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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第0章 魔法が苦手な魔法使い編
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18話 貴方はもう一度戦える



「アスト……あんた、なんで! なんで戻ってきたのよ!」


 カナリアは顔を(ゆが)める。どうして戻ってきたんだとアストの行動を強く否定する。

 せっかく諦められたのに。死を受け入れられたのに。それがぐらついてゆく。ひび割れてゆく。


「あんたまで死んだら……あたしはもうどうしようもなくなる! お父様にも恥をかかせる……それに……きっとあたしよりもあんたの方が伸びしろがあるわ……。生きる価値だって……あ、あんたの方が…………大きいのよ……!」


「………」


 必死に説得をする。自分をどれだけ(おとし)めてもいい。だが仲間も一緒に死んだとなればロベリールの名にも傷がつく。「ロベリールの娘は仲間も死なせた無能だった」と噂される。

 それなら意味のある死を。仲間を救って死んだ。それならまだ……




「誰が、君にそんなことを言ったんだ」



 アストはポツリと呟いた。



「誰が、君の価値なんか決めたんだ」



 やめて。もうそれ以上言わないで。諦めた心が割れていくから。



「誰が、僕の方が伸びしろがあるなんて証明したんだ」



 死にたくないって……思ってしまうから。




「まだ君は……何も終わってないじゃないか!」




 もう………




「どれだけ皆や君自身が否定し続けても、僕は君を肯定し続ける。僕の命を救ってくれた君を。『君は無能なんかじゃない』って僕だけは言い続ける」



 グランダラスはあちらの方が面白そうだと再びの標的変更(ターゲット・チェンジ)玩具(がんぐ)の再来に歓喜する。



「行くぞっ!! 『ファルス』!」


「ルルル、ルラアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」



 少年は疾駆(しっく)する。鎧も纏わず、攻撃魔法も使わず、勇気だけをその胸に。



「ラアアアアア!」


 グランダラスから放たれる風暴れ狂う一閃。避けても風で飛ばされ体勢を崩すことになる。

 アストはそれを、



「─っ! ああああああああ!!」



 斜めに構え、受け流した!

 ギャリリリ!!と剣と剣が摩擦(まさつ)する音が鳴る。

 受け流しても衝撃がすごく骨に響く。腕がそのまま吹っ飛んでしまいそうだった。


 それと引き換えに手に入れた大きな隙。これを見逃したりはしない。



「く…………らえっ!!!!!!!!!」



 アストはグランダラスの体に魔法による強化をかけた一撃をお見舞いする。

 脇腹に刃を通した。筋肉がグッとそれを受け止めるが、止めさせはしない。


 もう一度力を込めて……受け止めた筋肉ごと、斬り裂いた!



「ル、ラアアアアアアアア、アアアアアアアア!!」



 グランダラスの脇腹から血が流れ出る。玩具からの思わぬ反撃に困惑した。

 今まで(えさ)を与えられてきて強くなった。少年と同じ形をした(えさ)を何度も食ってきた。

 自分を痛めつけてきた「(えさ)」はここに来てから初めてのことだった。


「まだだ……!」


 アストはグランダラスの体に刺さったままだった【ローレライ】を強化された力で引き抜く。


 そのままロングソードとレイピアの双撃。

 アストは何かの剣技の熟練者というわけではない。かっこ悪いメチャクチャな双剣攻撃だ。

 それでも……止まるな。退くな。恐れるな。少しでも弱気を見せればそこで終わりだ。この剣舞を続けろ!


 バカでかい大剣と2つの剣が乱れ舞う。



(今だ……跳べ! 奴の後ろに移動するんだ!)


 僕の足を狙った低い斬撃を跳躍して回避、そしてそのままグランダラスの背後に移動。さらにそこからグランダラスの背中を斬る。


 いける、いけるぞ……! こいつは僕のことを餌だとしか思っていない。

 こちらが恐れず一歩前に踏み出せば…………戦える!



「ル、ル、ル」


 自分の体を斬り刻む小さき存在。グランダラスはもうその存在を「餌」とは思わなくなった。

 これは今までの「餌」とは違う。「玩具」として遊べもしない。邪魔な存在だ。




 なら、消さなければ……と。



「ルアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」



 いい加減にしろ。その意味を込めてグランダラスは大剣を「両手」で構えた。


「!!」


 振り下ろされる圧倒的暴力。なんとかそれを避けたアストだが途轍(とてつ)もない衝撃波が自分の体に打ち付けられた。


 またも近くに置いてあった檻に叩きつけられるアスト。

 剣を放してはいない。意識も朦朧(もうろう)としていない。だから次に襲い掛かってきた攻撃にも反応できた。



「ぐっ!!!!!!!」



 アストに恐怖を染み込ませた横一文字の一閃。それをアストは二振りの剣で受け止める。

 だが力の差がありすぎる。大剣を受け止めたアストの体がフワリと浮いた。そのままアストが体を預けていた檻ごと……放り投げた!!




