200話 縁を絶つ炎
アストとゲイルの最後の攻防。サタントリガーの時間制限によりアストは敗北してしまう。自分の命がどうなるかは彼らの胸三寸となったところで……この場にさらなる敵が現れる。その者はアストに何を与えるのか……
「そいつはオレの獲物だ。潰すのは構わんが、殺すのはオレの手でやらせてもらう」
「あァ? 突然出てきてなんだテメェ……」
助けに来たわけではない。ここに来たのはアストに最後の手を下すのは自分だ、と勝手な主張を宣う人物だった。
彼の目的はベルベットへの復讐。
彼女のものは全て自分の手でぶち壊してやらねば気が済まないし、なんならアストの首を彼女の下へ送ってやろうとでも思っていた。
料理の調理は任せたが、それを食うことだけは許していない。
最後にこいつを食らうのは、自分だ。
そのためにわざわざアストの討伐作戦を立てたのだから。
「そんなに死にてぇなら手伝ってやろうか……」
「これはオレの復讐だ。ゴミ溜めに住まうエリア2の屑が調子に乗るな」
チリ……ッと不可視の火花が散る。
互いの異能が今にも相手に襲い掛からんと喉元へ荒々しい殺気をぶつけているかのようだ。
なんとも皮肉なものだが……この場には「人間」しかいないのにも関わらず、持ちうる力で争っている。
「ゲイル。こんなこと言うのもあれやが……ここは引いとき。この件は臭すぎる。変に首突っ込んでいらんとこから恨み持たれたら後々しんどいで」
この場でまだ冷静な方であろうホークは、ゲイルを諫めようとする。
ハゼルの様子を見れば、明らかに私怨で今回の作戦を立ち上げたと予想できる。
ここで二つの仮説ができる。
①ハゼルは「アスト・ローゼン」を殺したかったのか。
②ハゼルはアスト・ローゼンが関わっている「別の何か」が本命なのか。
①ならあの少年を殺して終わり。何も問題はないが……
これが②の場合は厄介なことになりかねない。
もしアストが何かの組織に所属しており、ハゼルがその組織と敵対関係にあったなら。
自分達の手でこの少年を殺したとなると、ハゼルとセットになってその組織から「敵」と認識される可能性がある。
それが大した組織じゃなければ良いのだが……ゲイルの手にも余るような連中だとこちらの命も危ない。
(仮にも魔王後継者や。それが関わってるとなるとアホみたいにヤバイとこが出張ってくる説がある。ここがどう考えても引き際や……)
自分たちはあくまでエリア8に協力する形でここに来た。たしかに横取りされるのは気にくわない。ゲイルの味方をしてやりたいが、
あまりにもデカいリスクを考慮すると手を出さないのがベスト。
「その代わり報酬やらはたんまり貰いますよ」
「構わん。ご苦労だったな」
話が通じる奴がいたかとハゼルは息をつく。
だが。
「何気持ちよく次行こうとしてんだコラ。テメェがさっさと死ねば問題なく終わる話だろうが……」
バヂヂヂッ! と体に電流を走らせるゲイル。ホークの考えを知らずかいつも通り突っ走る。
敵と戦う時はこれほど頼もしいものはないが、ここでは余計なものだ。
「ゲイル……ええ加減にしとけ」
「ただ見てただけの奴が口開いてんじゃねぇ」
「見てろ言うたのお前やん」
「うるせぇ!!」
ゲイルはイラつき奥歯を噛みながら睨んでくる。
「ハンナも言うてやれ」
「あたしは……別に……」
二人の争いを見ていたハンナはずっと……この戦いが始まる前から心に引っ掛かっていることがあった。
(あの人……『人間』なのに、どうしてこんな……)
自分達『ハンター』の仕事は人間の安寧を脅かす『魔人』という怪物を屠ること。
それなのに。今、徹底的に追い詰めている彼は自分達と同じ『人間』だ。
保護するのが普通じゃないのか?
なんで助けてあげないんだ?
どうしてこんな酷いことするんだ?
