188話 絶望驟雨に溺れ
「脆い。魔王後継者とはこれほどに脆いのか」
「勝った気に、なるな……!」
余裕を見せる相手に対し、ゼオンは立ち上がり距離を取って詠唱を開始する。
「閃光煌めき 光の峻烈 七つの裁き」
3節の詠唱。だが、王鬼は構えない。ただ見ているだけ。
相手が魔法を発動しようとしているのにも関わらず何も動かないとはまさに愚の骨頂。
そんな相手であっても、遠慮なくゼオンはアリスを助けるために魔法を撃つ。
「『セプト・レイ』!!」
魔法陣から七本の光のレーザーを射出。
もうこの時点で王鬼の魔法詠唱は間に合わない。
つまり「魔法による防御や迎撃は使えない」ということだ。避けるか、魔力を局所に厚く纏って上手く防御するかの二択に絞られる。
しかし、ここで二人は驚愕することになる。
王鬼は四本ある腕の内の一つを前に突き出す。手の平を広げると、そこには「鋼」と書いてあった。
そして、
「『刃地獄』」
そう、一言。たった一言だけ唱えるだけで。
地中から刃が無数に生え出て、光のレーザーを盾のように全て受け止めた!!
「なに……!?」
ゼオンは自分の魔法が防御されたことにも驚くが、そんなことよりも……!
(今、詠唱をしていなかった……!?)
あの魔法はアリスを攫った時にも見た。たしか3節の「鋼魔法」だったはず。それなのに、ただ魔法名を唱えるだけで発動させた。
「今の我は四つの体を一つに統合しておるのだ。脳も同じく。故に、魔法の演算も四倍。3節程度、詠唱などいらぬわ」
なんだよそれ……!
しかも。今の言葉とさっきの魔法で最悪なことにも気づいた。
こいつ。多分だが、属性魔法が四つ以上使えるぞ……!
あの時に見た炎と雷の魔法。紫色の鬼が使っていた毒の魔法。それに加えて今使われた鋼の魔法。少なくともこの四つは間違いない。
それらを詠唱なしで発動してくるっていうのか!?
「だからどうした……! ここでお前が死ぬことに変わりはないッ!」
ゼオンは空に向けて手をかざす。
「出でよ 我が絶望の過去を影に堕とす光のマジックサークル!」
黒の魔法陣を展開。呼び出すのは、
「来い我が眷属! 『天体竜 プラネタル』!!」
「キュウウウウウアアアァァァァッッ!!!!」
『次元』の魔王の眷属。光の体、尾、翼。全てを輝かせし光の竜──プラネタルだ。美しき咆哮を響かせてこの地に顕現する。
「人魔一体!」
魔王の力──『次元』の能力を発動。自らとプラネタルの性質を一致させて魔力を融合させる。
ゼオンは極光を纏い、プラネタルの魔力全てをその身に宿した。
「ほぉ……魔力を爆発的に増加させおった。面白い」
「これで終わりだ……!」
光の如き速度で駆ける。これはゼオンの切り札だ。こうなればもう止められはしない。
あらゆる闇を討ち貫く光を纏わせた拳を、今……王鬼の体へ叩き込む!!
「──が、甘いわ」
バシイィィィッ!!!!
渾身の拳を、片手で受け止めて見せた。
「なん……だ……と!?」
「童。拳骨一つまともに打てんのか。よく見ておれ」
王鬼は、残る三つの腕を振りかぶる。
「こう、打つのだ」
ドドドゴゴガッ!!!!!
同時に三発。豪腕から繰り出される打撃を顔、胸、腹に直撃させた。
「が…………ぁっ!!!!」
後方に吹っ飛んで木に激突。ゼオンは血を吐き出して倒れる。
「く……そっ!!」
僕はこれならどうだと【バルムンク】を【グラトニー・ドライ・ガントレット】にチェンジさせる。
走りながら地面に手を添えると、グランダラスが土を喰らっていく。魔法のためのエネルギーを装填しているのだ。
「『インパクト・ファイカー』!!!!」
ドゴォォッ!!!!! と、王鬼に向けて強化魔法がかけられた一撃を真正面からお見舞いする。
どうだ。これならお前も……
「ふむ。これはなかなか……」
「な……!?」
しかし、変わらず片手で受け止めていた。
「だが、さっきの童とさほど変わらぬわ」
僕にもゼオンと同じく三発の剛撃が打ち込まれる。
臓器が粉砕されたかと思うほどのハンマーに等しき拳。それを同時に三発もくらってしまい、やはり吹っ飛ばされてまたも木に激突して止まった。
それでも手刀の時とは違ってダメージが桁違いだ。一発はなんとか上手く防御できたが二発はまとも受けてしまった。
王鬼が僕に攻撃をしかけた時、その隙にゼオンは起き上がりもう一度奴に拳を打ちこもうとする。
僕もなんとか痛む体を起こしてゼオンと同時に攻撃をしかけるかのように突っ込む。
本当はゼオンと連携したいが……向こうは「人間」である僕とは協力する気がない。だからこちらが合わせるしかない。
たとえ力が僕等より上でも、2対1なら……!
