185話 問答無用の殺戮者
「この魔力は……!」
現れた巨大な魔力に気づいたレオン。それはこの森の中でさえ確かに「出現した」と知覚できるレベルのもの。明らかに普通ではない。
(そうか。妖怪には魂を分割したり合成したりする研究が進んでいると聞いたことがある。まさかこの鬼は……)
レオンは消え散った炎鬼の灰を見る。
「死ぬことを条件として発動する魂魄合成魔法か……?」
死亡した仲間の魂を、自分にくっつけて更なる強化された魔人へと成る魔法。
しかし、その魔法の成功率はあまりにも低く妖怪の間でも実用化はされなくなったと聞く。
けれど、もし……その成功率を上げる方法が見つかったというのなら……。
(この魔力量……間違いなく妖魔四天王の誰かに違いない。ということは……)
魂の合成ができるのなら、「分解」もできる。
妖魔四天王の誰かが予めにいくつかの体に魂を分割しておき、「時」が来れば合体し、目当ての対象に接触する。そんな、妖怪しか出来ないであろう作戦。
そしてその「時」とは……
「俺達が足止めされていたこの状況……」
魂の合体が「死ぬこと」を条件としているなら、自分が炎鬼を倒したように他の誰かが別の鬼を倒したことになる。
レオンはすぐに三人に通信魔法を飛ばした。
リーゼとフリードには届く。だが……アストには届かなかった。
つまり、アストだけが自分達の中で異様に遠くの位置にいる。
それで、わかった。
炎鬼が自分のところに来たのは自分とアストを遠ざけるため。他の二人にしても同じく、アストから遠ざけるために距離をかなり取らされている。
アストが魔王後継者であることが妖怪にバレていたのか……!
彼が狙われる理由なんてそれ以外に考えられない。完全にやられた。
レオンは改めて自分達とアストの距離を見る。
(通信が届かなかったことを見ても、おそらく……俺の位置からアストを助けに行くには最悪一時間はかかる可能性がある)
リーゼがいる位置も自分と似たような位置だった。彼女も難しそうだ。
フリードは、アストの向かった方角から直線距離で近い場所にいる。自分とリーゼと比べて……と言えるくらいだが。
それでも三十分はかかりそうだ。だが、仕方がない。
レオンはフリードに通信をかける。
♦
フリード・ヴァースがいた戦場。
彼は九人ものハンターに囲まれていた絶体絶命の状況に身を置いていた。
が…………
(な、なんだよ……なんだよこいつ……!)
彼と戦っていたハンターは心の中で呻く。
転がる死屍累々。その中で大きな木の根に座って、一休みのようにボーっと月を眺める返り血を浴びた男。
全部。全部こいつに殺された。
九人でこいつを囲んだんだ。ヘラヘラしてて弱そうだったから楽勝だなって。そ、そうだ。それは今でも憶えている。
そ、そこからだ。こいつの虐殺が始まったのは。
どんな攻撃をしても、避けられる。死角なんて関係なしに。
異能を使おうとしたら、それを察知したかのようにそいつの胴を切断して即殺す。そうやって異能を不発させる。
というか、途中からさらに六人来てくれたんだ。十五人になったんだ。
それでも、すぐ死んだ。
ばったばったと、倒れていく仲間。血が舞い、悲鳴が飛び交い、男はただ刀を振るうだけ。
無表情のまま。恐ろしいくらいに感情が凍り付いた眼差しで。
それを思い出すと声が漏れ出そうになった。
今の自分は、奇跡的に死体が覆いかぶさっているおかげで死んだと勘違いされて見逃されているのだ。声なんて少しでも漏らせば……終わるっ!
「んー? もしかしてまだ生きてんの?」
じろり、と目がこちらを向いた。目が、合った……!