「が…………はっ!!!! うっ……げほっ……げほっ!……あぁ…………あ、あ……!!」



 壁に衝突し、床に落ちる。


 頭から血が流れる。右腕が折れた。カナリアのレイピアは魔法武器の頑丈さのおかげで無事だが僕が使っているロングソードは粉々に壊れている。

 眩暈(めまい)がする。足の力が抜けていく。僕は崩れ落ちる。



「いっったぁ……が、あ、ああああ……あぁああぁあ!!!!!!!」


 折れた右腕が発熱したように熱くなる。体中が痛い。息をするのも辛い。

 もう……終わりなのか? あいつを怒らせて、本気にさせて、たったそれだけで……僕は……







 ─もう、諦めるの?





 波紋のように頭に声が響いた。試験の時と同じだ。名も知らない少女の声。知らない記憶の断片が僕に囁く。



「諦め……ないさ」




 ─諦めそうになった時、まずは立って。どれだけ痛くたって、体が千切れそうになったって、自分の脚で立って。




 僕は脚に力を込める。脚の骨は折れていない。なんだ、まだ立てるじゃないか僕は。




 ─立つことができたなら、今度は前を向いて。下を見ていても何もできない。前を向いて……敵を見て。自分が倒すべき敵を。




 僕はグランダラスを見る。まだ奴は怒っている。僕を殺すべきだと純粋な殺意を向けてきている。




 ─前を向けたなら、今度は決めて。自分がやるべきことを。その敵をどうしたいの? 貴方は何のために戦うの?




 僕はあいつを倒す。カナリアを救う。僕は君を、救いたいんだ。




 ─そうすれば、ほら……貴方はもう一度、




「戦えるッ!!!!」




 僕は再び「勇気」を手に入れた。グランダラスへ、自分から向かっていく。

 左腕だけで無謀な戦いを。それでも退かない。左腕が折れても突進してやる。諦めれば本当に終わってしまうから。


 突入するは大剣の大嵐。それでも恐れはしない。その嵐の中に僕は体を突っ込ませる。

 当たれば即死。(かす)れば致命傷。死の匂いが濃厚なその場所へと躊躇(ためら)わず足を踏み入れる。

 片手になってしまったことで受け流しなんてものはもうできない。いくら受け流しても衝撃を片手じゃ受け止めきれないからだ。



「ルルルルラララアアアアアアアアアア!!!!」


「う、くぅ……ああああああああああ……!」



 力でダメならスピードだ。翻弄(ほんろう)しろ。動きまくるんだ。相手は両手で剣を持って大振りになっている分、軌道が読みやすくなってる。



 避けて、斬って、避けて、斬って、避けて、斬って。



 勇気を振り絞り、恐れをなくすだけでこんなにも体が軽くなるのか。もう怖くない。

 「捕食者」と「餌」じゃない。僕とこいつは対等な「敵」同士だ。



「─ッ!?」



 うまくいっている。そう思った矢先に僕の腹へ痛打がやってきた。

 僕は血を吐きだしながら仰向けで倒れる。



 襲い掛かってきたのは─グランダラスの蹴り。


 やつの知能が高いことを忘れていた。

 激昂(げきこう)しているように大剣を振り回していると見せかけて、これが真の狙いだったんだ。

 チョロチョロと動き回る下等生物を効率よく倒すための策。


「うっ!!」


 ビシャビシャとまた血を吐く。

 予想していない攻撃だったこともあり防御をまったくしていなかった。魔力を纏っていない自分には死ぬかもしれない一撃だったぞ……。


 そんなアストの必死の突撃を見てさすがにカナリアは黙っていられなくなる。



「なんで…………そこまでするのよ。無理よ。全然相手になってないわよ! 魔力も纏えない、魔法だって大して使えない、剣術も体術もすごくない。今にも死にそうなくらいボロボロになって……なんでそこまでするの!? あんたとあたしなんかまだ出会ってちょっとでしょ? いくら命を助けたからって……」



