170話 魔王VS魔王!
マナダルシアでの結界点検の期間が過ぎ、アリスをミリアド王国へと送り届けるアスト。しかし、その道中でアストは「ゼオン・イグナティス」と接敵する。再び相まみえる魔王後継者。アリスを守るため、そして過去の因縁を払うべくアストはゼオンへと挑む……! しかし、ゼオンとアリスは……
ゼオン・イグナティス。こいつはヤバイ。
以前にも不意打ちで魔法を撃たれてマジックトリガーを奪われた。問答無用で攻撃してくるような奴だ。
さっきアリスの名前を呟いていたということは、間違いなく目的は彼女。マジックトリガーの次はアリスか……!!
「アリス!! 馬車の中に戻って!」
「あ、アストさん……待ってくださ─」
アリスの静止の声は聴こえず。アストはすぐさま剣を抜きゼオンへと向かう。
相手は話し合いでどうにかなる奴ではないとすでに知っている。先手必勝だ!
「アスト・ローゼン……まさかお前がアリスを……!!」
ゼオンは懐から黒色の注射器のような機械を取り出す。あれは……サタントリガー!
それなら、こっちだって!
もう、あの時とは違うんだ!
僕は指輪─リングタイプのサタントリガー─を装備する。
互いがトリガーのスイッチを押して起動する!
「解放宣言」
「解放宣言ッ!!」
ゼオンは噴射式注射器であるサタントリガーを左腕に突き刺す。
アストは指輪の黒と白の二色に分けられた宝石を180度回転させた。
『サタントリガー・アクティブモード
解放─「魔王の左腕」』
『サタントリガー・アクティブモード
解放─「魔王の心臓」』
互いの「魔王の力」が発動する!
(なに……! 「魔王の心臓」だと……?)
ゼオンはアストが発動した「魔王の力」に驚きつつも、すぐに冷静さを取り戻して詠唱開始する。
「閃光煌めき 光の峻烈 七つの裁き」
光属性の3節魔法。
「『セプト・レイ』!」
ゼオンの周囲に七つの白の魔法陣が展開。そこからアストに向けて光のレーザーが射出される!
ドッ!! ドドドドドドッッ!!!
「きゃっ!…………あ、アストさん!!」
アリスはたまらず悲鳴を上げ、レーザーの着弾地点となったアストの身を案じるが……
土煙が去った後。そこに立っていたのは、【竜魔剣 バルムンク】を構えていたアストの姿だった。
闇の剣でゼオンが放った光のレーザーを全て斬り払ったのだ。
「武器を出現……いや、『生成』か。それがお前の『魔王の力』……」
ゼオンはアストの「魔王の力」を一発で看破する。
元々、アストにとって【バルムンク】を使用しての戦闘が基本スタイルなので、使うと決めたならば隠すつもりはない。
「ゼオン・イグナティス……アリスは絶対にお前には渡さない!」
「ほう……やはり貴様もアリスを狙っている連中と同じだったというわけか」
互いの眼差しが火花を散らし、激突の時が来た。
「閃光回り 光の輪舞 円光閃武の輝きを」
速攻で3節を詠唱。ゼオンの魔力が高まる。
「『サークレット・レイ』!」
展開した白の魔法陣から「円」の形をした光が現れ、それがブーメランのように射出される。
『セプト・レイ』のような直線状のレーザーとはまた違う挙動の攻撃。
だが……どちらにも共通することは、
(速いッ!!)
『光魔法』の特性の一つは「圧倒的な速度」。奴が撃ってくる魔法は全てが高速のものだと構えていても良いだろう。
そして、その速度はこれまで訓練したアストでも避けるのに苦しむほどだった。
なんとかその『サークレット・レイ』から逃げようとするが……自分を追尾してくる!
それなら仕方ないと【バルムンク】で斬り払う。3節の光魔法の威力はなかなかのものだが、それで押し負けるほどこの武器はやわではない。
「隙だらけだな」
が、ゼオンはその瞬間を狙っていた。
いつの間にか自分の背後に移動しており、『光魔法』で強化された輝く拳が撃ち出される。
「ぐぅっ!!」
襲い来る拳をなんとか剣で受け止める。けれども、ハンマーでぶん殴られたような衝撃が走り、骨もミシミシと悲鳴を上げる。
『光魔法』は加速だけじゃなく、攻撃面までしっかり強化されるようだ。
(どうにか、どうにか奴の隙を見つけださないと……)
素早い敵への戦い方は「隙を見逃さないこと」。超スピードで動いていれば必ずどこかでミスをするものだ。相手の攻撃をひたすら耐えながら、そこを絶対に逃さない。これが大事。
しかし。耐えるだけではいけない。こっちも攻撃に転じなければ。
「『ブラックアロー・ヴァイディング』
『ファルス』を二回装填しての闇魔法発動。
「『セプト・レイ』」
それに対抗してゼオンはまたも七本の光のレーザーを射出。
アストが放った十本の闇の矢とぶつかる。
光魔法と闇魔法は、魔法の中でも属性の相性に左右されない。
詰まるところ、単純な魔法の強さによる勝負となる!
