184話 王を冠する鬼
アストはゼオンが戦う様をただ眺めるしかできなかった。それほどに素早い戦闘だったのだ。加勢する余地すらない流れるような決着。まさか、こうもあっさり終わるとは。
毒鬼の体から一つの球体が現れ出でる。
その球体は破裂し、アリスの体が地面に落ちた。魂を自らの体に封じ込める魔法である『魂魄牢獄』が解けたのだ。
それが解けたということは、本当に毒鬼を仕留めたことになる。
(信じがたいけど、もう救出完了か。今更ながらゼオン……本当に強いな)
自分なら、あの毒の魔法にどう対応していただろうか。
クイナのオペレートもあってか毒の魔法に気づくことはできるだろうが、身体能力で言えば向こうの方が僕よりも上だ。一発でも毒を受けていた可能性が大きい。
(でも、それは無意味な分析だ。今はアリスを救えたから良いじゃないか)
けれど、引っ掛かることもある。
毒鬼が弱いとは言わないが、アリスを攫った時に出てこなかったことから考えてあまり戦闘が得意じゃないと見える。魔法も決して正面からの戦闘向きとは言えない。
そんな魔人が、重要人物を運ぶ仕事を任されるか?
ここはエラの森。魔物だってうじゃうじゃといる。出会わなければ運が良いが、ずっと進んでいけばいくらか戦闘は避けられないはずだ。
それと、どうして妖怪側は僕らに合わせてわざわざ人数を割いているんだ……?
いや、奴らは一人だけでも『夜行の国』に着きさえすればいいわけだから……他の奴が時間稼ぎをするのも悪い作戦ではないとは思うがリスクも大きいような気がする。例えば最初は全員一緒で行動しながら、接敵次第で一人ずつ足止め要員として切っていくとかした方が理にかなっているように思える。
まるで、アリスを運ぶことよりも、
こちらを「足止めしようとすること」を優先したかのような……
そこまで思い至った時。不自然なことに気づいた。
今、この現状。ここにいるのは、誰だ?
まずは「僕」。さらに「ゼオン」と「アリス」。この三人。
アリスは……妖怪側が攫うほどの何かを抱えた特殊な魔法使い。過去のベルベットの反応からしても、きっと彼女の属性魔法がかなり珍しいものなんだと予想できる。
そして、僕とゼオン。
僕らは……「魔王後継者」。
その正体を掴もうと人間や魔人どちらもが血眼になって探そうとしていると言っても過言ではない存在。
もし、アリスを攫おうとしたのが鹵獲目的であるなら。言ってみればある意味でアリスと同じような価値を僕とゼオンは持っていることになる。
そんな存在が、偶然にもここに集結している……? これは、本当に偶然なのか?
さすがに僕の考えすぎか? それとも……
(僕も、ゼオンも、「アリスを助ける」という『罠』に引っ掛かってここに誘い出されたとしたなら──)
ドズンッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
その瞬間。大地が震動する。
地震、ではない。
それは、大きな、大きな魔力がこの地に現れた衝撃ッ!!
「ゼオン! 今すぐそこから離れろ!!」
「……!」
僕の声よりも早く。ゼオンはその魔力を察知して気づいた。
そして、その魔力の居所が……「毒鬼の体」からということも!
巨大な魔力が出現した地点。毒鬼の体……と思われるものが、立ち上がる。
その紫色の体は今や全身「赤」と「黒」。怒りと死を連想させる二色の地獄を身に纏う。
腕は二本から四本に増え、角の数は五つ。立ち上がっただけで……自分の全身から汗が噴き出るのがわかるほどの圧迫感が襲い来る。
「…………ふむ。狙い通り虫共が湧いておるわ」
この嫌なくらいに静かな夜の森という空間に、発された音──言葉。
それは「この状況も自分の予定通りだ」というもの。
言ってしまえば、お前らは自分の掌の上で泳いでいたんだ、と宣言されているのと同じ。
「童よ。我の名は……『王鬼』也」
名を、名乗った。
一番に反応したのはアストやゼオンではなく……アストの視界を共有してオペレートをしているクイナだった。
(「ローゼンくん、今すぐに退避してください……!」)
(「強いの?……っていうか、こうして相対してるだけで伝わってくるけど……」)
(「強い、どころか……あれは……」)
(「妖怪総大将ぬらりひょんの配下である最強の妖怪四人──『妖魔四天王』が一人、王鬼。強さは妖怪の……No.3。こちらで言うなら間違いなく魔法騎士団隊長レベルの魔人です!」)
妖怪という『種族』で、三番目……!
そんな、そんな大物が……、ここに……!?
ちらりとゼオンを盗み見る。
クイナが話してくれたことを奴はすでに知っていたか。もしくは目の前の凶悪な魔力に当てられているのか。
あのゼオンでさえも、頬に汗を伝わらせて硬直していた。
「『魂魄牢獄』」
そうやってアクションを取らないでいると、王鬼と名乗った者は再び魔法を発動。アリスの体がまたも小さな球体となって奴の体の中に取り込まれる。
「アリスっ!」
「まずは、一人」
「まずは」。今からお前らも鹵獲する。そう、聞こえる。
やはり最悪の予想は間違っていなかった……!
「魔王の童らよ。主らも、ぬらりひょん様の贄となれぃ……!」
絶望が今、始まる。




