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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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169話 約束



 魔力の器を鍛える訓練、レオンさんとの剣術修行。


 それを日々続け、一週間。



 とうとう……この日が来た。




「今日でマナダルシアの結界点検も終了になりました。これで外に出られるはずです」



 キリールさんが言った通り、マナダルシアの外に出られなかった要因であった結界の点検作業が終了したのだ。


 それはつまり……



「今日まで本当にありがとうございました!」



 アリスは使用人の方達にペコリと頭を下げる。



 そうなのだ。アリスとお別れの日である。



 彼女が住んでいると言われるミリアド王国にこれから向かうことになる。



 移動には馬車を使うことになった。

 歩いている状態でハンターと出くわして魔人ってことがバレればマズイことになる。馬車で隠れながらの方が色々と都合がいい。


 アリスを送り届ける役目も僕一人が担うことになった。

 僕としてはベルベットとかリーゼとかすごい強い人に一緒に来て欲しかったけど、何人も魔人が一緒になって不用意に移動すると、たとえ距離があっても感知系の異能を持ったハンターにバレたりするらしいので「人間」である僕が適役なんだとか。


 魔物が出てきたら出し惜しみせずサタントリガーを使ったり、アレンに頼んだりして切り抜けよう。一番はアリスの身の安全だ。




   ♦




 ゴトンゴトン、と揺れる馬車。


 今はゴツゴツとした悪路に入って、それを強引に進むもんだから馬車内の心地はあまり良くない。座っていても踏ん張っていないと前へ飛ばされそうだ。



「あ! あうぅ……」



 ガタンッと強く揺れるとアリスは前へとよろめきゴツンッと頭を壁に打っていた。うわ痛そう……。


「大丈夫?」


「うぅ……鈍くさくてすみません。いたた……」


 アリスは少しだけ赤くなったおでこを擦りながら椅子に戻る。しかし……



 ガタンッ!



「あ! あうぅぅ……」



 メシャリ! と今度は顔から壁にぶつかってしまった。赤くなった小さな鼻を擦りながら椅子に戻る。

 さすがにこれでは可哀想だ。何か助けになることができれば…………



「僕の腕に捕まってていいよ」


 どうせ隣に座っているのだ。これ以上横でアリスが頭を打ち続ける姿を見ているわけにはいかない。いくら男と女とはいえ服の袖くらいなら握るのにも抵抗はないだろうし、あとは僕が踏ん張ればアリスも助かるというわけだ。



「は、はい!…………では、失礼します……」


「うん………………………ん!?」




 ギュッ。ムニュリ。



 僕の腕が何か温かいものに包まれる感覚。そしてとんでもなくフワフワと柔らかいものが形を変えながら腕に押し付けられる感覚。



 アリスは、僕の腕に抱き着いていた!



「あ、あああの、アリ、ありありアリス……さん?」


「な、なんでしょうか……? やっぱりダメでした……?」


「ダメどころかむしろ幸せの頂点─いやいや! けっこうダメな状況なんだけども!」



 外の世界に出てなさすぎて人との交流も兄以外にまったくないせいなのか。アリスはこの状況が僕に何を与えているのかがわかっていない!……いや違うか、自分がまた前へ飛ばされないことに精一杯すぎて気づいていないのか……!?