ハンナは頭がおかしくなりそうだった。
自分の『異能』で数々の魔人を暴いてきた。
でも、「人間」だとわかっても結局殺しちゃうのか……
そう思った時。見てはならない混沌を見てしまったかのような苦しい気持ちになった。
ハンナが悩み、ゲイルとホークがぎゃあぎゃあと言い争っているのを尻目に、ハゼルはアストへと近づく。
「無様だな」
ハゼルはアストの顔をゴミのように足で踏みにじる。
「わざわざアリスを救いに死にに来るとは。予想以上のバカだったことは認めてやる。おかげでアリスを回収することができた」
「どう、して……おま、お前は……アリ、スを……匿っているんだ……」
妖怪が目の色を変えて拉致しようとした少女。
人間に匿われている魔人の少女。
そうまで特別扱いを受ける少女。一体、アリスは何者なのか。
ずっと疑問になっていたこと。
ハゼルなら、その答えを知っているはずだ。
「何も知らずにアリスを助けようとしていたのか。てっきりお前は奴の価値を知っているからこそ必死になっていたと思ったが……正真正銘のバカだったか」
「……?」
「アリスは……ベルベットですら所持していない、とある特別な『属性魔法』をこの世界で唯一所持している女だ。オレはそれを利用してベルベットを殺す兵器を生み出す。そのためにゼオンとアリスを匿っているんだ」
ベルベットですら持っていない『属性魔法』……!?
たしかにベルベットはいくつもの属性魔法を所持している。
それはレア魔法でも関係なく、音楽にかなりの適性がなければ所持できないはずの『音魔法』でも使えるくらいだ。
そんな彼女でも持ってない……!?
いや、それでも。そうだとしても、だ。
「アリスがそんなことに加担するわけがない! どんな兵器を作るのかは知らないけどあの子が手を貸すわけがないだろ!」
僕は知っている。アリスはとても優しい子なんだ。絶対にそんな争い事には関わらない。
僕とゼオンが戦った時でも止めてくれたんだ。
そんなあの子なら絶対に否定してくれる。
「何もわかっていないな。兵器とは、『物』ではない。奴自身のことだ」
「なんだと……?」
「お前もよく知っているだろう? どんなに優しい人物だろうと関係なく化け物のようにできる『道具』があると」
僕がよく知っているだと?
どんなに優しい人物だろうと、化け物のように……?
道具。どう、ぐ……
「まさ、か……!」
「ふはは! そうだ。『マジックトリガー』を打ち込んで暴走させるのさ! それもただのトリガーじゃない。最強の、十二番目の、『最後のマジックトリガー』──『ヴェロニカ』を打ち込んで『神』を生み出す!!」
「お前……! ふ、ざ……けるなああああああああああああぁぁ!!!!」
アストは知っている。その道具の恐ろしさを。
かつて、自分のよく知っている人物が、その道具によって狂わされたから。
だから、牙をむいて獣のように激昂する。
もう二度とあんな悲劇は起こさないって決めたのに。
絶対に守ってみせると約束したのに。
彼女が身を置いている居場所は最悪に狂っているところだった。
またあの悲劇が、繰り返されようとしている。
「ゼオン・イグナティスもバカな男だ。自分が守っている妹こそがオレの目的であるとも知らずに研究対象を自分から運んできてくれたんだからな」
「──ッ! おま、え……は……どれだけ人を傷つければ気が済むんだ!」
「どれだけ……だと?」
ピクリとハゼルが反応する。
顔の色が変わったか、というくらいにこちらを見下ろす目は鋭さを増した。
「ベルベットが死ぬまでだ!! オレを、オレとマナを裏切ったあいつを! この世の地獄という地獄を味わわせてこの手で殺すまでに決まっている!!」
ずっと三人で笑いあっていた。
そんな日々が続くと思っていた。
それなのに。ベルベットはマナを殺した。全てを捨てて逃げた。
そんなこと許せるか。
今も尚、その業火の如き憎しみは勢いが衰えることなく燃え続けている。怒りの薪をくべ続けている。
それを聞いたアストは苦しそうに呻く。
「なんで……なんでだ……! ベルベットはそんなことしない! 全部誤解なんだ! マナを殺したのも真犯人がいるんだ! ベルベットは……」
「黙れ……! 真犯人だと? それこそあの裏切り者がお前に唆した嘘じゃないのか? お前みたいなバカならなんでもすぐ信じるだろうからな」
「ベルベットはそんな嘘つかない!」
「なら、なぜ逃げた!!!!!!!!!!」
ハゼルは涙を一筋流して吠える。
信じていたのに。あの時、もし少しでも「信じてほしい」と懇願してくれれば味方になってやれたかもしれないのに。一歩踏み出せたかもしれないのに。
なぜ謝った。
なぜ逃げた。
なぜ、今も逃げ続けている。
なぜ…………!
