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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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176話 無垢な死神



 その少女は僕の姿を見とめると、ペロリと一つ唇を舐めて持っていた槍斧(ハルバード)を構える。そしてこちらに向かって……走ってきた!


 「アッ君」というのが誰のことかは知らないが、とにかく向こうはやる気のようだ。


 クソ。まだ僕が魔人かどうかはわからないはずなのにもう戦闘態勢なんて……。ハンターって相手が人間だろうが魔人だろうがお構いなしなのか!?




「久しぶりに、あ~そぼっ♡」


「な──」



 フ……ォンッ!!!!! と風を切り裂き、彼女の手元から槍斧(ハルバード)が消えた!?


 いや、消えたと思うほどの速度で振り下ろされ──




(「アスト!!!!」)




 クイナの声ではなく別の──内から響いた声に引っ張られ、僕は考えるよりも早く反射的に「彼との交代」を行った。




 直後、ギャィッィ!!!!!! と耳障りな音を響かせ、彼女の槍斧(ハルバード)と、「アレン」もまた目にも止まらない速度で出した剣とがぶつかり合う。



「あはっ、やっぱりアッ君だ♡」


「ミーシャ……!」



「勝負しよ! 勝負!」



 当たり前だが、このミーシャという少女は「僕」というよりもアレンの知り合いだったようだ。たった一度の打ち合いで少女は表情をみるみるうちに歓喜に変える。



 が、それも一瞬だけだった。




「みぎゃっ!」



 アレンは即座にミーシャの首を掴み、近くにあった木に顔面を叩きつける。すると尻尾を踏まれた猫のような声を上げる。

 それでも次の瞬間にミーシャは空いている手を堅く握り、拳の中の人差し指だけ尖らせて相手の眼球を潰そうと裏拳の要領で振り回した。



 しかし、それを察して裏拳を避け、掴んでいたミーシャを後ろに捨てる。



「あいたっ!」



 ミーシャはまた顔面を木に激突させる。そこにアレンは剣を投げる。


 剣は彼女の綺麗な顔を真正面から突き刺すように飛んでいき……




 ガツンッ!!



 直撃!!!!






 ……したのだが、なんと彼女は飛んできた剣の刃を()()()()()()()()()()



 すごい。今のを防いだのか……と思いきや。




「お前の負けだ」


「ふぇ?」




 アレンの言葉に、剣を噛んだままのミーシャは首を傾げると──



「ふぎゃっ! いた~いっ!」



 上から、ボトンッと何かが落ちてきてミーシャの頭を激しく打つ。


 それは剣を入れていた(さや)。いつの間にかアレンはそれを上空に投げ、ちょうどその落下地点に彼女を捨てたのだ。




「うぇ~ん! また負けたー! これで0勝168敗……」


「……」



 ミーシャはえんえんと泣いている傍で、アレンはただ黙っている。


 ちなみにクイナのオペレートはアレンが人格交代をした際に切っている。



(「この子、知り合い……なんだよね?」)


「ああ。エリア6のハンターにもアーロイン学院と同じようにパートナーを組む制度があるんだ。お前で言うカナリアとライハが、俺にとってはこいつだ。一応、俺の部下という扱いではあるが……」



 それで、この子はあだ名でアレンのことを呼んでいたのか。「アレン」で「アッ君」ね……。



「だが、少しよくないな」


(「え?」)



「ハゼル・ジークレインはエリア8のリーダー。ここにいるミーシャはエリア6のハンター。つまり派遣されてきたはずだ。そうなると、かなりの大規模でこの森に進行してきている可能性がある。下手をすると百人近くいるかもな」



(「そんな……!」)



 甘かった。てっきりハゼルが数人くらいのハンターを連れてくるかと思っていたが、そこまでの大人数を連れてきているとは。アリスの捜索にそこまでするのか?



 何か嫌な予感がしたのか、アレンはミーシャのところに歩み寄る。



「ミーシャ。お前達は何の目的でここに来ている」


「へ? うーんとね。なんか皆アッ君殺そう~! って言ってこの森に来てたよ。えーと、ま、ま、……ま~……」


「『魔王後継者』か?」


「それ! それがどうとか言ってたよー」



「最悪の展開だな……」


(「どういうこと?」)



「ここに来ているハンター全員がアリス捜索ではなく、俺達を殺すのが目的ということだ。顔もバレている。……俺のことをミリアドで知っている人物は少ない。人間だということも知らされずに参加させられているといったところか。接敵した瞬間に問答無用で()られると思った方がいい」



(「えぇ!?」)



 ハゼル・ジークレインがハンターを動員したのはアリスを捜すためじゃなく、僕を殺すため……?


 そうか……ハゼルとゼオンはアリスの捜索。それ以外のハンターはアリスを捜しに来た僕を討ち取る。これは二面作戦だ……!


 どうやら、本気で僕を殺しに来ているようだな……




 しかし。なんだこれは。


 僕とアリスが出会い、ちょうどミリアド王国に送り届けるところで妖怪が現れ、アリスを捜しに来たところでハンターに包囲される。



 前も思ったことだが、ここまで来ると上手く出来すぎだ。

 まるで、最初から仕組まれていたような。




 まさか。まさかだけども。荒唐無稽、自分の被害妄想なのかもしれないけれど。



 もしも、この事態に裏から介入されているのなら。




(アルカディア……また君なのか……?)