 アリスの胸の育ちはとても良く、馬車の動きと共にその双丘もおっぱ─いっぱい揺れて僕の腕をムニュリ、フニュ、フニュ、と攻撃してくる。



 それだけ距離が近いこともあってアリスの花のような良い匂いがこれでもかとグングン攻めてくる。良い匂いすぎて頭がクラクラしてきた。


「あ、ああぁぁああぁああ………」


「ううぅぅぅぅ…………」



 一人は煩悩に、一人は席から飛ばされないように。馬車内では密かな「戦い」があった……。





 ようやく平坦な道に入ったのか、馬車も強く揺れることはなくアリスもあっちへこっちへ振り回されることもなくなった。おかげで僕の腕からも今は離れている。



「今更ですけど。アストさん、これまで本当にありがとうございました。あの時助けてくれていなかったらどうなっていたことか……」


「いやいや。僕も人助けになるのなら喜んで手を貸すよ。それに、人が倒れてるのに見捨てることもできないしね」


「そ、そうかもしれませんね……なんだかすみません……」



 困ったように笑うアリス。まさか今でも自分が魔物(うごめ)く森の中でぶっ倒れていたなんて信じられないんだろうな……。



「あっちに戻ったら、お兄さんに会えるといいね」


「はい……」



 アリスのことを捜しているという兄の存在。


 結界点検中だったせいでお兄さんはマナダルシアの中に入ってこれず出会うことは叶わなかったが、ミリアド王国に戻ればまた出会うこともできるだろう。


 彼女もそう思っているのか、安心したような表情を浮かべている。




「もう……アストさんとは会えなくなるんですかね」


「あ~、そうなるかもね」


 アリスはポケットから、オルテア街で撮った写真を手に取る。


 絶対に忘れない、とまで言ってくれるほどの想い出にしてくれた。僕もそれは嬉しかった。



 僕は胸元に光る血晶石を見て、ふと「あの子」のことを思い出した。



「僕ね……ちょっと前にどうしても守りたかった子を守れなかったことがあったんだ」


「え……」


「その子はずっと僕のことを見守ってくれてるけど、もう会えない。一生」



 思いつめる僕をアリスは心配そうに見つめる。

 けど、僕はすぐに笑顔を取り戻す。



「僕は、もう後悔したくないんだ。だから、もしアリスがピンチの時は絶対に助けに行く。会えなくたって……僕達はどこかで繋がってるから」


「アストさん……」



 もう二度とあんな想いはしない。

 守る。守るんだ。何もかも。



「私も、いつかアストさんがピンチの時は助けられるように強くなります!」


「アリス……」



 ただ一方的に守られるだけじゃない。僕達の間にもう「繋がり」があるというのなら、お互い支えるような関係がいいと。



「ふふっ。じゃあ……約束ですね。」


「たしか……ベルベットが約束する時はこうするって言ってた」



 僕はアリスの手を取って、自分と彼女の小指同士を絡める。

 ベルベットはこれを「指切りげんまん」と言っていた。



「えっとね……『ゆ~びきりげ~んま~ん嘘ついたら~』」


「嘘ついたら?」


「『杖一本丸ごと飲み込む』」


「えぇっ!? む、むむむ無理です!! 物理的に無理です!!」


「だよね……ベルベットはこう言ってたんだけど……」



 それだけ嘘は絶対吐かないよって意味かもしれない。

 それで、僕とアリスは小指でギュッと握りしめる。



「これで、約束」


「えへへ……なんだか恥ずかしいですね」



 彼女の細い指が優しく包み込んでいるのを意識すると、たしかに僕も恥ずかしくなってきた。



「ま、まだ着かないのかな~。そろそろだと思うんだけど~」



 その恥ずかしさからだろうか、僕は小指を解放して明後日の方向を向く。

 彼女も下に俯いた。よく考えればこの空間は僕達二人だけだったから恥ずかしさも倍増だったのだ。




 と、そんな何でもないような温かな時間が続くだろうと思われた時だった。





 ドゴンッ!!!!!!!




 馬車の前方に何かが落ちてきた衝撃音が響く。


 それと同時に、強烈な()()の気配。



 魔力ということは、ハンターではない。一体何が……



「ひ、ひぃぃ!」



 馬車を引いてくれていた男の人が突然の襲来に慌てふためく。

 僕とアリスは馬車から出て、その正体を確かめた。


 そこにいたのは……





「アリス……ここにいたか」





「お前は……!」


「! 貴様は……」



 白のローブを羽織り、銀色の髪に空色の瞳を持つ男。



 そして……僕と同じ「魔王後継者」。




「ゼオン・イグナティス!!」


「アスト・ローゼン……!」



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