスなんていくらでもあるでしょ」
「誰が喋っていいって言ったの!」
「そもそも僕って喋っちゃダメだったの!?」
僕の発言はとうとうカナリアの許可が必要になってしまったのか……。どんだけ機嫌が悪いんだ。
でも……今回ばかりはカナリアにとって特別な相手だというのもわかる。なんせ相手は女の魔法騎士だ。
1年で女の魔法騎士はカナリアとライハって子の2人だけ。比べられるのは必然みたいなものだしカナリアにとっても絶対に負けたくない相手だろう。
そんな相手にここまでの差をつけられれば居ても立っても居られないというのはわからないでもない。
「もうこの前からライハ・フォルナッドをぶっ潰すシミュレーションは完璧よ。脳内で100戦は済ませたわ」
「血の気ありすぎだよ……。ぶっ潰すて。仮にも同じところで学ぶ仲間なんだから……」
「誰が喋っていいって言ったの!」
「まだダメなの!?」
♦
カナリアがこんな調子でいる中、意外にもカナリアとライハが出会う機会はすぐに訪れた。
次の日の5限目。僕達は体育館─人間の世界にある建物をモチーフにして作られたので名前も同じ─に来ていた。
「皆さん、今日は1組と3組合同での『魔法戦闘』の授業です。お互いに切磋琢磨してくださいね」
魔法騎士にとって必須科目の「魔法戦闘」の授業。普段は自分のクラス内で2人1組になって魔法を使った戦闘を練習している。
だが今回のようにたまに他のクラスと一緒にこの授業を受けることがあったりもする。前には2組ともやった。目的は学生同士の交流とかいつもと違う相手とやってみたりだとかそんなところ。
今日は優秀な者が集まる1組との合同授業だ。見ると……やはりオーラのようなものがある。どいつもこいつも強者って感じがするぞ。
「ようやく来たわね……!」
カナリアはウズウズとした表情で1組を睨んでいた。もう向ける目が敵に対するそれだ。
「おいおい……あれってアスト・ローゼンだよな」
「ああ……マジだ」
「あれが噂の……!」
おや……? 僕が1組から注目されている。それにはカナリアもムッとして僕を見てきた。
(僕も何気にやることはやっちゃってるから警戒されてるのか? 自分自身まだまだ力は足りないがこうやって一目置かれるのは悪い気はしないな……)
バハムート、グランダラスといった高ランクの魔物の討伐。Bクエストの完遂。何度も繰り返しになるがやっぱりこれらはすごいことだったんだな。
「「「あれが変態魔法使いの弟子か……」」」
「…………」
そういえば僕ってベルベットの奇行関連で有名だったよ。ああそうだよ。ちょっとでも期待してた僕がバカだったよ。横にいるカナリアなんか笑ってるし。笑わないで。
ええい一目置かれているのには変わりないんだ。ここから頑張って良い印象に変えていくぞ。
「それでは2人1組になってください。絶対とは言いませんができるだけ1組と3組の学生が一緒になってくださいね」
それを聞いたカナリアはよし来たとばかりにズカズカと一直線に進む。進んだ先には……
「ライハ・フォルナッド、あたしと組みなさい!」
「?」
カナリアは1組の中にいるライハにビシッと指差してそう宣言。
ライハは首を傾げている。それには周りもザワザワと騒ぎ出した。女の魔法騎士同士の対決が見られるかもしれないから。
だが肝心のライハは……
「わたしにはもうやりたい相手がいる」
前に立ったカナリアを避けて……
「アスト・ローゼン。わたしと、組む?」
「え?」
僕の前に立った。
「わたしはあなたとやりたい」
「えええええええええええええ!?!?!?!?!?」
ライハは僕と組もうと申し込んできた。つまり僕と勝負してくれと言ってるのだ。だからかカナリアからの視線が痛い。
「ちょっと……! 逃げるってこと?」
たまらずカナリアはすごい形相でライハに詰め寄るがライハ自身は涼しい顔のまま。
「わたしは入学試験で480ポイント取った。けどアストはわたしより多い511ポイント。わたしは自分よりも強い相手と戦いたい」
「あたしがあんたよりも弱いって言いたいわけ……?」
「強いか弱いかは知らない。けどあなたに負ける気はしない」
それはもう「お前は自分より弱い」と言ってしまっているような気が……。
