199話 雷竜と破壊竜
過去を直視させられたことで変貌するゲイル。それを見たアストは彼の本当の姿を悟る。ゲイルを救うため、『最強の一撃』を以ってこの勝負を決着させることを決める。アストは彼を救うことはできるのか。その結末は……
周りの木々、大地までもが吹き飛び、更地と化す。
アストはすんでのところで磁力の影響で飛ばされていく【バルムンク】、【カルナのロザリオ】、サタントリガーを回収するが、掴んだ瞬間に自分の体も飛んでいく。
アストだけでなく、仲間のホークとハンナでもこの壮絶な拒絶の嵐に耐えるのが困難な状態になっていた。
大きな感情の変化を見せるゲイル。
ホークは、彼との付き合いが大して長いわけではない。
だからこそこんなにも激昂するゲイルは初めて見た。
アストが浴びせたワードの中にゲイルが自らの過去の何かを想起させるものが存在していた。
彼の、絶対に思い出したくないもの。
(ゲイル……)
気にはなる。なるが……今はそんなことを探る時ではない。
彼の邪魔をしないよう、いつものように見守るしかないが。
彼の背中が、いつもより寂しそうに見えてしまった。
「殺す……テメェだけはここでぶち殺す……ッ!!」
烈風の如く辺りを吹き飛ばす磁力を目の当たりにしながら、アストは身構える。
体には【カルナのロザリオ】を装備し、【バルムンク】を手に持っている。
いくらゲイルの『電磁壊の王』が『人』に対して効果を発揮しないとはいえ、今の自分にとってこの【ロザリオ】を手放すことは命綱を捨てるに等しい。現にたった数分外していただけで意識が飛びそうになった。
つけているだけでいくらか瀕死状態から回復しているが、それでも外せば一気に命は危険状態に逆戻りする。
かくなる上は……
磁力を突き破るしかない……!!
アストは【バルムンク】を腰だめに構え、
ゲイルは電流を発生させ、それを身に纏っていく。
大技と大技がぶつかり合う予感。正真正銘の「力比べ」が始まる。
『魔法』と『異能』の、力比べが。
「『ファルス』」
装填。
それを、三回。
【バルムンク】は黒炎を纏い、今にも爆発しそうなくらいに蠢いて発動の時を待っている。
一方。
ゲイルの纏う電流は増し、増し、さらに増し……
揺れ動く雷は角、尾、翼のように見えてくる。
その姿は、まるで『雷竜』のようだった。
それと同時にゲイルから発生する磁力も増幅していき、竜が発する圧力のようにも感じられる。
だが、アストにはそれとは少し違って見えていた。
(まるで……怯えている獣だ)
失うことに怯えた、絶対に弱さを見せないことでもう何も失うことがないという安心を得ようとする絶対の虚勢。
あれは、僕と同じだ。
カルナを失って、もう誰も失いたくないと……誰も、何もかもを、救おうとしている自分に。
「ゲイル。きっと、お前と僕は……似ている。自分じゃ……もう、止まれないんだろ」
お前も、過去に何かを失ったんだな。
何か、とても自分にとって大切だったものを。
『自らの手』によって。
「なら。僕が、お前を救ってやる……」
──いくぞ。
「『ブラックドラグレイド・ディグニトス』!!!」
「『電磁壊雷竜』!!!!」
剣から極大の黒炎の竜が駆け、雷竜と化した男が大地を壊し蹴って疾駆した。
二体の竜が相まみえる。
爆発的なエネルギーが木々を吹っ飛ばし、暴力的な衝撃波が空間を裂いていく。
黒炎の竜は突進してきた雷竜を噛み砕こうと牙を振り下ろす。
が、雷竜は止まらない。
雷でその炎を八つ裂きにし、発する超強力な磁力で邪魔するものを弾き飛ばす。
『電磁壊雷竜』とは──ゲイルが靴裏に仕込んである金属板と地面を対象に絶えず『電磁壊の王』を発動することで反発力により超加速し、雷を纏いその身一つで敵を穿つ一撃。
標的へと突き進む途中に現れ阻む物の全てをその磁力と雷で破壊し吹き飛ばし、標的──人体も、非人体も──を確実に壊す破壊波を発生させる拳を叩きこむゲイル最強の技。
有象無象の弱者など気にしない。ただ破壊し、この道を突き進む。
まさに竜の名がつくに相応しい技だ。
「うおおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ!!」
「あああああああああああぁあああああああぁぁあああ!!」
黒炎の竜と電磁の竜。
その激突の勝敗は──
「きえろおおおおおおおぉぉおおおおぉぉ!!!!」
雷竜が『ディグニトス』を突き破った!!
アストの最強の『魔法』の一撃を、ゲイルの最強の『異能』の一撃が降したのだ。
残るは、標的のみ。
雷と磁力の力を以て再び突き進み無力な少年を破壊する。
そのはず、だった。
「──ッ!!」
黒炎の竜が爆ぜ、巻き上げられた煙を絶対磁力で吹き飛ばした先に、
アストが、いた。
少年は……こちらに向かってきていた!!
その手には【バルムンク】ではなく、籠手が。
【グラトニー・ドライ・ガントレット】が装備されていた!
『ディグニトス』が破壊されるとは思っていなかった。
けれど、アストの本命の一撃はここにあったのだ!
「ゲイル! 勝負だ!!」
「ぶっ壊すッ!!!!!!」
アストの、籠手を装備している右腕から血が噴き出す。そして籠手に刻まれている紋様が赤く光った。
これは、グランダラスが彼の肉体を喰らった証。
使用者の体を激しく自損させる代わりに、絶対の矛を与える。暴君からの贈り物。
自損によりアストの生命への危険を【カルナのロザリオ】が急速に救命。
そして撃ち出される。あらゆる防御を貫く最強の一発!!
