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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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19話 勇気の花



 カナリアは自分の目の前で起きたことに目を見開いて驚いていた。


「なによあれ……。魔物を召喚して、それが武器になった? 聞いたことないわよそんな魔法……」


 魔物を別空間から呼び出す魔法はある。しかし魔物を武器に変える魔法なんてものは存在しない。

 魔法武器などは魔物の体から取れる素材から造られる物だが、アストが使った魔法は魔物そのものが武器になっているように見えた。


 カナリアは試験の時を思い出す。アストが倒したバハムートから魔力を吸収していたのを。



(まさか倒した魔物を隷属(れいぞく)できる魔法!? 魔物を使って戦うハンターに似てる力だけど…………そんな次元じゃない。魔物を完全に支配下に置いてる。しかもあの武器、『()()()()』だわ……!)



 【バルムンク】には魔力が流れていた。

 これは魔法武器に見られる特徴で使用者の魔法をサポートするために必要だからだ。カナリアの【ローレライ】もそうである。



「ルラアアアァァ!」


「ふん……」



 本能的に危険を察知したグランダラスは大剣を振り下ろす。

 アストはこれを避けず……右腕で持っている【バルムンク】を斜めに構えて軽く受け流した。


 振り下ろされた大剣はアストに当たらず地面に直撃。風が吹き荒れるがアストは上手く体を動かして飛ばされることなくやり過ごす。


 さっきまでのアストなら受け流そうとしてもグランダラスの力が強すぎて腕にダメージを受けていた。

 だが今のアストはそんな風には見えない。これは力が上がっているというよりも……


(剣術が……上手くなってる? 体の動かし方も別人みたい……。どういうこと?)


 これももちろんのことだが身体能力を向上させる魔法はあっても剣術や体術を会得(えとく)する魔法は存在しない。

 そんな魔法があれば魔法騎士は剣や格闘を訓練などしなくなる。それどころか魔女でさえ誰もが剣を手に取るだろう。

 今のアストの剣術や体術は完全に別人のそれだった。魔法の線が無くなったとなればなぜアストの技術が急激に向上したのか。



 大剣と、蒼く光る黒剣が舞う。



 今やグランダラスは殴る、蹴る、とその身全てで攻撃を仕掛ける。アストはそれを避けて、剣で受け流して、なんとか凌いでいる。


「すごい……! あのグランダラスに互角の攻防を……」


 Aランクの強さを誇るグランダラスによって殺される魔法騎士は数多くいる。

 自分の使っている武器を奪われたり、その強靭(きょうじん)な肉体によって蹂躙(じゅうりん)されたり。力と知を持つ強力な魔物だから危険なAランクとされているのだ。

 しかもその異常進化した個体ともなればAランクに留まる力なのかすら疑わしい。

 それは置いておくとしても強化された圧倒的な力は魔力を纏っていようが一撃で深刻なダメージを与えるほどだ。


 魔人と人間は魔力を纏っている、纏っていないが違うので戦い方が少し異なる。

 魔人は少しくらいのダメージなら防げるので「避ける技術」をあまり深く習得しない者が多い。逆に人間は防御面が「避け」に特化している者がほとんどだ。



(今のアストの戦い方……なんだか人間みたいだわ。自分と相手の得物を考えた位置取り……)




「ルル、ルルル、ルルルルルルル……!!」


 暴力の連続波(ウェーブ)。大剣、拳、蹴り、噛みつき。最早やりたい放題。アストはそれを全て避けていく。


「ルラアアアアア!!!!」


「くっ……!」


 しかしここで一発の蹴りを避けきれず剣で防ぐことになってしまう。

 『ファルス』を使って身体強化を施しているが力の差が違いすぎることもあり大きく後ろに後退した。



「……!」



 アストは後退した場所に【ローレライ】が落ちているのを発見する。それをカナリアの方に投げた。


「え…………あ、」


「カナリア・ロベリール!!」


「! な、なに……?」


 前のアストとは思えない強い声で名前を呼ばれてビックリする。アストはカナリアに目を向けずに声だけを飛ばした。



「お前はいつまでそうしている。早く立ち上がれ」


「む、無理よ……あたしじゃあんなのどうすることも……」



 声をかけられても立ち上がれない。自分があいつに勝てないことはわかっているから。



「諦めるのか?……なら、お前に1つ教えてやる。諦めなければ終わることは絶対にない。だが諦めればそれは本当の終わりだ。生きていようが死んだのと同じ。掴める未来など1つもない」



