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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
217/230

205話 そして時計の針は進んでいく……



「な、なんですか、この力……」


 カチュアは唖然としていた。


 いくら魔王の異能と言えどナイフの一振りで災害レベルの一撃を発生させられるなんて信じられない。


 ずっと「信じられない」の連続だ。これが魔王深度100に到達した者が得られる力……!


 すごい、なんていう平凡な言葉でしか言い表せないのが恥ずかしいくらいに桁外れの力だった。



 自分はこの組織──インカ―─が言う『ヘクセンナハトの魔王』とは何のことなのかを知らされていないが、きっとあれと同じくらいに途轍もないものだろうと思わず体が震えた。



 絶対的な力にただただ震えるしかないカチュアとは違い、



「アルカディア様……?」



 震えていたカチュアは、今の彼が目に入りすぐに我に返った。


 なぜなら、




 アルカディアが、涙を流していたから。





「やっぱり……やっ、ぱり……僕の計画は間違っていなかった……! このままいけば、僕の望みは叶う……!」



 モニターに映るアストを見て、アルカディアは大粒の涙をボロボロと流し続ける。




「アストくん……僕達は、もう一度やり直せるんだ。失った楽園を取り戻して、また……!」




 彼が何のことを言っているのかわからない。けれども、




 また自分は彼の眼中になく、彼はアスト・ローゼンを見ていると思うと……ひどく悔しい気分になった。

 どうやっても、彼の心を埋められるのはアストだけだと認識させられるから。




「待っててね……僕は必ず変えてみせるから。この醜い世界を──」















 ──()()()()()()()()()







   ♦





 エラの森の一部分が消失するきっかけを作った爆心地とも言える場所。


 丸く切り取られたように木々が吹っ飛び更地となったところで……アストは倒れていた。



 体に傷は無い。意識は未だ戻らず。このまま仲間が助けにこなければ寄ってきた魔物に喰われるのがオチだ。



 しかし、幸か不幸かそこに二つの影が近づく。




「うっわー。すごいね~これ。アッ君がやったのかな~」



 フリードとの戦闘で血だらけになったミーシャ。槍斧(ハルバード)をクルクルと回しながら倒れているアストの顔を覗き込む。



 そして、もう一人。

 フードで顔を隠している、少女だった。



 同じエリアのハンターであるミーシャから今回の作戦を聞かせてもらい、密かに参加していたのだ。


 参加したということは、もちろん彼女の目的もアスト・ローゼンである。



「ミーシャさん。予定通り回収して帰りますよ」


「は~い♪ 今日もいっぱい殺したし満足満足~」


「はぁ……その件に関してはまた後日詳しく聞かせてもらいます。エリア8になんと言えばいいか……」



 ミーシャはアストをギュッと抱きかかえ「おっとっと」とよろけながらなんとか持ち上げる。


 フードを被った少女も横からそれを助けてあげ、二人でなんとか運んでいく。



 二人は、闇の中に消えていった……




   ♦





「ん…………」



 長い眠りから目を覚ましたアリス。ここはエリア8にある研究所のベッドだった。


 その姿はまるでどこかの物語のお姫様のようであるが、まさか今の今まで妖怪に魂を囚われている緊急事態に身を置いていたとは、これを見た誰も思いはしないだろう。



「アリス。もう大丈夫だ。お前に悪さをした奴はお兄ちゃんがやっつけたからな」


「お兄ちゃん……」



 目覚めたアリスの頭を撫でて、優しく彼女の覚醒迎えてやるゼオン。

 いつもの日常は守られた。これで安心だ。



 いつも……通りであったなら。




「お兄ちゃん……アストさんは?」


「…………」



「声が聴こえた気がするの。何度も何度も諦めずに私なんかのために……戦ってくれたアストさんの声が」




 アリスは魂として囚われている間もアストの存在を感じていた。

 傷つき、命の危機さえも顧みず、アリスに向けて手を伸ばしていた姿を。


 だが、ゼオンはその希望の糸を断ち切る。




「アスト・ローゼンは死んだ」


「え」



「もう奴のことは忘れろ。あの死地にいて生きているわけがない」


「お、お兄ちゃん! それどういう……ちょっと、お兄ちゃん!!」



 ゼオンはアリスの声を聞かずに部屋を出る。


 アストのことを忘れる。それが彼女にとって幸せなことだ。初めからあんな奴はいなかったとしてやった方がいい。



 無慈悲であり、それが一番慈悲に溢れた選択だった。



 ゼオンがいなくなった一人だけの部屋で、アリスはポツリと言葉をこぼす。






「私、また迷惑かけちゃったんだ…………」






 その瞳は、死人よりも虚ろで。絶望よりも深い黒だった……








 その様子をモニターで見ていたこの研究所の長にしてインカーの一員──「ドク」は冷や汗を拭いながら息を吐く。




「アルカディア様が彼女を今回の実験に使うと言ったときは冷や冷やしましたぞ。『ヴェロニカ』を起動させるための代替の利かないパーツですからなぁ……。なにせ、」





 ドクは醜悪な顔を、さらに歪ませて。







「この世界で唯一の使い手であった母親からその属性魔法を受け継いだ者……『時間魔法』の使い手なのですからなぁ……!!」





 『人工天使』の完成はもう少しだ。


 あと少しで……






 『歯車を破壊する女神(ヴェロニカ)』は完成する!!