「『インパクト・クルーエル……」
「ブレイカアアアアアああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その矛は、電磁竜に真っ向からぶつかり合った!
アストの右拳とゲイルの左拳が零距離で力のせめぎ合いを見せる。
ディグニトスの時となんら遜色ない迫力の激突を見せ、またも世界を壊してしまうのではないかと言わんばかりの衝撃波を発生させる。
そして……
ドンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
相殺。
二つの最強は見事に相殺しあって撃ち消えた。
ここで驚くべきはゲイルの『電磁壊雷竜』だ。
まさか『ディグニトス』と『クルーエル・ブレイカー』の二つを相手取っても尚負けることのない威力を見せるとはアストも想定していなかった。
もしかすると、彼が後のことを考えずに真に全力で撃ち込んできたなら自分がやられていたのではないかという悪寒も走った。
だが、今はそれに何の意味もない。
重要なのは! 今! この瞬間!
アストは右腕の痛みを歯を食いしばって耐え、この誰もが圧倒される相殺劇をも『無かったか』のようにすぐに次のアクションへ移った。
それは「追撃」。
ゲイルは今、自分の身を使って撃つ『電磁壊雷竜』の反動か、一瞬だけ体の硬直が見られる。
この一瞬が、勝敗を分かつ。
アストはその一瞬を逃さないために、
なんの余韻もなく、
『ディグニトス』がやられただとか、
『クルーエル・ブレイカー』がやられただとか、
それらを頭から消し去り、すぐにゲイルに向かって走っていた!
「ゲイル!」
「あぶない!」
それに一泊遅れて。遠くから見守っていたホークとハンナが声を上げる。
もう遅いッ!!!!
「ゲイル……お前が今まで殺してきた奴らの痛みを少しでも……その身を以て思い知れ!!」
アストは地面を強く踏み込む!
「『インパクト・ファイカー』!!!!」
強化魔法の一撃を、彼へ。
それは、彼の世界を壊すため。
もし、もう一度。人が「やり直せる」としたら。
きっと。誰かが、一度止めてやらないといけないから。
──僕が、お前の目を覚ましてやる。
この、一撃で!!!!!!!!!!
ゲイルは異能を発動しようとするが、もう間に合わない。
アストの拳が……自分へと……
ヒットした。
「……………………………は?」
──しかし、その拳は、
ゲイルの体を傷つけることなく、パシッ……と力ない音を立てて止まった。
「な…………そん、な……!」
アストの右腕に、籠手は無かった。
それと同時。彼の体から『力』が消えていた。
これ、は、…………
「時間……制、限……」
1時間。
サタントリガーの制限時間。
使用者の「魔王の力」を発動させてくれる、その特別な時間が終わりを告げたのだ。
長時間に及ぶ王鬼との激戦。
さらにそこから休みなく訪れたゲイルとの必死の戦い。
不運にも、この決着がついたであろうこの重大局面で。
彼の特別解放された『魔王の力』は消え失せた。
「死を感じる」という条件をクリアすればトリガーなしで発動するが、それも【カルナのロザリオ】の救命効果のせいで間接的に妨げてしまっていた。
「がっ!!」
即座にゲイルは【ロザリオ】を対象にして、磁力でアストを吹き飛ばす。
危なかったと肩で息をし、全身から冷ややかな汗を噴き出してアストを睨んだ。
(うそ、だろ…………)
アストは力なく地面に倒れ伏したまま、絶望する。
もう、体が動かない。
動いてくれない。
【カルナのロザリオ】が効果を発揮してくれれば、また戦う体力は回復してくれるかもしれない。
けれど、奮い立つ勇気が、出てこない。
完全に折れてしまった。
あと、あともうちょっと。
一秒とは言わない。その半分。いやさらに半分。
それくらいの微量な時間だけでよかった。あとちょっと持続してくれれば。
そんな想いが、空しく頭から蒸発していく。
ここで終わり。もう無理だ。
アストは立つ力が湧いてこなかった。
先の対決は、心をへし折るに十分なものだった。
王鬼を倒して、さらにエリア2のリーダーと戦え。
そんな無茶なこと、出来るわけが無かった。
僕には、無理だったんだ……
もう【カルナのロザリオ】から光が発せられない。
アストの勇気が消えると共に光を失ってしまった。
こうなってしまえば、もう助からない。
ここで、僕はゲイルに殺される。
「…………」
ゲイルは、つまらなそうな目でアストを見る。
その、諦めた目を見て。
(こんなもんかよ…………)
自分を否定するような雑魚はいくらでも見てきた。
だが、この男だけだったかもしれない。
否定するだけでなく。
共感しようとして寄り添おうとした……「何か」を感じたのは。
別に。それが嬉しいと思ったわけでもない。むしろ鬱陶しいと思っただけだ。
気のせいであるなら、それでいい。
だが、いつもの雑魚とは違う……ふざけた雑魚であったことは確かだった。
しかし、それらも全部帳消しにした。
結局、一緒だ。
こうして自分に壊されている時点で一緒なのだ。これから死んでいく奴らと。何もかも。
「おい。テメェは……一体何だったんだ?」
「…………」
「チッ。やっぱ一緒だったか。そこらへんの雑魚とよ」
ゲイルは拳銃を取り出し、アストへ向ける。
引き金を──
「待て」
引く指を止めたのはホークでもハンナでもない、さらに別の声だった。
その主とは……ハゼル・ジークレインだった、




