191話 まだ勇気の光を持っているか?
「魔王の力 ステージⅡ」に覚醒し、切り札の魔法である『シリウス・コード・ブレイザー』によって王鬼を破ったゼオン。地獄のような戦いにとうとう終わりが……!?
「す、すごい……!」
アストは驚愕していた。その力に。
7節魔法を見たのは初めてであったが、きっと今のは通常の7節魔法以上の威力。
「ステージⅡ」に至ったゼオンの魔力と、「魔王の力」の成長に連動して更なる姿を得たプラネタルの魔力。
それらが合わさると、ここまでの力になるのか……!
「──くっ……! はぁ……はぁっ……!」
あの王鬼に、勝った。というところでゼオンは膝をついた。
どうやら魔王の力の「ステージⅡ」は凄まじい力を与える代わりに負担がかなり大きいようだ。
しかし、ゼオンは自分の身よりも心配なことがある。
「アリスは……アリスはどこに……」
「! そうだ……アリスは、」
王鬼を倒した。ということは「魂魄牢獄」によって囚われたアリスがどこかに出てくるはずである。これはクイナも言っていたが術者が死ぬことで囚われた魂が消えることは決してないのだ。
それなのに、アリスの姿はどこにもない。
「どういう、ことだ……! な、なぜ……!」
ゼオンは身体の限界など気にせず、無理に立とうとして周りを散策する。心の平静は保てない。まさか……と嫌な想像がどうしても湧き出す。
それはアストも同じだった。今も身体が毒に侵されていきながらも気にしていたのはアリスのことだった。
もし、アリスも王鬼と一緒に消えてしまったのなら……
そう考えると体が芯から冷めていく。
ゼオンだって王鬼を倒してしまってもアリスは無事だと知っていたから全力を出せたんだ。それなのに、こんなことが起こってしまえば嫌でも焦ってしまうだろう。
だが、この時二人は冷静ではなかった。
少し考えれば……ある一つの仮説に辿り着くはずなのだ。
王鬼を倒してしまっても囚われている魂は無事。しかし、いつまで経ってもアリスの姿が無い。
つまり、
まだ王鬼がやられていないということに。
(「付近に強大な魔力が出現。これは……!」)
頭にクイナの声が。もう王鬼がいないはずなのに、鬼気迫るような声を出している。
ま、……まさ、か……!!
「ゼオン!! 後ろだっ!!!!」
僕は痛む体を、締め付けられているかのように苦しい喉を、無視して叫んだ。
そこに、奴がいたから。
「なっ──」
ゼオンの背後から、突如襲い来る鉄拳。彼は咄嗟に腕をクロスしてガードする。
ミシ……ッ! ビキィッ!!!!
「がぁ……っ!!」
腕が悲鳴を吐き出し、ゼオンは弾丸のように吹っ飛んだ。
彼を、殴りつけた主は。
「これは、驚かされた」
死んだはずの……王鬼だった。四つの腕に五本の角。その姿を見ただけで再び体が強張る。ビリビリと空気が振動する。
なんで……! どうして、お前が生きてるんだ……!
そう言ってやりたかった。世界に向けて泣き言をぶつけてやりたかった。
ふざけるな、と。
きっと酷い顔をしていたのだろう。アストの顔を見て王鬼は答える。この真相を。
「我は四つの体を一つとして生まれた。魔法の演算能力も四倍。魔力も四倍。なれば…………魂も四つ。これは道理であろう?」
いや、ふざけるなよ……!
アストはギリリッ……と奥歯を噛みしめた。
何に対しての怒りとか、この世界の残酷さだとか、もうわからない。ただただ、めちゃくちゃだ、と。
ふざけた力。ふざけた魔力。魔法は無詠唱で連発するくせに、自身の動きも驚くほど速い。
それでいて……命が四つ?
意味が分からない。
絶望の二文字がアストの頭で踊っていた。
死神が耳元で嗤う。「死ね、死ね。これでお前は死ぬ。残念だったな。これで終わり」。
ああ、容赦がない。
この世界はゲームじゃないんだ。どれだけ「強さ」があるからって、その代わりに「これが弱い」だなんてそんな都合のいいことない。
世界は甘くない。強ければ、さらに「強さ」が隠されていてもおかしくないんだ。
「──が、我の魂を一つ失わせるとは……」
そんなアストとは裏腹に、王鬼は考えを改めていた。
魔王後継者と言えど、たかが小僧。簡単に屈服できると思っていた。
なのに、自分は一度死んだ。死んだのだ。
(魔王後継者の魂をぬらりひょん様に献上できるとなると、これほど美味しい話はない。けれども……)
理解した。「魔王の力」の恐ろしさを。
今はまだあの「ステージⅡ」という力も使いこなせてはいないだろう。
だが、このまま戦い続けていいのか、どうか。
予想以上に手間取ってしまった。そのせいで仲間がここに駆けつけてくるかもしれない。そうなれば万が一ということもある。
(冷静になれ。我は強者。最も避けなければならんことはなんだ?)
