181話 氷炎の剣は灰を吐く
テンポが悪くなると思ってこの世界の魔法についての設定なんかを作中で語らず(ストーリーに大きくは関係ないので)「詳細レポート」っていうのであとがきに書いたりしてますが、今回マジでクソ長いので特に暇な人や特に興味ある人だけで良いと思います……
深手、まではいかなくとも。レオンの皮膚を薄く切り裂く程度には炎鬼の攻撃が届くようになってしまった。
「ほれ! ほれ! ほぉれほれ!!」
ズバッ! ザクッ! ズシュッ!!!!
レオンの体に裂傷が増えていく。どれも大きな傷ではないが出血している。このままでは危ない。
「そぅら!! 早く消してみぃ!」
また放火。そしてまたここで消火しなければいけないが、
レオンは…………もう動かなかった。
「どうした? 早く消さねばどんどん火が広がってゆくぞ?」
「方針を、変えることにした」
「?」
炎鬼は早く隙を見せろ、と挑発する。しかし、レオンは目を閉じてその挑発には応じない。
「このまま火を消しても堂々巡り。そしてお前を生かして少しでも情報を聞き出そうとも思っていたが……」
目を、開く。
「情報を聞き出すことを諦めることにした。ここからは一秒でも早く、一撃でお前を始末する」
レオンはもう周りの火に目もくれない。
炎鬼はここに来て自分が大きな失敗をしてしまったことを悟る。
周りがすでに燃えているのなら、
彼の『炎魔法』も解禁してしまうことを。
「ま、待て! 良いのか!? 見てみよ、凄まじい速度で広がってゆくこの炎を! 一瞬でさえも気が抜けんはず!」
すぐに鎮火していったレオンの行動がなくなったことで木々がドミノ倒しのように次々と燃えていく。これはただの炎ではなく魔法の炎だ。止まることを知らず燃える速度も半端ではない。早く鎮火しなければ取返しがつかなくなる。
だが。
「もう自分のことだけ心配していろ」
「!」
ドンッ!!!!! とレオンは地を蹴り加速する。
【フリージング・イフリート】が激しい熱を持った。
「炎武燈征 一刃──『華炎』」
凄まじい剣速で【フリージング・イフリート】を振るう!
それを炎鬼はなんとか反応して腕でガードするが、
ジュッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
(んなっ!!?!!!? あつ──)
炎鬼の腕に接触した瞬間、レオンの剣はその刃に秘めた激しい熱で阻むものを焼き切っていく。
皮膚を焼き、その先に待つ骨さえも。ガードがガードの役割をまったく果たせない。
それだけでなく、とうとう炎鬼の体全体が発火した。一瞬にして火達磨と化す。
これは魔法の炎を剣の内に極限まで封じ込め、対象を熱によって燃やし斬る炎熱一閃。
刃が相手に触れた瞬間に見せるは火花。最後に散らすは灰の花弁。
それが、レオンの魔法剣技の一つ──「華炎」だ。
「罪なき灰となれ」
ズァァンッッ!!!!!! と空間を裂く音を響かせて剣を振り抜く。
炎鬼の体を燃やして進んだ刃は、一切止まることなく対象を切断した。
「が…………」
炎鬼は灰となって跡形もなく消え失せた。
それを確認するとすぐにレオンは鎮火作業に移る。
炎鬼の言う通り、このままではマズイ。
魔法の炎を舐めてはいけない。対応が一瞬遅れるだけで本当に大惨事になりかねない。今もかなり危ないレベルになっている。
「間に合うか……」
レオンは再び【フリージング・イフリート】を構えた。
それに魔力を大量に注入すると、武器に装飾されている蒼の宝石が光る。
すると、吹雪とも言えるような極大の冷気が武器の周囲に発生する。
【フリージング・イフリート】は「デュアルエレメント・システム」というものを採用している。
通常、魔法武器には一つの魔法属性しか機能として付与できない。
そもそも魔人は属性魔法を一つしか持っていない以上、武器にあれこれと機能を付与しようが使えない。たとえ武器に氷魔法の機能を付与しようと、氷属性の魔力を持っていなければその機能は意味がない。それに対応した魔力が必要になるからだ。
では、どのようにして二つの属性を同居させるか。そしてどのようにして一つの所持属性で二種の効果を発揮させるか。これが大きな問題となった。
そこで、とある魔工が研究で注目したのは炎魔法の「発熱」という特性だ。
