表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 奪われる明日へと引き寄せられながら
223/230

特別編『自壊の救世主』(5)「ゴミは、ゴミに」



「ふざけてんじゃねぇ……! おい!!……くそ、何がどうなってんだ……!」



 嵐のように過ぎ去っていった警官共。いつも静かだったこの家の中も、一段と寂しく思える。



 散々、悪事を働いてきた。捕まるのだって覚悟の上だった。



 だが、捕まったのは母の方。意味不明だ。



 盗みや殺人までしているのに「自分がやった」と一言で逮捕の相手が変わるなんてありえないだろう。しかも、当の自分は放って行かれている。



「一体何が……」


 ただただ困惑していると、こんな時に珍しい来客がまたもや現れる。



「どうもー。ガーレスタさんのお宅ですよね」


「……あ?」



 その男は一言で言えば豚。腹の肥えたデブ。ゲイル風ならそんなところ。


 ニコニコと気の良さそうな笑みでうなだれていたゲイルに近づいてきた。



「そろそろ期日が近づいてまいりましたよ~。ご決断をば」


「? 期日? 決断? なんのことだ」


「またまた~。もう何度もここに訪問しているというのに。お母様からなーんにも聞いていないのですか?」



 ふふん、とその豚──その男は一枚の紙をゲイルに押し付ける。



 そこには「立ち退き願い」と書かれていた。……簡単に言ってしまうと、この土地から出ていけという話である。



「……おい。一応だがエリアリーダーに金は払ってんぞ。それなのにどうして立ち退きなんかしなきゃなんねーんだ豚コラ」


「あらら、口のわーるいガキだこと。しかーし、これはそのリーダーからのお達しですよ」


「は?」




「ここら一帯に超ビッグな病院を建てるのです! いくつものエリア共同で練られた計画でしてねー。エリア2は何かと土地が余ってますし有効活用しなきゃダメでしょー」




 病院ね……



 ゲイルはまた唾でも吐いてやりたい心地になった。


 こんな一歩間違えば他エリアに吸収されるぐれーの汚ねぇエリアにそんなもの建ててどうしようと言うのか。


 第一、このエリアは貧しい奴らの集まりとなっているような場所である。そんな御大層な病院に通う金なんか払える奴がいるわけない。


 ……だからこそ、自分は悪事を働き薬を買っていたのだから。




「つーかよ。リーダーが認めたなんて本当か? どこのエリアも壁で仕切るぐれー仲悪ぃのによ」



 そうなのだ。ミリアド王国は壁でエリアを分けている。


 最初はそれで効率よく魔人を見張っていこう、国を守ろう……となっていたはずなのだが。



 そのせいで互いに閉鎖的になってしまった。



 別に他エリアへ移動することに何か問題があるわけではないが、エリア同士で大きく干渉することはほとんどない。



 そんな状態で、いくつものエリアが仲良しこよしで「お前らのところに病院を建てるぞ」だって?  


 じゃあ「その維持費や諸々のお金はお前らが払えよ」って言うところだ。ここに建つということはおそらくこっちで維持しなければならないのだから。



 そうするとさっきの問題が出てくる。誰も金を払えないんだから結局、速攻潰れるに決まっているのだ。



 ゲイルが子供らしくなく哀れそうに笑っていると、豚男は「何もわかっていないな」と言いたげに息を吐く。




「ここはもうエリア1に吸収されることがすでにほとんど決定しておりますよ。ここには病院が建つだけでなく、あちこちにもうエリア吸収のための改修が始まっています」


「んだと……!?」



 そんなこと今初めて聞いた。

 自分が住んでいるエリアが一気にエリア1へ吸収されるなんて。



 そうなればどうなるか。自分たちがエリア2に住んでいるのはさっきも言ったように貧しさからだ。ここは毎月リーダーに払わなければいけない金や、毎日過ごすために必要なる食費諸々が安いのだ。



 これが他エリアになれば数十倍から数百倍は高くなる。

 特にこれから吸収される予定らしいエリア1なんてここからすれば途方もない金額だ。よほど大手の商売以外は富裕層が住むようなエリアなのだから。もちろんそんなところ数日と経たずして金がもたない。



 かといって他エリアに移住しようとしても自分たちは「エリア2」。汚らしい貧民というイメージを持たれているような奴らなのだ。爪はじきにされて受け入れてもらえない。




 ふざけんな。なんでそんな話今更……。認めたリーダーもリーダーだ。そんなことを認めてしまえばここの住人全員皆殺しのような所業だとわかっているはずである。



 いや、まだだ。まだ助かる道はある。




「……金は? 当然追い出すんだからそれ相応の金ぐれぇあんだろ。よこせ」


「はい? そんなものありませんよ?」



 マジで狂ってやがる。ここまででも意味不明なくらい狂っている話で耳が腐りそうだったが本気でここから何も持たずに出ていけと言いたいらしい。



「バカにしてんのか豚。そんな調子だとここのエリア全員からリンチにあって殺されんぞ」





「おやおや。あなた方は自分達が『国のゴミ』であることをご存じない?」





 と、豚男は笑顔を別の表情の顔に張り付けたような顔でこちらを威圧してくる。



 自分たちが……『国のゴミ』だと?