 カナリアはアストの言葉を黙って聞く。まさに自分のことだ。

 命を諦めた自分はもう父に認められることも、母のような魔法騎士になりたいという夢も全て捨てていた。



「生きている限り、諦めない限り、必ずいつか自分の望む未来は掴める! そしてそれを試されているのは今だ! お前はどうする?」



 向かってきたグランダラスの大剣を受け流しながらアストは言った。立ち上がれと。

 カナリアは目の前に転がっている自分の武器であるレイピア―【ローレライ】を見つめる。


(アストが取り返してくれた……あたしの大切な物)


 カナリアはそれを握りしめる。でも、まだ戦う意思が出てきてくれない。ダメージが体に残っているわけではない。そんなものとうに無くなっている。


 問題は心。一度諦めてしまった傷は簡単に()えない。トラウマのように残り続けているのだ。

 その様子をチラリと見たアストは勇気を手に入れる魔法の言葉をカナリアに送った。



「…………まずは立て。立てたなら、敵を見ろ。そしてなぜ戦うかを決めろ。それができたなら……」



 グランダラスが走る。アストへ全力の殺意をぶつける。





「お前はまだ、戦えるッ!」





 大剣と蒼光の剣がぶつかる。アストは苦し気に顔を歪めた。まともに受けたことで右腕が悲鳴を上げる。


「アストのくせに、好き勝手言ってくれるじゃない……」


 カナリアは握っていた【ローレライ】を見つめる。そこで思い出した。いつかの母との会話。




   ♦




『カナリアはマリーゴールドが似合うわね』


『えー! まましらないの? まりーごるどーのはなことばってね、いやーなものがいっぱいなんだよ! あたし、きらいだもん!』


『そう? じゃあこれは知ってる?…………『勇者』』


『ゆーしゃ?』


『そうよ。それもマリーゴールドの花言葉なの。私好きなのよ。マリーゴールド。だからカナリアはマリーゴールドが似合う子になってね?』


『ゆーしゃってなにー?』




   ♦




 母の死と共に忘れていた小さかった頃の記憶。母が大好きだった花は自分の大嫌いな花だった。


「今ならわかる……『勇者』。なんで忘れてたんだろう……」


 カナリアは立ち上がった。暴れ続けるグランダラスを見る。もう奪われた物は取り返した。あとは得るだけだ。勝ち取るだけだ。生きる希望を!



「あいつを倒して、あたしは生きる……お母様のような立派な魔法騎士になるために」



 ほら。もうお前は、()()()



 アストからそう言われた気がした。自分に勇気をくれたアストに感謝する。

 【ローレライ】の刃先をグランダラスへと向け魔法の標的とする。



 詠唱が、始まる。



「水の精霊よ我に力を 悪しき魂に今こそ罰を 勇気ある魂に祝福を 忌まわしき心を洗い流す 我が敵を撃ち抜け断罪の水流」



 5節の詠唱。カナリアの手持ちの中でメインの攻撃魔法。

 【ローレライ】の刃を地面に突き刺し、自分の残り全魔力を注ぎ込んだ!






「『ウォーターガイザー』!!!!」





 アストに凶刃を振り下ろそうとしていたグランダラスの足元から魔法陣が出現。それを見たアストはすぐさま後退する。



 魔法陣から大きな水柱が立ち上る!!



 グランダラスは自分の体と同じほどの大きさの水柱に思い切り体を打ち付け、あまりの勢いに体を宙に浮かせてそのまま倒れてしまう。

 ここで初めてグランダラスが体を地につけた。



「ル……ルラ!?」



 これも初めてのこと。自分が持つ暴力に屈しない存在であるどころか自分が暴力に晒されている。


 また1人「餌」ではなく「敵」と認識する。

 さっきの魔法は下手をすれば自分の体を貫いていた。危なかったのだ。よろめきながら……なんとか立ち上がろうとする。



「今の、全魔力使って……も、もう……魔力、ないわよ……! アスト、あんたが最後、決めなさい!」


「やればできるじゃないか。後は任せろ」



 アストは【バルムンク】を天に掲げる。




「『ファルス』」




 アストは『ファルス』を発動。


 だがその対象は自分ではなく……()()()()()()()()()()だった。


 蒼く光る剣は光の粒子に包まれる。【バルムンク】は『ファルス』の効果で耐久力、斬撃性能が向上した。



(そうか……ベルベット様が言ってた。『ファルス』は身体強化魔法ではなく強化魔法。物体の力も向上させることができる!)



