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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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186話 跪く『王』



 アストとゼオン。二人の魔王後継者の前に現れた妖怪──「王鬼(おうき)」。

 炎鬼、雷鬼、刃鬼、毒鬼……四人分の妖怪の魔力が一つになった姿。


 「王鬼」となり、ぬらりひょんの配下として妖魔四天王と呼ばれるほどに強くなり魔人の間でも有名な存在となって数年経つ。


 作戦の都合上、久しぶりにまた四人に分裂することになったが、その懐かしさのせいだろうか。



「ふむぅ……」



 未だ己の巨大な魔力に気圧されている二人の顔を眺めながらも考えていることは自らの過去のことだった。




   ♦




「情けないっ!!」



 妖怪の国──「夜行の国」に高く建つ主が住まう城である「妖魔殿」。そこで炎鬼は己の中に(わだかま)る汚泥のような苛立ちを吐き出すようにそう言った。



「どうした炎鬼よ」


「何を怒っておるのだ」


「ぬらりひょん様の居城でなんたる声を」



 それを横で聞いていた仲間である雷鬼、毒鬼、刃鬼の三人の相槌には彼を(なだ)めつつも、醜い怒りの声が主の耳に届くのではないかと(たしな)める意味も持ち合わせていた。



「恥ずかしいとは思わんのか」



 しかし、炎鬼は引き下がらない。


 こうして自分が怒っているのは、今日のことである。



 自分達はとある任務を授かった。


 それは標的にしていた人間の国─「日の国」にある重要施設の破壊。


 (あるじ)から授かった任務だ。死んでも果たさねばなるまい、と意気込んでいた。

 これでも自分達はチームワークには自信がある。四人の魔法から繰り出される種々の攻撃に耐えられる者などいない。



 その時は愚かにもそう思っていた。



 だが、その自信は容易く壊れることとなった。





「あはは♪ もっと遊んでよー。おーにさんこ~ちら~♪」



「なぬっ!?」


「この小娘……何奴!?」



 破壊対象である施設に乗り込んだ時、予想だにしていない相手と出会ってしまった。


 日の国の異能者とは違う、別の国のハンターの隊服に身を包んだ少女。

 可憐な見た目とは裏腹に一瞬の隙をも逃さぬ蛇のような殺意籠った目を向けてくる。



 ミリアド王国エリア6ハンター、「ミーシャ・パレステイナ」当時10歳。



 偶然にもミリアド王国から派遣されていたハンターがこちらの目的を阻んできた。

 たった10歳の少女が、と思うかもしれないが。今、目の前では自分達が放っている炎、雷、鋼、毒の魔法をいとも簡単に避けているどころか、つまらないのか得物である槍斧(ハルバード)をクルクル回しながら遊んでいる。



 それだけではない。攻撃の手をほんの少しばかりでも緩めれば、その次には誰かの首が両断される光景が映し出されると四人全員が確信していたくらいに油断はできなかったのだ。



 けれど、油断しようとしまいと関係ない。どう見ても遊ばれている。向こうがやる気を出した瞬間に全員死ぬ。それがわかっていたからこそ相手の機嫌が変わっていないか怯えながら戦うという異質な戦闘であった。




 結局。その戦闘は自分達が殺される前に、ぬらりひょんの直属の部下である「妖魔三人衆」(当時の『妖魔四天王』)の一人が殿(しんがり)を務めてくれたおかげで逃げ出せた。無事に戦闘を離脱できたのだ。


 とはいえ、あのミーシャという娘を倒せたわけではない。ただ、逃げただけ。

 世にはあの歳で人を辞めたかのような力を持つ者がいる。それを相手にすればたとえ四人いようと息を吹きかけるが如く消し飛ぶ。



 主であるぬらりひょん様の役に立ちたいのに、炎鬼は弱すぎる自分に腹が立っていたのだ。

 炎鬼を(たしな)めた他三人も心は同じであった。



 強くなれば、もっとぬらりひょん様の役に立てる。強くなれば。



 だが、そんな簡単に強くはなれまい。それが叶えば苦労など何もない。


 そんな息を吐きたくなる心地であった炎鬼達に都合のいい話が舞い込んできた。





魂魄(こんぱく)融合実験の被験者を募る」




 それが妖怪達に知らされたのだ。




 魂魄融合実験。


 妖怪には魂という概念が目に見えて存在する。

 死者の魂を喰らえば喰らうほど自らの「魂」は強くなる。そういった「特性」が妖怪には存在していた。つまり、簡単に言うと倒した相手を自分の強さとできるのだ。



 そうした妖怪の中では密かにある実験が噂されていた。


 それは妖怪同士の魂の結合。


 人間や他種族の魂を喰らって強くなるのは妖怪の中では常識であり、自分達はそのようにして強くなり栄えてきた。……そのせいで他の種族の魔人とも仲が悪かったりするが。



 では、妖怪が「妖怪の魂」を喰らえば、人間や他種族の魔人の魂を喰らうより強さを獲得できるのではないかと考えられたのだ。



 といっても、仲間を喰らうというのは気分の良い話ではない。



 そこで、魔法によって「魂をくっつけ、別固体となる」実験が提唱された。


 これが成功すれば、弱い妖怪でもそれら二人以上で合体し……かの魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)の隊長クラスに匹敵するほどの強さを持った魔人がいきなり出来上がる可能性だってあるのだ。



