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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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194話 龍刻



「ぐぅ、ぐ、ま、またしても……またしてもおおおぉおぉ!!!」



 即座に復活。


 しかし、二度目の死。




 自分よりも、遥かに、遥かに小さき弱き存在に。二度の敗北。



 吐き気がしそうだ。ありえない。ありえてはならない。


 自分が、負けている。あの少年だけでなく、この少年にも……!



「王鬼。次……いくぞ」


「ぐ、お、おぉ……」


「あと、二回」


「ぐ、ぬ、ぬぅ………」





「それでお前は終わりだ……!」



「うううううぅぉああああぁ!!!!」




 叫ぶ。それは、怒りか、恐怖か。



 もうわからない。ただ、王鬼は叫んでアストへと突っ込んだ。




 ゴッッッッッ!!!! ガッッ!!



 手刀と剣が乱れ合い、鋼でも打ち合うかのような音が響く。



 もう、これまで幾らか見た光景……なのだが、




「ぬぅ、ぬぅ、な、なぜだ……!」



 王鬼の腕だけが、傷ついていく。もうアストの体は傷つかない。



 クイナのサポートか。





 否、見切られているのだ。





 バカな。バカな。バカな。バカな!!!!!!



(この童……動きがまったく違うではないか。先の攻防での虫のような弱さが欠片も見えん。まるで別人……!?)



 たった数分。自分が退散している間に何があったというのか。何を決心したというのか。何の力を得たと言うのか。



 それだけでなく、



(戦いの中で成長しておる……! それも、ありえぬ速度で……! どういうことだこれはぁ……!!)




 ザンッ! ザグッ!!



 二本の腕が飛ぶ。【バルムンク】の闇の刃が絶ったのだ。




「ぐぬおォォォ……! こ、の……早ようくたばらんか虫ケラがぁアアァ!!」




 ドドゴッッッッガッッッ!!!



 王鬼は残った二本の腕で鉄拳を放つ。

 その拳はアストの顔面をとらえ、意識を刈り取ろうとするが……



 アストは血を流しながらも歯を食いしばって耐える。決して目の前にいる敵から目をそらさず、剣を構える。




「くたばるのは、お前だ……!」



 【バルムンク】を王鬼の体へ突き入れようとする。そのまま心臓を貫くつもりだ。

 そうはさせまいと二つの手を合掌して突かれる刃を止める。再びの白刃取りである。



 前回はこのまま投げ飛ばされた。が、もうそんな無様はさらさない。





「と、ま……るなああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」





 獣の如き咆哮と共にアストは渾身の力を振り絞る。これでもまだ、王鬼の力に及ばない。


 そのはずなのに……




 王鬼は、今、この瞬間の彼の気迫に完全に気圧されていた……!




 それを認識した次の瞬間、自分の心臓に刃が突き入れられる感覚を捉えた。恐怖したせいでほんの一瞬だけ力が鈍ったのだ。




 刃の冷気が、熱く流動する血液や肉を通っていく、この感覚ッ!!




 これは……「死」!!!!





 そして、復活。




 まさかの、まさかの三度目の死。





「んなっ……なん……なぬ……!?」



 死んだ? もう死んだ? 3……3回目!?



 と、ということは、自分は、もう……





 次で、本当に死ぬ……!!




 その時、王鬼は聴こえた気がした。


 アストは喋っていない。なのに、その唇から聴こえた気がしたのだ。




 ──あと、もう少し。もう少しで、







 お前を支配してやる……!