「全ては……ヘクセンナハトの魔王のために。アルカディア様ぁ、ご期待してお待ちくだされぇ……!」





   ♦




 何者かが発生させた大規模な衝撃波の後、レオン等三名は引き続きアストの捜索を行った。


 だが、それでも彼を見つけることはできず、朝日が昇る頃にはアストの捜索を断念して帰還することになった。


 リーゼは苦しい朝日の中も最後まで捜索を続けようとしたがレオンがそれを引き留めた。


 


 王鬼との戦闘。ハンターとの遭遇、連戦。それが考慮される以上、






 「アスト・ローゼンの生存の可能性は極めて低い」。





 この結論に至り、アストはこの地で死亡したと扱うことになった。




 数日後、彼のパートナーであるカナリアとライハの下にアストの死亡通知が届けられた。



 そして、その通知は当たり前だが……




 ベルベットの下にも届いた。








「どういう……ことよ……これ…………なん、で……なんで……!」



 ベルベットは死亡通知を見た時、激しい怒りと悲しみに包まれた。



 悲しみはアストの死のこと。


 怒りは、自分に対してだ。



 アストが大勢のハンターがいるような絶望の戦地を赴こうとしている時に自分は何を呑気に寝ていたのかと。過去の自分を殺してやりたかった。



 力なく崩れ落ちる(あるじ)へ使用人達は駆け寄る。




 その中で、ベルベットの前に立ち深々と頭を下げる一人の使用人が。




 名は、キリール・ストランカ。





「申し訳ございません」


「何? 何の謝罪?」




 ベルベットの声音はいつものふざけたものではない。怒気を孕んだものだった。




「アストさんが戦地に向かうのを知っていて、その上で止めませんでした」


「キリ……あなた知ってたの? だったらこんなの生きて帰ってこられないことくらいわかるでしょ!?」



「はい。ですが、アストさんは『できるなら誰も巻き込みたくない』と願っていました。特に、貴方を」


「それで、アストは私が寝た頃を見計らって出たのね……」



「いいえ、」



 キリールは否定する。

 次の一言を言ってしまえば自分の末路はもう予想できる。それでも言わなければならなかった。





「睡眠薬を盛りました。エラの森へ行けば貴方がハゼル・ジークレインと接触する可能性が大きい。それはあまりにも危険です。ですから──」




 言い切る前に、ベルベットは持っていた杖でキリールの顔面を思い切り殴った!!



 床にパタタッと血が飛び散り、使用人の何人かの息を呑む音が聴こえる。




「私を助けるためにアストを見殺しにしたっていうの……!?」


「私には貴方の命を何よりも優先して守る義務があります。死地に人を連れて行かせるわけにはいきません」



「じゃあなんでその死地にアストを行かせたのよ!!!!」



 ここにいる使用人は普段、主であるベルベットのことを舐めているように見える。



 が、いつでも彼女のために命を投げ打つ覚悟はしている。そして、全てに優先して彼女を守らなければならないという使命も持っている。



 アストが大勢のハンターひしめく死地に向かうと決めた時点でベルベットはおろか他の使用人も連れて行かせるわけにはいかなかった。使用人の命はベルベットのために消費されるものであって、彼女の命令なくして他の者のために消費されることは許されないからだ。



 アスト自身も、それを望んでいた。




「私に薬は盛るくせに、アストのことは力づくで止めなかったのね……」


「…………」



 ベルベットの非難めいた視線を身に受け、一切の否定はしない。



 キリールもずっとそれを心の中で自問自答していた。



 なぜ止めなかったのか。なぜ行かせてしまったのか。



 「止められなかった」。


 何かを救いたいと進む眩しい彼を、引き留めることがどうしても自分にはできなかった。




「処罰は何なりと。覚悟はできています」


「そう……じゃあ、」



 キリールは次の言葉を知っている。

 元よりその覚悟で主を守ったのだ。






「キリール・ストランカ。あなたは解雇(クビ)よ。私の前から今すぐ消えて。二度と視界に入るな」



「…………わかりました」




 キリールは一言だけで、それ以上は何も言わずにその場から去る。

 誰もそれを止めようとしない。言葉すら出ない。



 ベルベットの使用人の中で「解雇(クビ)」──つまり「破門」は「殺処分」の次に重い処罰と言っていい。



 ここのメイド長であり、ベルベットの近くで多くの時間を過ごした彼女がまさかいなくなると思っていた者は一人もいないだろう。


 主から捨てられ、それでも何も言わず去ろうとする彼女の姿はどこまでいっても彼女らしいと言えるものだった。




 次の話でこのエピソード5は終わりとなります。楽しんでくれたなら超嬉しいです。

 まさかのライバル強化回だった今回。負けじと頑張っているアストをさらに突き放した形となりましたが、この二人が決着をつける時ははたして……!



 次のエピソード6ではとうとうキリールさんの過去が明らかになります。どうして彼女はベルベットの使用人をやっているのか……。さらには今回の王鬼戦以上の熱さがあるとんでもないバトルも待っております!(これいつも言ってるな……)



 それでは! エピソード5読んでくれてありがとうございましたー!! いっぱい時間かかるかもしれないけど「特別編」を挟みながらまたラノベ一冊分くらい書けたら帰還しますんで! エピソード6を楽しみにしてお待ちください! 質問ご感想いつでもどうぞ〜!(明日のエピローグも読んでね)

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