カナリアは手を出しそうになってしまうがすぐに僕が割って入る。
「組む! 僕がライハと組むから! 喧嘩はそこまで!」
カナリアをライハからなんとか引き剥がす。
若干悪い空気になってしまったのですぐに終わりにさせた。さすがに授業中に喧嘩なんかになってしまえば教師からの印象も悪くなる。
「ここで暴れたらお父さんを失望させることになるよ」
「ぐっ……! わかってるわよそんなこと!」
父であるガレオスさんのことを出すとカナリアは大人しくなった。それでもまだライハに襲い掛かりそうな気がしてしまう。それほどカナリアは怒っていた。
ひと悶着はあったがそれからは続々と2人1組が組まれていく。だがこれはそんな簡単な話では終わらなかった。
「なんで俺らがクズの3組なんかと……」
「なんだと!?」
「お前らとやったって練習にもならねえだろ」
「やってみなきゃわからないだろうが!」
と、こんな風にカナリアとライハの時のような喧嘩が続発していた。
実はこれは入学当初から少しだけ見えていたことでもあったのだが上位の組と下位の組には確執が存在する。
全員ではないが自分より下位の組のことを見下している者が多い。3組ともなれば落ちこぼれ連中と散々バカにされることも少なくなかった。
先生もその確執については知っているため強制的ではなく「できるだけ」他の組の者と組むようにと言ったのだ。
それでもなんとか全員組み終わったところで……
「それでは魔法戦闘を始めます。言っておきますが3節より強い魔法は使用しないこと。致命傷となる攻撃はしないこと。相手に負けを認めさせるか指定されたサークルから一歩でも出すことができれば勝利となります。以上がルールですからね」
これは全ての組が一気に戦闘を始めるのではなく1つの組が前に出て次々と順番に戦闘を始めていく形式だ。他の皆は自分達の番が来るまで見学することになっている。
戦闘を行うところには床に半径10mほどの白い円が描かれている。この円から外に出たら負けというルールにもなっているためこれを気にして戦わなければいけない。
僕とライハはいきなり最初から番が回ってくる。心の準備ができていなかったがもう四の五の言ってられない。
「アスト! あんたライハに負けたら今日は野宿ってこと忘れてないわよね?」
「そんな初耳なことをさも前から言っていたかのように言うのやめてよ……!」
カナリアからの脅迫じみた檄のせいで心の準備というより処刑台に進むかのような覚悟ができてしまう。最初から士気が最悪だ。
ライハがサークルの中に入り、僕も遅れるようにしてその中に入った。
「…………おや? アスト・ローゼン、魔力を纏わないんですか?」
「いや、あの………僕はこれで大丈夫ですので……っていうかできないというか……なんというか……」
審判役の先生の問いに対して僕は歯切れ悪くもう何度言ったかわからない「魔力纏えません」を答える。
1組の連中に笑っているやつらが多数。仲間のはずの3組にさえ「まだ無理なのかよ」と呆れているのがいる。うぅ……この辛さは慣れない。
僕と向かい合っているライハは魔力を一切纏っていない僕を不思議そうな目で見てくる。
「……魔力を纏わずに入学試験やBクエストを突破したの?」
「うん。一応」
「それはすごい」
「おかげで何度も死にかけたけどね……」
そもそも今までなんとかやってこれたのは「魔王の力」ありきなんだけどね……とは言わないでおく。
「アスト・ローゼンがそれでいいなら。では……開始!」
僕は魔法武器でもないただの剣を取り出し、ライハは二挺の拳銃を取り出した。当たり前だがあれは「魔法武器」だな。
ライハの学内戦を今まで一度も見てこなかったために戦闘スタイルがわからなかったから様子見ですぐに距離を取ろうと考えた。でも相手の武器が銃となれば話は変わってくる。
(こっちは剣なんだ。離れてしまえば相手が有利に立ち回れてしまう。ここは接近戦だ!)
僕は逆に距離を詰めることを選択した。しかし、それも失敗だったとすぐにわかってしまうことになる。
接近してくる僕に対してライハも接近。カウンターになるように僕の腹に蹴りを入れてきた!