「ひ」



 王鬼が取った行動は、








「ひ、ひいいいいいいっぃぃぃいぃい死にたくない! 死にたくないいぃいぃ!!!!」




 逃走、だった。


 かつて自分達に圧倒的強さと恐怖を見せた姿はもう残っていない。無様に冷えた汗を撒き散らし、足を全力で動かし、逃げ出した。



「待て」


「はっ、はふ……ひ、ひぃぃ」



「逃げるな……!!」


「ひいいいぃぃぃいぇえええぇ!!!!」




「逃げるなアアァ!!!!」


「ひいぃああああぁぁあああああああ!!!!」





 もう、アリスの魂を解放して逃がしてしまいたかった。


 しかし、それは自らの主──ぬらりひょんに明確に逆らう行為。それだけは恐怖の中といえど忠誠心が自制させた。



 逃げる王鬼。追うアスト。


 もはやこの戦いは様相を変化させた。



 「逃げるか」、「仕留めるか」に。



 木々を潜り抜けて二つの影は全力疾走する。



「『炎刃地獄』! 『毒雷地獄』!!」


「!!」



 逃げながら二種の魔法を発動。が、クイナのサポートによりアストはそれらを避けていく。

 もう通用しない。これでは、足止めにもならない。



 その事実を突きつけられると共に、さらに恐怖が身を支配していく。



 嫌だ。死にたくない。命はあと一つしかないのだ。次は助からない。消滅してしまう。



 しかし、ここで転機が訪れる。それは自分を追ってくる彼の口から発されたものだった。





「王鬼……アリスを解放しろ! そして、もう二度と人の魂を奪わないと今この場で誓え!! そうすれば……お前を、見逃してもいい」




 それを聞いた時、ふと王鬼の中に出でた想いがあった。





 それは「甘い」だ。





 この期に及んで敵を見逃すということを考えている時点でやはり、「若い」。

 ただ誓えばいいだけで見逃してくれる、とは愚かすぎる。莫迦だ。莫迦の極み。




「よ、よい! よいぞ!! ち、誓う!! 神か!? それとも魔王にか!? いくらでも誓う!! だから命だけは…………!」




 そうだ。神にでも、魔王にでも、いくらだって「()()()()()」を立ててやろう。それで逃がしてくれるというのならな。



 そして、次に会った時はズタズタに八つ裂きに──



「違う」


「は?」





「今、ここで! お前の主──『ぬらりひょん』に誓え!!」



「な、ん…………!」





 ぬらりひょん様、の、名に、ち、誓え…………だ、と……!



「そ」











「そんなことが、できるわけなかろうがああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」






 自らの主であり、絶対の忠誠を約束しているぬらりひょんに誓うということは、全ての偽りを許さぬことと同義。

 いくらその場しのぎだけの偽りといえども「もう私は魂を集めません。つまり貴方のお役に立てません」などとただの一度も言えるはずもない。それを違えれば「主の利益よりも自分の保身を優先して、主を偽った」こととなるからだ。



 この場をやり過ごそうということ以上に、主にそんなことが誓えるわけがないという想いが圧倒的に勝った。




 その答えを聞いたアストは、静かに目を閉じる。





 ──心の天秤よ、揺れろ





「なら……お前を、ここで斬る!!!!」




 最終通告を終えたとばかりにアストは殺気を強めた。「お前はここで終わりだ」という意思表示に他ならない。




「ぬらりひょん様の名を呼び捨ておってェ……! 舐めるな……舐めるなよぉ……この、クソガキがあああぁぁあああああ!!」



 恐怖の境地の中で。王鬼は激怒というドーピングのおかげで、一発の反撃に出る。



 そう。残っているのは、あれしかあるまい。


 王鬼、最強の一撃。







「『炎雷刃地獄ウウウウウウウぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!』」





 視界を覆いつくす、炎波、轟雷、刃海。とうとう最強の魔法が繰り出された。





 魔法発動の瞬間、それをアストの視界を共有しているモニターで見ていたクイナは演算して回避ルートを探す。



(「くっ……この規模の魔法じゃ直線上に回避地点が存在しない。ならば……」)




 残されるは、迂回。即座に左右から回避ルートを見つけ出す。



 数秒にも満たない中で……あった。見つけた。




(「ローゼンくん。右斜め後方15mへ!!」)




「いいや……直進だっ!!!!!!」



(「!?」)




 クイナは聞いた声を信じることができなかった。




 直進……つまり、魔法に向かって真っ向から走り抜けるつもりだ!