「ミリアド王国は人間最大の国! それぞれのエリアが国として機能するほどの特色や武力を持っております。それなーのに、ここのエリアとくれば『汚い』くらいが特色でしょうかね? ハンターも雑魚ばかり。魔人討伐なんてリーダーですらやったことないんじゃないですか? ぷぷーっ」





 つらつらとエリアをバカにしてくる。だが、何も言い返せはしない。全部その通りだからだ。



 エリア2は他エリアと比べて誇れるものなんて何もない。何かが優れているわけでもない。



 ハンターだって仕事しているのかってくらい(なま)けている奴ばかり。なんたってこのエリアである程度の地位を獲得すれば毎月エリア1から配られるハンター組織への給金でそこそこの生活は約束される状況なのである。



 なぜかというと、本来は組織の維持に使うはずのその給金をほぼ全額リーダーも一緒に自分の金として受け取っているようなクズ連中だからだ。



 エリア1へ提出しなければならない魔人や魔物の討伐記録もほぼ捏造。それで給金も打ち切られることがない。それならわざわざ命を危険にして働くわけねーわなと。



「このエリア2。他のエリアからなんて呼ばれてるか知ってますー?」


「……」




「『大型ゴミクズ廃棄場』。ここはね、どーしようもないクズと見るに()えないゴミみたいな街を押し込んだでっかいゴミ処理場か何かだと思われてるんですよ。これ知ってましたー?」




 ゲイルは奥歯を噛み砕きそうなほどの力でギギギ……と歯ぎしりする。


 今すぐこの豚男の面をぶん殴ってやりたい。けれど、何も変わらない。ぶち殺してこいつから金を盗っても……住む場所も、守る者もいないここでなんの金になるというんだ。



 結局、耐えるしかなかった。それ以上に母がどうして連れて行かれたんだというのが未だ尾を引いていることのせいもあるが。




「……でーすが、あなたのお母様にはほとほと困らされましたよ」



「?」



「もううんざりするくらいここに来て立ち退き要求したんですがね。『ここは息子と一緒に暮らす大切な場所だから絶対に退きません』ですって。終いには包丁ぶん回されて逃げ帰りましたよまったく」




 ああ、話がようやく見えてきた。



 ちょうど自分が悪事を働いていた頃に、知らないところで母が立ち退きに猛反対していたのか。それで捕まってガキしかいなくなった今を見計らって再度立ち退き要求……と。



 包丁をぶん回す母。それを想像しただけでゲイルは笑えて来た。必死そうに振り回しながら、きっと最後はズッコケて頭をどこかに打ってそうだ。



 母は母なりに、日常を守ろうとしていたんだ。



(じゃあ……俺も包丁でもぶん回してこの豚を追い返してやるとするか。その後は誤認逮捕されちまったアホをどうにか出してやらねーとな)



 くく、と笑いながら台所から目当ての物を取りに行こうとしていた時だった。




「んでもねー、ゲイルくん、あなたにはほーんとうに助かりました!!」



「あぁ?」


「盗みに殺人。すごいですねー。このエリア2の中でも相当なクズですよあなた」



「おい、なんでそれを知って──」



 それは警察しか知らないことだ。どうして病院を建てようとするような、しかも他エリアの奴がそのことを知っているのか。




「だってー、そのおかげでお母様をパクっと逮捕できたんですからー」




「………………………は?」




「あれ? 気づいてませんでした? お母様が捕まったのは誤認逮捕じゃなくてー」










 計・画・通・り♡







 豚男はゲイルの耳元で気持ち悪い息を吹きかけながらそう囁く。




「子供ならどーとでもできるんですけどねー。ああいうゴネる大人ってけっこうどうにかするの大変なんですよ? ……ちょっとこっちにも都合の悪いこともありましてね」




 実は。無理やりな立ち退き要求は依頼主である他エリア──特にエリア1の意向とは違う。

 あそこはそんな残酷なことはせずしっかりとその後の受け入れを考えていた。断る住人が多いようなら建設も別地にて行うようにとも言われてもいる。




 だが、そんな面倒なことをどうしてしなければならないのか。クズはさっさと追い出して目的を達成してしまえばいいのである。どうせ金の当てもない連中、そこらへんの川の水でも飲んで数日しのいだ後に勝手に何かの病気にかかって野垂れ死ぬ。




 一番厄介なのはそのエリア1の王宮このことを申し立てされることだが……ここのエリアの住人は自分達が他エリアに相手にされないことを一番わかっている。そんなことをしても無駄、むしろ自分達は狙って潰されたんだとまで思うだろう。



 だからこそ、ここでゲイルには全てを伝えなかった。大人なら変な知恵が回る奴や、命が関わってくれば死んでもと訴えてくる奴が出てくる。しかし、子供なら……




「じゃあ、なんだ……ぜ、全部、俺の、せい……ってことなのか?」




「当たり前じゃないですかー。ってゆーか、人殺しといて『俺の、せい……』て(笑) 今更それ言います? むしろ自分が捕まらなくて良かったじゃんw ラッキーラッキーw」



 ブホホホとウザったい声で笑ってくる。




 違う。そうじゃないんだ。自分は罰を受けることを覚悟していた。



 だが、「母が罰を受ける」ことなんて思ってもいなかった。そういう意味に対しての言葉だったのだ。




 つまり……警察もグル?



 そりゃそうか。エリアリーダー自体がグルなんだ。この国全部が敵だと言ってもいい。



 じゃあ……誤認逮捕だって訴えても何の意味もなくて。



 母は、このままでは……





「あんだけ人殺したとなれば……処刑はまぬがれないですねー。ま、息子のために死ぬのなんて本望じゃないです? 知りませんけど(笑)」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