 ここまでの戦いを見ていたカナリアは正論を言ってくる。


 いくらちょっと反撃できたからって1回攻撃をもらえばこの有様だ。そう言いたくなる気持ちもわかる。



「……マリー………………ゴールド」


「え?」


「マリーゴールドが……嫌いって……言ってた、理由。まだ、聞いてない」


「はぁ!? なんでそんなこと……」



「カナリアの、お母さんの話を……もっと聞いてみたい。……お父さんが………どんなにすごい魔法騎士なのかを、教えてほしい……」


 口についた血を(ぬぐ)い、僕はまた立ち上がる。




「君と、友達になりたい。君との繋がりを……手放したくない……!」


「!」


 初めて生まれた学校での繋がり。

 記憶を持たない僕にとってそれは大切で、君が楽しそうに話すと僕は楽しくなった。


 君が努力している姿を見ると僕も頑張らなきゃと思えた。


 君が怒ると僕は辛い気持ちになった。


 君が悲しそうにすると助けたいと思った。


 君と出会ってたった数日間。その数日間で君は僕に色んな顔を見せてくれた。


 そんな君と僕は友達になりたいと思った。



 だから!



「諦めないんだ……諦めたら、君が今まで僕に見せてくれた感情が全部無くなるから」



 僕には記憶がない。だからこそ、手に入れたものを()くしたくない!



 僕はある覚悟を決め、震えた手でレイピアを逆手に持つ。


 どうやら……もうここで限界みたいだ。

 これ以上は奴を攻略する手立てがない。これだけはやりたくなかったけど……僕は賭けをしなくちゃいけなくなった。




 自分の命を使った賭けを……!!



「やるしか、ないよな……。く、くそ……怖いけど…………もうこれしかない! 頼む……なんとかなってくれ……!」




 ズシュッ……!



 僕はレイピアで、()()()()()()()()()()()





「な、なにしてんのよ!!」


「ぐ、ぶっ………!」


 レイピアを引き抜くとそこから血が流れ出て尋常じゃないくらい吐血する。体の力が一気に抜けた。ガクンと膝から崩れ落ちる。



 そして……





 ドクン!




 きた。きたぞ……! 突き破ったはずなのに、心臓が大きく鼓動を伝えてくるこの感覚。

 これは……試験の時のあれだ。



『おそらく魔王の心臓の力が解放される条件は……致命傷を受けた時ってところね』



 あのベルベットの言葉を聞いた時からこれで発動するんじゃないかと思っていた。致命傷になる一撃。それは心臓への攻撃だ。



 闇が僕の意識を喰らっていく。「僕」が塗り替わっていく。切り替わっていく。



 舞踏会は、開かれた。


 さぁ……踊ろう。






 『俺』と一緒に。






「アスト……?」


「ルルルルゥ?」


 アストは立ち上がる。体から紫焔(しえん)のオーラを立ち上らせる。傷も急速に治っていき折れた右腕も一瞬で修復された。


「ここからは……『俺』が相手をしよう」


 別人の雰囲気を纏って立ち上がったアストはグランダラスを睨んだ。それと同時にアストは手をかざす。



顕現(けんげん)せよ! 絶望の(うず)から一片(ひとひら)の勇気を照らし出す魔法陣!!」


 すると天井に巨大な黒い魔法陣のようなものが現れた!


 「魔法陣のようなもの」というのはそれが魔法陣に似ている幾何学模様のサークルであるにも関わらず、「あれは魔法ではない」と感じさせる異様な力を感じたからだ。


 

「来い……」


 だがこれは詠唱ではない。これは魔法のようで、魔法ではない力。





「『漆黒竜(しっこくりゅう) バハムート』!!」





 アストは名を呼んだ。

 天井にあった黒の魔法陣から漆黒の尾が出現する。さらに硬い(うろこ)を宿した体も。


「あ、あれって……!」


 カナリアは驚愕(きょうがく)した。呼んだ名、現れたその姿。それはまだ記憶に新しい漆黒の暴竜。




「グギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」




 凄まじい咆哮(ほうこう)をあげてバハムートはこの地に降り立った。グランダラスもその姿に畏怖(いふ)の念を抱く。



「このままお前にやらせても良いが……ここが崩れて生き埋めになっては元も子もない。お前は俺の……『武器』となれ」


 今度は顕現したバハムートに向けて手をかざした。



「バハムート、俺にその力を寄越(よこ)せ!!」


「グルルル……グギャアアアアアアアアア!!!!」



 バハムートは王に命令され、それに従うように1つ吠えると光の粒子となり霧散した。



 そしてその粒子はアストの前で集まり形を取る……『剣』の形に。



 アストはそれを手に取った。その剣の柄は真っ黒に染まっていて無窮の闇を連想させる。それに対して刃は蒼白く発光して煌々(こうこう)と輝いていた。



「【竜王剣(りゅうおうけん) バルムンク】」



 それがその剣の名。一度振るうと蒼の光が火花のように散った。



「グランダラス。お前を……倒す」



 魔王は黒き剣を携えて、暴食の王と対峙(たいじ)する……!



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