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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 奪われる明日へと引き寄せられながら
222/230

特別編『自壊の救世主』(4)「壊れてゆくあの日々」

ただ普通を求めようとする心が溢れていき、とうとうゲイルは殺人に手を染めてしまう。もうあの頃には戻れないし、戻るつもりもない。



たとえ、戻りたいと願うことがあったとしても。



「さぁ今日も散歩行こっか!」


「またか……」



 次の日も朝一番にそんな声が出迎えた。


 連続して体調がいい日は珍しい。だからこそ連続して散歩に連れられるのも初めてだから起こされた時は夢か何かだと思った……限りなく悪夢に近いが。


 ゲイルは支度をする母をよそに、彼女には隠して持っている袋をこっそりと開ける。



 その中には……札束が入っていた。




(もう少し……明後日くらいには薬が買える。もう少しだ……)



 金が溜まってきた。「働き」がうまく言っているのだ。これも日々の頑張り……だろう。



 そう言えば、近頃はあのドーナツ屋にも行っていない。まともな飯が食えるようになったせいだろう。あの婆さんには礼の一つくらいは言っておくか。



 柄にもなく、そう笑っていた。





 そんな時だった。




 扉がドンドンドンと叩かれる。



 母がビキリと体を硬直させた。



 だが、それよりも硬直していたのは自分の方だった。


 なぜなら、




(あの金貸しは俺がぶっ殺したはず。誰がきた……?)




 まさか──


 と、ゲイルが一つの答えに辿り着こうとしたところで、無造作に扉は開けられた。






「警察だ」






 ああ。ここで終わりか。




 そんな言葉をポツリと心に落とし、ゲイルは落胆することもなく悲哀な気持ちもなく、淡々と。自分の終わりを知っていた。



「あ、あの……? 警察の方が、一体……?」



 ミレーユは相手があの金貸しの男じゃないと知るとホッとを息をつくが、すぐに不安は押し寄せる。警察が来るなんて只事ではないのだから。





「一体も何も。窃盗五十八件。それに、殺人は十四件。全部あなたの息子さんがやったことでは?」


「え──」




 ミレーユは言われたことがするりと呑み込めずに体を突き抜けていくようだった。言葉を言葉として認識できず、脳が上手く処理してくれず頭に入ってこない。



 それとは違ってゲイルの頭は冷静だった。



 全部、自分がたしかにやってきたことだからだ。




 「食料を買ってきた」なんて嘘だ。食料は全部盗んできた。今まで自分達が得られなかった分、貰ったっていいだろ、と。



 金だって盗った。それも人を殺して。できるだけ裕福そうな奴を狙って。今まで楽してきた分、俺達に分けたっていいだろ、と。



 そんな全てに一切の罪悪感すらなく。むしろ、奪われる前に奪うしかないと。自分達が壊れしまう前に他人を壊そうと。



 目につく全てのウザったいイラつく物をただ蹂躙(じゅうりん)していって。貧しさを払拭(ふっしょく)するべくひたすらに蹴散らして。




 ただそこに残ったのは……これまであれだけ我慢して耐えてきたのに、周りを壊していくだけでこうも無理だと諦めていたあれやこれやの幸せが掴めてしまっていたことに喜びを感じている狂った自分だけだった。



「さっさとそこの子供を連れていけ。……この歳で殺人なんてとんだガキだ」


「ゲイル……」



 警察が手錠を持ってこちらに近づいてくる。


 母は口に手を当てて青ざめた顔でこちらを見ている。



 バレたなら、もう終わりだ。少しの間だけでもこの母を楽にさせていたならそれだけで十分だった。

 自分にとってひどく軽くなってしまった「人の生き死に」に、それを罰せられることにもどこか他人事のような無関心を持っていた。




 それでも、金を貸した男を殺したおかげでもう母は恫喝されなくなった。食料を盗んで母に栄養は取らせた。母はいくらか元気になった










 ほら。()()()()()()()()()









 やっぱり「壊すこと」が正解なんだ。


 あのままでは疲弊してただ死ぬだけだった母が、今は元気な日が増えるほどに回復してきている。



 まるで。勝利の愉悦(ゆえつ)と、(つば)でも吐いてやりたい気分が混ざり合った奇妙な心地。




 世界はやっぱり……こっちの方が正しいんじゃねーか。




 そうさ。この世界は、そうやってできて──












「わ、私が……やりました」











「…………………ぁ?」







 自分の腕に手錠がかかる寸前。ミレーユの口から出た言葉はこの静かな室内を、湖面に石を投げ打つが如く、


 ──揺らした。




「おい…………何、を、言ってんだ……?」



「私が、やりました。全部。お、お金が、欲しくて……人を、こ、殺しました」



 ゲイルは弾かれたようにミレーユに切迫しようとする。そんなの嘘に決まっている。やったのは間違いなく自分なのだから。今すぐに突き飛ばしてでもその口を閉じさせてやりたかった。



 が、それよりも早く警察の男はミレーユの前に立つ。



「そうか…………そうだな。考えてみれば、十歳にもならん子が十四人も殺すとは思えんな」


「お、おいテメェ……! さっきと言ってることが──」



「よし。その女を捕らえろ」



 なぜか、警察の男は簡単にゲイルからミレーユへと手錠の行き先を変える。



 意味が分からない。どう考えてもやったのは自分だ。証拠だって掴んでいるんだろう。こいつらがそこまでの無能だとは思えない。なのに、どうして……?




 ミレーユの腕に手錠がかけられ、無理やりに引っ張られて連れていかれる。



 ゲイルはそれを後ろから追いかけるが、奥から出てきた警官二名に押さえつけられた……



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