「お前が死ねばベルベットはどんな顔をするだろうな。マナを失ったオレの気持ちもほんの少しはわかるだろう。……その次はあいつだ。恥辱の限りを尽くし、尊厳を全て奪い去った後に死にたくないと懇願したところを容赦なく殺してやる。お前は地獄で先に奴を待っていろ。くく……ははははははははははははは!!!!」
ハゼルは下卑た笑いをアストにぶつける。
この世の醜悪さを全てをここに集結させた、そんな笑みだった。
どうしてだ。どうして……
「ベルベットは泣いていたんだぞ……!! お前と友達に戻りたいって……! なのに、なんで……なん、で……!」
自然と涙が溢れてくる。
どうしてわかってくれないんだ。
ベルベットはマナを殺してなんかいない。殺したのは「ミネルヴァ」という別の魔人なんだ。
彼女を信頼していたのなら、少し考えれば彼女がそんなことをしないとわかるはずだ。
それなのに。この世界はどうしても人間と魔人の争いを強制させたいのか。
人間と魔人を復讐の連鎖に取り込み、争いでしか解決できないように仕向けているのか。
どうして信じてくれないんだ。わかってくれないんだ。
「泣いたからなんだというんだ。せいぜい泣き喚いて死ぬその時まで苦しんでいろ。オレと、ベルベットが、わかりあうことなど……もう二度とないッ!!」
「…………ける、な……」
アストは、残った力を振り絞るように、ゆらり……と立ち上がる。
「ふざ……けるな…………!」
アストはサタントリガーを再び起動する。
「解放…………宣……言……!!」
『認証 サタントリガー・アクティブモード
解放──「魔王の心臓」』
二回目の解放。
副作用なのか、心臓が握りつぶされたと感じるほどの激痛が走る。
それでも、今のアストにはどうでもいい。死んでいなければ、もうどうでも。
アストは「魔王の力」を解放すると、すぐに『無限の造り手』で【バルムンク】を装備した。
「もうこれ以上……ベルベットを悲しませるな……!!」
強い、怒り。
自分の一番大切な人を。
もう泣かせないでくれ。傷つけないでくれ。
そんなアストを見て、【バルムンク】となっているムウは
(マズイ……アスト、「魔王の力」にのまれてる……!)
「魔王の力」は欲望の力。今のアストは欲望を制御できていない。
力を使うはずの後継者が、逆に力に支配されてしまっている……!
こうなれば理性を保てない。アストはハゼルをここで潰すつもりだ。
(アスト! しっかりしろ!)
「お前が……いなくなれば!!」
ムウの声を空しく、アストは涙を流して剣を振りかぶる。
いい加減にしろ。いい加減にしてくれ。
僕は、人間と魔人は分かり合えるんだと信じていたい。
頼むから……もうこれ以上彼女を傷つけないでくれ。争わないでくれ。
「ベルベットはもう涙を流さないんだ!!!!」
これで……終わりにしてくれ。
「『ブラックエンドタナトス』!!!!」
竜の終刃を、ハゼルに向けて振り下ろす!
アストの一矢報いた行動に、ハゼルは。
「無駄だアスト・ローゼン。お前は、オレには勝てない」
手をかざす。
全てを断ち切る黒刃を受け止めるように。
「お前が、そっち側にいる限り……な」
ハゼルの掌と『ブラックエンドタナトス』が、接触する。
その瞬間。
「『絶炎燐火』」
ハゼルの異能が発動する。
パキイイイィィィィィィンンンンンン──
「な」
アストの手に持っていた黒の大剣は、ハゼルの手に触れた瞬間にその刃が割れて……蒼黒の剣に戻っていた。
(『ブラックエンドタナトス』が…………消えた?)
何が起こったのかわかっていない、呆けていたアストの肩に、
ハゼルが掌を置く。
「お前の次はベルベットだ。この異能で奴を……殺す!!」
再度、異能を発動。
ハゼルの手から微弱な熱が感じられる。
そう感じた次に、
「ぐっ……ばっっ!!!!!!!!」
アストは体中から血を吹きだした。
皮膚が裂け、吐血、鼻血、目からも血が流れ出る。
体全てが内側から破壊された痛みが襲い掛かった。
そのまま……アストはさらに大きくゴボッ! と血を吐き出して倒れる。
アストの握っていた【バルムンク】は光の粒子となって虚空に消えた。
この日。
アスト・ローゼンは死んだ。
祝200話!! やったー!(正確には212話ですが……)(いやアストからすればそれどころじゃないですが……)




