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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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173話 さようなら、愛する君へ



 夜。レオンさんと集合する時間まで残り一時間を切った頃。


 今は夕食の時間。ベルベットと、客人という扱いであるリーゼ、そして僕もそこに一緒で食事を取っている。


 二人は今も「そこの皿にある豚の肉、お前にそっくりですわね」「あんたを料理と間違えてナイフで斬りそうになったわ。危ない危ない」とか喧嘩しながら料理を食べている。



「どしたのアスト。食べないの?」


「わかりますわアストさん。こんな豚と同じ空気を吸っていたら食欲なくなりますわよね」


「なによ」


「やるんですの?」



 元気がない僕を心配するかと思えば、隙あらば喧嘩しようとする二人に辟易とするが……



「キリールさん、あれを持ってきてください」


「わかりました」



 近くに控えていたキリールさんにお願いすると、彼女は一つ瓶を手に取る。



「それは?」


「なんですの?」



 キリールはグラスを三つ用意し、その中に液体を注ぐ。


 深い海を連想させる黒に、血のような赤のワイン。

まるで、一級品の宝石を水へと変換した魅了の液体。それは少し見ただけでも吸い込まれそうなくらいに美しい。



「持ってるお金で奮発して買ったんだ。二人への感謝に」


「ほんとに!?」


「ふふ、綺麗ですわね」



 普段はカナリアやライハと一緒にいるからこういう機会じゃないとベルベットにお礼ができないし、リーゼには魔法道具を造ってもらった件もある。せめてもの感謝として僕から贈り物をしたかった。



「乾杯」


 僕はワイングラスを掲げると、二人もグラスを掲げる。



 チンッ、と心地いい音が鳴り、ベルベットとリーゼはその中身を飲み干した。



 僕は飲まずに、グラスをテーブルに置く。



「うま~い♡ 最高よこれ!」


「なかなかいけますわね♡」



「それは……良かった」




 それから食事も済ませ、皿を下げる時間には……



「ふぁ、夜なのになんだか眠たいですわ」


「……zzz」



 リーゼは寝室に向かい、ベルベットはすでにすぴー、すぴー、とだらしなく眠っていた。



 仕方ないので僕はキリールさんと一緒に皿を片づける。



 流し台に着くと、僕は残っていたワインの中身を()()()()()。まるで、その役目を終えたかのように。



「うまく……いきましたね」


「はい」


 二人だけの厨房で、この結果を淡々と受け入れた。もう後には引けないという想いと共に。




「本当によろしいんですか? ベルベット様に何も告げなくて」


「言ったら必ずついてきますから。もしかすると使用人の方も無理やり連れて行かされるかもしれません」



 僕はこれからアリスを助けにエラの森へ行く。


 でも、ベルベット達を連れていくつもりはない。



 だからワインには睡眠薬を入れてベルベットとリーゼに飲ませた。



 最初はキリールさんも主にそんなことはできないと難色を示したが「ベルベットを守るため」と伝えると、なんとか承諾してくれた。



 このエラの森での戦い。相手は妖怪だけじゃない。



 ゼオンも言っていた。間違いなくハゼルも来る。


 それだけじゃない。下手をすればハンターだって何人も連れてくるかわかったものではない。



 そんな場所にベルベットを行かせるわけにはいかない。絶対に。




「アストさんはどうするつもりですか?」


「どうする……とは?」



 意外にも、話しづらいと思われたのか。キリールさんはこちらに目を合わせようとせずに口を開く。

 この人にしては珍しい。失礼だが……いつも、何にも、感情を揺らさない人だと思っていたから。



「もしよろしければ私とミルフィアだけでも貴方に付きますが」



「いえ、それも結構です。この戦いには僕一人で行きます。レオンさんにも断るつもりですから」



 その答えを聞くと。がちゃん! と音を立てて洗い終わった食器が乱暴に置かれる。





「貴方……死にに行くつもりですか!!」




 キリールさんは声を荒らげて詰め寄ってくる。

 もちろん、こんな彼女も今まで見たことがない。僕は少々呆気に取られて固まってしまうが……



「まさか、そんな」



 すぐに、僕は安心させるために笑顔を作る。


 それを見るとキリールさんは一瞬だけショックを受けたように顔を歪ませ、その後はこちらに背を向けて黙った。ぶつけたい感情、言い放ってしまいたい言葉。それら全てに蓋をして。





 キリールさん、すみません。嘘をつきました。



 僕は心のどこかでわかっている。



 どこか予感している。





 この戦いに行けば、自分は死ぬだろう。





 予感しているからこそ、彼女達を遠ざけたかったのかもしれない。



 追うのは妖怪。追走するはハゼル・ジークレイン。



 たとえアリスを救うことができても、奴に狩られる未来が待っているかもしれない。


 もしゼオンが、ハゼルに「僕が来ること」を伝えたら。どうやっても僕を逃がしはしないだろう。


 僕が人間であると伝えて精神的に追い詰めたように。今度はエラの森に来た僕を狙い撃つに決まっている。







 アストの考えていることは、キリールもわかっていた。


 けれども、そんな場所に主であるベルベットをどうしても行かせるわけにはいかなかった。だから、使用人としてこの選択を取るしかない。




 そして、この少年を止めることもまた、できない。


 言っても止まらないと、知っているから。




「キリールさん。行ってきます」


「ご武運を」



 キリールは頭を下げて彼を送る。

 彼の顔を……見てしまわないように。




 洗い物も終わり、戦いへ向かう準備を済ませようと自室に帰る途中で、




「アスト~……」



 その声にビクリと体を震わせて振り返る。



 さっき食事をしていたテーブル。声はベルベット。



 まさか、もう起きたのか……と思ったが、どうやら寝言のようで。今も「ん~」と言いながら気持ち良さそうにテーブルで眠っている。



(本当に……寝ている姿だけは天使みたいだね)



 起きている時はその我儘な性格に悩まされることは多々あるけれども。寝ている時の君の表情は何の汚れもない無垢な光。その光を守るためなら、僕は何だってする。君が「人間」である僕を守ってくれているように。




 僕は思わず彼女の髪を撫でた。



 これまでの感謝を。君への敬愛を。そして、これからの未来を祈って。





 さようなら、ベルベット。






 僕はアリスを助けに行かなければいけない。



 もう決めたんだ。カルナを失ってから。




 たとえ自分の命を失うことになろうとも、大切な人を救うため前に進むんだ、って。



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