「!」
闇の矢は簡単にレーザーを切り裂いていった!
これはアストの『ヴァイディング』がゼオンの『セプト・レイ』よりも強い魔法だったことを表す。
「くらえ!!」
三本の黒矢がゼオンに直撃する。
闇魔法が地面を破壊し土煙を上げ、彼を隠す。煙が晴れればそこにあるのは大ダメージを受けたゼオンの姿だろう。
そう思っていたのだが、
「なるほど。人間が魔法を使えていることにも驚いたが、その闇魔法の威力にも驚かされた」
どういうことか。ゼオンには少しのダメージすら見当たらなかった。
まさかあの一瞬で防御の魔法を?
でも、『ヴァイディング』をこうも容易く防げる魔法など考え難い。アルカディアの『ヘルストムバイルハザード』でさえ無効化されはしたものの破壊にまで至ったのだから。
(いったい……何が……)
アストが怪しんでいると、ゼオンはそれを鼻で笑う。
「貴様の考えていることなど、全て見通せる。すぐに教えてやろう」
ゼオンは変貌した左手─「魔王の左腕」を虚空にかざす。
「俺の……『次元』の力を」
「『次元』……?」
! それが……ゼオンの……
「出でよ。我が絶望の過去を影に堕とす光のマジックサークル!」
ゼオンの右眼に不気味な文様が刻み込まれ、日がある今の時間でも眩しいほどの光を放つ魔法陣が出現する。
これは……召喚だッ!
「星々の光を喰らいし竜よ。その煌々たる翼翻し、その輝く眼で暗き絶望の夜を射抜け!!」
奴の「眷属」が来る……!
「来い我が眷属! 『天体竜 プラネタル』!!」
「キュウウウウウアアアアアアァァァ!!!」
光り輝く翼、尾、体。全て光で構築されたような「光竜」が叫びを上げてこの地に降り立つ。
そして、それだけではなかった。
「『人魔一体』」
魔王の力が、発動される。
プラネタルは光の球体と化し、ゼオンの左腕に吸収されていく。
すると……ゼオンは光の衣を纏い、背後には光の翼が四枚出現した!
そういった、視覚的な変化だけでなく……
(なんだこの魔力は……!!)
ゼオンから感じられる圧倒的な魔力。その量は魔力感知が鈍いアストでさえ戦慄するほど。プラネタルが持っていた魔力の全てが彼の体に移りこんだかのようだ。
「全ての物体には『次元』という概念が存在する。俺の『魔王の力』は、その『次元』を操作して一致させる能力だ」
次元……二次元とか三次元とかの話か? いや、そうなるとゼオンの能力の詳細が読み取れない。次元を操作する……?
今見た光景をそのまま、彼の言動に従うならば。ゼオンは自分とプラネタルの『次元』を一致させた……ということか?
クソ。まったくわからない。言葉にしてみても何をしたのかさっぱりだ。
だからベラベラと僕に「魔王の力」を喋ったのか。も、もしかしてどうせわからないとバカにされているのか……!?
「いくぞ」
光の化身へと変貌したゼオンがこちらに向かってくる。
その、速度は。
「なっ、ぐ!?」
光速。そう形容するのが妥当か。
目で追いきれないほどのスピードで、その勢いのまま光の拳を打ちこんできた。
メキメキ、と体が悲鳴を上げる。
速さだけではない。やはり力も尋常じゃない。プラネタルを体に吸収しているからなのか、身体強化も異常なレベルになっている……!
「どうした? その程度か?」
そこから、さらに光速で五発の拳が打ち込まれる。その度に光が弾け、一発一発がレーザーに撃ち抜かれているかのような痛みが走る。
今やゼオンは「光魔法を纏っている」に等しい。ライハが雷魔法をその身に纏う『サンダーエンビディア』に近い状態だ。
そのことから、ゼオンの拳はもはや一つ一つが『光魔法』と言ってもいいだろう。
だが、ライハのライトニングモードと違うのは、
(前言撤回。『速い』なんてレベルじゃないぞこれは……!!)
その圧倒的な速度だった。
キリールさんとの殺気を感じる特訓のおかげか、先程から感覚だけで防御している。もはや『視て』防御できない速さなのだ。
それでも自分はまだまだ鈍い方だから防御も不完全。ダメージがどんどん蓄積していく。
(こうなれば……一か八か……!)
『ファルス』を二回装填。
アストは感覚を研ぎ澄まし、ゼオンが狙い来る方向を感じ取る。
(ここだ!!)