 【バルムンク】はさらに光を強くする。蒼い光が眩く輝いていて、どんどん光が強くなっていく。そこでカナリアは異変に気付いた。


「………武器がアストの魔法に反応してる?」


 【バルムンク】が、かけられた『ファルス』に反応して光っているように見えた。

 そういえばあの魔法武器がどんな力を持っているかまだわかっていない。


(バハムートは魔法に対する強い耐性がある。それは鱗が魔法を吸収するから……あの剣もそれと同じ力を?)


 蒼く、蒼く、蒼く。輝き続け……そこから紫色の魔法陣がいくつも発生した。



「え!? あれは………………()()()()!?」



 魔法使いがそれぞれ1種類だけ使える特別な魔法。それがアストの持つ剣の周囲に発生していた。

 属性は「闇」。光を滅する暗黒の力を生み出す闇魔法だった。


「アストの属性魔法が『闇』ってことなの? いや……そうじゃないわ。あれは……アストじゃなくて()()()()()()()使()()()()! まさか……使用者の代わりに魔法を発動する魔法武器!?」


 そんな代物聞いたことがない。


 そもそも魔法武器とは使用者が使う魔法のサポートが目的で作られている。あくまでできるのはサポートなのだ。

 武器ごときが魔法使いであるかのように魔法を発動するなんてことはおかしい。しかも魔法は無詠唱。それなのに強力な魔法の気配がする。



 アストの【バルムンク】は、外部から魔力を吸収することによって使用者が魔法を使える使えないに関係なく、「闇魔法」の発動が可能な前代未聞の魔法武器だった。

 それはある意味で魔法使いの大原則である「1人1つの属性魔法」というルールを破壊する武器でもある。



「行くぞ……グランダラス。この一撃を受けてみろ」



 【バルムンク】は蒼い光から黒い光に変わる。剣はその黒の光に包まれて漆黒の大剣と化した。


「ルラァ!?」


 グランダラスはその攻撃に激しい恐怖を抱いた。あれはヤバイ。本能が騒ぐ。逃げろ、と。戦うな、と。

 好き放題に暴れていた暴君は後ろに振り返ろうとする。次の瞬間には情けない背中を見せて逃走を始めるつもりだった。



 だが、それは叶わなかった。



 突如、グランダラスの足元にあった水たまり─カナリアが発動した『ウォーターガイザー』によって生まれた─がバキバキ!と凍りだす。


 室内の温度も急激に下がり極寒の世界に早変わりした。

 ここにいる全員何が起こったのかと驚く。


 どんな偶然かちょうど地上ではベルベットが究極氷魔法『フィンブル・ヴェト』を発動させた直後だったのだ。

 その結果、足を氷で縛られたグランダラスは後ろを向くことすら許されず逃げることができなくなった。


 アストは白い息を吐き……グランダラスに告げる。




「覚悟はできたか? お前の終わりの(とき)が、来たぞ」


「ルルラ!? ルラアアアアア!! ルラアアアアアアア!!」




 グランダラスは自分の足元の氷を大剣で砕こうとする。数秒あれば抜け出せるほどの氷だ。





 数秒あればの話だが……。



 アストが目にも止まらぬ速さでグランダラスへと急接近する!







「『ブラックエンドタナトス』!!!!」


「ルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!」




 それは漆黒の剣という(かま)を振り下ろす死神。


 漆黒の大剣と極大の大剣の交錯(こうさく)

 大きさで比べればグランダラスの持っている剣の方が大きい。



 だが、アストの剣に魔法が付与されている時点でそんな次元の勝負ではなかった。





 ズグンンンンンンンンンンンッッッ!!!!!





 重々しい音を上げ、漆黒の光の刃が立ち向かう大剣ごとグランダラスの体を両断した!!

 嘘みたいになんの抵抗も見せず大剣はぶった切られた。おそらく魔法による効果だろう。



「ガアアアアアアアアアアァァァ!!!」



 斜めに斬り裂かれ自分が惨殺したブラックウルフと同じく上半身と下半身が離れる。

 頭と右腕だけになって地に落ちるグランダラスをアストは見下ろす。


「ル、ル、ルル……」


 情けか、トドメか。グランダラスは高い知能があるせいでこの次の行動の意味を知ってしまうことになる。




「足ることを知らず捕食の限りを続けた暴食の王グランダラス。今からお前を…………支配する!!」



 トドメ、だった。


 アストの手のひらから黒の魔法陣が現れる。グランダラスの魔力と思われる光の粒子がその魔法陣に吸われていく。

 そのまま全ての魔力を吸われ、グランダラスの体は虚空へ霧散した……。



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