 まさに、()()()()()()()だ。




 これを見た時、炎鬼達に躊躇(ちゅうちょ)はなかった。すぐに四人で名乗りを上げたのだ。


 失敗すればただでは済まない。なにせ要約すれば「人と人をくっつけて人造個体を作ろう」と言っているのだ。死ぬだけで済めば喜べるほどの苦しみが待っていること間違いない。



 だが、そんなことはどうでもよい。


 全ては我らが主、ぬらりひょん様のため。妖怪は皆、主に絶対の忠誠を誓っている。役に立てるのであれば、命など万歳をして差し出す。





 そうして生まれたのが…………「我」だった。






「ほぅ……お主が、かの実験の成功例か」


「……はっ」


 四つの丸太のような太さの腕。頭に生える五本の角。強靭な肉体は彫刻のように美しく研磨されている。

 実験の効果は凄まじく、ただ四人を足した力……なんてレベルではない。足してそこから数十倍にまで高めたかと思うくらいに力が漲っていた。



「素晴らしい。して……名は何という?」


「もしよろしければ貴方様から名を頂ければ……」


「ほぅ…………」



 新たに生まれた自分。その名を決める者がぬらりひょん様をおいて誰がいようか。たとえ己の存在が変わろうとも忠誠心に一切の変化なし。曇りもなし。




「では…………『王鬼』と名乗るがよい」




 そう、ぬらりひょん様が言った。



 自分の名は……『王鬼』。



 それを認識し、その名を噛みしめた時。


 最初の感情は…………喜びか。




 否。





 「恥」であった。




 王鬼は(ひざまず)きながらも主の前で()()()()()



「貴様ッ! ぬらりひょん様から名を頂いておきながらなんたる態度!!」



 ぬらりひょんの横に控える配下の妖怪は王鬼に怒る。それが感激の涙ではないとわかっていたから。


 主から授かった名を喜びこそすれ、それ以外の感情を表すことなど許されない行為。極刑に値するものだ。

 しかし、ぬらりひょんは「待て」と前へ出ようとした配下を黙らせる。




「申し訳ございませぬ。ぬらりひょん様」


「どうした王鬼よ。なぜ、()びる。なぜ、泣く」



 ぬらりひょんは名が気に入らなかったのか、と問おうとした。それよりも前に。




「貴方様という者がありながら『王』などと……! 申し訳ございませぬ……!!」




 王鬼が涙したのは、その忠誠心ゆえに。


 彼にとって……否、妖怪にとって「王」とは主──ぬらりひょんのことだ。それでいて自ら「王」と名乗るなど恥を知れと妖怪中から唾を吐きかけられてもおかしくない。

 「王」とはぬらりひょんのためだけにある言葉なのだ。決して自分が使っていいものではないと王鬼は深く自覚していた。それをたとえ主本人から賜ったとしても、喜んではならない。




 それを聞いた時、ぬらりひょんは笑った。




「かっかっか! よい! よい! むしろ、その『王』が(わし)の配下におるとは愉快ではないか!」


 

 その言葉だけでも、王鬼は救われた気がした。


 自分の存在をはっきりと主の一部分にしてくれたような……そんなものが感じ取れて。




「王鬼よ。自分が『王』であることを恥じるならば。武を極め、逆らう者を薙ぎ倒し、儂をこの世界の…………『帝王』にせよ!!」


「はっ!…………なんと、なんとありがたきお言葉……!!」



 それからは、暴力の限りを尽くした。


 主である「ぬらりひょん」は日々配下の妖怪に「魂」を集めさせている。


 人間や他種族の魔人を(さら)い、体から「魂」を抜き取り、ぬらりひょんはそれを食しているのだ。



 そうすることで、主はより力を増幅していく。



 自分は、とにかく殺して殺して殺しまくった。


 主の眼鏡に適う相手がいれば、力づくで黙らせてその魂を主へと献上した。



 誰が相手だろうと関係ない。



 ハンターだろうと、魔法騎士だろうと。



 自分に勝てる者などいない。接敵した瞬間に、その相手はぬらりひょん様に魂を献上する「(にえ)」となることが確定するのだ。



 その強さから、ぬらりひょんの直属の配下に加えられ「妖魔三人衆」から「妖魔四天王」へと変わった。


 気づけば自分は……妖怪の中で三番目に強い存在となっていたのだ。



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