 画面に表示された、あの魔法攻撃に対して前方に進んだ際の「生還率」は……




(れ、『0.2%』!? 無茶ですよローゼンくん……)




 されど、その数字を告げるわけにはいかない。生きる気力を削ぐことになるから。


 もう、回避を告げることはできない。魔法が、すぐそこに迫っているから。



 クイナは、祈ることしかできなかった。







 アストはこの無謀に賭けるほかなかった。


 なぜなら、今左右に迂回してしまえば、その僅かな時間で奴に逃げられる予感があったからだ。



 もう自分の体力は限界に近い。今ここで一度だけでも前以外に進んでしまえば奴を逃す。そんな予感が駆け抜けていったのだ。




 前に、進むしかない。絶望を切り抜けて! アリスを救うために!!




「『ブラックエンドタナトス』!!」




 蒼黒の剣を漆黒の大剣へ。


 目の前から迫ってくる絶望の海に対して、この魔法で何ができるというのか。



 『ブラックエンドタナトス』はあらゆる万物を斬り裂く魔法。しかし、迫りくるのは『魔法』だ。



 結局は、どうすることも……





(「アスト……願ってくれ」)


(「ムウ?」)



 その声は、オペレートしてくれているクイナのものではなく、【バルムンク】となって僕に力を貸してくれているバハムート──ムウだった。



 まるで時間が止まったように、僕の意識の中で彼女は語り掛けてくる。



(「あたしはお前の眷属だ。お前の望む形に姿を変える。望みを……聞かせてくれ」)


(「望み……って」)


(「今、お前がやりたいことはなんだ? 欲する力は……なんだ?」)




 僕が……欲する、力。



 それは……、




(「アリスを……救いたい。王鬼を倒したい。そして、それが成せる……力だ!」)


(「望みのままに。あたしの魔王」)



 一秒にも満たない時間。変化が起きた。



 それを誰よりも速く知覚したのは……アストのオペレートをしていたクイナだった。




「な……なんですか、この魔法」



 モニターで見ていたのはアストの姿……ではなく、画面端に表示されているアストが現在発動している魔法の術式内容だった。



 現在発動している魔法──つまり、『ブラックエンドタナトス』なのだが、




「術式の内容が……書き換えられている!?」




 ガリガリガリガリッ! と機械が変化していく術式の内容を記載していく。

 こんなことあり得ない。「魔法」がまるで生き物のように勝手に自分の内容を書き換える、なんて。




 そして、生まれ変わった、その魔法は。





「魔の核を絶て」





 たった1節のみを詠唱して、解き放つ。





「『ブラックエンドタナトス・プルートリンガー』」




 黒色の大剣は、その表面に蒼の光を複数なぞらせて新たな剣と化す。



「おおおぉぉぉぉ!!!!」



 アストが炎波に対してその大剣を振るう。


 すると、




 炎波は、その空間ごと裂かれたかのように消え失せた。




「……!?」



 王鬼が異変を感じ取る間にも、アストは襲い来る魔法に対して大剣を振るっていく。




 それら全ての魔法が、斬り裂かれていく!




