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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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168話 天才と凡才の一歩




「アスト。また接近された際に纏っている魔力がブレているぞ。それと剣の筋もまだ悪い。焦りすぎだ」


「! は、はい!」



 レオンさんと実際に打ち合っての修行。


 僕の剣技にはどうやらこれまた高度な魔力のコントロールが必要らしく、剣を打ち合いながらも自分の纏っている魔力を意識させる練習だ。

 打ち合っているレオンさんは上手く僕の力量に合わせてくれている。僕がギリギリついてこれるくらいに留めてくれているのだ。



 でも……




(は、速い……!!)




 それでも、とにかく速すぎるのだ。


 思考が間に合わない。向こうは涼しい顔して剣を振っているのにこっちは息も絶え絶えで必死感満載。



「呼吸を整えろ。剣で遊んでいるんじゃないんだぞ」


「は……はいっ!」


 その上、僕の動きをチェックしてアドバイスする余裕まである始末だ。


 僕は無理やり落ち着こうとするが……



 む、無理だ。ちょっとでも力を抜いた途端についていけなくなる。



 は、はや、すぎて……!



 ガッ!!!!


 とうとうレオンさんの打ち込みの強さに耐え切れず僕は後方に吹っ飛ばされて尻もちをついてしまった。



「もっと肩の力を抜け。自分の体から力を振り絞るのではなく、纏っている魔力を意識して適切に動かしてみろ。あとは動く際に無駄が多すぎだ。斬りこむ時にもあらゆる方向にステップで動けるように準備しろ。次の行動を常に考えておけ」


「はい……」



 厳しい……!


 ジョーさんは出来ないことがあれば手取り足取り教えてくれたし、効果的な練習方法もセットで教えてくれた。今思えば過保護なくらいに。




 でも、レオンさんは全然違う。


 出来ないことがあればお前自身でどうにかしろというスタイル。



 自分の動きを見て盗め。それが出来なければもう知らない。ついてこれなければそれまでだったということ。



 魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)の隊長として日々忙しいレオンさんの時間を割いてまで教えてもらってるんだ。贅沢なんて言えない。むしろ今、この瞬間が誰よりも贅沢な時間なんだ。



 しかし……今までなんとなくでしか剣を振ってなかったからだが、本当に自分は玩具のようにしか振れてなかったんだなと重く受け止めている。


 こんなに難しいことだったなんて。レオンさんと僕の、剣の一振り一振りは精度も違えば重さも全然違う。


 まるで達人と、鉄塊を振り回す赤子のようだった。



 これは、正直自信なくすなぁ……。




「アスト。人によって歩む速度は違う。焦っても仕方がないぞ」


「わかってます……わかってるんです……!」



 それでも。またどことなく焦っているアストの様子にレオンは嘆息する。




「お前は……今、この世界で人間と魔人のどちらが優勢なのかは知っているか?」


「え?」



 突然の問。人間と魔人のどちらが優勢か、だって?



「歴史の授業で習いました。魔人は人間に使えない『魔力』が使えるし、人間の何倍も生きられる。だから、当たり前に魔人の方が優勢だって」


「そうだな……」



 レオンさんは目を伏せる。

 その意味するところは、肯定か。それとも……




「しかし、今優勢なのは明らかに人間の方だ」


「やっぱり……そうだったんですね」



 魔人は結界を張って隠れて生きている。その意味は考えればすぐにわかる。




 「人間」が怖いんだ。




 見つかれば即殺される。自分達は魔力を使えるけど、あっちだって未知の「異能」という力を持っている。



 駆逐されるのはどちらなのかを無意識にもわかってしまっている。



「以前までは魔人が(まさ)っていたとも言えた。だが近年は強力な異能者が続々と現れ、さらにはエリア6のリーダー『エドガー・アルヴァタール』が現れたことでその力関係は一気にひっくり返った」


「エリア6……」



 アレンがいたエリアだ。たしか……最強のハンターが集う人間最大戦力のエリア。



「誰も奴には勝てなかった。どれだけの数を投入しても全員死体になって積まれた。たった一人でパワーバランスが完全に崩壊したんだ。異能もまだ判明すらしていない。ハンターの間での噂によれば『アルヴァタール』の人間の異能はかなり特殊なものらしい……とは言われているが、それも確かかどうか……」


「そ、そんなにすごい人なんですね」



 アレンもすごいが、そこのリーダーとなるとさらにすごいのか。最早想像もつかない。




「アスト。この世界には、俺達が必死に何年もかけてやっと進めた一歩を、たった一日で平気に進める天才がいる」


「……」


「それでも勝つのはその天才とは限らない。戦いには様々な要因がある。油断一つで簡単に死ぬ世界だ。本当に大事なのは、後悔しないために遅くとも確実に一歩ずつ進んでいくことなんだ」


「わかってます」



 僕は立ち上がる。


 わかっているんだ。ちゃんと。そんなことは。



 自分が焦りすぎだってことも。



 強くなりたい。強くなりたいのに。


 体は平気で「疲れた」なんて言ってくるし、時間だって全然足らない。自分だけ一日が48時間くらいあればいいのにっていつも思う。




 負けたくない。負けたくない。負けたくない。




 ゼオン・イグナティスにも。ハゼル・ジークレインにも。





 アルカディアにも……!