「んぐっ!」
ライハは僕から離れる動きを取ると思っていたのでこの行動は予想外。僕は完全に体勢を崩してしまう。そしてそこに……
パァンッ!
発砲。音が重なったせいで1つに聴こえるが撃ったのは同時の2発。僕はそれを被弾してしまう。
学院の制服にはそれなりの防御性能があったりするのだが魔力を纏っていない自分にとって拳銃の弾は死の危険がある物だ。それを被弾してしまいヤバイと思ったが……
バヂィッッッ!!!!
「!!」
被弾した直後に電流が走った!それに僕の体はビリビリと痺れて硬直してしまう。
(で、電流……!? そうか、撃ったのは普通の弾じゃなくて……「雷魔法」で作った銃弾だったのか!)
ライハの属性魔法は「雷魔法」。使っている魔法武器の拳銃─【イグニス】には銃弾は1発すらも装填されていない。トリガーを引くと同時に自動的に自分の魔力を消費して雷で造られた銃弾が装填されて撃ちだされるような仕組みになっているのだ。
それ故に装弾数は普通の拳銃と比べて天と地ほどの差があるし拳銃ではあるがオートに切り替えてマシンガンのように長時間の連射も可能だ。
通常の銃弾と比べて殺傷力は多少落ちることになるが当たれば相手の体に電流が流れ、相手の動きを止める効果が期待できる。それでも受けすぎれば麻痺することや死ぬことだってある。
動きが止まった僕にライハはまたもや急接近。僕の体に2,3発拳銃で殴りつける。僕は攻撃を受ける度に後退。そして……
パァンッ!
ライハは1発だけ発砲。また雷の銃弾が僕に当たる。僕は衝撃で後ろにドサッと倒れると……
「そこまで! サークル外に体が出たため、勝者『ライハ・フォルナッド』!」
審判である先生がそう告げる。僕は自分のいる地点を確認すると……そこで初めて自分がサークル外に出ていることを知った。
(何も、何もできなかった……!)
相手が雷の銃弾で怯んだところを畳みかける。それがライハの得意パターンだったのか。まんまとそれにはまってしまった。
それに拳銃だから体術は得意ではないと勝手に決めつけてしまったのもいけない。拳銃という武器を使っているからこそ近距離も対応できるように鍛えているんだ。
「え……瞬殺かよ」
「あれが試験1位の結果出したなんて思えねえな」
あーもうメチャクチャ言われてる。うわ……カナリアなんかすごい怖い顔してるし。見るんじゃなかった。
「……手を抜いたの?」
ライハは倒れた僕に近づいてきてそんなことを聞いてきた。疑うのも仕方ない。全然歯ごたえなかっただろうから。
「手を抜いてるように見えた?」
「ごめん。すぐやられたからそれもわからない」
……。悪気はないんだと思うけどすごく傷つく言葉だ。僕が弱いのがいけないんだけど……うーん。
グランダラスみたいに攻撃が読みやすい相手ならこんな僕でも勇気を出して一歩前に踏み出すことで善戦できたが……対人戦になるとまた色々と違ってくるな。
相手は効率的に敵を倒す術を知っているわけだからこっちの実力が足りないと一方的にやられてしまう。
「手は抜いてないしそんなことができるほど器用でもないから安心して」
「……そう」
ライハはそれだけ言ってもう終わりとばかりに僕から離れていく。期待外れになっちゃったかな……。
にしても……悔しいな。勝つ負ける以上に僕はライハから何かを学んだり動きを盗もうとか考えていた。けど、そんなことも満足にできないくらいに実力差があった。あんまり差がある相手とやるのも良くはないな。……って、痛たたたたた!
急に後ろから誰かに耳を引っ張られる。誰かと言っても相手は絶対……
「何するんだよ……カナリア」
「あんたあれだけ負けるなって言ったのに何あっさりやられてんの。せめて手の内たくさん出させていつか来るあたしとライハの勝負に少しでも貢献しなさいよ」
うっわ。自分が勝つことしか考えてないよこの子。そこまで言うならせめて応援でもしてほしい。って言ったら本当に今日野宿になりそうなので黙っておく。野宿をなんとか回避せねば。
「今日、野宿ね」
回避できませんでした。