もう一度振り返る。自分の目的を。
アリス・イグナティスの魂を回収し、献上すること。これが当初の目的。
魔王後継者の魂は回収できれば尚良しとばかりに自分が後で決めたこと。
ここで最も避けることは、アリス・イグナティスの魂を持って帰れないことだ。
(欲に惑わされるな。見誤るな。落ち着くのだ我よ。ここで取るべき選択は──)
王鬼は選んだ。次の行動を。
「……ふん。命拾いしたな童共よ」
「え……」
帰還。これを優先した。
魔王後継者二人の魂は惜しい。
しかし、決して自分を倒すことはないと思っていた者に一度倒された。この誤算は重く受け止めねばならない。
たとえ、目の前の少年が虫の息だとしても。
こいつらは絶対に自分の手を噛んでくる。ただでは捕まらない。それがわかる。
自分の功績を増やすことよりも主の望みを叶える。
そこが王鬼の考えを改めさせた理由だった。ぬらりひょん様直々に与えてくださったこの作戦に私情を入れてはならないと。
「次、会う時は死ぬ時と思え童共。ではな」
「ま、待て!」
制止の願いも当たり前だが聞かず、王鬼は去った。アストとゼオンの目の前から。
アストは動けないでいた。圧倒されてしまった。あの怪物に命があと三つあるという事実に。絶望してしまった。
「ぜ、ゼオン……大丈夫?」
今のままではアリスを救えない。
こうなれば妖怪の国に潜入して助け出すなりの作戦を考えなければならない。
ここで失敗したのだ。失敗したら、次の策を。
ひとまず、ゼオンの身を心配して近寄ったが……
「何を、している……!」
「え?」
彼は、自分の胸倉を掴んで睨んでくる。
「俺の心配などするな。気持ちが悪い。それよりも奴を追え……!」
ゼオンは、アストに「王鬼を追え」と告げてくる。あの、絶対的強者に挑めと。
「もう俺には『魔王の力』を使う余裕すら残っていない……。不本意だが今、奴を追えるのは貴様しかいない」
ゼオンは立とうとも足が動かない。もう少し回復をしなければならない状況だ。
そんなものを待てるわけがない。事態は一刻を争う。こうしている間にも王鬼は自分達から離れていく。
「俺は貴様を信用しない。だから、利用する」
「……!」
ゼオンはもう片方の手で僕の腕を掴むと、そこから魔力が流れ込んできた。
「これは……」
「俺の残りの魔力全てを貴様に渡す。それで奴を仕留めてこい」
た、たしかに、僕の残り少ない魔力が回復していく……していく、が。
「ぐ、ううぅ……! な、なんだ、これ」
体に凄まじい激痛が走る。体内に猛毒でもぶち込まれているみたいだ……!
「ちゃんとした魔法もなしに直接魔力を流し込んでいるからな。同属性の魔力持ちでない限り、異物を入れられているのと変わらん。辛抱しろ。運が良ければ生きられる」
「お、お前……!」
それで僕が死んだら王鬼を追う奴がいなくなるだろ……!
魔力は少しだけ回復したが、最悪だ。
ゼオンの目は未だに睨んだまま。言葉の通り、行動の通り、信用なんて一欠片すらない。
それでも、今、王鬼を追えるのは僕だけだ。
ドクン、ドクン、と心臓が鳴る。
勝てるのか? 僕が?
手も足も出なかった僕が、命があと三つもある怪物に。
そんな迷いを振り切るかの如く、ゼオンはさらに胸倉を掴む力を強くする。
「もし失敗すれば貴様を地の果てまで追いかけて必ず殺す。マナダルシアの正確な座標もハンターにバラしてあの国を地獄に変えてやる」
「物騒な話だな……」
でも、それよりも。
何を迷う。
勝てるか? 勝てないか?
違うだろ。
救いたいか、どうかだろ。
僕は、アリスを「救いたい」。
そして、それだけじゃない。
僕は睨んでくるゼオンの瞳を真っ直ぐに捉える。
ゼオン。君も、救いたいんだ……!
立て。立ち上がれよアスト・ローゼン。
絶望を乗り越えろ。死に飛び込め。その先へ進め。
敵は命が三つある怪人。行けばほぼ確実に死ぬ。殺られる。
でも、進め。待っている人が、いるならば。
救いを待つ者がいるならば。救いを願う者がいるならば。
僕は決めたんだ。もう、何も失いたくないと。
勇気が僕の体に満ち満ちていく。その時、
胸に付けてあった、【カルナのロザリオ】が光り輝いた。
「! 体の毒が……」
なんと、光が僕の体を舐めていくと体内の毒が消え去った。それだけでなく少しばかりの治癒も。魔力を流し込まれたことによる激痛は未だに完全には消えないけれど。
僕はロザリオを握りしめる。
(カルナ……僕の背を押してくれるんだね。『逃げちゃダメ』……って)
そこで、もしかしてと思い【カルナのロザリオ】をゼオンに触れさせてみるが……
その瞬間、光を失い彼の体を癒すことはなかった。
(ゼオンの体が回復しない!? 僕だけにしか効果が無いのか?)
魔法道具の効果が人を選ぶなんて初めて聞くが……この状況で贅沢は言ってられないか。
「絶対に奴を倒せ……アスト・ローゼン!」
「当たり前だ!!」
僕は走り出す。もう覚悟を決めた。
行くぞ、王鬼……!!