 進化した『ブラックエンドタナトス』は魔法を滅する力を手に入れたのだ。




「おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」



 裂帛の気合いと共に、炎、雷、刃を次々に斬っていく。



 炎波が目の前に立ちはだかるなら、斬り裂く。



 轟雷が降り注ぐなら、刃で迎えて消し去る。



 刃海が自分を飲み込もうとするなら一刃残らず全てを破壊する。




 魔法をも捻じ伏せていくその姿。



 まさに




「ま、魔王……!」



 王鬼は自然と声が出ていた。




「僕は……支配の魔王だ」


「……し、しはい、の……」


「お前が見せる恐怖も、ぬらりひょんの企みも、支配する」


「……!」





「いい加減『自覚』しろ王鬼!! お前の全てを今ここで支配してやるッ!!」


「ひ、ひぃぃ……!!!!」




 泣き逃げる王鬼。それを逃がさない。



 絶望の海を抜け出したアストは、魔力を足、腕に集中。



 そして……ダンッ!!!! と強く地を蹴り弾丸のように王鬼へ迫る。



 今こそ……修行の成果を見せる時。




   ♦




 ~数日前~



「アスト……完成だ。それがお前の剣技」


「これが、僕の」



 レオンさんとの修行の末、とうとう自分だけの剣技を会得した。




「『ブラックエンドタナトス』を使い、体の局所に魔力を集中させた状態で放つ魔法剣技……それがお前だけの剣技だ」



 ムウが持つ絶対破壊の力を持つ「闇魔法」、それとジョーさんに鍛えられた「魔力コントロール」によって体を強化させた状態で、「僕自身」放つ剣技。



 それが……僕の……



 とうとう練習が実になったことを知ると僕は居ても立っても居られない心地になる。



 ずっと僕の課題だったのだ。


 「魔王の力」に頼り切りな僕は、ムウやグランダラスのおかげで戦えているに等しい。

 僕自身も、何か「力」にならなきゃいけないと……



「喜ぶのはまだ早い。その剣技に名をつけて初めてそれは『剣技』となる」


「名前……ですか? なんだか必殺技みたいでカッコイイですね」


「違う。剣技である以上、後にお前がそれを誰かに受け継ぐ時があるかもしれない。その時に名が無ければ困るだろう」



 たしかに。「日の国」にも「~流」だとかいう流派のようなものがあると聞いたことがある。

 僕のこの剣技も、そういったものになっていくのかと思うと感慨深いな。



「では、ブラックソードドラゴン──」


「却下だ」


「なんでですか!?」



 僕が不満をあげているとレオンさんは目を伏せて微妙な顔をする。


 すると剣になっているムウからも、



(「お前ってあたしに『ムウ』ってつけたり割とネーミングセンス微妙だよな……」)



 えぇ……けっこう上手い方だと思ってたのに……自信無くすなぁ……




「……一つ、魔人の間でこんな話がある」


「はい?」



 僕が剣技の名で困っているとレオンさんが口火を切る。




「日々を善行に尽くしていないと……天から出でる黒き暴竜が、その力で破壊をもたらし全ての悪を断罪し、世界の終末を告げる(とき)が来る……と」



「な、なんですかそれ。ちょっと怖いですね」


「よく魔人の間で話されるものだ。といっても、悪さをしたり、なかなか寝ようとしない子供を寝かしつけるための作り話のようなものだがな」



 レオンさんは僕と、蒼黒の剣になっているムウを見て……その名を告げる。



「その(とき)の名は……」




   ♦







「『龍刻(りゅうこく)』──」




 僕は『ブラックエンドタナトス』──漆黒の大剣を真横に構える。



 凄まじい速度で迫ってくるアストに、王鬼は最後の抵抗を見せる。





「『炎じご──」


「地獄に落ちるのはお前だ…………王鬼ッ!!!!」





 だが、もう目と鼻の先にその少年はいた。




 終わりの(とき)が──来る。







「──『竜尾一閃(りゅうびいっせん)』!!!!!!!」






 絶対切断の漆黒の大剣を横一文字に振り薙いだ!




「が、ああああああああぁああぁあああああああ!!!!!」






 「『龍刻』──竜尾一閃」



 足に魔力を集中させて地を蹴り加速。そして敵へ、魔力を集中させた腕を使っての強烈な超速一閃。



 その一撃はまさに竜の尾。全てを薙ぎ払い空間すらも裂き壊す。



 王鬼の体も横に真っ二つとなって断末魔と共に宙を舞った。




 それと同時にアリスの体がふわりと地面に落ちる。

 彼女には傷一つない。意識はないが……心臓や脈も心配はなかった。



「王鬼を……倒した……」



 また、「人」を斬った。


 でも、もう迷いはない。それも背負っていく。そう決めたんだ。



・詳細レポート『ブラックエンドタナトス・プルートリンガー』


 アストの魔王深度上昇と共に手にした新たな力。ムウが魔王後継者であるアストの願いを具現化して生み出したものでこの世界には存在しない魔法である。「アリスを救いたい」という想い、「王鬼を倒したい」という願い、そして深層心理にある「アルカディアを超えたい」という欲望の心によって形作られた。


 その効果は「魔法の破壊切断」。通常の『ブラックエンドタナトス』と違って「物体」を切断できなくなる代わりに「魔法」を切断できるようになった。(「竜尾一閃」時には通常の『タナトス』に切り替えている)。たった一節のみで魔法破壊の効果を有する術式は魔法の常識を完全に崩壊させている。


 『プルートリンガー』とは古代魔人語で『仲間の首を刈り取る者』『裏切者』。

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