特別編『自壊の救世主』(6)「決壊」
ゲイルの罪を被り、処刑されようとするミレーユ。しかし全ての真実を知り、自らが母を窮地に追いやってしまったことを悟ったゲイルは……
ゲイルは血相を変えて家から飛び出した。事情が変わった。
何かの手違いで捕まったのではない。処刑するために、捕まえられたと知れば。
ふざけんな……! ふざけんな…………!!
どうしてお前らは俺から奪う。どうして俺はお前らから奪っちゃいけねぇんだ。
お前らはこんな法外なことしてなんで許されるんだ。なんで俺は薬買うために法外なことをしたら報いを受けなきゃいけねーんだ?
なんで俺だけ。なんで俺だけ。なんで俺だけ。
「はっ……ハァ……は……」
息を切らして走り続ける。母が捕まったところへ。
会いに行かねば。今すぐ。無駄だとわかっても。せめて歪んだ事実を正さねば。
俺なんだ。悪いことをしたのは。全部俺なんだよ。
謝れば許してくれんのか? 盗った分の金を返せば解放してくれんのか?
無理だ。命までは帰ってこねぇ。返せねぇもんは返せねぇ。
でも、じゃあどうしろっつーんだ……
薬を買う金なんて無ぇ。金が無けりゃ親が死んでいくのをただ何もせず眺めていろっつーのか?
毎日の十分な飯を買う金も無ぇ。金が無けりゃ笑う力すら無くなるくらい衰弱していけってか?
働きたくても親は病気で、こんなガキに満足な仕事なんて無ぇ。自分が大人になる前に親が病気になったのを後悔しろってか? 運がなかったと運命を呪えってか?
俺ら貧しい人間は……生きることすら許されねーのか?
ゲイルは体力が尽きて、膝をつく。地面に……ポツ、ポツ、とシミができていく。これは涙じゃない。雨が降り出したんだ。
次第にザーッと大雨になっていく。風邪になったら治す金がいる。それはダメだ。早くここから動かないと。
なのに……全身が濡れても、立ち上がる気力が湧いてこない。
ああ、盗むことは最低だよ。人殺すなんてもっと最低だ。お前らの言う通りクズだよクズ。生きる価値のねぇゴミだ。
じゃあよ……
「どうしろっつーんだよ!!!!!! 教えろよ!! お前ら金持ってるクソ共は死ぬほど金稼ぐくれぇ頭良いんだろーが!! 教えろ! 俺はどうすりゃ良かった! どう生きればよかったんだ!!!!」
地面を殴る。殴り続ける。手から血が流れても、何に怒っているのかわからず殴る。
きっと、雨だけでない。この地面を濡らしているのは自分の涙も。
「そんなに金持ってんなら俺達にも分けろよ!! お前ら病気の親でもいんのか!? 食うものに困ってんのかよ!? 住む場所無ぇのか!? どうして意味もねぇのにクソほど金が欲しいんだよ!! くれよ! その死ぬほど持ってる金を寄越せ!!」
雨と涙と血が地面を打つ。少年の怒りと悲しみを世界が吸い込む。何も答えない。この世界は。答えてはくれない。
「ふざけんな……ふざけんなぁ……! よこせ! よこせよこせよこせ!! 全部よこせ!! お前らみたいなクズが一番生きてる価値無ぇーじゃねーか!! 死ね! 死ねよクソ!!!! ぶっころしてやる!! 俺から奪ってんじゃねぇ!!」
ダンッ!!と両手で地面を強く打つ。そこから、急激に力が失われていく。
「いやだ……かあ、さん…………」
ゲイルは、もう何も考えたくはなかった。
他に何もいらない。ただ母さえ生きていればよかった
母が生きるためには何でもやった。色んなものを手放しても。
手放した中に、その命が隠れていたことに、もう僕の濁ってしまった目には見えなかったんだ。