「負けたくないんだ……!」


「立ち上がれたか。次、いくぞ」



 アストは何度も何度も食らいつく。心が折れてもまた繋ぎ直す。闘志の炎が消えそうになってもまた無理やり燃やす。


 ただでさえ自分の一歩は遅いのに。止まってられない。止まるわけにはいかない。



 強く、なるんだ……!!




   ♦




「ふはーっ」


 レオンさんとの剣術の修行も今日の分は終了。


 剣技の習得に関しては……まだまだ。努力がもっと必要だな。



「兄様はどんどん強くなっていきますね」



 廊下を歩いていると、横から顔を覗かせてきたのはミルフィア。僕の剣の修行をキリールさんと一緒に見守ってくれていた。


「早く皆に追いつけるようにならなきゃだから。もちろんフィアちゃんにもね」


「ふふっ、フィアも負けてられませんねー!」


 剣の修行というわけで、実は以前にフィアちゃんとも手合わせしたことがある。



 その時は瞬殺だった。動きが速すぎて目で追いきれなかったのだ。



 が、それでもかなり手加減されていたとわかる。


 いつかは本気で手合わせしてもらえるくらいにならなくては。



「あ、こんなところにいましたわ!」



 ん? なんだかどこかで聴いたことのある声……と語尾。




「リーゼ!?……とベルベット?」




 予想通り、リーゼだったのだが……その横にベルベットも引っ付いていた。表情は二人共笑顔のはずなのに……何やら底知れない怒りのようなものが見え隠れしている。



「血を頂きに来ましたの。それで学院がまた再開するまではここに住まうことになったのですわ」


「? 僕で良いならだけど……」



 リーゼは吸血鬼だから血を飲まなくては生きられない体になっている。

 しかし、わざわざ僕じゃなくても良いとは思うのだが……。別に嫌というわけではないけども。



 そこでベルベットはチッと舌打ちして、



「……そこらへんの泥水でも飲んでればいいのに」


「あらぁ? 自分が汚物みたいな存在のくせに何か言いましたかしら?」


「私が泥ならあんたは排泄物よ排泄物! トイレにでも流しとけば良かったわこのウ〇コ吸血鬼!」


「例えが汚いですわ! 日々ゴミのような生活を送るとそんな例えしか出なくなるんですのねこの最底辺魔法使い!」


「なによ、吸血鬼だってトイレ行くんでしょトイレ! そんなお高く止まっててもクソするんでしょ~? お尻の穴あるんでしょ~? 見せてみなさいよほらほらほら!」


「放しませんの変態魔法使い! それに吸血鬼はお、お手洗いになんて行きませんわっ! そっちこそ延々と垂れ流してるに違いありませんわね!」


「はっ! なにその三流アイドルの文句みたいなの。嘘つくなこのホラ吹き吸血鬼!」



「やるんですの?」


「やってやろうじゃないの!」



 出た。またこれだ。ベルベットとリーゼが揃うと絶対こうなる。


 横にいるミルフィアはあわわわ……と慌てふためている。



 アンリーさんがいればすぐに仲直りさせられるんだけど、ここは学院ではなく館なのでいるわけもない。


 キリールさんも買い物の仕事に出かけているし、これはもうお手上げだ。



 二人の喧嘩を遠くから眺めて一時間。

 お互いが疲れ果てることでようやく喧嘩は終了した。いや、逆にこんな長く喧嘩してることがビックリだけども。



 リーゼの血に関しては、また前みたいな吸血行為を何度もするのは恥ずかしいということで……僕の体から血を少しだけ抜き取ってリーゼが必要になった時まで彼女自身が保存しておくという代替案が立てられた。


 なのでいくつかの試験管のような入れ物に血を入れてリーゼに手渡した。

 それで済むなら最初からそうしてほしかったなぁとも思うが、今言っても仕方ない。



 そんなこともあり、ベルベットの館にリーゼも住むことになった。


 はぁ……これは疲れるなぁ……




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