「『炎雷地獄』!!」
王鬼は、それだけ呟く。
すると……上空に黄の魔法陣。
さらにそれだけでなく、地面に赤の魔法陣が複数出現!
ま、まさか……!?
(「ローゼンくん、右方へ10m避けてください!」)
「くっ……嘘だろ……!」
クイナの警告、次の瞬間。
火の波が辺りを飲み込み、空から雷が雨のように降り注いだ!!
「ぐ、ぁぁぁ……!」
「あ……ぁ……!」
それは言うなれば破壊の嵐。鬼達四人分の魔力が合わさったせいなのか、魔法の威力はもはや3節を遥かに超えた威力。
しかも、二種類の魔法を同時に撃ち放ってきた。ここまでくれば反則だ……!
僕はクイナのおかげで軽傷で済んだが……ゼオンは雷を一発受けてしまった。体が麻痺しているのか、すぐに起き上がれそうにない。
(「ローゼンくん、後ろです!」)
──後ろ?
その警告から、すぐに。
「『刃地獄』」
「ご……ぁ……!」
いつの間にか背後に王鬼が。背中を見せている相手に向けて容赦なく鋼魔法を発動する。
地面から生え出る刃が僕の体を斬り刻んだ。
「く……!」
僕は再び【バルムンク】にチェンジして構える。
闇魔法を発動しようとするために『ファルス』を装填する。
それよりも早く。
「『刃地獄』」
また、鋼魔法。
僕は二回目の『ファルス』の装填を中断し、すぐさま一回のみの装填で発動できる『ブラックエンドタナトス』を使う。
これでこちらに襲い掛かる刃を斬り払うんだ。
そう思っていたのに、なぜか先程のように地中から刃が生え出てこない。
一体、どこから来る……と、警戒していたら。
(「!! 8時の方向、付近の木から魔力反応!」)
「え、な……っ!!」
なんと地中からではなく。木の幹から複数の刃が生え出た!
そんな奇襲に対応できず、肩が斬り裂かれ血が噴き出す。
「誰が地面から刃が出るといった? 我が使う『刃地獄』はどこからでも刃を出せる」
出鱈目な攻撃すぎるだろそんなの。木という障害物だらけの森では最高の効果を発揮する魔法じゃないか。
しかも、なんとそれだけではなかった。
僕の体が異変に襲われる。
「な……こ、れは……」
びりびり、と手足が痺れ、眩暈……頭がクラクラする。さらには強烈な吐き気も。
どうやら僕だけじゃない。ゼオンもさっきから起き上がれそうにないのは『雷地獄』をまともに受けたから、だけではないようだ。
「ようやく気付きおったか。それは『毒地獄』。主らの体は我の魔法による毒に侵されておるのだ」
毒……だと?
どこでそんな攻撃を、と思ったが。そういうことか。
これまで繰り出してきた全ての魔法に、密かに『毒魔法』が仕込まれていたのか……!
いや、それだけじゃない。きっと最初の手刀にも。
あいつの攻撃全てに僕らを内側から破壊していく魔法があるっていうのか……!?
「安心せい。今の時点では死ぬまで至らんだろう。何発もくらわねばそこまで毒されぬ」
それでも。ただでさえ実力差が開きすぎている相手に対してこちらは刻々とコンディションが悪くなっていくというのだ。そんなの最悪に近い。
相手はまだ死なないくらいだ、とも言うが。そうとも思わない。その「今の時点」でもかなりキツイのだ。
魔力が多ければこういった毒の影響もある程度防げたりするらしいが、僕は魔力が少なすぎるせいで毒のまわりが早いんだ。
こ、これはマズイ……!
「まさか主ら。まだ『生きる』だとか、『勝つ』だとか、思っているわけではあるまいな? そろそろ『自覚』をした方が良いのではないか?」
「……自覚……ッ……だと?」
「なんの、自覚……だ……!?」
「『ここで死ぬ』という『自覚』だ」
そう言い放った時、ズシリ……と圧がかかる。
「主らの命など我と出会った時点でとうに終わったことが決まっておるわ! さっさと生きることを諦めんかこの愚か者めがッ!」
絶望の驟雨は、未だ止むことなく降り続ける──