 この感じ、どうにも記憶に新しいアーロイン学院の事件と似ている。


 謎の魔人──「カチュア」がマジックトリガーで僕の友人を狙ったところから始まったあの事件。



 僕達は事件の真相を追うために謎の魔人を捜し、尻尾をチラつかされて食いついた先に待っていたのはアーロイン学院壊滅の戦い。



 このやり口。そしてまた僕が狙われているという事実。




 アルカディアが、妖怪とハゼル達を盤上の駒のごとく操作している……?



 それなら、また乗り越えてやる。いつか君を捕まえるために。何が来ようとも。




「アスト。本来であればここは逃げるのが得策だ。はっきり言って今の状態は絶体絶命に等しい。だが……」


(「僕は、逃げない。アリスを助け出すまで」)



「そう言うと思った……。仕方ない。最終手段を使う。大量の血を見ることになるが文句は言うな。これは俺達が生きるためだ」



 最終手段? 



 アレンはミーシャを立たせて彼女の服を手で土埃を払ってやる。

 「ありがとー♡」と言って笑いかけてくるミーシャに対し、アレンは。




「ミーシャ。今から裏切って、魔人ではなくここに来たハンターを全員殺してこい。俺の顔を知った奴を一人たりとも生きたままミリアドに帰すな」



 んなっ……! う、裏切れだって……!? そんなこと、できるはずが、



「え、みんな殺しちゃっていいの! ほんとに?」



 そんな僕の予想とは外れ、逆にミーシャは嬉しそうな顔になる。

 なぜ、そこで喜びの感情が出るんだ……?



「あ! でも、裏切るって悪いことでしょー? 怒られることミーシャやだー!」


 ぶー、と口を尖らせて顔をぷいっと背けるが、



「悪いことをした時は『ごめんなさい』と謝る。そう教えたはずだ。それでいい」


「あ、そっかー。悪いことしたら『ごめんなさい』だもんね! じゃ、うらぎろ~」



 なんなんだこの会話……。ぶっ飛びすぎている。


 見たところ、この子は思考が幼すぎる。善悪の判断がまるでついていない。歳はミルフィアと同じくらいだから歳相応と言えばそうかもしれないけど。いくらなんでも、だ。


 魔人の間だけでなく人間の間でもエリア6のハンターは恐れられていると聞いたことがあるけど、その理由を今一つだけ知ってしまった気がする。



「それと。俺は訳あってまだミリアドに帰るわけにはいかない。俺をここで見たことはエリア6では誰にも言うな」


「りょーかーい!」



 子供っぽいくだけた敬礼のポーズを取ってミーシャは朗らかに笑う。




「……ミアは、元気にしているか?」



 それで話は終わり……かと思ったが、アレンは少し迷って一人の名を口から出した。



「アーちゃん? うん! 元気だよー」


「そうか。それは良かった」



 それだけ確認するとアレンは(きびす)を返して森への進行を再開する。

 ミーシャはアレンとは逆方向に進み、「いっぱい斬れるー♪」とスキップしながら森の中へ消えていった。



(「あの子、ほんとに大丈夫かなぁ……」)


 ハンターを全員殺せ、という命令には驚かされた。


 正直に言うとそんなことを許したくはない。いくらなんでも全員殺せだなんて……



 けど、このままじゃレオンさん達が危ない。僕達は決して優位な状況じゃないんだ。

 僕がアレンにやめろと言っても「じゃあこの森から全員生きて生還するにはどうすればいい?」と聞かれれば何も答えられない。



 僕の巻き添えのような形でハンターに包囲されている今の現状を打開するには、アレンのような決断が最も効果的であることはわかる。



 しかし、それは彼女をも危険に晒す行為だ。そう考えると……さっきから胸の痛みが治まらない。今すぐ引き返して彼女を止めたい。



 何を迷っているんだ僕は。アリスを助けに来たというのに、これじゃキリがないじゃないか……!



 と、ずっと無意味な自問自答をしていると、



「あいつのことなら心配するな。おそらくここに来ているハンターの誰よりも強い。エリア6の中でさえ上位の強さだからな」


(「そうかもしれないけど……」)



「それに、あいつが派遣されてきたこと自体がおかしいんだ」


(「え?」)


「あいつはコントロールが非常に難しい奴だからな。強いとはいえ、そんな奴を他のエリアに派遣するとは思えない。すでにあいつは他エリアでいくつも事件を起こしているような奴だ」



 さっきの子、反応もそうだったけどそんなに危ない子だったの……? 人間相手でもお構いなしなのか……



「あいつが派遣された理由は『上手くいけば暴走してエリア8のハンターを全滅させてくれるかもしれない』……そんなところだろう」



(「え!? でも人間同士なのに……」)


「面倒なことだがハンターの中にも色々と争いがある。ミリアドの王家側に寄ったハンターとそれ以外でな。……と、そんな話をしている場合じゃなくなったようだ」



 アレンが進む先で、魔物がうじゃうじゃと近寄ってきていた。


 そうだった。今はクイナとのオペレートを切っている状態。すぐに復帰してもらって繋いでほしいところだけど、アレンが応答していれば向こうも困惑することだろう。


 アレンもそれを知っているから、人格交代の時間が切れて僕に戻るまでオペレートを切っているのだ。



 彼との交代は僕にとって切り札に近いようなものだったが……もう数分もすればそれも頼れない状況になる。


 ジワジワ……と追い詰められてきている、のか。早くアリスを救出しないと……!



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