これを発熱ではなく「吸熱」や、もしくは温度が高い炎を発生させるのではなく温度が低い炎といったものを発生させることはできないか? という点である。
それが可能ならば、炎魔法は物体を燃やすことも凍らせることも可能な属性魔法となる。
その理論から完成したのが『デュアルエレメント・システム』搭載魔法武器──【フリージング・イフリート】。
ここで言うデュアルエレメントとは「二属性の魔力」ではなく一つの属性魔法が二つの属性を持っているかのような、という意味である。
一見してこれでは炎魔法は万能のように思えるが、これの問題は「冷たい炎」を発生させるのはとてつもない練度を要求されること。
炎魔法にかなりの適性と天才的なセンスがなければこの技術は扱えないどころか、物体を凍らせるほどに冷たい炎など発生させることすら不可能という点である。
しかし、若くして魔法騎士団の隊長に就任するほどのレオンにはこれが可能だった。
「蒼炎霹靂 激しき紅炎 破壊の炎の枷を解きて 凍てつかせる逆炎となれ」
レオンは4節を唱える。炎魔法の詠唱。しかし、それは魔法使いの中でもレオンほどの者にしか扱えない低温炎の魔法術式。
「『ブレイズ・コキュートス』」
剣を振るうと、赤ではなく氷や水を連想させる蒼の炎を周囲広域に発生させた。
その炎は炎上する木を包むと、炎ごと木を凍らせる。
「……なんとかなったか」
全ての炎は鎮火……どころか時が止まったかのようにその揺らめきを硬直させて氷に包まれるという異常な光景を映し出していた。
(ハンターが集まる前にここを離れておくか)
大炎上の次には辺り一面凍るという到底魔法でしかあり得ないだろう現象にハンターが魔人の気配を嗅ぎつけて集まる可能性が高い。さすがのレオンもハンターに囲まれるのは面倒だった。
レオンは走りながら通信魔法の応用で仲間の位置を確認する。
通信魔法は実際に話すだけでなく、魔力の信号を飛ばすことで相手の位置を把握することもできる。
とはいえ細かには把握できず遠すぎると信号も届かず位置がわからないのだが。その分、人間とは違って発信機といった道具を使わずに済むという利点はある。
(アストの位置だけがやけに遠いな……)
自分とフリードとリーゼは位置が離れていても信号が十分に届いた距離だった。
が、アストには届かなかった。最初に進む方向を決めていたためにある程度どこにいるかは予想できるが、自分達三人とはかなり離れている。
(何事もなければいいが、嫌な予感がする)
胸中にあるわずかな不安。アストを信じていないわけではないが、何かが彼に近づいているようで心が騒めいていた。
・詳細レポート 『デュアルエレメント・システム』
若き魔工の天才ユーリエ・メルアールが開発した魔法武器専用術式システム。通常の魔法武器には属性魔法の正の性質(炎魔法ならより温度が高い炎、土魔法ならより硬い土)を高レベルで発現させるべく術者の「魔力を練る行為」をサポートする術式がついている。魔法の常識としては正の性質の逆となる負の性質は「魔法の出力が下がること」という認識になっていたので負の性質への強化をサポートする術式の搭載は魔法武器に不要とされていた。
ユーリエが提唱したのは魔法発動に際し術者のイメージやコントロール次第で負の性質は単純に出力が下がるだけではないということ。魔法を負の方向に限界まで伸ばしていけば、炎ならば物体を凍らせることも、土ならば脆くなるだけでなく柔らかく弾性のある特殊な土を発現させることが可能なのではないかという理論である。
それを実現させるために魔法武器内に「負の性質専用のサポート魔法道具」を埋め込むことで術者が魔力を注入する先を魔法武器にするか、その魔法道具にするかによってどちらの性質を発現させるかを選択することができる。さらに、通常の魔法武器とは違い「術者のイメージ」を強く魔法に影響させる特殊な術式を組み込んでおり、これらを総じて『デュアルエレメント・システム』と呼ぶ。
ただし、先に記述した通り通常の魔法武器とは大きく機構が異なる。特に大きな点として「魔力を練る行為」をサポートする術式を外してあるためこのシステムを採用した武器は使用者の魔法練度に大きく頼ることとなる。