「あれー。殺り損ねてたか。うっかりしてたなこりゃ」
フリードは死体の中から生きていた男を無理やり引っ張り出す。男は「ひぎぃっ」と情けない声を出して失禁した。
「……悪いね。人間と戦うのが俺の仕事だから。魔法騎士団って知ってる? 俺そこの副隊長やってんのよ。かっちょいいでしょ」
「あ、あうああああ……」
気さくに話かけても、反応変わらず。フリードは表情を戻す。
「ねぇ。一個だけ聞いていい? ハンターに会ったらできるだけ聞くようにしてるんだけど」
「は、はひ?」
「『爆殺天使』っていう、手で触れた物を爆発させたり爆弾に変えたりする『異能』を持った、人を殺すことを楽しんでるクソ野郎知らない? 俺、そいつ捜してんだけど……」
わかる。わかってしまう。「知らない」と言えば自分は用なしですぐに殺されることを。
「……!」
ぶんぶん! と、頭を縦に振る。生きる。生きなくては。
「え、知ってるんだ。意外。そいつ今どこにいるの?」
「……」
だが、無駄。知るわけもない。そんなふざけた『異能』聞いたこともない。
自分の脳が、「一秒でも長く生きろ」と命令して体を動かしたのだ。渡せる情報なんて持っていないけど、とにかく生きろと。
無意味な数秒の生存時間。たったそれだけを稼ぐだけに嘘をついた。それほど愚かに自分の脳は生を求めた。
「…………あっそ」
フリードは【幻影叢雲】を振るって男の体を切断した。
もとよりハンターなら生かすわけはない。自分に危害を加えないならまだしも、ついさっき襲い掛かってきた奴だ。たとえ魔法騎士が人間の手から「守る」ことが使命だとしても、その刃を情け無しに命へと突き入れる。
「あー、しんどっ」
軽くを伸びをしていると、『通信魔法』が飛んできた。
相手は……レオン・ブレイズ。
「あいあいー? どしたー?」
(「フリード。そっちは大丈夫か?」)
「なんか十数人くらいのハンターに襲われてさ、なんとか命からがら(笑)。俺もまだまだ捨てたもんじゃないねー」
(「嘘をつくな。声から余裕が感じられる」)
「ありゃ。やっぱお前にはバレるか」
これでも人間を相手にする第一隊の副隊長なのだ。下っ端のハンターなんて数十人相手にしても瞬殺できる。
(「それより緊急事態だ。妖魔四天王の誰かがこの森に来ている可能性が大きい。しかも、魔王後継者であるアストを狙っていると見て間違いない」)
「タンマ。ストップ。もしかして、それ俺が行く系?」
(「当たり前だ。お前の方が近い。今すぐにアストの進んだ方角に向かえ」)
「ぐあ~……マジか。俺が行ってどうにかなるかな~……」
なんて言いながらも歩を進めるフリード。アストが狙われているというなら行くしかあるまい。ここで見殺しにしようものなら後でベルベットに殺される。
そう、思っていたのだが。フリードはすぐに足を止めた。
「あー……ごめん。やっぱ無理っぽいわ」
(「どうした? やる気がどうという話なら──」)
これでも学院時代からの長年の付き合いだ。レオンはフリードの不真面目さを知っている。
「や。そうじゃなくて……」
しかし、理由は別のところにあった。
「あれぇ? お兄さん、ハンターの人?」
闇から血の臭いを追って出でた。
こんな戦場には似合わない、笑みを携える可憐な少女。
手には血だらけで真っ赤な槍斧。着ている隊服も返り血だらけ。童顔で可愛い笑顔が台無しになるように頬にも点々と血が付いていた。
ミーシャ・パレステイナ。人間最強のエリア6、そこの怪物ハンター。
アレンの命令でハンターを殺しまわっているところにフリードと鉢合わせた。
フリードも彼女のことは知っている。とんでもない実力を持っていることも。
こうして向かい合ってるだけでも殺気が凄い。視線だけで寿命が縮みそうだ。今までの経験でも、見たことないくらいの力を感じる。
「今ね。アッ君のお願いでミーシャがハンターさん全員殺してるとこなんだ~。それ以外は絶対殺すなって言われてるんだけど~……お兄さん、ハンターの人? ハンターの人だよね? もうハンターの人ってことでいいや殺そ」
「これはマジで、ひっさしぶりにヤバイのとエンカウントしたな……!」