「『ブラックアロー・ヴァイディング』!!」
後ろから殺気を感じ、クルリと反転。そのまま剣を振るって闇の矢を射出する。
なんとタイミングは奇跡的にドンピシャ。闇の矢がゼオンへと……
「無駄だ」
ゼオンは左手を『ヴァイディング』に向けてかざし、
接触。
それと同時に、
『ヴァイディング』が、消えた。
「え……?」
今、何が起こった? 僕の魔法が、消えた?
いいや、違う。若干。若干だが……同時にゼオンの魔力が少しだけ回復したように感じた。
つまりは……僕の魔法が「吸収」された!?
そう結論づけた瞬間に、アストの頭の中で思考の歯車が噛み合っていく。
本来、「魔力には分類が三つある」という話を以前に自分の師であるジョーから聞いている。
「空気中に漂っている魔力」「自分の体内にある魔力」「相手の体内にある魔力」。これらは全て性質が異なっている。
空気中の魔力は誰でも使えるフリーな魔力だけれど、相手の魔力に関しては互いに絶対不可侵。干渉不可。
自分が相手の魔力を勝手に使って魔法発動なんて出来ないし、相手もそれは同じ。質が違えば魔力は完全に別物という扱いになるからだ。
完全に……別物。
それなのに、ゼオンはまったく同じ魔力であるかのように、吸収できた……
まさか。
そうか。わかったぞ。ゼオンの『魔王の力』である「次元を操作し、一致させる能力」。
これはわかりやすく言うと「強制性質変化能力」。魔力的な垣根をも破壊する能力だ……!
つまり、本来なら「別存在」として扱われる『相手の魔力』の性質を操作して、『自分の魔力』と「同一の性質」に変化させる。そうすることで『自分の魔力』として体に吸収することができたんだ。
だから、「僕の魔力」で放たれた『ヴァイディング』が「ゼオンの魔力」として吸収されたり、プラネタルを体に取り込んで魔力を丸ごとその身に宿すことができたということか……
(掴んだぞ……お前の『魔王の力』!!)
だが、その『次元操作』。
見たままの判断になってしまうが、おそらくは『魔王の左腕』の一定範囲に接触するものでしか行えないと見た。
プラネタルや『ヴァイディング』をその身に吸収する時、どちらも左手をかざして接触させている。
そこ以外からの魔法攻撃は通常通りダメージを受けるんじゃないのか?
それならば。僕の手札の中でも最強の魔法『ディグニトス』が鍵になってくる。
あれほどに巨大な一撃ならば、左腕に触れる前にダメージを負うのではないか?
もしくは……魔法の威力が強すぎると、たとえ左手に接触しても「性質」が操作出来ないのでは?
僕の『支配』だって相手を倒すという条件をクリアしないと能力を奪えない。そう考えれば「魔王の力」はある種完全ではないと言い切れる。
アストはゼオンの光の拳を避けながら、即座に『ファルス』を装填。
『ディグニトス』には発動までに溜めが必要。その時間を稼ぐためにも、まずはこの魔法だ!
「くらえ……!!」
「アリスは貴様には渡さんッ!」
アストが魔法を発動するとみて、ゼオンも詠唱する。
「光の精よ我に力を 我が心の光を現出し 閃光の刃となれ 闇を裁き浄化する 零の光!」
無詠唱の闇魔法と、5節の光魔法。
「『ブラックエンドタナトス』!!」
「『ホワイト・レイ・ディバイダー』!!」
黒の絶対切断の大剣と、ゼオンの腕に纏われた極光の剣が……交錯する!!
その直前に、
「やめてください!!!!」
二人の間に、アリスが割り込んだ!
それに気づくとすぐにアストは【バルムンク】を振るうのを止める。ゼオンもすぐに光の刃が纏われた腕を止める。
黒の大剣と光の刃はギリギリ、アリスの顔のすぐ近くで静止した……!
「アリス、こいつは危険だ! すぐに馬車に逃げて!」
アストはゼオンの危険性を知っている。この男の目的はどう見てもアリスだ。ならば、こんなところに出てくれば攫われることは間違いない。
「待ってくださいアストさん……その……こ、この人が……」
アリスは少しだけ言いづらそうにして……
「私の、お兄ちゃんなんです……」
「え!?」
・詳細レポート「魔王の力 『次元』」
「次元の魔王 ゼオン・イグナティス」が有する魔王の力。その能力は「強制性質変化能力」。左手の一定範囲内にある物体の性質を変化させる。例えば……堅い物を脆くすることや、流体の水を硬質化させることもできる。
特筆すべき点は「魔力にも作用すること」。相手の魔法を吸収することや、自身とプラネタルを融合させることも可能である。
弱点としては、効果を及ぼせる範囲が「左手付近」であること。基本的には触れられる距離まで近くないと発動できない。




