206話 エピローグ 【エピソード5 時空の天使と星空の赤天竜】(完)
キリールは自室でヘッドドレスのみを外し、メイド服のまま支度を済ませて……館を出た。
「キリ姉様!」
今は主であるベルベットが悲しみに暮れている時。誰も出ていく自分のことを気にする者はいない、と思っていたが……一人だけ例外がいた。
それはミルフィアだった。彼女はその手に剣の魔法武器──【ミドラージュ】を持っている。まるで戦闘準備のように。あとは目に涙を溜めて、すんすんと鼻をすすっていた。
「何か用ですか?」
「捜しに行くんですよね?……兄様を」
ミルフィアだけは一目見てわかった。
ベルベットの下から去ろうとするキリールの目が、
完全に死んでいなかったことを。
それは、何かの目的を持った目。これから何かをやろうという強い意志が宿った目であった。
「アストさんはこんなところで死ぬ人ではありません。必ずどこかで生きています」
「! やっぱりキリ姉様も……」
「ですが、ついてくることは勧めません。場合によってはハンターとの連続戦闘にもなります。命の保証はできませんよ」
「言われるまでもありませんよ」
ミルフィアは躊躇いなくキリールの横に付く。
自分だって、一緒だ。
「今度は、フィアが兄様をお救いする番ですからっ!」
「……そうですか。では、好きにしなさい」
キリールは歩を進める。ミルフィアはついていく。
どこかで生きていると信じるアストを……救出するために。
(これは私の贖罪。今回の、いや……「これまで全て」の。アストさん、貴方を絶対にベルベット様の下へ送り届けます)
──たとえ、この命を失おうとも
それが、私の贖罪。
♦
「ん……ぁ……? ぁ、れ……?」
目が覚めると、僕がいたのは魔物ひしめく大森林……ではなくベッドの上だった。
何度も言ってるが自分はこのパターンがとにかく多い。それだけ怪我して意識を失うことばっかりという意味だが。
ひとまず……命があることは良かったが、ここははたしてどこだろう。
アーロイン学院の自室か? それともやっぱり保健室? ベルベットの館という選択肢もある。
どれだ……とゆっくり体を起こすと、
「いや、どこだここ……?」
なんとどの選択肢にも引っ掛かっていなかった。
質素ではあるが豪華な家具がチラホラと見える広い室内で、これまた豪華でフカフカなベッドの上に寝かされていた。服も戦いのせいでボロボロだった普段着から、綺麗な寝間着に着替えさせられている。
室内をよく見まわすと家具以外に複数の金や銀の宝石のような剣が飾られている。誰の物か知らないが自室とはいえ寝る部屋に剣を置くのはどうなのか。僕なら怖い。
さて……ここで困ったのは「自分は動いていいのか」だ。
ここが敵地ならまだ意識を失った振りをした方がいいかもしれないし不用意な動きは危険すぎる。
レオンさん達の誰かが助けてくれたのなら安心できるが……ベルベットの館や病院といった場所じゃない時点でこの線はほぼ無いと言っていい。
まぁ、考える余地もなく十中八九敵地だろうな……
そうなるとどうして自分は生かされているのか、という疑問に移るわけだが。
うーむ、魔王後継者だから念のために生かされているとか?
でも、それだと僕が拘束されてないのがおかしい。意味不明な力を振るう奴を野放しにするのは怖いだろうし。
ますますわからなくなってきたところで、不意にこの部屋の扉が開く。
あ、マズい。
と、思うのは時すでに遅し。
敵地なら意識を失った振りをしておいた方が良いと言ったのは自分なのに、突然開いた扉に驚いてふて寝するタイミングを逸してしまった……
「目覚めたようですね」
入ってきたのは、長い髪をシュシュでまとめてポニーテールにしてある小柄な女の子。
整った顔立ちに、キッと釣り目っぽくなっている目は小さな見た目に似合わず強さや美しさを感じさせ、背筋がピンと伸びた立ち姿から育ちの良さが窺がえる。どこか高級な猫みたいな印象だ。
起きたとバレてしまえばもうふて寝も通じない。
ここからの展開は運に任せるしかない、と半ば諦めていたのだが……
(あれ……、この子どこかで見たことが……)
彼女の顔をよく見ると、初見ではないことに気づく。
しかし、どこで見かけたかは思い出せない。
必死に答えを模索する自分を待たずして、彼女は解に繋がる言葉を口から紡ぐ。
そう、それは──
「お久しぶりです……『兄さん』。数年ぶりのエリア6はどうですか」
兄さん!?
あ……この子。そうか、アレンの記憶で見た……
(ミア・アルヴァタール!!)
と、いうことは…………
ここは。ハンター最強『エリア6』の、アルヴァタール家……!
魔王を軸として、再び戦いは巻き起こる。
──次なる地は、エリア6
第一章『ヴェロニカ編』
エピソード5【時空の天使と星空の赤天竜】終了。
次回
エピソード6【嵐鬼流の覇王と死別の歌】に続く。




