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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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167話 宿なし吸血鬼



 ベルベットの館。今日も今日とて使用人達は大忙し。


 アストにもレオンに修行をつけてもらっていて暇な時間などない。空いた時間でも体力に余裕があれば例の魔力の器を鍛える訓練をして反吐を吐いているくらいだ。


 アリスも客人扱いではあるけれども、ここにいる間は使用人と同じように必死に働いている。少しでも住まわせてもらっている恩を返すためだ。



 唯一ベルベットだけが呑気に欠伸(あくび)をしながら館中をぶらぶらと歩いている。堕落主人ここにあり。



 だが、これはなんら変わらないここの日常。悲しい。悲しすぎる。




 しかし。今日だけはその日常が崩れ去った。




「たのもー、ですわぁー!」




 ドンッ! という音を響かせて館の扉が開かれる。


 そこに立っているのは黒い真珠を溶かしたような綺麗な黒髪を2つに結い、白磁の如き肌の上に夜色のドレスを着た、見目麗しい絶世の美女。



 リーゼ・ローラル・ベリツヴェルンだった。




「うわ! リーゼ!?」


「なんであいつがこんなところに……」


「戦闘配置! 戦闘配置だー!」



 ゾロゾロと使用人がリーゼを取り囲む。対するリーゼの顔は涼しいまま。自分の家にでも帰ってきたかのよう。



「今日からアーロイン学院に帰れるまではお世話になりますわ~」



 急に来たかと思えばとんでもないことを言い放ってきた。アスト、アリスに続き3人目の来訪者である。


 別に、ただの来訪者であれば問題ないのだ。



「ふざけるな! ベルベット様に何をしたかもう忘れたのか!?」


「帰れ! さもなくばここで討ち取るぞ!」




「クスクス♪ 見たところ1位(ルーガン)2位(ヨハン)も、それと『ギンゾー』も今はここにいないようですし誰がこの(わたくし)を討ち取れると言うんですの? 誰か教えてくださいまし?」



「なんだと!!」



 リーゼの煽りに使用人達は憤慨する。


 こいつは自分達の主をあと一歩で死ぬところまで追いやった。そんな奴が泊まらせろなんて言ってくれば「ふざけるな」と言ってやるのが適当だ。むしろ出会った瞬間に斬りかからなかったことを褒めてもほしいくらいである。




「ねぇ、何しに来たわけ~?」


「リーゼ……! 貴様ぁッ!!」




 使用人序列6位─シャーネ・ガフタン。


 使用人序列4位─フォアード



 この館の使用人の中でも戦闘を専門とする二人の高位序列者が前に出た。




「あら♪ シャーネさんではありませんの。お久しぶりですわね」


「はいはい。……会いたくなかったけど~」



「……おい。貴様わざと俺のことを無視しているだろう」



 フォアードはさらりと自分のことを視界から外したリーゼを睨む。

 それでもリーゼは変わらず彼を無視したまま、それどころかキョロキョロと何かを探しているように周囲を眺めていた。



「アストさんがここにいると聞きましたので私もここでお世話になろうと思ったのですわ」


「自分の国に帰らないの? 正直迷惑」


「ああ……ああ……そんなこと言わないでくださいまし。恋する乙女にそんな仕打ちは悲しいですわ~」



 ふざけたようなリーゼの返答。だが、それで確信に至った。


 シャーネは今もよよよ……と顔を手で覆って泣いた振りをしている彼女を見やり、




「あなた、アストくんの血しか飲めなくなったってほんとだったのね」


「…………あらぁ、何のことでしょうか」


 リーゼは顔を覆っている手─指の隙間からシャーネを覗き込みながら、今度は(とぼ)けた振りをする。


 おそらく今リーゼが敵に対して最も知られてはならない情報。

 主からは上位の序列者にだけ話は聞かされていたが、まさか本当だったとは思わなかった。



「で、血もろくに飲めてない状態で何人の使用人を相手にできるの? 痛い目見る前に帰った方がいいわよ」


「……嫌われてますわね~私」



 それも当たり前か。恨みがあったからとはいえ主をあんな目に遭わせたのだ。嫌われて当然。


 今日のところは出直そうか……と諦めた時だった。




「ちょっとー。なんでバカ吸血鬼がこんなところにいるのよ」




 良いタイミングか、悪いタイミングとも言うべきか。この館の主であるベルベットがやってきた。



「何しに来たわけ」


「ベルベット様。それ、まったく同じセリフさっき私が言いました」


「…………あっそ」



 ビシッとリーゼを指で刺してポーズを決めたが、シャーネが横からツッコむ。ベルベットはガクリと肩を落とすが、



「事情は知っていますわよね。私も血がなくては生きられませんの。アストさんが近くにいなくては大変なのですわ」


「……」


 これを良い機会と願うべくリーゼはベルベットに事情を改めて話す。観念したようにアストの血しか飲めないことも含めて。



 しかし、わざわざアストの名前を出すあたり、わざとベルベットを煽っているのは透けて見えている。それが彼女を余計にイライラさせていた。



 本来なら「帰れ」と言って終わる話なのだが……



 ここでリーゼを追い返したなんてことがアストにバレればどうせ連れ戻しに行くに決まっている。そうなればさらに負担をかけることになるだろう。最初から選択肢は一つだけなのである。



(ムカつくけど……受け入れるしかないか)



 ベルベットは重い、重い息をぶはーっと吐く。




「空いてる部屋一個貸してあげる。好きにするといいわ」



「やったー、ですわ。さすが話のわかるブタさんは違いますわね」




 ここで終わればいいものを、リーゼはまた燃料を投下してしまう。


 ベルベットはビキッと顔を引きつらせ、



「今何か言ったかしら? 宿なし吸血鬼さん?」



「何も言ってませんわ。ただ名前を呼んであげただけですもの。最近までブタ箱に収監されてらした、ブ! タ! さ! ん!」



「なーに? 血吸いたすぎて立場も恩義もすぐに忘れるのねあんたって。この低能性欲奴隷サキュバス!!」



「サキュバスじゃないですわ! 吸・血・鬼ですわ!! ヴァ・ン・パ・イ・ア!! それとこうなったのは性欲とかそういうのじゃないですわっ!! お前こそ魔法を撃つことしか能がない最強の魔法使い(笑)ではなくて!?」



「うっさいわド変態淫乱吸血鬼! あんたアストから血以外吸いだしたらマジぶっ殺すわよ!」



「な、なにを想像してるんですのこの万年エロ猿魔法使い! 日々そんなことしか考えてませんの!?」




「なによ!」


「やるっていうんですの!」



 ぎゃーぎゃー、と二人は赤い顔をしてお互いの口を引っ張り合いながら子供の喧嘩を始める。



 それにシャーネは溜息をつく。


 ベルベットが認めたというのなら、使用人はこれ以上リーゼを追い払うような真似はできない。むしろ客人として扱わなければ。


 横にいるメガネ(フォアード)はまだまだ不満たっぷりといった感じではあるが。



(とりあえずキリちゃんにでも報告しておこっか。……絶対嫌な顔しそうだけどー)



 シャーネは終わった終わったとその場から離れた。



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